上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--.--.-- -- l スポンサー広告 l top
 カリカリカリ。

 静かな図書室にペンを走らせる音だけが響く。
 心地良い静寂。普段から静かな図書室ではあるが、今日はいつにも増して静かだった。
 それもそのはず。定期テストがすぐそこまで近づいているため、図書室に来る生徒たちはテスト勉強に勤しんでいる。そのため、彼女たちはいつものように友人と仲良くお喋りをしている余裕はなかった。
 誰一人、この静寂の中で騒ごうとする者などいない。皆、心地良い静寂の中で集中して勉強することができた。

 唯一人を除いて。

『すご~い! たくさん本が置いてあるよ、ルシ姉!』
『アスモ! 静かにしなさい、縁寿さまが集中できないでしょう!!』
『だってこんな大きな図書室見たことないんだもん。わあ! まだあっちにもある!!』
(………………)
『ああ、良いなあ…、このグルメ雑誌。表紙を見てるだけで涎が出ちゃう』
『全く、お前はそれしか頭にないのか。それにしても素晴らしい蔵書量だ、実に興味深い。手に取って読んでみたいものだ』
『ベルフェ姉は本当に真面目なんだから……。私も手にとって中身の料理を見てみたいぃ!』

(………………みんな、少し静かに…………)
『みんな!! もう少し静かにしなさいよ!! 縁寿さまが勉強できないでしょう!!!』
『アンタが一番うるさいのよ!! 馬鹿サタン!』
『ご、ごめん、ルシ姉!』
(………………ねえ、だからもうちょっと…………)
『うわぁあああああーーーーーーん!!! マモンがいじめたぁああーーー!!』
『いじめてなんかいないわよ!! レヴィア姉は大げさなのよ!!』
(……………………)
 実に騒々しい。
 不可視の存在である彼女たちは、普通の人間には見ることも声も聞くこともできない。彼女たちがどれだけ騒ごうと、図書室の中は静寂そのものだ。
 しかし縁寿はそうはいかない。先程から彼女たちの騒ぎに頭を抱えている。こんなにうるさくては勉強どころではない。
 縁寿はこめかみに手を当てつつも、なるべく穏やかな口調で七姉妹に注意する。
(………………みんな、お願いだからもう少し静かに…………)
『わぁああああーーーーーーん!!! マモンの馬鹿ぁああああーーーーー!!!』
『何よ!! 馬鹿って言った方が馬鹿なのよ!!!』
『アンタたち!! 静かにしなさいって言ってるでしょ!!!』
『お腹すいたぁああああーーーー!!!!』
(………………………………)







































(いい加減に
しなさい!!!!)






『『『『『『『ひいぃッ!!!』』』』』』』



(さっきから静かにしなさいって言ってるでしょ!!! どうしてもっと静かにできないの!!!)
 何度注意しても一向に静かにならない七姉妹に対し、縁寿はカンカンだ。ありったけの怒気を込めて七姉妹を説教する。
(何回言えば分かるの、アンタたちは!! もうすぐテストがあるのに、これじゃ全然勉強できないでしょう!! 静かにするって言うから連れてきてあげたのに、騒いでばっかりじゃない!!!)
 縁寿のあまりの迫力に七姉妹たちは声も出せない。母親に叱られる子どものように、小さく縮こまっているだけだった。
(静かにできなっていうのなら出て行きなさい!! ここは遊ぶ場所じゃないのよ!!!)
『『『『『『『ご、ごめんなさ~い!!!』』』』』』』
 縁寿の逆鱗に触れてしまった七姉妹たちは蜘蛛の子を散らすように、図書室から逃げて行った。世界一賑やかな姉妹たちがいなくなり、図書室はようやく本当の静けさを取り戻す。
「全く……」
 騒ぎの張本人たちがいなくなり、縁寿はやれやれと息をつく。
「縁寿、どうしたんですか? さっきから何一人でぶつぶつ言ってるんです?」
「何でもないわ。ちょっと悪い子を叱っていただけよ」
「? ……まあ、いいですけど。それよりこの公式分かります?」
「う~ん、そうね。これは―――――」
 騒がしかった七姉妹がいなくなり、縁寿はようやく勉強に集中できるのだった。










そらのむこう 第4話
「マモンの日常」













 その頃、縁寿から図書室を追い出されたマモンはふてくされていた。
『もう~、みんなが騒ぐから縁寿さまに追い出されたじゃない。もっと一緒にいたかったのに』
『お前も十分騒いでいただろう。人のせいにするな』
『ふん、何よ。自分は関係ないみたいな顔しちゃってさ。どうせ私はベルフェ姉みたいな優等生じゃないわよ。第一、あれはレヴィア姉が騒いでいたからよ。私のせいじゃないわ』
『何よ! 私のせいだって言うの!?』
 縁寿に怒られたのが自分のせいにされ、レヴィアタンはマモンに喰ってかかる。
『レヴィア姉もよせ。しかしマモン、姉妹の中で一番縁寿さまと共にいるのにまだ不満なのか? お前は普段から縁寿さまを独占しすぎだ』
『何言ってんのよ。縁寿さまを一番一人占めしているのは詩音でしょ。アイツが来るまでは私が縁寿さまを一人占めしていたのに……』
 マモンは恨みがましく呟く。実際、詩音が来るまで縁寿はマモンが独占していたのだ。
『仕方がないだろう。実体を持っていない私たちでは、縁寿さまを助けられるのは限界がある』
『あ~あ、私も実体があったら良かったのに……。そうしたら絶対詩音より、縁寿さまと仲良くなれたのに』
『そんなことを言ってもしょうがないだろう。仮に、マモンが実体をもっていたとして、お前は一体縁寿さまの為に何をするつもりなんだ?』
『ん? そうね……。もし実体があったら……』
 マモンは顎に手を当ててしばらく考え込む。しばらくの間そうして悩んでいたが、唐突に顔を輝かせこう言った。
『デート!!』
『はあ?』
 マモンのその答えを聞き、ベルフェは呆れた。
『それは単にお前の欲望だろう。もっと縁寿さまの為に……』
『そんなことないわよ。仲良くデートできて、私も縁寿さまもハッピーになれるじゃない』
『……そうか?』
『そうよ! きっとこんな感じに仲良くデートするのよ!』

