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交差座標のスターダスト β 最終話です。
長かった物語もようやく終わりになります。
私の拙い作品に最後まで付き合って頂いた方々に、心より感謝致します。
それでは最終話になります。最後までよろしくお願いします。
「これよりオペレーションを開始する。なお、作戦名は―――」


「『オペレーション・アルタイル』とする!」


 自分だけでなく、みんなの事も鼓舞するようにそう宣言し、倫太郎はFG-C193型タイムマシンのコックピットに乗り込んだ。
 真帆たちは、タイムマシン起動のシーケンスをせわしなく開始する。実証実験を兼ねている以上、タイムマシンのデータは詳細に記録しておく必要がある。
 うなるような音が、マシン全体を包み込んだ。騒音や振動が大きく、建物そのものがわずかに揺れる。だが、真帆が見る限り、計測しているデータに異常はない。
 マシンの分厚いハッチが、ゆっくりゆっくり閉じていく。やがて鋭い機密音が響き、真帆たちと倫太郎との間に、永遠の隔絶の時が訪れた。
「……うまく……、行くわよね……」
「大丈夫……、凶真は必ずやり遂げるニャ」
「その通りです。不可能を可能にする人ですから」
「ああ。それでこそ、僕たちのオカリンなわけでね」
「オカリンさん……」
 ハッチの閉じたマシンは、その全身に虹のような霧をまとい始めた。と同時に、エンジンの音は耳をつんざくばかりとなり、フロア内の誰の声も聞こえなくなる。
「オカリンっ!」
 至が、我慢出来ずという様子で叫んだ。
「お前の死が確定しているとか、んな事どうでもいい! やっぱ、此処に戻って来い!」
「みんなずっと待ってるからっ! 私も、待ってるからっ! 絶対に帰って来なさいっ!」
 真帆たちが喉を枯らす中、マシンはゆらゆらとその姿形を失っていき―――。
 そして―――。

