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 毎日が暖かかった。

 とりたてて、何かをするわけではない。

 ただ日々をのんびり過ごせばいいだけだった。

 何かに追われることもなく、私は毎日お喋りをして遊んでいた。

 主に使われるのを何よりの喜びとする家具ならば、それはちょっと反省しなければいけないことなのかもしれないけど…。

 でも、楽しかった。

 毎日が満たされていた。

 普段、私たちが呼び出されるのは大抵獲物を狩る時。

 もちろん、それは嫌いではない。

 それが私の役目だから。

 それこそが、私たちの存在意義。

 でも、今回はいつもと違った。

 私の仕事は、新しい主の話し相手になればいいと言う。

 最初はちょっと退屈な仕事だと思った。

 いつものように、獲物を追い掛け回す方がよっぽど面白いと思ったからだ。

 でも、すぐにそれは間違いだと気付いた。

 私の新しい主は、色々な事を私に話してくれた。

 自分の事。

 家族の事。

 いとこたちの事。

 そして、大好きだったお兄さんの事。

 彼女はよく話したし、私の話も親身になって聞いてくれた。

 主に使われる多くの家具の一つに過ぎない私の話を、時に頷き、時に相槌を打って耳を傾けてくれた。

 こんなにたくさん、主とお喋りをしたことは今までなかった。

 家具として長く仕えているベアトリーチェ様とだって、こんなにたくさん話をしたことはない。

 私たちのそれは、只の主従関係ではなかった。

 気が付けば、いつのまにか私たちはお互いにとって、一番の友達となっていた。

 大好きな姉と、可愛い妹たち。

 マリア卿に、さくたろう。

 そして、私の新しい主。





 右代宮縁寿さま。





 みんなが集まっていた。

 時には喧嘩をしたり、姉妹たちと騒いで縁寿様に迷惑をかける時もあったけど、毎日が暖かった。

 みんなでお喋りをしたり、しりとりをして遊んだり。

 それは、今までの私にはないことだった。

 こんなふうに暖かで、穏やかな日々を送れるなんて思わなかった。

 きっと、以前の私なら退屈でつまらない日々だと思っていたんだろう。

 でも、縁寿さまが教えてくれた。

 戦いばかりが、人生の全てではないと。

 こんな日々が、いつまでも続けばいいと思った。

 縁寿さまは学校ではいつも一人だったけど、私が―――――





 ―――――私たちがいれば、縁寿さまを慰め、助けることができる。






































 そう信じて疑わなかった。










「……何が煉獄の七姉妹よ…。……下らない、下らない…。……………私、最初から知っていたんだから……」
「………え、……縁寿さま…。…………ッ、ッッッ……!!!」
 縁寿さまはルシ姉の瞳をぎょろりと睨みつける。
 …するとその凝視は、どうやら痛みを伴ったらしい。
 ルシ姉は凄まじい頭痛に襲われたかのように、自らの頭を両腕で抱え込む。
 しかし、縁寿さまの凝視からは目は剥がせないらしい。
 ……だからますますに激痛が彼女を襲う。
「ぐぐぐ、あ……がが、が…………ッ!!はがッ!!!」
「役立たずが役たたずが……!!あんたなんて大嫌いッ!!消えてしまえ…!!」
 その一言と同時に、激痛に苦しむルシ姉の姿が、そのままの姿で硬直し、白濁した。
 ……まるで、美しく磨かれた窓ガラスが、無残に叩き割られ、無数のひびによって真っ白になってしまうのに、よく似ていた。
 そしてそれは、正しい表現だった。
 ルシ姉の姿は、ルシ姉の姿をしたガラス製の置物に、いつの間にか代わっている。
 それは内側より無数の亀裂を走らせて、頭や腕などを瓦解させながら崩れ落ちた。
「ひいィ?!!」
「ル、ルシ姉…ッ!!」
「…………次女は誰…?レヴィアタン?私の命令を実行して。今すぐにこいつらを皆殺しにしてッ!!」
「い、いえあのッ!……そ、その縁寿さま……どうかお気を静めてお聞きください…。私たちはその、………ッッッ、んぐグぐぐぐがッッ、がはッ!!!」
 レヴィア姉は縁寿さまを落ちつかせるため、言葉を続けようとした。しかし、それは縁寿さまの望む答えではなかったらしい。
 レヴィア姉もまた、全身を大量のひびで白濁させると、仰け反るような姿のまま倒れて、首や腕、腰などの華奢な部分を分断させた。
 粉々に砕けさせ原形を留めない方が、むしろ残酷さは感じさせなかっただろう。
 だから、しっかりと姉たちの姿を中途半端に残らせたところが、大いに残りの姉妹たちを震え上がらせた…。
「……どうして私の命令を聞いてくれないの…?どうして?どうしてよッ!!」
「おッ、畏れながら…!!げ、現在のこの場は、反魔法力が、ひ、非常に高く…ッ、」
「何よそれ。ニンゲンがいるから駄目って、どういう理屈?ニンゲンを殺すのがあんたたちの役目でしょ?!それが出来ないなら、あんたたちは何の為の家具なのよッ!!死ね!!!」
「ひぃッ!!お、お許し下さい縁寿さまぁぁ……ッ、ッッッ、くぐ、ぎ、かッ!!」
 サタン姉も両腕で頭を抱えながら、白濁してうつ伏せに倒れた。
 そして、頭がごろりともげて、ベルフェ姉の足元に転がる。
「ニンゲンが多いから駄目?じゃあ私が、後でこいつらを一人ずつ物陰に呼び出せたなら、あんたたちはきっちりと全員を血祭りにできるというの?」
「……現在の縁寿さまの魔力では、私たちと会話する程度は容易いでしょう。しかし、この場にいる全てのニンゲンの前で顕現するには、まだまだ魔力の練成が足りません……!
 お怒りは深く理解できますが、例え我らを攻撃に使えたとしても、この場の全員を殺害することは、かえって状況を悪くするだけです…!屈辱的とは思いますが、どうかこの場はお怒りを納められて…、……ッッ、あが、……くぐぐぐッ、がッッッ!!」
 縁寿さまに睨まれると、ベルフェ姉の体にも無数のひびが入り、やがてその体は五体バラバラになって転がった。
「………………あとの3人も同じ答えなの…?反魔法力が高いから出来ないって言う?私に魔力が足りないから出来ないって言う?……全員を殺せとは言わないわ。たった1人でいいから殺してみなさいよ。今すぐこの場で…!!」
 睨みつけられたアスモとベルゼは、抱きあいながら竦み上がってしゃがみ込む。
「ぃ、…嫌だぁ嫌だぁ…!!ベルゼ怖いよベルゼー!!」
「縁寿さまぁ、許して下さい、許して下さい…!!死にたくないぃいいぃ!!」
「死になさいよ、使えない家具ッ!どうして生きているの、あんたたち?死ねばいいじゃん。死になさいよ。というかむしろ死ねッ!!使い道のない家具を置いとく馬鹿がいると思うッ?!」
「「ひィイイィ!!ッッッ、がッ!!!」」
「やめてください、縁寿さまッ!!」
「……なぁに、マモン。あなただけは私の命令を遂行してくれるの?そうよね。私の一番のお友達だもんね。…………あなただけは、やってくれるわよね。こいつらを!」
「…………い、今の縁寿さまには、……私たちを使役しても人殺しはできません!!主に出来ることを手伝うのが家具の役目…!主にすら出来ないことを、私たちにはすることが出来ない…!!縁寿さまはこいつらが憎いですか?憎いですよね?
 殺したくなる気持ち、よくわかりますッ!!えぇ、どうぞ、ならば殺しましょうよ、縁寿さま!縁寿さま自らがその手を血に染めるならば、我ら煉獄の七姉妹、どこまでもお供しましょうとも!どこまでもッ!!」
「……私に出来ないから、………あんたたちに頼んでいるんでしょう……。……私に出来ない事を出来るから、あんたたちは家具なんでしょう!!」
「えぇ、家具です。使われてこそ家具です…!!どうぞ我らを使って殺して下さい!殺すのは貴方の役目です、縁寿さまッ!!縁寿さまが殺したいというのならどうぞご自由に!躊躇うことはありません、どうぞ今すぐそれを実行を!!
 そこまでの覚悟が伴って初めて!自らの手を汚す覚悟があって初めて、我らはそれをお手伝いいたしましょう!でも縁寿さまはそれに至っていないんです!!」
「ふっ、……くっくっくっく、あっはっはっはっは…。あっはっはっはっはっはっは、語るな家具が。妄想がッ!!もうわかってるわよ、皆までいわせないでよ。…あんたたちには何も出来ない。…あんたたちは所詮、私の妄想、幻想、白昼夢…!私には初めから友達なんて一人もいないわ。孤独な私が心の中に生み出した、お友達ごっこの幻想でしょう?知ってたのよ、最初ッから!!!」






