『縁寿さま、その格好すごく可愛いです! 素敵です! えいッ、抱きついちゃえ!』

『ふふ、ありがとうマモン。あなたのその格好も似合うわよ』




マモン&ベルフェ

『きゃ~~~~~!!(≧▽≦) なんちゃって、なんちゃって///』
『駄目だコイツ、早く何とかしないと……』
『んんッ! ゴホン、ゴホン! と、とにかく、縁寿さまの隣は私が一番似合うってこと! お分かり?』
『ああ、分かった分かった。お前の好きにするといい』
『何よ、その気の抜けた返事は!』
 マモンは如何に自分が縁寿にふさわしいか、ベルフェゴールに熱く語っている。しかし、ベルフェは涼しい顔をしてマモンの話を全部聞き流していた。
 ベルフェにとって、マモンの熱弁は果てしなくどうでもいいことだった。







 夜、マモンは縁寿の部屋に戻ってきた。
 あの後、縁寿にこっぴどく怒られた七姉妹たちは、ほとぼりが冷めるまで魔界に戻ることにした。そういうわけで、本日七姉妹たちは久しぶりに魔界に帰省していた。
 皆、久しぶりに故郷でゆっくりしていたが、マモンは他の姉妹たちに先んじて縁寿の部屋に戻ることにした。自分が一番縁寿のことを想っていると、他の姉妹たちにアピールするためだ。
 余裕の一番と思い、縁寿の部屋に入るマモン。しかし……。
『ただいま~、って、アレ?』
『マモンか、随分早いな』
 自分より先に部屋にいたのはベルフェゴール。自分が一番乗りだと思っていたマモンはつまらなそうに口を尖らせる。
『なあんだ、つまんない。せっかく私が一番乗りだと思っていたのに……。ベルフェ姉ってホント真面目よね。もうちょっとゆっくりしていけば良かったのに』
『向こうで本を読んでいたんだがな。読書ならどこでもできると思って戻ってきた』
 そう言うベルフェゴールの手には本が握られている。タイトルは……。
『主を堕落させる100の方法』
 休憩中でも自分の仕事に関しては余念がない。主を堕落させるのには労力を惜しまないが、自分が堕落することには無関心のようだ。
『そのうち働きすぎて体壊しちゃうわよ? 自分が怠惰になりたいとは思わないの?』
『興味が無い』
『はあ……、全く。それより縁寿さまは? 姿が見えないんだけど』
 マモンは部屋の中を探してみるが、縁寿の姿はどこにも見えない。
『縁寿さまなら、詩音と一緒に湯浴みに出かけられた』
『えーーーーー!? もう出かけちゃったの?』
『ああ、だいぶ前に出かけられた』
『ずるいずるい! 詩音ばっかり!! 私も縁寿さまと一緒にお風呂入りたいのに!!』
『しょうがないだろう。諦めろ』
『う~~~~! こうなったら気分だけでも……』
『待て、お前何する気だ?』
 ベルフェゴールは本を閉じ、マモンに目を向ける。
『決まってるでしょ。私もお風呂に行くのよ』
『お前また縁寿さまにセクハラするつもりか?』
『何よセクハラって!? 私がいつそんなことしたのよ!?』
『いつもだろうが! 縁寿さまが湯浴みされる度に、肌が奇麗ですね、脚がお美しいですね、また胸が大きくなりましたね、と毎日のようにセクハラしていただろう!!』
『私は縁寿さまの美しさを褒め称えただけよ! 何が悪いってのよ!!』
『それがセクハラだと言うんだ!! そんなことだから、縁寿さまから浴場の出入りを禁止されるんだろうが!!』
『これはあれよ、愛情表現の一種よ。普段冷たくして、二人きりの時に甘えてくる。ツンデレって言うんだっけ?』
『知るか! とにかく、縁寿さまの邪魔は―――――』
『待ってて下さい、縁寿さま! 今マモンが行きます!!』
『オイ! コラ、待て!!』
 ベルフェゴールは止めようとしたがマモンは聞く耳持たない。部屋を抜け出したマモンは大浴場へ一直線に向かっていった。