 遠い日の、あの約束通り。

 2人の“織姫”たちを追いかけて。

 目も眩むような閃光を発したかと思うと、2025年から、此処ではない何処かの時代へと、跳躍して―――消えた。






































 分厚い雲が空を覆い、どんよりとした天気が続いている。空を見上げれば、今にも雨が降ってきそうだ。それは、まるで今の彼女の心境を表しているようにも見えた。
 とあるビルの屋上。その一角で、比屋定真帆は座り込んでいた。
「………………」
 彼女は浮かない顔をして、空を眺めていた。その表情にかつてのバイタリティはなく、彼女はただぼんやりと、空を眺めているだけだった。
 岡部倫太郎がタイムマシンに乗り、此処からいなくなってからもうじき1年が経とうとしていた。予定していた帰還時期はとっくに過ぎ、それでもなおタイムマシンが現れる兆候は全くなかった。
 だが、それも想定していたことだ。『オペレーション・アルタイル』が『オペレーション・スクルド』の実証実験である以上、実験が失敗する可能性も想定済み。まして、不完全な試作機ならなおさらだ。まゆりと鈴羽の救出が失敗することも、倫太郎が帰ってこないことも十分考えられた。
 だが、それでも信じていた。鳳凰院凶真なら、岡部倫太郎なら、不可能を可能にするのではないかと、そう信じていた。信じて、もうじき1年……。
 倫太郎と、まゆりと鈴羽の帰りを信じて1年。その間に、彼女の心は磨り減っていった。いつ帰って来るか分からない者を待ち続ける事が、こんなにも心を摩耗するとは思っていなかった。3人の帰りを信じて待ち続ける彼女の心は、この1年で限界に達していた。
「…………岡部さん」
 そう呟く真帆の顔に生気はなく、瞳は暗く濁っていた。彼女は自分の膝に顔を埋める。その時―――。
「真帆さん」
 不意に名前を呼ばれ、真帆は声のした方を向く。
「かがり……」
 屋上の扉から椎名かがりが出てきた。
「やっぱりここにいたんだね」
 そう言い、かがりは真帆の隣に座る。
「最近はよくここにいるね。1人の方が落ち着く?」
「……こんな顔、人には見せたくないもの」
 そう言う真帆の顔はやつれ、目にはくまが出来ていた。確かに、人に見せられるような顔ではない。
「真帆さんはね、ちょっと頑張り過ぎだと思うな。タイムマシンの研究も大事だけど、もうちょっと体を労らないと」
 確かに、最近の真帆の頑張りは常軌を逸していた。何日もラボに泊まり込み、タイムマシンの改良に明け暮れていた。皆が心配し休むよう言っても、聞く耳持たなかった。だが、そうせずにはいられなかった。
「動いていれば、嫌な事を考えずに済むから……」
 じっとしていると、どうしても3人の事を考えてしまう。3人が、このまま永遠に戻って来ないのではないかと……。それを考えまいと、とにかく体を動かしてしまうのだ。
「だからって、それで体を壊したら元も子もないよ。オカリンさんだって、そんな事望んでないよ?」
「分かっているわよ。でも……」
 頭では分かっていても、どうしても考えてしまうのだ。それを払拭したくて、がむしゃらに体を動かしてしまう。
 真帆は隣にいるかがりを横目で見る。かがりの顔は真帆とは違い血色も良く、肌もきめ細かい。髪にも艶があり、疲労でボサボサ髪の真帆とは全く違う。真帆は昔から子どもと間違われる事が多かったが、それとは別の若々しさがある。年齢は真帆より1つ年上だが、それを感じさせない若々しさだ。
 自分が心労でこんなにもやつれているのに、かがりはそれを全く感じさせなかった。真帆には、それが不思議でたまらない。
「あなたは……、まゆりさんが心配じゃないの?」
 聞いた話では、かがりはまゆりを実の親以上に愛しているという。そんな彼女が、まゆりを心配していないわけがないと思うのだが。そんなかがりは、真帆の質問にあっさり答えた。
「大丈夫、ママは帰ってくるよ」
 そして彼女は、ポケットからあるものを取り出した。デフォルメされたクマの形をしているオルゴール。それは、15年前ラボで行なわれたクリスマスパーティーの時に、真帆がまゆりからもらったものだ。
 去年までは真帆が持っていたのだが、大切なうーぱ人形を旅立つ倫太郎に預けたかがりが寂しそうに見えたので、彼女に譲ったのだ。それ以来、かがりはうーぱの代わりにそのオルゴールを肌身離さず持ち歩いている。
 かがりはネジをカチカチと巻き始めた。彼女がネジから手を離すと、オルゴール特有の、金属音ではあるけれど柔らかな音色が流れ出した。
 優しいオルゴールの音色を聞くと、荒んだ真帆の心も癒されていく。彼女はしばし、その音色に耳を傾ける。
「オカリンさんが付いているんだもん。必ず帰って来るよ」
 ああ……、そうか。この子は、心のそこから倫太郎を信じているのだ。
 自分も、倫太郎を信じている。だが、科学者であるが故、実験が失敗した時の検証もしなければならない。
 しかし、かがりは失敗するなどと思っていないのだ。鳳凰院凶真を、岡部倫太郎を信じている。だからこそ、まゆりが帰って来るのを信じて疑わないのだ。
「そうね。岡部さんも、まゆりさんも鈴羽さんも、必ず戻ってくるわ」
 科学的ではないが、彼女のその姿勢は見習わなければならないなと、真帆は思う。すると……。
「その通りだニャ! 凶真は必ず帰ってくるニャ!」
「凶真さんは、不可能を可能にする人ですから」
「フェイリスさん、漆原さん」
 いつの間にか屋上にやって来た2人が声を上げる。
「心配しなくても、もうすぐ帰ってくるニャ。だから何も心配いらないニャ」
「ええ、みんな凶真さんの帰りを信じています」
「そうだよ。だから、真帆さんもママたちの帰りを信じて」
 そう言い、3人は真帆を励ます。そんなみんなの気遣いが嬉しく、彼女は笑顔になる。
「ありがとう、みんな。私も信じるわ。だから、もう大丈夫」
 そうして、真帆は久しぶりの笑顔を3人に見せる。そこにはいつもの、バイタリティに満ちた比屋定真帆の姿があった。
 その時、不意に彼女のスマホが鳴り出した。電話の相手は至だ、どうしたのだろうか。彼女は至の電話に出た。
「はい、どうしたの?」
「真帆たん! 今すぐ全員連れてラボに来てくれっ!!」
「何? 何かあったの?」
「いいから早くっ!!」
 それだけ言うと、一方的に電話は切られた。
「一体、どうしたのかしら……?」
「どうしたの? ダルおじさんから?」
「ええ、今すぐラボに全員来いって。かなり慌てていたけど、どうしたのかしら?」
「とにかく、ラボに降りてみましょうか。急いでいるみたいですし」
「これはもしや……、海底に沈んだ幻の古代都市! アトランティスがついに復活を―――」
「あー、そういうのはいいから。15年の付き合いだけど、未だ慣れないわ……」
「大丈夫ニャ! 真帆ニャンならすぐにでも失われた第7感を目覚めさせることも―――」
「目覚めなくていいから! さあ、行くわよ」
 フェイリスとのいつものやり取りを済ませ、4人はエレベーターからラボへと向かった。