 その瞬間、私の中で何か大切なものが砕け散った。





































 そして、ガラスの置物と化したベルゼとアスモの2人も同じように、粉々に砕け散り、床に転がった……。
 やがて、私の体に無数のひびが入る。
 縁寿さまの言葉は、どんな鋭利な刃物よりも鋭く、私の心を切り刻んだ……。
 そして、体を襲う激痛と心を切り刻まれる悲しみで朦朧とする意識の中、私が最後に聞いた言葉は―――――。






















































「あんたなんて所詮、私の妄想が作り出した白昼夢じゃない!!!」

































 そして、私の暖かく穏やかだった日々は、白昼夢と共に消え去った………。































 そらのむこう 第2話
 「罪」































「主よ、あなたの慈しみに感謝し、この食事をいただきます。ここに用意されたものを祝福し、私たちの体を支える糧としてください。主キリストの御名において。 アーメン」





 食前の祈りが終わり、厳かな雰囲気の下、夕食が始まった。
 昼食とは異なり、皆一様に沈黙を守り、ナイフとフォークが皿をカチャカチャと鳴らす音だけが食堂に響く。
 そんな沈黙に耐えきれず、小声で私に話しかける者が一人……。
(何でいつもいつも、黙って食べなきゃいけないんですか…。お昼みたいにみんなでお喋りしているほうが楽しいでしょう……)
 夕食の雰囲気に、詩音は不満タラタラだ。何かとお祭り好きな彼女にとっては、この沈黙は耐え難いものなのだろう。
(仕方ないわ。ここはそういう学校なんだから)
(神は沈黙を尊ぶとは言うけど、人間にそれを強要するのはどうかと思いますけどねぇ)
 詩音は小声でぶつぶつと文句を言う。
 ここに来て、最初の数日間は大人しく食事をしていた彼女だが、毎日こうだと流石に不満も溜まってきた様子だ。最近の彼女は、露骨に不満を顔に出しながら食事をしている。
 そんな態度で食事をするのだから、当然シスターの目にも留まりやすい。これまでに何度か注意を受けているが、当の本人にはあまり反省の色が見られない。
 上辺だけは『すいません』と口にしているが、シスターの目が届かない所にいくと、舌をだしている。
 この閉鎖的な学園の中で、それ程の元気を失わないのは良い事だが、あまりシスターに目を付けられると、後々不利になる。
 何しろ、私たちは学園での生活が全てなのだ。その中で、学園を取り仕切っているシスターたちの不興を買うのは非常にまずい。
 反省文や、奉仕活動だけならまだしも、あまりに態度が悪いと生徒指導室に連れて行かれる。(私たちはそこを懲罰房と呼んでいる)
 そこに連れて行かれるのは、私たちにとって、この学園で最も恐ろしい事の一つだ。
 その部屋では幾人ものシスターに取り囲まれ、何時間にも渡り延々と反省と自己否定を繰り返される。そんな事を何日も続けられれば、精神が参ってしまう。
 生徒が弱り切ったところで、最後には優しい言葉と、慈愛溢れる神の言葉を掛ける。精神的に参っている生徒は、その言葉であっさり堕ちてしまう。
 それで洗脳は完了だ。こうしてまた一人、敬虔な神の僕が生まれるわけだ。
 ここで洗脳されるのが嫌なら、シスターの不興を買わないよう、品位ある態度で日々の生活を送るか、もしくは初めから洗脳されていれば良い。入学する以前に洗脳されていれば、それ以上洗脳しようがないのだから。
 もちろん私は前者だ。洗脳されるのは御免だから、シスターの目に留まらないよう、これまで大人しく過ごしてきた。
 でも、詩音はそんなのおかまいなしだ。大人しくしているなんてまっぴらだ!!と言わんばかりに、シスターと対立している。
 そんな態度だから、今日もシスターからお小言をもらう。
「園崎さん、食事中は静かに!それに、ナイフとフォークの使い方が間違ってますよ!」
「は~い。気を付けます」
 注意を受けても、詩音は適当に返事をする。本当に彼女は怖いもの知らずだ。そんな詩音の態度にシスターは頭を痛める。
「まったく、あなたには聖ルチーア学園の生徒としての自覚が足りないようですね。いけませんよ、そんなことでは。右代宮さん、あなたもルームメイトとして、少しは注意をしたらどうですか?」
 ここの校風は連帯責任を重んじる。そのため、詩音が問題を起こした時は、ルームメイトの私も非難の的となる。
「すいません」
 とりあえず私は謝っておく。でも、悪い気はしなかった。