 聖ルチーア学園の学生寮は基本的に二人で一つの部屋を共有する相部屋だ。成績上位者には例外的に個室が与えられるが、基本的にはこの体制である。
 部屋の中には二段ベッド、机、クローゼット、トイレ、シャワー、冷蔵庫、エアコン等基本的な家具・家電は揃っている。成績が上がれば、進級の際の部屋替えで大きな部屋に移ることも可能だ。大部屋では2段ベッドではなく、一人一つずつベッドがあり、共有だったクローゼットも個人のものが与えられる。
 そんなわけで生徒たちはより快適な学園生活を送るため、日夜勉学に励んでいる。ただし、大部屋とはいえ風呂は設置していない。部屋ではシャワーを浴びるのが限度である。自分の部屋で湯船に浸かることができるのは、個室を与えられた成績上位者のみ。ごく限られた人間だけである。そのため、大部分の生徒は寮にある大浴場を利用することになる。
 そして今、マモンはその大浴場にいた。湯けむりの中、大勢の生徒たちが入浴している。皆、気持ちよさそうに湯船に浸かり、今日一日の疲れを癒していた。
 しかし、マモンはその他大勢の人間などには興味がない。その目はキョロキョロと縁寿を探していた。
『おっかし~な~、縁寿さまどこにいるのかな?』
 マモンは大浴場をくまなく探すが、縁寿の姿はどこにも見られない。
『まさかもう上がっているなんてことは……』
 念のため、マモンは脱衣所も覗いてみる。すでにお風呂を済ませているとは考えたくないが、一応確認して―――――
「…………マモン、何やっているの?」
 不意に声を掛けられ、マモンは後ろを振り返る。見れば、目の前にはすでに湯から上がり、パジャマに着替えている縁寿の姿があった。
『………………あれ?』
 縁寿の着替え終わった姿を見て、マモンは口をぽかんと開けて呆けている。
「…………何?」
 縁寿はマモンが何しに浴場に来たのか察しがついているようだ。ジト目でマモンを見るその視線には、若干軽蔑の眼差しが含まれている。
『何でもう着替えちゃってるんですか!!?』
「何でじゃないわよ! アンタ何考えてるのよ!!」
『ヒドイです縁寿さま! 私も一緒に入りたかったのに、あんまりです!!』
「ヒドイです、じゃないわよ!! アンタは出入り禁止だって言ったでしょう! 第一実体がないのにどうやって入るっていうのよ!!」
『こういうのは気分の問題なんです! 例えフリでも、一緒に入るのと入らないのでは違うんですから!!』
「…………マモン、あんまりしつこいとお姉ちゃんに言いつけるわよ」
『うぅ……! そんな…………』
 縁寿に最後通告を告げられ、マモンはとうとう何も言えなくなる。と、そこに…………。
「あ~、気持ち良かった♪ 縁寿、お待たせしました。あっ、これ飲みます?」
 両手にコーヒー牛乳を持ちながら、気持ち良さそうに詩音がやって来た。
『アンタはお呼びじゃないわよ!!!』
 縁寿の入浴シーンを拝むどころか、再び怒られたマモンは不満一杯だった。その上、にっくき詩音の気持ち良さそうな顔を見て、その怒りは頂点に達した。
『何でいつもいつもアンタばかり!! コイツめ!!』
 マモンは詩音の頭目掛けて、ジャブを繰り出す。が、当然の如く拳は詩音の頭をすり抜けていく。
「…………なんか妙にイラッときますね。……気のせいか?」
「多分それは気のせいじゃないわ」
 マモンは尚も執拗に詩音の頭に拳を繰り出す。その様子を見ながら縁寿は小さくため息を付いた。
「なんで仲良くできないのかしら? この子は……」
 縁寿の気持ちも露知らず、マモンは日頃の恨み(?)を晴らすべく、詩音の頭を叩き続ける。一方、詩音は得体の知れないイライラに首を傾げるのだった。







 夜も更け、いつもは賑やかな学生寮も今は静かに寝静まっていた。時刻はとうに0時を回っている。どの部屋も灯りが消え、物音一つしない。昼間は賑やかに騒いでいた生徒たちも、今日一日の疲れを癒し明日に備えるため、深い眠りに就いていた。そんな中、ある一室に小さな灯りが灯っていた。
「………………」
 枕元に本とライトスタンドを置き、ベッドにうつ伏せになりながら縁寿は本を眺めている。その様子が気になり、近くにいたマモンが覗きこんで来た。

『縁寿さま、何しているんですか?』
「ん? ちょっと魔法の勉強をしようと思ってね。お姉ちゃんの魔道書を読んでいたの」
『へえ~、すごいですね縁寿さま。昼間あれだけテスト勉強をしていたのに、今度は魔法の勉強ですか』
 マモンが関心したように声を上げる。
「ええ、お姉ちゃんに教えてもらったもの。私の償いの方法を……。いつか、私の罪が償えるぐらい立派な魔女になること。それが私の償いへの道……」
 そう言う縁寿の瞳には、ある種の決意が秘められている。
『…………縁寿さま、私たちはもうそのことは気にしてません。だからあまり無理をしないで下さい……』
 マモンは少し申し訳なさそうな顔をする。縁寿はかつて、七姉妹に対し酷い仕打ちをした。そのことに対し、縁寿は負い目を感じて無理に勉強をしているのでは? マモンはそんな風に考えた。しかし、縁寿は首を横に振る。
「大丈夫、無理なんかじゃないわ。私、今は本当に勉強が楽しいの。確かに、あの時の事に負い目がないわけじゃない。でも、それ以上に嬉しいの。お姉ちゃんが、私に道を示してくれたことが。あの時、こんな私でもできることがあるんだって分かったの。だから今は、心の底から立派な魔女になりたいと思っているの」
 縁寿は目を輝かせ、嬉しそうにマモンに話す。そんな縁寿を見て、マモンは嬉しそうに笑った。
『そうですか。なら私も縁寿さまを応援します。縁寿さまが立派に魔女になれるようサポートしますから、何でも言って下さい!』
「ええ、ありがとうマモン」
 そう言い、二人は静かに笑い合う。静かな部屋に二人の小さな笑い声が響いた。その時、二段ベッドの上から詩音の寝言が聞こえてきた。
「う~ん、よくばりモンブランおいしいです~、ムニャムニャ……」
 夢の中でケーキでも食べているのか、詩音は枕に涎を垂らしている。そんな、詩音の寝言を聞き、マモンは顔をしかめる。
『せっかく良い雰囲気だったのに……、空気読め!!』
 マモンは唇を尖らせる。そんなマモンの様子が可笑しいのか、縁寿はくすくすと笑っている。
『縁寿さま、笑うなんてひどいじゃないですか』
「ごめんなさい。でも、こうして見るとマモンと詩音って似ているわよね?」
『えーーーーー!? 何処がですか?』
 縁寿の言葉を聞き、マモンは露骨に嫌そうな顔をする。
「だって、性格がそっくりじゃない。強欲で、意地っ張りで、気が強くて。改めて考えてみると、そっくり」
『ちーがーいーまーすー!! こんな奴と一緒にしないで下さい! 私の方が詩音より可愛いし、知的だし、スタイルも良いし、何より強欲です!!!』
「くす、そうかもね」
 マモンは自分が如何に詩音より優れているかを熱弁する。そんな彼女の熱い語りを、縁寿はマモンの気の済むまで聞いていた。
 静かな部屋に、マモンの話し声だけが聞こえる。今この瞬間、二人の関係は主と家具ではなかった。仲の良い友達同士、二人はいつまでもお喋りに興じている。一度は絶望的なまでに亀裂の入った二人の関係。しかし、再び戻った絆は以前よりもずっと強く二人を結びつけていた。
 ライトスタンドの柔らかな光が二人を包む。時折マモンの話に縁寿が頷く度に、光に浮かぶ縁寿の影が陽炎のように優しく揺らめいた。
 縁寿とマモン、二人の夜は静かに、そして穏やかに更けていった。







