こんばんは。
六軒島の花嫁 第四話です。
当初は豚骨ショウガさんと交互に話を書いて行く予定でしたが、話し合った結果四話目もショウガさんが書くことになりました。
というわけで始まります。
三話目から続く、ハイクオリティのショウガワールドをお楽しみください。


六軒島の花嫁


第四話 「End of 1st day」










かり、かり、かり。
軽快にペンを走らせる音が、ひとりきりの部屋に流れる。その慣れ親しんだ音が、今の右代宮夏妃にとってはとても心強く感じられた。
一心不乱に自分の感情を書き連ねる。それは彼女にとっては幼少の頃より10年以上続けてきた習慣であり、とうの昔に彼女の生活の一部となっていた行為ではあるのだが……今日に限っては、この「日記を書く」という行為自体が、現在(いま)の彼女の唯一の支えとなっていた。
10分以上無心にペンを動かし続けたが……ようやく一区切りついたのか、ペンを机に置き椅子の背もたれに体を預ける夏妃。見知らぬ部屋の天井を眺め………そして、ぐるりと周囲を見渡す。
誰にとってもそうであるように、初めて過ごすこの部屋は夏妃にとって馴染めないものであり―――それを言うならば、今日夏妃が見たもの、触れたものはすべて未知のものばかりだったのだが―――、派手派手しく飾られたシャンデリアやいかにも高価なものと分かる調度品などは、どれだけ長い時間をこの部屋で過ごしたとしてもきっと慣れ親しむことなどできないだろうと、彼女をげんなりさせるには十分なものだった。
何もかも、違い過ぎる。
夏妃はこの日一日で感じたことを一文に集約してみせ、再びペンを取り日記帳にそう記した。日記を書くという行為に没頭したせいか、それとも入浴により身体がリフレッシュしたからか……先刻まで感じていたとてつもない疲労感は、一時的なものにせよ大分軽減されていた。
だが、それもきっと僅かの間だけのことだろう。彼女自身もそう感じ、ぱたりと日記帳を置いて机の片隅に並べた。初めて使う机ではあったが思いの外使いやすいものだったので、夏妃はほんの少しだけ口元をほころばせた。

「何もかも、違い過ぎる………。」

もう一度天井を見上げ、今度は声に出してそう呟く。
夏妃とて、自分が蝶よ花よと温かく迎えられるなどと都合のいい想像をしていたわけでは、決してなかった。ただ、女性の自立が叫ばれ始めているこの時代、女は男の奴隷ではないという考え方が広がり始めているこの時代に育った人間にとって……ましてや、裕福な実家で「お嬢さん」として育てられてきた夏妃にとって(夏妃本人はきっぱりと否定するだろうが)、ここまで徹底した男尊女卑ぶりを見せつけられることを想像もしていなかったのは、間違いのない事実だった。
……右代宮金蔵から告げられた、あまりにも冷徹な言葉。もう半日近く前であるにも関わらず、あの台詞は今もなお夏妃の頭の中でガンガンと反響し続けていた。あの男を今後父と呼ばなければならないという現実があまりにも悲しく、彼女は机に突っ伏してぐしゃりと髪をかきむしった。
………そして。


がちゃ。


「………夏妃。まだ起きていたのか? 今日はもう疲れただろう。私のことは気にせず、先に休みたまえ。私も、あと少しで用事が終わるから………いろいろなことは、また明日以降話す。」