『あなたもルームメイトとして』

 そう、今や私のルームメイトは詩音なのだ。例えお小言だとしても、それを他の誰かに認めてもらうのは、何だか嬉しかった。
 今まで私は一人だった。食事をするのも、休み時間も、部屋にいる時でさえ。
 でも、今は詩音がいる。
 シスターからお小言を貰うことでさえ、彼女が一緒だと思うと楽しく感じる。
 詩音はシスターの口うるさいお小言に辟易していたが、私はちょっぴり楽しかった。
「とにかく、今後は学園の生徒として、もっと自覚を持って行動するように。分かりましたね、二人とも?」

「はい」 「は~い」

 ひとしきり私たちに説教をしてから、シスターは去って行った。
 その後ろ姿に向かい、詩音はいつものように舌を出している。どうやら彼女の辞書に、反省という言葉はないようだ。
 詩音のその様子が可笑しくて、私は小さく笑ってしまった。
 すると、詩音がこちらを向き、目が合う。
 私がくすくすと笑っているのを見て、彼女もつられて一緒に笑う。
 私たちは食事を取るのも忘れ、しばらくの間、小さく笑い合った。





「主よ、感謝のうちにこの食事を終わります。あなたからの慈しみを忘れず、日々の恵みがあることを、感謝します。主キリストの御名において。 アーメン」





 食後の祈りが終わり、皆一斉に席を立ち食器を片づける。
 静寂な時間が終わり、あちこちでお喋りが始まる。もう静かにする必要もなくなり、詩音も肩の力を抜いた。
「ふう~、毎回毎回疲れますね。食事ぐらい好きにさせて欲しいです」
「私は慣れているけど、詩音にはまだ辛いみたいね。大丈夫、すぐ慣れるから」
「できれば、こんなこと慣れたくないですけどね。あ~、疲れた。肩こりそう」
 詩音は思いっきり背伸びをして、両腕を挙げる。よほど窮屈だったに違いない。
「でも、ごめんなさい、縁寿。毎回私のせいで怒られて」
「気にしないで。私は平気だから」
 他の生徒たちの冷酷な嘲笑に比べれば、シスターのお小言など大したことはない。むしろ、詩音と一緒に怒られるという状況を、私は楽しんでいた。
「悪いとは思ってるんですけどね…。どうしても、教師たちのあの態度を見るとカチンときちゃうんですよ」
「私のことはいいけど、詩音も気をつけた方がいいわ。あまり素行が悪いと、生徒指導室に連れて行かれるわよ」
「ああ、例の懲罰房とか言うアレ?う~ん、流石にもう少し大人しくした方がいいかぁ…。連れて行かれたら、どんな恐ろしい目に会うのやら…」
 私が懲罰房の話をすると、詩音は神妙そうな顔した。今は転入したばかりで、甘く見てもらえるかもしれないが、いつまでもそう言うわけにはいかない。
 今のうちに、この学園の恐ろしさを少しは理解してもらったほうがいいだろう。
「そう言えば、私の実家にもそんな物騒な部屋の話があったなぁ……。本当にあるのかな…?」
「何の話?」
「ん?聞きたいですか?」
「うん。私、詩音の実家のこと、まだあまり聞いてないから」
「じゃあ、いいですよ。実はですね、私の実家は地元じゃ結構有名でして、良くも悪くも色んな噂があるんですよ。例えば―――――」





 縁寿と詩音は、仲良さそうに話をしている。そんな二人の様子を、面白くない顔で見ている生徒たちがいた。
「あの人いつもうるさいわよね。もう少し静かにしてくれないかしら」
「いつもシスターに怒られてるし、何かと問題の多い人よね。この学園に相応しくないんじゃない?」
「類は友を呼ぶってことでしょ。右代宮さんと仲良くしている人だもの」
 そうやって彼女たちは、詩音と縁寿のことを遠巻きに監視し、二人のここがいけない、あれがいけない、と陰口を叩いている。
 無論、彼女たちの声は届いているはずがないのだが、二人が学園の生徒たちから良く思われていないのは明らかだった。
 やがて、一人の生徒が口を開いた。
「……本当に困った人たちだわ。もう少し、この学園に相応しい振る舞いをして頂かないと…」
 彼女が口を開くと、他の生徒が注目する。どうやら彼女がリーダーのようだ。
「どうします?まさか、ずっと放っておくわけじゃないですよね?」
「そんなわけないでしょう。あの人には、初日での借りもあるし…」
 そう言って、彼女は詩音の方へ目を移す。その目は鋭く、瞳は詩音の姿を捉えていた。
「それじゃあ―――――」
「ただ、彼女はこちらからお話しても、聞く耳もたないでしょうね。シスターの言葉さえ聞いていないもの」
 そうして彼女は目を細める。しばらく詩音を見ていた彼女だが、やがてその瞳は詩音から外れ、縁寿の方を見つめる。
「……だから、お友達のほうに相談してみようかしら……?」
 冷たく輝くその瞳は、縁寿の姿を離すことは決してなかった……。