 ガヤガヤガヤ。

 いつもは人が集まることなどない廊下に、今日は人垣ができている。みんな廊下の壁のある場所を眺めている。全くもってすごい人だかりだ。これじゃあ縁寿さまが見えないじゃない!
『縁寿さま、こっちですこっち! ここなら見えますよ!』
「そんなに焦らなくても結果は逃げないわよ。ちょっと待って」
『何言ってるんですか! 縁寿さまだって本当は早く見たいんでしょ!? あんなに頑張っていたんだから!』
「確かにね。結果はすごく気になるわ」
『なら早く見なきゃ! ほら、こっちですよ!』
 そう、今日は先日の定期テストの発表日だ。テストの順位はこうして毎回、廊下に貼り出される。順位の発表など、いつも気が滅入るだけなのだが今日は違う。なにしろ、今回縁寿さまはものすごく勉強していたのだ。一番そばで縁寿さまのことを見てきた私は良く知っている。模擬テストでも縁寿さまの点はかなりの高得点だった。今回のテストは上位に入ってもおかしくないはずだ。
『縁寿さま、ここなら見えます!』
「ありがとう、え~っと、私の名前は……」
 縁寿さまは自分の名前を探す。私も一緒になって、その名を探した。
 ………………あ。
 あった、縁寿さまの名前だ。名前の上に書かれていたその順位は……。
『すごい! すごいですよ、縁寿さま!! 20位ですよ、20位!! トップ20に入っているじゃないですか!!』
 前回のテストでは、縁寿さまの順位は半分より下だった。それが今回は大躍進。一気に成績上位者に入り込んだ。縁寿さまの努力が報われた瞬間だった。
 私は横にいる縁寿さまの顔を見つめた。無事に結果を残すことができたその横顔は、嬉しそうに微笑んでいる。
『おめでとうございます、縁寿さま。頑張ったかいがありましたね!』
「ありがとう、マモン。あなたが応援してくれたおかげよ」
『そんなことないですよ、全部縁寿さまの実力です』
「ううん、そんなことないわ。あなたの励ましがなかったら、ここまで頑張れなかったもの」
 縁寿さまは嬉しそうに私に話しかける。縁寿さまに褒められて、私は何だか照れくさくなる。きっと今、私の顔は赤くなっているに違いない。
『それにしても本当にすごいです。縁寿さまは今回凄く頑張っていましたよね』
「ええ、お姉ちゃんと約束したもの。立派な魔女になるって。テスト勉強が直接魔法の勉強になるとは思わないけど、何かを一生懸命頑張ることが次に繋がると思ったから」
「うん、きっとそうです。この努力は魔法を勉強する時にも生かせるはずです。私も陰ながら応援してます!」
「ありがとう」
 縁寿さまは優しく微笑む。その笑顔を見て、私は再び顔が赤くなるのを感じた。
「すごいですね、縁寿。おめでとうです」
 その時、後ろから詩音の声がした。何だ、アンタいたの?
「ありがとう。詩音は…………………………、まあ頑張ったわね?」
「私、実学主義なんで。学校の勉強とか興味ないんですよ」
 そう言って詩音はあっけらかんと話す。まあ、どうせ縁寿さまに負けた言い訳なんだろうけど。アンタにはそれぐらいの順位がお似合いね、ぷぷっ。
『流石縁寿さまだ。これだけ順位を上げられるとは驚きだ』
 そこに姿を現したのはベルフェ姉。ベルフェ姉も縁寿さまの結果が気になっていたようだ。
『ベルフェ姉、いつからいたの?』
『今来たばかりだ、他の姉妹は待機している。大勢でぞろぞろと来ても騒がしいからな。後で結果を伝えておくよ』
『うん、みんなに伝えといて。それにしても今回の縁寿さまは本当にすごいわよね。私驚いちゃった』
『ああ。努力されていたからな、縁寿さまは』
『う~ん、できることなら此処にいるニンゲンたちに縁寿さまの凄さを伝え回りたいわね。ほらほら、アンタたちなんかより縁寿さまはよっぽどすごいのよ!』
 そう言って、私は周りのニンゲンに伝えて回る。もちろん聞こえてはいないんだけどね。
 その時、視界の端に見覚えのある顔が見えた。
『ん? あれは……』
 私はその人物を正面から見つめる。アイツは……。
『須磨寺じゃない、アイツも結果を見に来たのね』
 あの顔は忘れもしない。縁寿さまを散々苛めてきたにっくき仇。須磨寺は少し離れた場所から縁寿さまを見ていた。
「…………縁寿」
 詩音が縁寿さまの肩を軽くつつく。そして、縁寿さまもそれに気付いた。縁寿さまと須磨寺はその場から一歩も動かず、ただ無言で互いの顔を見ている。
『ふん、そんなに睨んだって少しも怖くないんだから。アンタより縁寿さまの方がよっぽど凄いのよ、バーカバーカ!』
 私はそう言って、須磨寺に向かって舌を出してやった。
『マモン』
『ん? 何?』
『もっと上の順位を見てみろ』
『え~? そんなのどうだっていいじゃない。あの女より縁寿さまの方がずっと…………………………、嘘?』
 廊下に貼られたテスト結果の用紙。その成績上位陣に私は目をやった。






































 1位 「須磨寺 雫」





『う、嘘でしょ…………』
『どうやら、須磨寺家の跡取り娘というのは伊達ではないようだな』
 そりゃあ、名家のお嬢様なら成績ぐらい良くて当然だ。でも……、いくら何でも1位だなんて…………。
『…………あんなに頑張った縁寿さまですら20位だったのに…………』
『並大抵の努力ではこの結果は出せないだろうな』
 須磨寺はしばらくの間、縁寿さまと対峙していたがやがて静かにその場を離れる。あの教室での一件以来、縁寿さまは以前のように須磨寺から嫌味を言われることはなくなった。今も須磨寺は一言も話さず去って行った。……でも、須磨寺のその背中を見つめる私は悔しい思いで一杯だった…………。