「……………………。」


ノックもなく開かれる扉。それに対して夏妃が抗議の声を上げることは、ない。
………それは当然。
ここは夏妃の部屋ではなく、「蔵臼と夏妃の部屋」なのだから。
今日からこの部屋で、ふたりは夜を共にする。それは特別なことでも何でもなく、結婚した夫婦ならば当然のこと。ましてや、今日は夫婦として迎える「初めて」の夜。夏妃としても……今晩「何をするのか」そのくらいの心の準備は終えていたし、それを受け入れる覚悟もできていた。いや、正確に言えば「覚悟ができている振りをしていた」と言うべきか。
言うまでもなく、夏妃はまだ「男性」を知らない身。そしてその「初めて」を捧げる相手は……できることならば、心から愛する男性でありたかった。心の底から尊敬し、そして思い合える相手……今彼女の視界に映る相手は、とても彼女の理想の相手と呼べる男性ではなかった。これは何より、夏妃が蔵臼と出会ってからあまりにも時間がなさすぎることが原因であり、全面的に蔵臼に非があるというものではないのだが。
今まで思い描いてきた理想と、まさに今直面している現実。その滑稽なほどのギャップに、夏妃は声を上げて泣きそうになったが……下唇を強く噛んで、その想いをかみ殺す。
そして。

「ありがとうございます………それでは、先にベッドに入っています………。」

にも関わらず――――――夏妃はこの時、蔵臼から「先に寝ていろ」と言われたことを、ほんの少し、そう、ほんの少し………不満に思ってもいた。
今日出会った男に自分の「初めて」を捧げなければならないという、悲しみ。
それと同時に、蔵臼があまりにも冷静に「初めての夜」を終わらせようとしていることに対する、ほんの僅かにくすぶる不満。
今の夏妃の心の中では、そんなアンビバレントな感情が渦巻いていて………その感情を蔵臼に悟られないように、彼女は微笑を貼りつかせて返事をした。
夏妃の返事に頷いた蔵臼。大きな音を立てないように、静かに扉を閉じる。
ぱたん。
再び、部屋は静寂に包まれる。夏妃はひとつ息をついてから机脇の電灯を消し……部屋の中央に陣取るベッドに足を向けた。一人で寝るには大きすぎるベッド。当然、ふたりで寝ることが前提のベッド。丁寧にメイキングされ、新しい主に使われることを心待ちにしているように夏妃には見えた。
そしてそのまま、ネグリジェ姿をベッドに滑り込ませる……途端に襲いかかって来る、猛烈な眠気。
―――何と、長い一日だったのだろう。
ベッドで温かい毛布に包まれ、眠気に耐えながら先刻のことを思い返す夏妃。
先刻の夕食も、当主たる右代宮金蔵や絵羽が参加せず、沈黙に包まれた非常に気まずいものとなった。時折留弗夫や使用人の熊沢が場を和ませるような発言をするものの……結局、この島に来ての最初の晩餐は非常に味気なく、食後の語らいも何もない、物足りないものに終わってしまった。その原因の一端を担ってしまったのは自分の軽率な発言だったのではないかと、今さらのように夏妃はあの時の会話を振り返った。
「金蔵の妻、すなわち義理の母親となる女性」について、自分がしつこく問い詰めたこと。それが結果的に絵羽を激昂させ、あのようなことになってしまったのではないか。あの時、蔵臼も留弗夫も楼座という子も、夏妃に助け舟を出すことはなかった。それはすなわち、自分が知らず知らずのうちにに右代宮家のタブーに触れてしまい、そのことが絵羽の逆鱗に触れ、そして―――

「……………あ。」

そこまで思い出して、夏妃は思わず声を漏らした。閉じていた目を開き、暗闇の中視線を彷徨わせる。
あの時、上半身にかかった紅茶を拭き取ってくれた使用人。確か……冬花(とうか)と名乗っていた女性。今まで夏妃が見てきたどの女性よりも綺麗で、可憐で………同じ女性として、嫉妬することすらできなかった。
あの時、彼女は確かに蔵臼をこう呼んでいた。
「蔵臼さん」と。
「蔵臼さま」ではなく。
そして、そんな彼女に蔵臼が向けていたのは……親しみのこもった視線。今日一日、自分には決して向けられなかった……柔らかい表情。
それは、主と使用人の信頼関係によるものなのか。それとも別の―――