「へえ……。そんなに素敵なお兄さんだったんですね」
 その夜、私たちはベッドに横になりながら、お喋りをしていた。
 2段ベッドの上は詩音。下が私だ。上の方が登ったり降りたりが面倒だから、私が上になると言ったが彼女は上の方がいいと言う。
 詩音曰く『何でも下より上の方がいいに決まっています』とのことだ。上昇志向の強い彼女らしい。
 そんなわけで、私は下のベッドで仰向けに寝て、上のベッドで寝ている詩音に向かって話しかけている。
「……うん。すごく大きくて…、優しくて…、温かかった…」
 私たちは色んなことを話した。
 自分の事。
 家族の事。
 故郷の事。
 詩音の故郷は、とある地方の小さな村だという。
 名を『雛見沢村』
 山間にある小さな村で、昔は観光客も来ない寒村だったらしい。しかし、以前ある小説の舞台になったらしく、それからはファンの方が度々訪れるようになったらしい。
 それを機に、村の人たちも観光に力を入れ、若い人たちが村に来るよう努力した。
 そのかいあって、最近は近くの街に高速道路ができたという。それに伴い、村にもたくさんの人が訪れるようになったという。
 ちなみに、詩音はその村を代々取り仕切る、名家の生まれだという。なるほど、彼女の何者にも屈しない精神力は、その家柄で育まれたのかもしれない。
「……縁寿、私には姉がいるんです」
「……お姉さん?どんな人」
「姉と言っても、双子なんですけどね。魅音っていいます」
「双子!?詩音に似ているの?」
「一卵性ですから、本当にそっくりですよ。声も顔も。同じ格好したら、親でも分からないと思います」
「詩音とそっくりのお姉さんか…。会ってみたいな…」
「写真持ってくれば良かったですね。本当にそっくりですよ」
「性格も詩音に似てるの?」
「それが、性格は全然似てないんですよ。私と違ってドジで、甘っちょろくて、度胸もないです。あんなんで、次期当主が務まるか心配です。…そうですね。姉というより、妹に近いかな?」
 そして詩音は優しく、こう言った。
「……うん、そうです……。私の……可愛い妹……」
 そう言う詩音の言葉には、何か特別な想いが込められているような気がした。それが何かは分からないけれど、詩音がお姉さんのことを大切に想っていることだけは分かった。
「好きなのね…。お姉さんが…」
 私がそう聞くと、詩音は少し返答に困ったように口ごもった。
「好きっていうか…、何ていうか…、う~ん」
 しばらく詩音はそうやって思案する。私は、そんなに難しい質問をしたのだろうか?
 すると、突然詩音が上のベッドから降りてきた。私は驚いて体を起こす。
「どうしたの?」
「縁寿」
「?」
「じゃんけん―――――」
「え?わっ!?」
「―――――ぽん!」
 驚きつつも、私は反射的に右手を出した。
 私はパーで、詩音はチョキ。しかし、これが一体何だというのだ?
「??なんなの?」
「縁寿は右利きですね」
「そうだけど?」
「手には必ず利き手と、そうじゃない手があります。そこには完全な優劣があります。例えば鍋つかみが片方しかなかったら、迷うことなく利き手で持ちますよね?もし、どちらか一方しか残せないなら、縁寿は右手を残すはず…。だからと言って、左手がなくなってもいいなんて思わない。多分、そういう関係なんだと思います。私と魅音は……」
 ……そうか。手には優劣がある…。つまり、それは学園に閉じ込められている詩音と、次期当主を任された、お姉さんのことなのだ。
 全く同じ遺伝子を持つ双子でも、どれだけ姿形がそっくりでも、二人の立場には、明確な差があるのだ。
 それは多分……、詩音が自分でどうにかできる問題ではない……。
 ……それでも、例えどんなに二人の立場が違っても、彼女たちはお互いに必要としているのだ。
 どちらかがいなくなって、いいはずがないのだ。
「……ねえ、詩音」
 私は、なんとなく二人の関係が分かった気がした。
「ん?」
「そう言うのを『好き』って言うんじゃない?」
 詩音は私の言葉を聞いて目を丸くする。そして、しばらくしてから小さく吹き出した。
「あははははは!!そうかもしれません!!ほら、私って天の邪鬼じゃないですか。素直にそう言えないんですよ」
 全く、本当に素直じゃない。さっきの話を聞いたら誰だって、詩音はお姉さんのことが大好きだって分かる。
 それなのに、自分で好きだってことに気が付かないなんて、本当にひねくれている。
「あはは!何だか、今日はちっとも眠くならないですね。もっと話しましょうか。ねえ、縁寿。もっと聞かせて下さいよ、縁寿のこと」
「そうね。じゃあ、私のいとこの話は?」
「縁寿の大好きだった、お兄さん、お姉さんの話ですね。聞かせて下さい」





 私は、もう一度、詩音に語る。

 自分の事。

 いとこの事。

 家族の事。

 ……そして、大好きだった、お兄ちゃんの事……。

 窓から月が見えた。

 ここから見える月は、何も変わりはしない。

 今も、昔も。

 でも、何でだろう?