 真帆たちがラボに使用しているこのビルは、表向きはごく普通の雑居ビルの構えをしているが、その実、地下にはタイムマシンの研究施設が広がっている。彼女たちは、日夜ここで研究に励んでいる。その地下の研究区画へ向かい、4人はエレベーターで降りていく。
 やがて、エレベーターが最下層の表示を示す。程なくして扉が開き、4人は研究区画へ降りた。
「どうしたの、橋田さん。今日は研究所は休みのはずじゃ―――」
 そう言いかけて、真帆は言葉を失う。研究区画の一角、かつてタイムマシンが鎮座していたその場所に……。
 低い電磁音を唸らせながら、小さな放電が周囲に広がっていた。タイムマシンの起動テストで何度も見たこの現象。これは―――。
「真帆たん。待ってた甲斐があったな」
「―――――」
 真帆はまだ声を出すことが出来ない。そんな彼女に代わって、至がその言葉を口にする。
「帰ってきたんだよ。あいつが」
 至のその言葉を聞き、他のラボメンも口を開く。
「凶真さん……」
「凶真……」
「ママ……」
 そして……。
「…………岡部さん」
 1年。短いようで、だがしかし、待っている身としては10年にも感じる1年だった。それが、今日ようやく……。
「本当に、帰って来たのね……」
 涙ぐみ、万感の想いで、真帆はその言葉を口にする。
「ああ、帰って来たんだ」
 そう言い、至は真帆の肩を叩く。
「さあ、こうしちゃいられない。こちらも忙しくなるぞ」
「ええ、そうね」
 真帆は涙を拭き、所定の配置に就く。そして、キーボードを素早く叩く。実証実験を兼ねているため、タイムマシンが出現する際のデータも細かく記録する必要がある。
「タイムマシン、通常空間への出現予想時間127秒。記録を開始します」
 真帆の声がフロアに響く。
「重力波を検出。カー・ブラックホールの発生を確認」
「ラボ周囲の磁場安定、タイムマシン通常空間への移行いつでも可能です」
 フェイリスとるかもモニターを確認し機器の計測結果を読み上げる。
「こっちは準備万端だ! だから……、戻って来い、オカリン!」
「オカリンさん……!」
 かがりは祈るように両手を組む。やがて、ラボ内の振動は徐々に大きくなっていく。
 小さかった放電は徐々に激しくなり、唸るような電磁音で誰の声も聞こえなくなる。やがて、ラボ内に虹のような霧が現れる。ついにタイムマシンが出現するのだ。
 放電はますます激しくなり、振動で建物が揺れ始めた。そして―――。
 突如、目も眩むような閃光が生じた。皆、あまりの眩しさに目を閉じる。しかし徐々に光は弱まり、次に開けた時ラボは大量の水蒸気に包まれていた。
 霧のように広がる水蒸気により、視界は不良。タイムトラベルが成功したかも分からない。だが、目を凝らすと霧の先に、タイムマシンのような影が見える。
 タイムトラベルは本当に成功したのだろうか? 皆、同じ不安を抱き、霧の先に見えるタイムマシンらしき影を見つめる。その時、ハッチが開く音が聞こえた。そして―――。
「ごほごほ、霧で何も見えないよ。本当に成功したの?」
 懐かしい……、本当に懐かしい声が聞こえる。
「あ……、あ……」
 ダルが、声を搾り出す。声は上ずり、上手く言葉にすることができない。だが、彼の胸には、この15年にも及ぶ執念と努力が実を結び、万感の想いがこみ上げる。
「はぅ~、何も見えないのです」
「……ママ」
 かがりの目にも、うっすらと涙が光っていた。
 10歳の時、母と離れ離れになりその後の12年間はひたすら組織での厳しい訓練。整形をし、ボイストレーニングで声まで変え阿万音由季になりすまし、まゆりに近づいた。だが、彼女は15年前のあの日、鈴羽と共に過去へと旅立った。しかし、その後の15年間、声と顔を戻した後も彼女への想いは変わらなかった。
 実に、27年にも及ぶ想い。その想いが、ようやく報われた瞬間だった。
 タイムマシンのタラップを歩く音が聞こえる。徐々に霧が晴れてきた。そして―――。
「……あ」
 はっきりと、鈴羽の姿が見えた。彼女は15年後の父親の姿を見て声を上げる。
 至の胸に、一抹の不安がよぎる。15年で、変わったしまった自分。娘は、今の自分を見て戸惑いはしないだろうか? だが、そんな彼の不安は杞憂に終わる。
「父さん!」
 次の瞬間、鈴羽は駆け出す。
「鈴羽っ!!」
 そして、至もタイムマシンに駆け寄る。鈴羽はタラップから跳びだし、そのまま父親の胸に飛び込んだ。至はその大きな体で、娘を力強く抱きとめる。
「あははは! ただいま、父さん!!」
「鈴羽! 鈴羽ぁっ!!」
 至は15年振りに再会した娘を、強く強く抱きしめる。
 そんな2人を、タラップから降りながら見つめるまゆりの目にも光るものがあった。
「良かったね、ダルくん……。スズさん」
 その時―――。
「ママっ!!」
「え?」
 まゆりの胸にかがりが飛び込んできた。
「ママ! 会いたかったよ、ママっ!」
「え……? ひょっとして、かがりちゃん……?」
「そうだよ! かがりだよ! ママ、ママ!!」
 かがりはまゆりの胸で涙を流す。そんなかがりの頭を、まゆりは優しく撫でる。
「……ごめんね、かがりちゃん。たくさん、たくさん待たせて……」
 傍から見れば、明らかにかがりの方が年上だ。だが、かがりの頭を優しく撫でるまゆりのその姿は、我が子の頭を撫でる母親そのものだった。
「マユシィ!!」
「まゆりちゃん!!」
 フェイリスとるかも、まゆりに駆け寄る。
「マユシィ、会いたかったニャ!」
「まゆりちゃん! ああ、本当にまゆりちゃんなんだね!」
 そうして2人は、かがりと一緒に3人でまゆりを囲む。
「るかくん! フェリスちゃん!」
 大親友である2人と再会し、まゆりの顔にも笑みが溢れる。
「2人とも、ごめんね。帰ってくるのが遅くなって。まゆしぃは、ようやく戻ってきたよ……」
「いいのニャ! こうして、まゆしぃが無事に帰ってきただけで満足ニャ」
「本当に、お疲れ様……。おかえりなさい、まゆりちゃん……」
 15年の歳月を経てようやく帰ってきたまゆりは、3人と抱擁を交わす。そして……。