「……………っ!!」


それ以上考えるのを、夏妃は拒否した。強く奥歯を噛み締め、無理矢理目を閉じて眠りの世界に落ちていこうとする。
今の今まで、蔵臼のことを「今日初めて出会った、理想の男性とは程遠い相手」と思っていた癖に、その蔵臼と親しげに話す女性のことを考えた瞬間に、こんな醜い感情を抱く。自分はなんと自分勝手な女なのだろうと、夏妃はこの一日の中で初めて自分自身を嫌悪した。
………もういい、今日は何も考えたくない。もう寝てしまおう。
彼女はそう結論付け、ベッドに入ってからもずっと張りつめさせていた緊張の糸を、そっと切った。もういい、今日はこれ以上難しいことは何も考えたくない、休んでしまおう―――――――――



どさり。



その音に、夏妃の心臓は飛び上がったように大きく震えた……単に、ベッドに蔵臼が倒れ込んだだけなのに。
夏妃がもう眠ってしまったと思ったのだろう。蔵臼は「おやすみ」を告げることもなく、無造作に大きなベッドの片側に横たわり……夏妃に背中を向けるようにして、目を閉じた。
その時、夏妃は何を思ったのだろうか。
少なくとも、「今晩は何もされなくて済む」といった安堵の気持ちでは、決してなかった筈。
そうであれば、こんな台詞は、決して口にはしなかっただろうから。



「蔵臼…………さん………………。私、まだ、起きて、います………………。
蔵臼さんさえ、その、良ければ……………これから、その…………私は………かまい、ませんから……………。」



その時夏妃は、今日一日のことを改めて思い出していた。
初めて視線を交わした時の、あの傲慢な目。
屋敷への坂道を苦労しながら歩く自分を気遣うこともなく先を急いだ、あの背中。
父親の功績を自分のものであるかのように誇らしげに語った、あの横顔。
倒れ込みそうな自分を咄嗟に支えてくれた時の、気遣いの言葉。
絵羽の自分へのを中傷するのを黙らせた、あの一喝。
素っ気ない口調ながら、早く休むように言ってくれた、客間での一言。
そして―――あの時、右代宮金蔵の部屋の扉を見ていた時の……あの視線。
感情。
泣き笑いのような、表情。
今日一日の間に見た、右代宮蔵臼という人間の様々な表情。もちろん、それで全面的に彼に気を許す程夏妃はお人好しでも世間知らずでもなかったが………少なくともこの島に着いた時のような絶望感や悲しみは、僅かながらも彼女の心の中で小さくなっているのは確かだった。
それに、今日から自分は蔵臼の妻。結婚するまでの過程のない歪な形の結婚であっても、それでも自分たちが夫婦である事実は変わらない。それならば……このことから逃げるのではなく、少しでも前向きに考えなければ………そう、夏妃は朦朧とする頭で考えた。もっともそれは建て前でしかなく、実際はは蔵臼と冬花の仲の良さに嫉妬しただけなのだが。
夏妃の震える声が、蔵臼に届いた……届いた、筈だ。
にも関わらず、蔵臼は身じろぎ一つせずにしばらくの間その体勢のまま、動こうとはしなかった。


カチ、カチ、カチ、カチ、カチ………


時計の秒針が時を刻む音だけが、五月蠅いほど大きな音を立てて夏妃の耳に届く。おそらくまだ、今の台詞から1分も経ってはいなかった筈だが……夏妃には、その時間が10分にも20分にも感じられた。
そして。
夏妃は、誰かが自分を覗き込む気配を感じた……それが誰なのかは、もう言うまでもないことだが。
蔵臼が静かに身体を起こして、そっと夏妃の肩に触れる。その瞬間夏妃はびくんと震えたが……蔵臼の思う通りにしていいという意思表示の代わりに、全身のこわばりをそっと解いた。
そして。


「………………夏妃。」

「はい……………………」


蔵臼の声が、僅かに上擦っていた。暗闇で彼の表情は分からないが、きっと彼も緊張しているのだろう。
夏妃はそれを微笑ましいとさえ思い、そして―――このまま彼に身を委ねることを、決意した。
蔵臼の顔が、ゆっくりと近づいてくる。ああ、そういえば私はこの人とまだ口付けさえも交わしていなかったのだと、改めてこの結婚に苦笑する夏妃。
そして、そっと目を閉じる。口付けも彼女にとっては初めての経験だったが、想像したよりも悪くないのかもしれないと、この瞬間の彼女は思っていた。
そう、この瞬間。