 今夜の月は、何故かいつもよりも優しく見えた……。







 遠くから鐘の音がする。
 その音を聞き、私は授業が終わったことを実感する。以前の私なら、その音を何とも思わなかっただろう。
 学園に居場所がない私は、授業の終わりと共に逃げるように教室を出るだけだった。後は、ルームメイトが部屋に帰るまでの僅かな時間を部屋で過ごすか、共用トイレの個室で静かに本を読むだけ。他のクラスメートのように、授業からの開放感なんて、私には縁のないことだった。
 でも、今日は違う。私は、朝から授業が終わるのを、今か今かと待ち望んでいた。
 何故なら、今日は放課後に詩音と一緒に街に行き、買い物をする予定だからだ。
 なんでも、部屋の中に置いておく小物を買いに行くそうだ。この間の休日に立ち寄った雑貨屋で、可愛いアイテムがたくさん見つかったらしく、私たちはこれから街に買い物に出かけるわけだ。
 誤解があるといけないから一応言っておくが、街と言っても学園の外に出るわけではない。学園敷地内の店舗がある区域を、私たちは『街』と呼んでいる。
 本屋、洋服屋、飲食店、公園など、生活に必要なものは全て揃っている。
 無論、本当の街に比べると慎ましやかなものだが、外へ出られない私たちからすれば、街と呼ぶに十分値する。
 この閉鎖的な学園で、如何に楽しくすごせるか。それもここでは必要なスキルなのだ。



「詩音まだ?早くしないとお店が閉まるわよ」
 詩音のクラスに来たはいいが、彼女は授業の後片付けに追われていた。どうやら、今日は詩音が日直らしい。しかし、早く買い物に行きたい私は詩音を急かす。
「そんなに急がなくてもお店は逃げませんよ。すぐ終わりますから、ちょっと待ってて下さい」
 そんな詩音の様子を見ながら、私はまだかまだかと待ちくたびれていた。



「よし、終わり!お待たせしました!!」
 ようやく、日直の仕事が終わったようだ。机に座って待っていた私は、退屈な待ち時間からようやく解放された。
「ええ、早く行きましょう」
 私たちは教室から出て早速街へ向かう。

(公式掲示板では、ここで縁寿&詩音のイラストあり)

「こないだの店で、とっても可愛いアイテムがたくさん見つかったんです。よかったら縁寿にも何かプレゼントしますよ」
「本当?期待しているわ。何がもらえるのかしら?」
 プレゼントか。そう言えば何年もそんな物はもらった覚えがない。
 詩音の思わぬサプライズ発言に私は少しドキドキする。
「ん~、そうですねぇ……。何がいいかな?」
 詩音は顎に手を当てて少し考え込む。
 しばらくそうしてから、詩音は答えた。
「よし、それじゃあ―――――」



「お待ちなさい、園崎さん」



「……う」
 廊下を歩いている私たちは、不意にシスターに呼び止められた。その視線は詩音に向けられている。
「な、何ですか?先生……」
「あなた、以前から食事のマナーがなっていませんでしたね。いい機会ですから、今日は食事の作法を徹底的に指導してさしあげます」
 それを聞いて、詩音は顔が青くなる。
「あっ…、いや、今日はこれからちょっと用事が……」
 詩音は何とかこの場から逃げようと言い訳してみる。だが無駄な努力だろう。
 用事と言っても、買い物に出かけるだけなのだ。当然、シスターはそのことを見抜いている。
「いけません。買い物などいつでも行けるでしょう。どうしても今日必要と言うなら、右代宮さんに頼みなさい」
 そして、シスターは詩音の襟首を掴み、引きずって行く。
「今日教えたことは夕食の際確認しますからね。キチンと覚えるように」
「いやぁあああ~~~~!勘弁して~~~~!!!!」
 そんな悲しげな叫びも空しく、詩音はシスターに連れ去られていった。
 ドナドナの仔牛の様に……。
 そして後には一人、私が残される……。
「……どうしろってのよ」
 ……買い物、楽しみにしていたのに……。
「……はあ」
 思わずため息が出る。でも仕方がない。
 ここで無理に逃げたとしても、ますます詩音の印象は悪くなる。今日は大人しく、指導してもらったほうが良さそうだ。
 それに、シスターの言う通り、買い物ならいつでも行ける。また明日でも詩音を誘って行こう。
 私はそう割り切り、その場を後にした。そして寮に戻ろうとして、その足を止める。
 そうだ、どうせだから詩音にお土産を買って帰ろう。
 きっと部屋に戻った時には、くたくたになっているに違いない。何か甘いものがあればきっと喜ぶだろう。
 私はそう考え直し、真っ直ぐ街へと向かう。二人で買い物はできなかったが、これはこれで楽しいかもしれない。友達にお土産を買って帰るなんて、初めてだった。
 きっと詩音は喜んでくれる。甘いケーキで顔が緩んだ詩音の顔が目に浮かぶと、自然と私の足取りは軽くなるのだった。







 私が来たとき、すでに店の前には何人もの客が列をなしていた。
 この喫茶店は街で唯一の飲食店だ。そのため、当然人が集まるのだが、その理由はもう一つある。
 ここに並ぶケーキは実に評判が良い。甘いものに目がない年頃の女子が集まるためだろう。この店は、彼女たちの舌にとって満足に足るケーキを出してくる。
 そのため、休日はいつも人でいっぱいになる。平日は授業が終わって、門限になるまでのわずかな時間しか開いていないにも関わらず、今日のようにケーキを買う客が並んでいることもしばしばだ。
 私は短くない時間を待ち、ようやく店内に入ることができた。あまりのんびりケーキを選んでいると、他の客に迷惑が掛かる。
 でも、私が買うケーキはもう決まっている。この店自慢のモンブランだ。
 先日二人で店に来た時、詩音はこのモンブランをいたく気に入っていた。
『ん~~、おいしい!!!シュランクベルタの、よくばりモンブランと比べても遜色ないです!!』って、言ってたっけ。
 何でも、その店のモンブランを、おなかいっぱい食べるのが夢だとか。
 その店のモンブランを食べさせることはできないが、いつかここでおなかいっぱいモンブランを食べさせてあげようか。
 私はモンブランを二つ選び、店員に渡す。
「ありがとうございましたー」
 店員の挨拶を聞きながら、私は店を出た。
 詩音の個別授業は、もう終わったのだろうか?
 門限までには少し時間があるが、今日は早めに帰ってケーキと紅茶の準備をして待っていようか。
 ああ、でもそんなに食べたら夕食が食べられない。じゃあ、ケーキは食後のデザートにしよう。
 そんなことを考えていると、詩音と買い物ができなかったことなど、もう気にならなかった。買い物は明日、改めて行けばいい。
 そうだ、ここにケーキを買いに来るのもいいかもしれない。モンブランと言わず、いつかこの店のケーキ、全て制覇してみよう。
 でも、そんなにしょっちゅうケーキを食べていたら、太ってしまうかな?
 まあ、いいや。あまり気にしないようにしよう。
 だって、その方がきっと楽しいから。
 思わずできた新しい目標に、私の心は躍っていた。





































