今回豚骨ショウガさんと合作SSを作ることになりました。
1話ずつ交互に書いて話を進めていきます。
記念すべき第1話は豚骨ショウガさんです!
それでは始まります。






「あっ、絵羽(えば)さま……今日はお早いお帰りですねぇ。ほっほっほ………」

「……………熊沢(くまさわ)さん、邪魔。そこをどいて。」


―――すべてを拒絶するような。
或いは、すべてを遠ざけるような。
少女のあまりに冷たい声色に、熊沢と呼ばれた年配の使用人は思わずその身をすくませた。
恐れが表情に出ないように、普段から浮かべてきた愛想笑いを表情に貼りつかせる。
それは、決して優秀な使用人とは言えない彼女が、この場所で生き抜く為の処世術。目の前の少女の機嫌一つで、いつでも自分の職が失われることを理解している彼女にとっての、最早本能。そんな卑屈な態度を取ることを恥じる程、彼女は若くもなくナイーブでもなかった。
否、もし彼女が本当に「天涯孤独」だったなら。彼女に失うものが、何も無かったなら。
自分の3分の1程度の長さしか生きていない小娘の機嫌を伺うことに、嫌気がさしたかもしれない。使用人としてではなく、人生の先輩として……年長者に対する態度がどうあるべきかを、懇懇と説き聞かせたかもしれない。
しかし、彼女には何を犠牲にしても、守らなければならないものがあった。どれだけ屈辱的な振る舞いをされようと、この職にしがみつかなければならない「理由」があった。
………鯖吉と名付けた、彼女のひとり息子。
愛する夫を不慮の事故で亡くした彼女にとって、唯一残された宝物。もうすぐ小学校を卒業する、彼女にとって何にも替えられないもの。まだ独り立ちできる年齢には程遠く、彼が立派に働けるようになるまで……熊沢チヨは、この使用人の職を失うわけにはいかなかった。朝鮮戦争による特需をきっかけにして日本中が戦争の傷跡から立ち直り始めているとはいえ、学歴も特技もない中年女の働き口など、そこら中にあるわけがない。ましてや、仕事の内容からすれば破格ともいえる給金を貰っている今と同じ位に待遇の良い働き口など………どれだけ探しても、見つかる筈はなかった。
だから熊沢チヨは、いつものように愛想笑いを浮かべた。
目の前の少女の不興を買うことのないように。
いつも通り、この場を誤魔化す為に。
………………………最愛の、息子の為に。

「……………ふん。」

そんな熊沢の心中などは全く知らず―――もし知り得たとしても、彼女はきっとそれを気に掛けることなど決してなかっただろうが―――、絵羽と呼ばれた少女は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、もう一度横に控える熊沢に一瞥を与えながら、自室へと続く階段を昇っていった。
だん、だん、だん……………
誰が聞いたとしても、不機嫌さしか感じないであろう足音。
遠ざかっていく足音を聞きながら、熊沢は不用意に絵羽に話しかけてしまったことを後悔した。やれやれと、短いため息をひとつ。

「はあ………。」

それは、気まぐれな少女へのせめてもの抵抗か。それとも、情けない己に対する自嘲か。
しかし彼女はすぐに気持ちを切り替えると……夕食の準備の為に厨房へと足を向けていた。この切り替えの早さが、熊沢チヨという使用人の数少ない長所の一つであり、彼女がこれまで長年「ここ」で働いてこられた大きな理由であることは間違いなかった。

「ほっほっほ、さーて、今夜のお夕食は何にいたしましょうか……明日は特別な日ですから、あえて今晩はあっさりしたものにしましょうかねぇ……ほっほっほ………」

誰に言うでもなく、熊沢は軽妙な鼻歌交じりでこの場を去っていった。







その日、右代宮絵羽の機嫌はすこぶる悪かった。
それは彼女にしては珍しく、昨夜に父である右代宮金蔵から厳しい叱責を受けたから――という理由、だけではなかった。
今日一日の学校の授業など、何も頭に入ってはいない。屋敷に帰ってきたら、ちょうど使用人の熊沢がいたのでその苛立ちをぶつけたが……彼女の気持ちは全くと言っていい程晴れなかった。
だん!
乱暴に自室のドアを開け放つ。
ぼふん!
セーラー服姿のまま、ベッドに身を投げる。枕を思い切り掴み、両側に引っ張る。

「………何で」

みしっ。
頑丈に作られている筈の高級枕が、声にならない悲鳴をあげる。


「………何で」


みしみしっ。
既にその枕は原形を留めることすらできず、半分以上が裂けてしまっている。




「何で私は女なのよォォォォォ!!!!」




ばりっ!!
完全に、真っ二つに裂けてしまった枕。絵羽はその枕の残骸を握り直し、部屋の天井に向けて思い切り投げた。
ぱっと、枕に詰められていた羽毛が飛び散る。
それは、何も事情を知らぬ者が見たならばきっと幻想的な光景に映っただろうが………この部屋の主である彼女にとっては、そんな光景はもう目に映ってはいなかった。
ベッドに突っ伏し、何度も何度も拳を叩きつける。たった今叫んだ問いを、繰り返し呟きながら………呪詛の、ように。