もしも彼女が目を閉じたままだったら、何もかも上手くいったのかもしれなかった。
出会いはこんな形であっても、夫婦の始まりは歪な形であっても………少しづつ愛情を育み、お互いを知り………誰にも誇れる夫婦となる。
その、第一歩となる筈だった。この口付けは。






この時彼女が不意に目を開き、蔵臼の目をまともに見ていなければ。







「……………………………!!!」







ああ、この目は似ている……あの人に。
いいえ、そっくり。
それは当たり前。
だって、親子なんですもの。血が繋がっているんですもの。
え……? 誰と誰の目が似ているって?
それは、目の前のこの人。右代宮蔵臼さん。私の夫。
………………誰と、似ているって?






右代宮金蔵。私をこの島に呼び寄せ、私の幸せを閉じ込め、一生を台無しにした張本人。






「お前はただ、子を産めば良い。それ以外に価値はない」
















「嫌あああっ!!」



ばしん!!



「……………………………!?」


頬に走る、痛み。
蔵臼は、鼓膜を突き破りそうなほどに鋭い悲鳴にたじろぎ……同時に頬に伝わる熱い痛みに思わずその目を釣り上げた。
つい今まで従順に目を閉じ口付けを待っていた夏妃からの、思わぬ反撃。
―――もしこの時、蔵臼がもっと大人だったなら。夏妃の心の動きを察し、その迷いも含めて受け止めるだけの器量が、彼にあったなら。
この夏妃の突然の暴発も、この場限りで収まったのかもしれなかった。数日もすれば、笑い話になるような………その程度の「事件」にすらならない、小さなハプニング。それで、丸く収まるはずだった。
ただ、人はそう簡単に成熟できるものではない。蔵臼とて、まだ20歳をいくつか越えただけの、男としてはまだまだ未熟な青年でしかなかった。
だから。
この次の瞬間に蔵臼が瞬間的に口走ってしまったことは、夏妃だけの責任ではなく、もちろん蔵臼だけの責任でもなく……お互いが感情を爆発させてしまったことの………不幸な、結果としか言いようがなかった。




「君は………何のためにこの島に来た!? 俺の子を産むためではないのか!?」

「……………………!?」




―――それは、父である金蔵から繰り返し言われてきたこと。
「早く子を作れ。右代宮家の将来の為に………夏妃とかいう娘に子を産ませろ。元気な男子をな。」
だから、蔵臼にとってこの行為は単なる愛情表現の形ではなく、父から厳命された使命のひとつでもあった。
………しかし蔵臼本人は、そう完全に割り切れる程大人ではなかった。そして、中途半端に優しい青年だった。
だから、夏妃の身体を気遣い、今日はこのまま眠ろうとした。獣のように夏妃を犯すことは、彼にはどうしても出来なかった。
そんな蔵臼の葛藤など知る由もなく、夏妃は蔵臼を誘った。何の覚悟もなく。
その挙句に……彼を、拒絶した。
そして今の夏妃は、そこまで考えが回る筈もなく……蔵臼からの一言に目を大きく見開き、ぶるぶるとその華奢な身体を震わせ始めていた。
『商売女みたいに、何も言わずに素直に股だけ広げてなさい。それがあんたの、唯一の存在理由なんだから。』
客間で絵羽に言われた痛烈な言葉が、再び夏妃の胸を抉る。
そして……夏妃は、心を閉ざした。
その変化を見て、蔵臼はしまったという表情を浮かべた。夏妃の心が深く深く傷ついたのが、その表情から窺えたからだ。夏妃の両肩を掴んでいた腕の力を抜き、力無くベッドから降りる。