「ずいぶんと楽しそうね、右代宮さん」





 そう呼び止められた瞬間、躍っていた私の心は凍りついた。



「…………あ」



 道の脇にある木立の中から、一人の女生徒が現れた。
 端正な顔立ち。整えられた長い髪。
 それは、私の在籍している教室のクラスリーダーだった……。
「こんにちは、ご機嫌いかが?」
 物腰柔らかく、優雅なその振る舞いは、一目で名のある名家の出身と分かるほどだ。
 しかし、柔らかな口調であるにも関わらず、彼女からは私に対し友好な雰囲気は欠片ほども感じない……。
 ……その瞳からは、まるで物でも見るかのように、冷たい視線しか感じられなかった……。








































































「………須磨寺さん」





 彼女の名は『須磨寺 しずく





 京都で何百年と続いている名家中の名家、須磨寺家の一人娘だ。
 私の母、右代宮霧江の生家でもある……。
 彼女は母の妹である、須磨寺霞の娘……。
 ……そして今や、私の唯一のいとこ・・・・・・・・……。
 端正に整えられたその顔には、不愉快なことに、母と似た面影がわずかに見える……。
 そして、美しく流れるような髪は詩音に負けず劣らず長く伸び、その髪の色は私よりもずっと強く、須磨寺の血を現わしていた……。





「勉強もせずにこんな所でお買物?本当にお気楽ね、あなたって」
 開口一番、彼女は私が勉強もせずに、街で遊んでいたと批難する……。
 この人はいつもそうだ……。例え私が勉強していようと、何かと理由をつけて私を否定する……。
「……勉強はちゃんとしています。次のテストで平均点は下げません……」
 私は彼女に対し、ささやかな抵抗をする。しかし、彼女にとって私の努力など、あってないようなものだ。
「本当にそうかしら?あなた最近、園崎さんと遊んでばかりのようだけど?そんな暇があったら、少しは勉学に励んだらどう?仮にも須磨寺の血を引いている者なら、その血の重さを自覚して欲しいものね」
「詩音は関係ありません。私の成績は私の問題です」
 詩音のことが話に上がり、私は不愉快になる。
 私の成績を悪く言われるのは構わない。それは、勉強を怠っていた私が悪いのだから。
 しかし、詩音が私の勉強の邪魔になっていると思われるのは、我慢ならなかった。
「ふぅん……。まあいいわ。今日お話しに来たのは、あなたの成績のことじゃないの。園崎さんのことよ」
「……なんですか?」
「園崎さんって、普段からあまり素行が良くないでしょう?あなたの方から、もっと注意してくれない?あんな振る舞いをされたら、学園の品位が落ちてしまうわ」
「……………………」
 彼女の言い分は、ある意味正しい。
 外の世界ならいざ知らず、ここは聖ルチーア学園なのだ。
 やんごとなき家柄のご令嬢を俗世の穢れから隔離し、貞淑なお嬢様に育て上げる。それこそが、この学園が建てられた目的なのだ。
 当然、生徒がそれに反するような行動を取れば咎められる。
 本人が咎められて、それで終わりならば話は早いが、それで終わらないケースがまれにある。
 一人の行動が、周囲の生徒にも影響を与えてしまう場合だ。
 この学園に入れられている生徒は皆、筋金入りの箱入り娘だ。品行方正を良しとし、お淑やかに振る舞うよう教育されている。
 そんな中で、規律を無視し、目立つような生徒が現れるとどうなるか?
 貞淑なお嬢様たちは、そのような人間を品位がないと軽蔑するだろう。しかし、全ての生徒がそうであるとは限らない。
 自分の持っていない個性を発揮し、それを誇らしげに振る舞う様子に憧れを持つ生徒もいるだろう。
 そんな生徒が何人も現れれば、学園内の風紀は保てなくなる。
 そうなったら、学園としては責任問題だ。そのため、シスターは問題行動を起こす生徒に対し、過剰なほど反応する。
 無論、学園のこのような雰囲気が良いとは、私は思わない。しかし現実問題として、ここで生活するには規律を守らなければ生きてはいけない。
 事実、詩音は学園から問題児扱いされ、今もシスターによって指導されている。
 詩音に穏やかな学園生活送ってもらうには、私からも注意をしなければならないのだ……。
「……詩音には、普段から私が注意をしています。彼女はそれを反省し、今もシスターから指導を受けています。須磨寺さんが心配するようなことは、何もありません」
「そう?その割には、あまり反省が見られないようだけど?今でも、毎日みたいにシスターに注意されているようだし……。だとすると、右代宮さんの注意の仕方が悪いか、あるいは―――――」
 そして、彼女は少し間をおき、それを強調して言う。
「―――――園崎さんの人格に問題があるんじゃない?」



 その言葉は、私の中の大切なものを傷つけた。



「あまりに素行が悪いからちょっと調べさせてもらったけど、彼女の実家ってちょっと特殊な家柄のようね」
 ……それは、園崎本家を指しているのではない。詩音の興宮の実家を指しているのだろう……。
「どうやら、世間さまに顔向けできるようなお仕事はしてないみたい。怖いわぁ。そんな家の人が、神聖なルチーア学園に来るだなんて……。でも、それで納得がいったわ。やっぱりその人の人格って、家柄で決まるものなのね」
「………………」
「入学当初から色々と問題の多い人だったけど、仕方の無いことかもしれないわね。むしろ、そんな家柄の人に品位を求めるほうが難しいかも……。」
「―――――ッ!」
「さっきは右代宮さんにも注意して欲しいって言ったけど、それも無駄かもしれない……。だから、もう無理にとは言わないわ。人格そのものに問題がある人にいくら注意したって、所詮馬の耳に念ぶ―――――」