『明日、蔵臼兄さんの結婚相手がこの島にやってくる』

昨夜、突然聞かされた知らせ。もちろん、彼女にとっては寝耳に水の話。
何しろ、当の蔵臼ですら、そのことを昨日まで知らされていなかったのだから。
勿論、彼女がここまで激高する理由は「兄を取られる」といった可愛らしいものでは決してない。幼い頃から暴力を受け、大きくなってからも事あるごとに自分を踏みつけにしてきた兄。そんな人間の結婚相手に嫉妬することなど、彼女にある筈もなかった。



「どうして、どうして………男っていうだけで、先に生まれたって、いうだけ、で………!
蔵臼……兄さん…………ばっか…り!!
うあああああああああああん……………!!」



いつか、あの憎い兄を痛い目に遭わせてやる。今まで私にしてきたことの報いを、味わわせてやる。
その一心で、彼女は今まで頑張ってきた。勉強も、運動も……当然、その容姿に磨きをかけることも怠らなかった。
『オマエが、蔵臼より早く……男に、生まれていたら』
金蔵の口から何度、その言葉を聞いただろう。
その言葉を聞く度に、彼女は父に認められた嬉しさと―――決して兄より上に行けることはないという現実の板挟みになって、どうにもならない感情を持て余してきた。


「嫌………嫌ッ! 
兄さんに大きな顔をされるのは嫌!
何にも知らない女に、この家を我が物顔で歩かれるのは………もっと、嫌!!」


右代宮家の序列からいえば、絵羽の地位は「蔵臼の妻」よりも遥かに高い。
しかし、理屈ではなく、感情が……今の絵羽を、支配していた。


「嫌……嫌アアアアアアアアッ!!」


右代宮絵羽は、ベッドに顔を埋めて泣き続けた。
泣くことで、このどうにもならない現実を忘れようとするように。
1955年、秋。
まだ16歳の彼女にとって、認めたくない現実が………明日に、迫っていた。









六軒島の花嫁

第一話「六軒島、本日も快晴なり」








「さあ、夏妃(なつひ)さま、お気を付けて………」

「あ、ありがとうございます……………きゃ」

船のタラップに躓き、体勢を崩しかけた少女は―――その容姿は、少女と形容するのが相応しい程に、華奢で頼りなく見えた―――膝をすりむく寸前の所で、傍に立っていた壮年の男性に抱え上げられた。
この船着き場に立っているのは、彼一人。
恥ずかしそうに小声で礼を告げようとして………彼女は、その相手の名前を知らないことを思い出し、困ったように顔をかしげる。

「―――失礼。
私は、源次。呂ノ上 源次(ろのうえ げんじ)と申します。本日より、右代宮家使用人の一人として、生涯をかけてあなた様のお世話をさせていただきます………夏妃さま。」

すっ。

洗練されているとはとても言い難い……にも関わらず、その人間の誠実さを窺わせるような、気持ちの良い一礼。夏妃と呼ばれた少女は、それまで張りつめさせていた緊張の糸を少し……ほんの少しだけ緩めて、源次と名乗る使用人に声をかけた。

「ありがとう、源次さん……私は………う……右代……宮、夏妃です。」

まだ、「右代宮」という姓に慣れていないのだろう。或いは……咄嗟に、慣れ親しんだ旧姓を名乗ろうとしたのか。
彼女は酷くどもりながら、やっとの思いで自分が生涯名乗ることになる名前を名乗った。そんな夏妃をからかうこともなく(もう一人の古参の使用人が出迎えていたならば、きっと気の利いた台詞でこの場を和ませたのだろうが)、もう一度一礼する源次。

みゃー、みゃー。

夏妃は、船に乗っている間中ずっと見上げていた青空を、もう一度見上げる。
うみねこが飛び回る青空は、一点の曇りもなく晴れ渡っている……彼女の心とは、正反対に。
いつまでもこうしていても仕方ない。彼女は自らにそう言い聞かせながら、視線を前方に向けた。と同時に……現在の自分の格好を改めて見渡して、思わず顔をしかめた。
今まで数えるほどしか着用したことのない、ドレス姿。おまけに、これでもかと言わんばかりに高い踵のハイヒール。
巫子に生まれ、これまで着物を着ることがほとんどだった彼女にとって……これだけひらひらした服、ましてやハイヒールを履くことは、まさに生まれて初めての経験だった。先刻船を下りる際に躓いたのも、慣れないヒールで上手く踏み出せなかったことが原因だった。
「郷に入りては郷に従え」
この島に向かう船の上で、その言葉を何度も何度も反芻してきた。それでもやはりこの格好は、現在の彼女にとって不快感を催させるものでしかなかった。
夏妃はそれ以上思い悩むのを止めた……否、止めようとした。そして再び視線を前方に向ける。