『どうしてアイツが縁寿さまより上なのよ!!』
 私は悔しくて声を張り上げた。
『仕方がないだろう。向こうの方が勉強ができるんだから』
『縁寿さまの努力が足りないっていうの!!?』
『そんなことはない、前回の順位を考えれば今回の結果は大健闘だ。ただ、向こうはそれ以前から努力を続けてきたんだ。その差は簡単に埋まるものじゃない』
『う~、悔しいぃいい!!! 何かアイツをギャフンと言わせる方法はないの?』
『実体のない私たちに何ができると言うんだ。もう良いだろう、今回の成績は本当に素晴らしいものだったじゃないか』
『う~~~』
 ベルフェ姉はそう言うが、私は納得できなかった。やっと縁寿さまがアイツに勝てると思ったのに……。何かアイツにひと泡吹かせる方法はないものだろうか?



『と、言うわけでマリア卿。何か良い方法はないでしょうか』
 結局良い考えが浮かばなかった私はマリア卿に相談しに来た。
『う~ん、ひと泡ふかすと言っても漠然としすぎて良く分からないよ。マモンは具体的にどうして欲しいの?』
『例えば、魔法でアイツの頭にタライを落とすとか、バナナの皮を踏ませて転ばせるとか』
『…………何かのコントみたいだね。第一、ここじゃあ反魔力の毒素が強すぎて魔法なんか使えないよ』
『じゃあ、直接じゃなくて間接的でも良いんです。本人が気がつかないように魔力を送って風邪を引かすとか』
『それじゃあ魔法じゃなくて呪いだよ。それに、そう言った負の要素を取り入れた魔法や魔術は、魔法を行使する人間にも負の感情を与える。お勧めはできないよ』
『う~ん、やっぱり駄目ですか……』
 マリア卿なら良い考えをお持ちかと思っていたんだけど……。世の中そんなに甘くはないか……。
『そんなに心配しなくても、今の調子で勉強を続けていけば大丈夫だよ。真里亞が保障してあげる。縁寿はやればできる子、うーーーー!』
『はい、ありがとうございました』
 私はマリア卿に一礼しその場を後にした。しかし、マリア卿はああ言っていたが、やはり私はあの女にひと泡吹かせてやりたい。こうなったらアイツの弱みを握ってやる! 今こそ実体のないことを最大限利用しなければ! でも一人じゃ心細いなあ……。



『うりゅ~、どうして僕?』
 さくたろうが不満そうに呟く。一人で計画を実行するのは少し心細いので、私は彼に協力してもらうことにした。
『いいじゃない、アンタいつも暇そうにしているし』
『そんなことないよ、僕はいつも真里亞のお手伝いを―――――』
『ほら、やっぱりいつもマリア卿にべったりじゃない。小さな子どもじゃないんだから、いい加減親離れしないと』
『うりゅ……、マモン強引……』
 さくたろうはまだ言いたいことがありそうだったが、私は有無を言わさず彼を連れて行った。
『でも、いいの? 勝手に人の部屋に入って。こういうの、ふほーしんにゅうって言うんじゃないかな?』
『いいえ、これは純粋な潜入捜査よ。そんな低俗な犯罪と一緒にしないで欲しいわ。良い? 今回の私たちの任務はとても重要なものなのよ。須磨寺の部屋に入って、あいつの弱みを握ってやるのよ。そしてそれを縁寿さまに報告。そうすることで、今後縁寿さまはアイツに対して有利に立てるんだから!』
『……うりゅ、そんなに上手くいくのかな?』
『当ったり前よ! そしてこのことで縁寿さまの私に対する好感度は大幅UP!! きっと素敵なご褒美が貰えるんだから……』

『私のためによく頑張ってくれたわね、マモン。それじゃあご褒美をあげないとね……』

『ああ、縁寿さま…………』




『きゃ~~~~~!!(≧▽≦)/// きゃ~~~~~!!!(≧▽≦)///』
『…………マモン、変な物でも食べた?』
『んっ、んん!! ゴホン、ゴホン!! と、とにかく重要な任務なんだから気を引き締めるように、良いわね?』
『うりゅ、何だか心配……』







 数分後、私たちはとある部屋の前にいた。
『さあ、ここが須磨寺の部屋よ』
 ここがにっくき須磨寺の自室だ。今からこの部屋に侵にゅ…、もとい潜入しあいつの弱みを握るのだ。私は勇み足で部屋に入ろうとした。しかし、その前にさくたろうが私に声を掛けた。
『本当に良いの? 勝手に人の部屋に入って?』
『今さら何言ってるのよ、ここまで来て怖気づいたの? いいわよ、私一人でも入るから』
『うりゅ! ま、待ってぇ~』
 そして私とさくたろうは扉をすり抜け、部屋へと入った。