 タイムマシンのタラップを、彼はゆっくりと降りる。
 一段、一段、ゆっくりと。彼女との再会、その瞬間を噛み締めるように。
 ラボにいる全員が、その瞬間を見守っていた。
 そして、彼はタラップを降りる。
 彼の目の前、そこに彼女は立っていた。
 あの日から1年。彼女にとっては、途方もなく長い日々。その間、彼を待ち続けていた。
 彼が時空の彼方へ消えたあの日、一度だけハグを交わした。執念に生きた彼の温もりを、決して忘れないと、心に誓って。
 その温もりが、心の支えだった。
 そして、今この瞬間。彼女の目の前に彼は降り立つ。
 あの日から今日までの1年。そして、彼と共に紅莉栖を助けると誓った15年。その15年間の想いが、彼女の胸に去来する。
 そんな彼女の前に立ち、彼は言葉を紡ぐ。
「ただいま、真帆」
 彼は、此処を旅立つ前と変わらぬ笑顔で、真帆に言葉をかける。
 そんな彼に、彼女は目に涙を浮かべ、笑顔でこう答えた。
「おかえりなさい、倫太郎」
 そうして2人は、あの日、あの時と同じよう、そっとハグを交わす。
 今度は少しだけ、互いに強く抱きしめて。
 そうして彼女は思い出す。決して忘れまいと誓った彼の温もりを。
 直に触れた彼の温もりは、忘れまいと誓った思い出の中のものよりもずっと暖かく、心地良いものだった。