「あ、あれは………」

この無人島と言っても差し支えない島には似つかわしくない、黒塗りのリムジン。運転席には、誰もいない。恐らく、この源次という使用人が運転するのだろう。夏妃は覚悟を決めたように溜め息を吐くと、きっと前を向いてそのリムジン目がけて歩き始めた。
……その時。


バタン。


リムジンの後部座席が、開いた。
そこから出てきたのは………一人の青年。今まで写真でしか見たことのない、彼女の夫となる人物。
年齢は、20歳前後だろうか。栗色の髪を綺麗に纏めたそのすらりとしたシルエットは、なるほど、一見女性に人気のありそうな男に見える。もっとも、夏妃にとっては全く正反対の印象を与えることになったのだが。
いかにも金持ちの息子らしい、鼻につくような香水をつけている。その身に纏っているスーツも、時計も、小物も……一つ一つは高価で価値のあるものだろうが……その青年が身に付けると、すべてが嫌味に思えてしまう。
何よりも、その表情。
自分が価値のある特別な人間だと信じて疑わない、その不遜な表情。夏妃自身も、幼い頃から何度も見てきた類の人間が浮かべる表情。幼い彼女はその度に、父と母に助けを求めていたものだった。しかし、これからはそれすら出来ない。
彼のすべてから、人間としての底の浅さが見え隠れして……夏妃は再び顔をしかめた。目の前の青年に気取られぬよう、ほんの僅かに眉を動かして。
そして、こんな男と一生を添い遂げなければならないという現実の前に、彼女の心は絶望のあまり早くも折れそうになった。
自分がこの家に嫁ぐことの「意味」を考えれば、決して逃げることの許されない結婚。
もはや、夏妃には帰る家などどこにも無くなっていた。
そのことを頭で理解しつつも、夏妃の本心はやはり「はじめまして。」

「は、はじめまして……………」

青年から声を掛けられる。無視するわけにもいかず、彼女は挨拶を返した。
初対面の相手に、「はじめまして」と。
何故、出会うことすら一度もないままに結婚させられているのかと、改めて自分の運命を呪う夏妃。そんな彼女の葛藤など全く知る由もなく、青年は夏妃をいきなり抱き寄せた。



「……………!!」



「私は、右代宮蔵臼(うしろみや くらうす)。この栄光ある右代宮家の、後継者だよ。
夏妃……今日から君は、私の妻だ。私に恥をかかせないよう、精一杯努力してくれたまえ。」


それだけを告げ、身体を離す右代宮蔵臼。つかつかと甲高い足音を立てて、再びリムジンの後部座席に乗り込んだ。そして、当然のように夏妃を手招きする。夏妃は逆らうこともできずに、のろのろと蔵臼の隣に腰掛けた。

「……源次さん、出してくれ。」

「はい……承知しました、蔵臼様。」

いつの間にか運転席に乗り込んでいた源次が、ハンドルを握りながら一礼する。
そして。


ブロロロロロ……!


その大きな車体に比べればずっと静かなエンジン音を響かせながら、夏妃と蔵臼を乗せたリムジンがこの船着き場を後にする。夏妃はガラス窓に頬をつけて、小さくなっていく船をじっと見続けた。
……やがてそれも見えなくなり、彼女は諦めたように後部座席に座り直す。
隣に座る蔵臼の表情を盗み見る………彼は、酷く苛ついた表情をしていて、夏妃に一瞥たりとも与えることはなかった。
そのことが、夏妃をさらに暗澹とした気分にさせた。
窓越しに見える六軒島の空は、呆れるほどに、青く澄み渡っていた。






<つづく>







というわけで1話目はここまで。2話目は自分が担当します。
かなり長編になりそうですが最後まで読んで頂ければ幸いです。
それでは!

2009.11.12 Thu l うみねこ l コメント (1) トラックバック (0) l top

コメント

No title
こんにちは。
この度、バナーアドレスを変更しましたのでご報告に伺いました。
お手数をおかけしますが、変更をお願いいたします。

サイト名:Memories
バナーアドレス:http://mugennkairou.cocot.jp/banner.gif

コピー&ペースト文で申し訳ございません。

それでは、失礼しました。
2009.11.14 Sat l 凜音. URL l 編集

コメントの投稿












トラックバック

トラックバック URL
http://umiumimak02.blog114.fc2.com/tb.php/80-5ef74353
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)