『わわッ!! 何コレ!?』
『うりゅ~~! すごいすごい!!』





































































 部屋一面に広がる光景。その光景を見た瞬間、私とさくたろうは驚きと感嘆の声を上げた。
 狭くない部屋に所狭しと並べられている物。それは、可愛らしいぬいぐるみの数々。
 犬、猫、パンダ、ラッコにペンギン。キリンやゾウまで置いてある。
 そこはまるでファンシーショップ。女の子の夢を詰め込んだような、とても可愛らしい部屋だった。
『…………すごい、これ本当に学生寮の一室なの?』
『すごいね~、真里亞がいたら喜びそう』
 さくたろうはぬいぐるみに囲まれて大はしゃぎだ。
『……意外ね、あの女にこんな趣味があったなんて』
 私が須磨寺に持っているイメージは、傲慢で、高飛車で、冷徹な自己中心的な人格破綻者だ。そんなイメージだから、人間味のない殺風景な部屋を想像していた。それなのに、こんな女の子らしい趣味があっとは……。
 私は近くにあったぬいぐるみを良く見てみる。それはとてもちっちゃくて、愛らしく、女の子なら思わず抱きしめてしまいそうな仔猫のぬいぐるみだった。
『……しかも、これ手作りだわ。まさか、この部屋のぬいぐるみ全部!?』
 私は改めて部屋を見渡す。所狭しと置かれたぬいぐるみの数々は、数十にも及ぶ。これだけのぬいぐるみを作ろうとしたら、どれだけの時間が掛かるのだろうか?
『……なんかすごくイメージと違うわね、この部屋……』
 須磨寺の弱みを握ろうと意気込んで来たものの、なんだか毒気を抜かれてしまった。当初の目的を失った私は、仕方なくうろうろする。
 それにしても広い部屋だ、縁寿さまの部屋の3倍はある。この部屋が個室だなんて信じられない。これが成績上位者の特権というやつなのだろうか。そう言えば、あの女は生徒会役員もしているんだったっけ? 正に完璧人間だ、性格以外は。
 その時、ふとある物が目に止まった。机の上に置かれている写真立て、そこには一枚の写真が飾られていた。
『……これ、須磨寺よね?』
 そこに写し出されているのは、幸せそうな母子の写真。
 芝生の上に座っているのは、和服が良く似合う美しい女性。多分須磨寺の母親だろう。そして、その膝の上に座り、嬉しそうに母に抱きついているのは幼い頃の須磨寺。
 二人とも、すごく幸せそうに笑っている。本当に幸せそうに、見ている者まで和んでしまうような、幸せいっぱいの写真。
 そして、やはり従姉妹だからだろうか? 髪の色こそ違えど、幼い日の須磨寺には縁寿さまに良く似た面影が見えた。縁寿さまも、小さい頃はこんな感じだったのだろうか?
 私はその写真をもっと良く見ようと近づいた。その時……。





































『こらぁあああ~~~!!!!』





『え!? 何々!!』
『うりゅ!?』
 突然大きな声が部屋に響き、私とさくたろうは驚いて辺りを見回す。私が目を向けると、先程まで私とさくたろうが眺めていたぬいぐるみたちが、声を揃えて喋っていた!
『勝手に入って来たよ。この人たち』
『じゃあドロボウかな? 人の部屋に勝手に入ったらいけないよね?』
『じゃあドロボウだ。この人たちはドロボウだ!』
『ドロボウだ! ドロボウだ!』
『いけないんだ! いけないんだぞ!』
『帰れ、帰れ! このドロボウめ!!』
『雫が帰って来る前に追い返せ!』
 ぬいぐるみたちは口を揃え、私たちに帰れ帰れと声を上げる。その光景に私は目を丸くした。
『……う、嘘!? この子たち命をもっているの?』
『うりゅ~~、すごいすごい! 物に命を宿らせるのはすごく難しいことなのに。真里亞以外では初めて見た。よっぽどこの子たちを大切にしているんだね』
『…………信じられない。真里亞卿以外にそんなことができる人間がいるなんて……』
 私は今度こそ驚きを隠せなかった。物に命を与える原初の力の第一歩。それは、物を愛すること。あの冷徹な女にそんな一面があったとは……。
『出てけ出てけ! このドロボウめ!!』
『そうだそうだ! このドロボウめ!!』
 ぬいぐるみたちは相変わらず、私たちに帰れ帰れと声を上げている。
『うりゅ……、どうしようマモン?』
 さくたろうは不安そうに尋ねてくる。
『まあ、ここは私に任せておきなさい』
 そう言って、私は彼らの前に立った。
『ごめんなさい、勝手に入っちゃって。でも誤解しないで、私たちは雫の友達なの。今日は雫にお呼ばれしたけど、彼女ちょっと用事があって遅れるの。だから雫に、先に部屋に行くよう言われたのよ』
 私はあることないことでっち上げ、嘘八百を並べる。私がそう説明すると、さっきまで出てけ出てけと声を上げていたぬいぐるみたちは静かになった。そして、今度は仲間同士ひそひそと話し始めた。
『友達だって。お呼ばれしたんだって』
『じゃあドロボウじゃないんじゃない? だって友達なんだよ』
『そうだよ、友達はドロボウじゃないよ』
『じゃあお客さん? この人たちはお客さん?』
『そうだよ、お客さん。この人たちは雫の友達なんだから!』
『お客さんだ! お客さん!』
『なら、おもてなししなきゃ! 雫のお友達なんだから!』
『歓迎しよう! そうしよう!』
 彼らがそう口にすると、辺りは一変して歓迎ムード。私たちはこの部屋の招待客になった。
『ごめんね、勘違いして。雫の友達なら歓迎するよ。ゆっくりしていってね』
『ありがとう、そうさせてもらうわ』
『……うりゅ、マモン嘘つき……』
『しーーーー!!! いいのよ黙っとけば。どうせバレやしないんだから』
 私はうっかり口を滑らせそうなさくたろうに釘を刺す。そんなわけで、ひょんなことから私たちはこの部屋の住人たちにもてなされることになった。



『雫はねぇ、とっても優しいんだよ。すごく私たちのことを大切にしてくれるの!』
『へぇ~、そうなの? あなたたちはみんな雫に作ってもらったわけ?』
『そうだよ! 僕たちはみんな雫に作ってもらったんだ。雫はみんなのお母さんなんだ』
『意外ね。私の知っている雫は無愛想で怖い感じなんだけど』
『そんなことないよ。雫は確かに強情で負けん気が強いけど、ホントはすっごく優しいの。私たちはみんな雫が大好きなの!』
 彼らは皆、口を揃え須磨寺が大好きだと話す。なんだか私の持っているイメージと全然違う。彼らの話を聞くと、間違えて別の部屋に入ったのではないかと思う。須磨寺の弱みを握ろうとこの部屋にやって来たが、これではまるで私が悪者みたいだ。
 さくたろうも、同じような話を聞いているのだろうか?
『へえ~、君にもマスターがいるんだね』
『うりゅ! そうだよ、真里亞って言ってとても仲良しなんだ。会えばきっと仲良しになれるよ』
『そっか~、僕もいつか会ってみたいな』
 さくたろうはライオンのぬいぐるみと楽しそうにお喋りをしている。ライオン同士気が合うのかもしれない。しばらく好きなように話をさせてあげよう。
『それからね、それからね、雫は―――――』
 そうしてしばらくの間、私は須磨寺の自慢話を聞かされるのだった。