「やめて下さい!!」



 私は、彼女のその暴言に我慢ならなくなった。
「詩音の家柄がどうとか関係ありません!確かに詩音はあなたから見れば、多少問題があるかもしれない。でも、それは少しずつ直せばいいだけです!そんなことで、彼女の人格まで否定しないで!!」
 私は友達を否定された怒りを、須磨寺にぶつける。
 しかし、彼女はそれが気に入らないようだ。
「…………なんであんな人の肩を持つのかしら?」
「友達だからです」
 私は、強い意志を持って、はっきりと答えた。
 そう、詩音は私のたった一人の友達だ。その友達を否定され、黙ってはいられない。
「……ふぅん。お友達ねぇ……」
 だが、須磨寺さんは何か意味ありげに、私の言葉を口にする。
「……何ですか?」
 彼女の、その仕草一つ一つが勘に障る。何が言いたいのだこの人は?
「仲の良いことね。でも―――――」



































「―――――本当に友達なのかしら?」





「………………何ですって?」
 彼女のその一言は、今までのやり取りの中で、最も私を不快にさせた。
「随分とお友達の肩を持つようだけど、友達と思っているのはあなただけかもしれないわよ?」
「―――――な」
 何を馬鹿なことを言ってるのだ、コイツは?!!
「いい加減なこと言わないで!!詩音は私の友達よ!!!」
 私は彼女の言葉に激昂した。
「そうかしら?案外友達と思っているのはあなただけで、向こうは何とも思っていないかもしれないわよ」
「何を根拠にそんなことを!!アナタに私たちの何が分かるっていうのよ!!!」
「別に根拠なんてないわ。ただ私がそう思っているだけ」
「だったらおかしなこと言わないで!そんなことを言うために私を呼び止めたんですか!!なら、もう用はないでしょう!?帰ります!!」
 彼女の根拠のない発言に、私はこれ以上ないほど不愉快になった。
 私は彼女に背を向け、足早にその場を後にする。
 しかし、その場を離れようとする私に対し、須磨寺さんはこう言った。
「確かに、今は友達かもしれないわ。でも、本当のあなたを知っても友達でいてくれるかしら?」
 その一言に、私は歩みを止めた。
「………………え?」
 私は後ろを振り返る。



 見ると、須磨寺さんは口元に手を当て、下を俯きくすくすと笑っている……。
 下を向いているためその顔は見えないが、どんな表情をしているかは、彼女のその様子から容易に想像ができた……。
 やがて、彼女はゆっくり顔を上げる……。
 ……そこには予想に違わず、悪意ある表情に醜く歪んだ笑みが見えた……。
「…………ねぇ。本当にバレてないと思っているの…?」
「…………何がですか?」
 ……それが何のことか分からず……、私は応えることができなかった……。
 そんな私の様子が可笑しいのか、彼女はますます笑う……。
「……くすくすくす、まだ気付いてないんだ…。本当におめでたい人ね」
「…………だから何がです?何が言いたいんですか……!!?」
 ……分からない。彼女が何のことを言ってるのか……。
 やがて、彼女はくすくすと笑うのを止め、小さく呟いた……。



































「私、見たことあるのよ。……アレ」





 その瞬間、私の心臓が大きく跳ねた。





 ………………見たことがある?

 …………何をだ?

「…………あなた、以前一度だけ、教室に忘れた事があったでしょう……?」

 ……馬鹿馬鹿馬鹿!気付かないフリなんて止めろ!!アレと言ったら一つしかないじゃないか!!

「あなたがいつも大事そうに持っている、あの本……」

 彼女のその発言に、私は言葉を失った……。

「前から興味あったんだけど、いつも肌身離さず持っていたから、手が出せなかったのよね」

 ……見られた。

 ……私と真里亞お姉ちゃんを繋ぐ、大切なあの日記を……。

「あなたがすぐ取りに戻ってきたから、あまり読めなかったけど、面白いことが色々書いてあったわね。確か―――――」
 彼女は記憶を辿りながら、汚い言葉を吐き出す。



「お空から飴玉を降らせる魔法、晩御飯をクリームコロッケにする魔法、だったかしら?あはははははは、傑作だったわ。どうやったらそんな面白いこと思いつくのかしら?読んでて痛々しかったわ。くすくすくす。」

 それは、お姉ちゃんに対する、最大の侮辱だった。

「ああ、それから、ピーマンがおいしく食べられる魔法?これもイカすわ、馬鹿馬鹿しい!子どもじゃあるまいし、何を言ってるのかしら?ホント痛ぁい!!あっはっはっはっは…!!」

 彼女はへらへらと笑い、お姉ちゃんの日記を嘲笑う。
 その嘲笑に、私は傷つかない。
 ……でも、許せなかった。
 …だってその嘲笑は、真里亞お姉ちゃんを嘲笑うものだったから。

「あと、魔法のお友達、煉獄の七姉妹?あっは、物騒な名前ぇ!すごい速さで敵をやっつけてくれるんだっけ?あっははッ、何それ?どうやったら、ただの杭が人間に変わって、そんな事をしてくれるのかしら?」