 その夜、ラボではささやかながら、倫太郎たちが帰ってきたお祝いが開かれた。
 戦時下の中、食料が手に入りにくい状況で、彼らは精一杯のおもてなしをする。
 ささやかではあるが精一杯のごちそうを前に、彼らは3人の帰還を祝った。まゆりも鈴羽もそんなみんなの気持ちに感謝し、ラボメンとの再会を喜んだ。
「子どもの頃の私って、こんなだったかな?」
「当然だろ。鈴羽は小さい時から可愛かったんだからな」
 そんな鈴羽の前には母である由季と、まだ7歳の鈴羽が由季の後ろに隠れている。まだ子どもの鈴羽は未来の自分の事がいまひとつ理解できないようで、母の後ろに隠れて様子を伺っている。そんな娘を、由季は微笑ましく見ている。
 母の由季は鈴羽の複雑な事情は理解しており、未来・過去・現在を行き来した彼女を気遣い、色々と声をかけている。すでに未来で母を失っている鈴羽にとっては、娘として彼女と接することが嬉しく、鈴羽の方からも積極的に話しかける。
 父、母、そして子どもの時の自分に囲まれ、鈴羽は嬉しそうに笑っている。

「ママ見て! このうーぱ、ママとお揃いなんだよ!」
「わ~、本当だ。まゆしぃが持っているのと同じだね~」
 かがりは先ほど倫太郎に返してもらったうーぱ人形をまゆりに見せ、嬉しそうに笑っている。まゆりも“ママ”と呼ばれる事に戸惑うことなく、かがりに母として接している。
 普段はおっとりしてる彼女だが、どんな人とも仲良くなれる適応力とその母性には皆が感心している。
「マユシィの肌もちもちニャ~。あ~、やっぱり10代の肌には敵わないニャ~。歳はとりたくないものニャ」
「そんな事ないよ~。フェリスちゃんの肌もすべすべだよ。それに、フェリスちゃん大人になってすっごく綺麗になったね。まゆしぃはびっくりしたのです」
「ニャフフフ! そこの所は年の功。若いだけでは出せない、魔性の魅力を今のフェイリスなら出せるのニャ。これこそ、サキュバスが用いたという、チャームの魔法ニャ!」
「でも、15年という時間は簡単には埋められないよね……。まゆりちゃんは、15年も経っている僕たちを見て、戸惑ったりしてないかな……?」
「そんな事ないよ。だって、るかくんもフェリスちゃんもほとんど変わっていないもん。逆に驚いちゃうよ~」
「本当? なら良かった。色々と分からない事もあると思うから、何でも聞いてね」
「うん。ありがとう、るかくん。フェリスちゃん」
 まゆりは2人に礼を言う。彼女の適応力なら、15年という時間の壁も徐々に埋められるだろう。