『あっ、もうこんな時間? さくたろう、そろそろ帰るわよ』
 気が付けば、部屋に入って小一時間は経っている。いい加減帰らないと縁寿さまに心配を掛けてしまう。
『うりゅりゅ、もうこんな時間? じゃあ今日は帰ろうか』
 そうして私たちは立ち上がる。すると、さくたろうと話していたライオンの子が話しかけてきた。
『ごめんね、こんな時間まで引きとめて。今日は楽しかったよ』
『こっちこそありがとう。僕たちも楽しかった!』
『この部屋あんまりお客さんが来ないんだ。だからまた遊びに来てね』
『うりゅ! きっとまた来る!』
『そうね、また暇があったら遊びにくるわ』
 そうして私たちは部屋を後にする。
『また来てね~~~!!』
『今日はありがとう!』
『これからも雫と仲良くしてあげてね!』
 そして彼らはお別れの言葉を口にする。最初は須磨寺の弱みを握ってやろうと画策していたが、今はそんな気持ちは微塵もなかった。彼らと言葉を交わすうちに、そんなことはどうでも良くなってきたのだ。
 みんなは、私たちの姿が見えなくなるまで見送ってくれた。

 そして私とさくたろうは部屋から抜け出し、再び寮の廊下に出た。
『楽しかったね~、マモン。みんな良い人ばかりだったね』
『そうね、暇があったら今度は他の姉妹も一緒に―――――』










「何をしているの、こんな所で?」










『………………へ?』
 部屋を出た直後、私たちはいきなり声を掛けられた。左を振り向いたその先にいた人物……。それは、ついさっきまで私たちがいた部屋の主、須磨寺雫だった。
『…………え? ちょっと待って…………』
 おかしい。
 おかしい、おかしい、おかしい。こんなのおかしい
 私は今起こったことが受け入れられず、混乱していた……。



 …………どうして、私たちが視えているの……?



 馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な。
 視えているはずがない。
 ただの人間に、私たちが知覚できるはずがない。こんなの何かの間違―――――

「こんな所で何をしているのかって聞いてるのよ」

 視えている。
 何故、コイツに私たちの姿が視えているのかは分からない。でも確かに視えている。須磨寺は瞳を逸らさず、真っすぐ私を見ている。
『……あ、あの、その……、いや……。こ、これは別に勝手に部屋に入ろうとか、そんな事は全然なくて……』
『うりゅーーー! ごめんなさい!!』
 突然の出来事に、私とさくたろうは、おろおろするしかなかった。その時……。





「何って、ちょっと散歩をしていただけですよ」





 私は驚いて後ろを振り向くと、そこには詩音が立っていた。
 どうして詩音がこんな所に!?
「…………散歩ですって? こんな天気の良い日に、あなたはわざわざ学生寮の中を散歩するのかしら?」
「…………いや、まあちょうどこっちに用もあったことですし…………」
「あなたの部屋はA棟でしょう? C棟に一体なんの用があるって言うのよ」
「…………あ~、その、ちょっと道に迷いまして…………」
「だったら今後ろに隠したものは何なのよ」
 その言葉を聞き、詩音の顔が固まる。
 ……隠した?
 私は詩音の後ろに回り、その手に握っているものを見た。詩音の右手に握られているもの、それはドアを解除するためのキーピック。それを見た私は驚きを隠せなかった。

 コイツ、私と同じ考えを!?

 須磨寺は突き刺すような視線で詩音を睨みつけている。
「規律を無視する人だとは知っていたけど、無断で人の部屋に入る様な非常識な人間とは思わなかったわ」
「………………う、いや、その…………」
 詩音はバツの悪そうな顔して黙ってしまう。須磨寺の言っていることは図星だった。
「あなたの家では、人の部屋には無断で入るよう教育しているのかしら?」
「…………………………」
 詩音は今度こそ何も言えなくなってしまう。























































「出て行きなさい!! 
今すぐここから!!!」






 須磨寺の怒号が辺りに鳴り響く。そのあまりの怒鳴り声に周囲の部屋からは、何だ何だと生徒たちが顔を出してきた。部屋から出てきた者たちは、何が起きたのかと二人の様子を窺っている。しかし、須磨寺はそんな周囲の好奇の視線など全く意に介さず、詩音を睨み付けていた。
 こんな須磨寺は初めて見た。コイツは今、本当の本気で怒っているのだ。
 …………多分、この部屋は須磨寺にとってとても大切な場所なのだろう……。それを、他人が土足で踏み込もうとした。それが許せなかったのだ。

 ……そして、私はそこに土足で踏み込んだ……。



 ―――――ズキリ。



 ……その時、初めて私の中に罪悪感が生まれた。

「…………い、言われなくても出て行きますって……。そんな怒鳴らなくても…………」
 あの負けず嫌いな詩音が、今は完全に須磨寺に気圧されていた。
 そうして、詩音は逃げるようにその場を後にした。私とさくたろうはそれに続く。去り際に、私は後ろを振り向いた。
 須磨寺はいつまでも私を睨みつけていた。もちろんそれは、実際には詩音に向けられたものなのだろうけど、私にはそれが自分に向けられているように感じた。
 それはまるで、私がしたことを見透かしているように……。
 ……後ろめたさに耐えきれず、私は目を逸らす。そして、私は詩音と共にその場を後にした……。





「……………………」
『……………………』
『……………………』
 私たち三人は一言も話さず、ただ黙々と歩いていた。私とさくたろうの姿が視えない詩音が話さないのは当然だが、この沈黙はそれだけが理由ではなかった。
 さっきから私の胸の中には、言いようのないわだかまりがあった。とても何かを話す気にはなれない。詩音もさくたろうも、私と同じような顔をしていた。
 初め私は、自分が悪いことをしているつもりなんかさらさらなかった。ただ、縁寿さまの役に立とうと躍起になっていただけだった。でも、今は―――――。