 ……彼女の口汚い罵りは、七姉妹をも侮辱する。

「それから、あのへたくそなライオンの落書き。……さくたろう、だったかしら?変な名前!一番大好きなお友達だったわね。あんなのが友達?親友?ねぇねぇ?」

 ……そして、さくたろうが、悪意ある言葉で穢される……。

「本当にワケがわからなかったわ。あの妄想日記、頭がおかしいとしか思えない。……あなたのお花畑な頭の中が垣間見えて本当に面白かったわぁ。くすくすくす」

 ……やめて。お姉ちゃんの魔法と、幸せを、…………否定しないで……。

「そうそう、一番傑作だったのがアレだったわね。大好きなママと、いつまでも仲良しでいられる魔法」

 ……駄目。その魔法だけは、穢さないで…………。

「すごく簡単な魔法だったわね。私でもすぐ出来そう。やってみようかしら」

 彼女は、心の底から馬鹿にした表情で、……口を、ひょっとこのように、尖らせ。…………それを口にした……。








































「うーうー」










「これが呪文だなんて、おっかしい…!あっはははははは…!!!」





 ―――――“うーうー”





 それが、大好きなママと、いつまでも仲良しでいられる魔法の、呪文。





 …………真里亞お姉ちゃんと楼座叔母さんの二人きりのピクニックの日。
 それは彼女の人生の中でも五本の指に入るほどの幸せな日だったと記されている。
 そしてお姉ちゃんは、ママに習ったばかりのお歌を歌って聞かせた。
 ……とても喜んでくれた。
 でも、途中で歌詞がわからなくなって。
 でも、こんなにもママが喜んでくれているから、最後まで歌い続けたくて。
 うーうーうー、と。
 ……歌詞を誤魔化して歌ったんだけど、それをとても喜んでくれて……。
 それ以来、“うー”は彼女にとって、ママと楽しく過ごした日の、思い出の呪文となって残った。
 最初は面白がってくれたその呪文も、さすがに聞き飽き、楼座叔母さんは後にそれを言うと叱るようになるが、……お姉ちゃんにとって、それはいつまでも忘れられない、楽しい日の思い出なのだ……。
 だからそれは、多分、お姉ちゃんが生み出した魔法の中で、もっとも古い、一番最初の魔法……。





 その、お姉ちゃんにとってもっとも大切な魔法が、穢される……。





「何なの、この馬鹿みたいなの…!!うーうー言うだけで家族が仲良くなるなら、世界はずっと平和だわ。あっはっはっはっはっはっは!!」





 …………彼女のその言葉が、少女の幸せな世界を、消し、た。





「うーうーうー!あっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!!!」





































































「やめて!!!!!」










 ……彼女の悪意に満ちた言葉に耐えきれなくなり、私は声を荒げる…………。





 須磨寺さんは少し驚いたようだったが、やがて薄く笑うと私の方を見た……。
「……ふぅん。自分でも多少は自覚があるみたいね。自分がどれだけおかしいか」
「…………………………」
「まあ、そんなことはどうでもいいわ。それより、あなたが妄想のお友達と一人遊びしているおかしな子だと知ったら、園崎さんはどう思うかしら……?」
「――――――――――ッ!」
「楽しみだわぁ。本当の貴方を知った時、彼女がどんな顔をするか……。」
「や、やめ――――」
 私が言い終わる前に、彼女は後ろを向き歩き出した……。
 そして―――――



「じゃあね、妄想屋さん」



 それだけ言うと、彼女はその場を立ち去った。










 …………何も言い返せなかった。

 ……あれだけお姉ちゃんを、みんなを辱められ……。

 何故なら、今、彼女が口にした言葉は、全て……私の言葉だったから……。

 ……あの日、私はみんなに……、同じ事を言ったのだ……。

 ……妄想だと。

 ……白昼夢だと。

 ……あれほど私に親身になってくれた、みんなを……、友達を……、私は……否定した……。

 ……悪意ある言葉で、彼女たちを否定し、傷つけ……、粉々に、打ち砕いた…………。









































 涙が零れた。










 どうして、こんなことになったのだろう……?

 どうして、あんなことをしてしまったんだろう……?

 私に優しくしてくれた。

 私を励ましてくれた。

 私を好きだと言ってくれた。

 私も、みんなが大好きだった。

 それなのに、どうして私はあんなことを……。





 ……そうして、私は……、本当に、今更になって……、自分の犯した罪の重さに、気が付いた……。




 …………詩音のために、持って帰ろうとしたケーキ……。
………いつの間にか、それは私の手からすり抜けて地面に落ち、ぐちゃぐちゃに潰れていた…………。





つづく



2009.08.12 Wed l うみねこ l コメント (3) トラックバック (0) l top

コメント

こんにちは^^
そらのむこう第2話待ってましたよー!><v-352
詩音と縁寿の共演なんて超面白いです!!
詩音の自由奔放な所が作中でも見られて感激でしたwwwやはり詩音は詩音ですね♪とても好きです><!!
縁寿の過去の自分の行いに対する想いの場面でかなり感動しました!!(;_;)最初はああ、煉獄七姉妹を…!って感じでしたが^^;
いつか彼女達と縁寿の殺しのない幸せな世界が見たいです><
そして須磨寺さんが右代宮家の全て、真里亞の魔法の言葉「うーうー」を否定し穢している時のシーンは熱くなりましたよー笑
湖都さんの小説は気持ちや心情を動かすものを持ってます!(左右されっぱなしな遊紗です 笑)
ではでは!第3話も楽しみにしてますね♪^^
失礼しましたー!
2009.08.15 Sat l 遊紗. URL l 編集
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2011.12.31 Sat l . l 編集
右手と左手か・・・
・・・・・・手には必ず利き手と、そうじゃない手があります。そこには完全な優劣があります。例えば鍋つかみが片方しかなかったら、迷うことなく利き手で持ちますよね?もし、どちらか一方しか残せないなら、縁寿は右手を残すはず…。だからと言って、左手がなくなってもいいなんて思わない。多分、そういう関係なんだと思います。私と魅音は……」(本文より抜粋)ここを読むのは二度目ですがその時心が動かされた感覚が戻ってきました。須磨寺雫は実は自分の鏡でしかなかったと気づいた縁寿。こんなにすごい気づきができる縁寿だからこそ雫の悪意を蹴散らしてほしいと、詩音を信じてほしいと思いました。
2012.02.12 Sun l 乗組員Z. URL l 編集

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