「ううっ……どうして………どうして、こんな所に……連れてこられないと………いけないんですか? こんな、結婚を……させられないと……いけないんですか……………?」



今日一日の間、数え切れない程繰り返した、自問。
それを、夏妃はついに言葉に乗せて発してしまった。
震えながら、あふれる涙を拭う……それでも、涙は止まることなく彼女の目から零れおち、ベッドのシーツに大きな跡をつけようとしていた。
蔵臼は、そんな夏妃を見ることもせずに背を向ける………或いは、夏妃などよりも蔵臼の方がずっと、泣きたい気持ちなのかもしれなかった。
そして。


「出て――――――――」


出て行って。
そう言おうとして、夏妃はその台詞を最後まで発することができなかった。
ここは夏妃の家ではなく、右代宮の家。だから、この部屋から出ていくのは蔵臼ではなく―――夏妃。
そのことに思い当たり、夏妃は身体をこわばらせた。
そして、少しだけ……冷静さを取り戻す。
自分が何をしたのか。何を口走ったのか。いかに、今自分に背中を向けるこの人のことを侮辱したのか。
夏妃は背を向けたままの蔵臼に声を掛けようとしたが―――それよりも一瞬早く、蔵臼が口を開いた。
その声は小さく、とても小さく………夏妃に向けられたものではなかった。
にも関わらず、夏妃は、聞いてしまった。
微かに……彼女の耳に、届いて、しまった。



「…………また、冬花に叱られてしまうな。
『女房のエスコートもまともにできないようでは、ろくな男になれない』………か。ははっ、情けない………。」



「ひっ……………!」



思わず息を飲んだ。
それは、暗闇に包まれて自分に背を向ける蔵臼の声が、ぞっとするほど冷たかったから。
それは、今一番聞きたくない人間の名前が、蔵臼の口から発せられたから。
………そして、理解する。
金蔵の部屋を出た後から、蔵臼の夏妃への態度が変わった理由を。彼女が好ましく思った、彼の「変化」の理由を。
(多分、屋敷の中を案内しているところを見られたのだろう。初めてこの島に来た自分の不安な心を察することもできずに自慢話を繰り返す蔵臼さんの様子を目撃して、あの使用人は黙っていることができなかったのだろう。蔵臼さんはあの使用人には優しいようだし、ふたりは特別に仲がいい様だし……!)


夏妃は想像する。

からかいながらも、口調にほんの少しの真剣さをにじませて蔵臼をたしなめる冬花の姿を。

そんな冬花の意図を正しく理解し、夏妃に優しくしてやろうと自らを省みる蔵臼の姿を。







ナツヒニヤサシクシテヤロウ。トウカニソウイワレタカラ。
ナツヒニヤサシクシテヤロウ。トウカノタメニ。







ぎりっ!!



自分でも驚くほど大きな歯軋りの音が、暗闇に包まれた部屋に木霊した。
奥歯が折れてしまったかのような痛みを押し殺し、夏妃は蔵臼の背中を、ただ見つめた。涙は、とうの昔に乾いていた。
……蔵臼は、振り返らなかった。



「しばらくは……隣の空き部屋で眠ることにする。
君はここで寝るといい。今日は疲れただろう。もう寝るんだ。明日からは……忙しくなるだろうから。



今日は………………………済まなかった。」


「蔵臼さ――――――」




ばたん。




夏妃の声を遮るように、扉が閉じられる。
そして、夏妃はまた、一人になった。
「済まなかった」
絞り出すように吐き出された、最後の言葉が、耳から離れない。
そして、夏妃の全身を閃光のように駆け巡る、後悔の思い。
何故、あの時私は口付けを拒んでしまったのだろう。
何故、あの時目を開けてしまったのだろう。
何故、蔵臼さんの目が父親にそっくりだと思ってしまったのだろう。
何故、何故、何故。
………それをぶつける相手は、今はどこにもいない。彼女は今、広い広い部屋にひとりぼっち。




「……………………ごめんなさい」





蔵臼が出ていった扉に向け、小さな小さな声で謝罪の言葉を口にする夏妃。
その言葉は誰にも届かずに、夜の闇の中に消えていった。









<つづく>


2009.12.18 Fri l うみねこ l コメント (0) トラックバック (0) l top

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