 その時、詩音が歩みを止めた。
『…………?』
 何事かと思い、私とさくたろうは顔を見合わせる。すると、詩音はポケットからある物を取り出した。
 それは、キーピック。詩音が須磨寺の部屋のドアを開けようとして持っていたものだ。
 詩音はしばらくの間それを眺めていたがやがてそれを―――――
『―――――!?』
 近くのゴミ箱に投げ捨てた。投げ捨てられたキーピックは、ガランガランと音を立てて、ゴミ箱の底に沈む。
 キーピックを捨てた詩音の顔は先程とは打って変わり、晴れ晴れとしたものだった。
「やっぱり、こんな姑息な真似は私らしくありませんね」
 そう言い、詩音は再び歩き始めた。もう、詩音の顔にはどこにも陰はなかった。いつもと同じように胸を張り、堂々と歩いている。
 そんな詩音を見て、私は自分がしたことが情けなくなった。





―――――マモンと詩音って似ているわよね?―――――





 違います、縁寿さま。

 私と詩音は似ていません。

 だって私は、詩音の様に胸を張って生きてはいないもの……

『……うりゅ。マモン大丈夫?』
 さくたろうは私を心配して顔を覗いてくる。でも、今の私にはさくたろうの声も届いていなかった……。







「……マモン、どうしたの? 今日は部屋に帰ってから元気がないけど……」
 机に向かって勉強していた縁寿さまは手を止め、私に話しかけてきた。その声を聞き、私は顔を上げる。
 昼間のことが気にかかり、ぼんやり宙を漂っていた私を心配して縁寿さまは何があったのかと聞いてくる。縁寿さまは私の顔を心配そうに覗いてくる。私は思わず目を逸らす。今日の事を縁寿さまには知られたくなかった。でも―――――
「マモン、どうしたのよ?」
 縁寿さまは再び尋ねてきた。
『……………………』
 私は目を合わせない。…………でも、主に嘘はつけない。私は観念して、縁寿さまに全てを話すことにした。
『…………その、実は…………』



 そして、私は全てを話した。今日の出来事を。私が何をしたのかを。
 私は恐る恐る、縁寿さまの顔を見る。私が顔を上げると、思った通り縁寿さまは険しい表情をしていた。
「…………なるほどね。そう言う事だったの」
『……………………』
 私は縁寿さまの顔をまともに見ることができず、下を俯いていた。
「マモン、どんな理由があろうと、人の部屋に土足で踏み込んで良いはずがないわ。私がそんな事をしてくれといつ頼んだの?」
『…………申し訳ありません。差し出がましい真似をしました…………』
 縁寿さまの厳しい言葉が突き刺さる。私は今すぐこの場を逃げ出したかった。でも、それはダメ。ここで逃げたら、私は縁寿さまの家具になる資格などない。
「今日は随分と勝手な真似をしたわね、マモン。今度同じような真似をしたら、説教ぐらいじゃ済まさないわよ」
『………………はい』
 涙が出そうになった。主の預かり知らぬ所で勝手な真似をして何が家具だ。私は縁寿さまに悟られまいとさらに俯いた。
「…………まあ、でも」
 でも、縁寿さまは一呼吸置き―――――
「私のために動いてくれたことは嬉しいわ」
 そう言ってくれた。
『………………え?』
「ありがとう、マモン」
 その言葉を聞き、今度こそ私は涙が零れた。もちろん、嬉しい方の。
『縁寿さま~~~~~!!!!』
「ちょっとマモン!!」
 私は嬉しくて縁寿さまに抱きつく。もちろん触れることはできないけど、こういうのは気持ちが大切なのだ。
『縁寿さま~~~~!!! 大好きです!!!』
「ちょっと離れてってば。これじゃ勉強できないでしょ」
 縁寿さまはそう言うが、私はしばらくの間そのままだった。縁寿さまの一言が嬉しくて、私はいつまでも抱きついていた。
 私と縁寿さまは、今まで色々あった。互いに傷つけ合い、憎んだことさえあった。でも、改めて私は思う。





 ―――――この人にお仕えすることができて、本当に良かった―――――





 暗闇の中、柔らかなスタンドの光がいつまでも私たちを包みこんでいた。
















縁寿や詩音に比べると出番が少なかったマモン。なので今回は彼女中心のお話となりました。
本編でも、もう一度縁寿と彼女の話が見たいなあ。
あと、今まで多くを語られなかった雫さんにも、ちょこっと出番を。
そして今回使わせてもらったイラストはバンビーナさんです。
素敵なイラストを使わせて頂きありがとうございました!!
公式掲示板でも素敵なイラストがありますのでよろしかったらどうぞ!

うみねこ掲示板の、【六軒島異聞 二次創作投稿スレ】のトップページから、【六軒島異聞保管庫】にいけます。
過去に投稿された小説が作者別に保管されているので検索も簡単!
諸事情でブログに掲載されなかった作品もあるので良かったら目を通して下さい。

それでは次は5話目で、シーユーアゲイン!!






2009.10.03 Sat l うみねこ l コメント (2) トラックバック (0) l top

コメント

No title
4話、楽しく読ませていただきました!
マモンの妄想っぷりがかわいくって(^^
ベルフェのクールなトコロもいいですね!!
雫サンの意外な面がチラリと出て来て今後の展開が楽しみであります!!

それでは、またお邪魔させていただきますv
2009.10.14 Wed l ふぢまる. URL l 編集
第4話「マモンの日常」
おもしろかった.
モンとさくたろうが雫の部屋に入ったとたんぬいぐるみたちが一斉にしゃべりだしたというのがよかったです。さくたろうとレオの交流も、(((あったらいいなこんなこと)))の一つですね。 夢いっぱいのお話でした。自分の心を大切にしている縁寿がもっと好きになりました。
2013.02.03 Sun l 乗組員z. URL l 編集

コメントの投稿












トラックバック

トラックバック URL
http://umiumimak02.blog114.fc2.com/tb.php/62-c947df17
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。