 倫太郎はそんな2人の様子を見ながら微笑んでいる。まゆりと鈴羽を未来へ連れ戻す際、彼が気にかけていたのが、15年という時間の隔たりだった。しかし、今の彼女たちの様子を見れば、それほど大きな心配はないだろう。倫太郎は一安心する。
 2人の様子を眺めていた倫太郎だったが、しばらくすると彼は席を立ち、1人何処かへと歩いていった。
「…………?」
 そんな彼の様子を不思議に思い、真帆は倫太郎の後を追いかける。



 真帆は倫太郎を追いかけ、彼の姿を探す。何処に行ったかしばらく探していたが、やがて屋上の扉が開いているのに気が付いた。彼女は扉を開け、屋上へと足を踏み入れる。
 ラボの屋上。そこに、倫太郎は1人佇んでいた。そんな彼に、真帆は声をかける。
「こんな所に1人でどうしたの?」
 彼女の声を聞き、倫太郎は後ろを振り返る。
「真帆か。君こそいいのか? パーティーはまだ終わっていないだろう」
「主役の1人を放っておいたらパーティーにならないじゃない。だから、あなたの様子を見に来たの」
 そう言い、彼女は倫太郎の横に立つ。
「一体どうしたの? 料理が口に合わなかったかしら?」
「そんな事はないさ。みんなおいしいものばかりだ。このご時勢、よくあれだけ集めることができたな、感謝しているよ。だいぶ無理したんじゃないのか?」
「待ちに待った、あなたたちの帰還だもの。あれぐらい、無理でもなんでもないわ。それより、料理じゃないなら、どうしたの?」
 真帆が不安そうに倫太郎に聞いてくる。そんな彼女に向かい、彼は笑顔で答える。
「たいしたことじゃないさ。ただ、嬉しくてな……」
「へえ」
 そんな彼に向かい、真帆はいたずらっぽく言う。
「みんなの前で、涙は見せられないのかしら?」
「な、泣いてなどおらん! ただ、ちょっと目の前がぼやけただけだ」
「やっぱり泣いているじゃない。天下の“鳳凰院凶真”さんがね」
 真帆はくすくすと笑う。
「む……、だから言いたくなかったんだ……」
「ごめんなさい。でも、当然よね。本当に、此処まで来るまで長かったから……」
「ああ、そうだな」
 15年。此処まで来るまでに、多くのものを失った。時間も、人生も、仲間の命も……。
 数多の犠牲があったからこそ、此処まで辿り着けた。その事について、ラボの所長として感謝してもしきれない。
「ありがとう。君が、君たちがいたから、俺は此処まで辿り着けた」
「それはお互い様よ。あなたがいたから、私たちは此処まで来られた」
 そうして、2人は見つめ合い互いに感謝の言葉を述べる。
「タイムマシンも、あなたがオペレーションを完遂したから詳細なデータが取れたわ。これで、完全なタイムマシンの完成も一歩近づいたわ」
「それでこそ、危険を冒した甲斐があったよ」
「それにしても、別の世界線に迷い込むとはね。それは完全に予想外だったわ」
「ああ。まさか、2人を追いかけてそんな事になるなんてな。アトラクタフィールド理論も、更なる修正が必要かもな」
「『オペレーション・スターダスト』か。2つの世界線を跨いで、そんなオペレーションをしてきたなんてね。あなたふうにに言えば“交差座標のスターダスト”っていうところかしら?」
「君も、だいぶ俺のセンスが分かってきたじゃないか」
「15年の付き合いだもの。これぐらい分かるわ」
 そうして、2人はしばしの間談笑する。一年ぶりの再会、語りたい事は山ほどあった。
 2人は気の済むまで語り合い、そしてしばしの沈黙。心地の良い沈黙。長い付き合いだ。語り合っている時も、そうでない時も、どこか心で通じ合うものがある。
 しばらくの間、そんな心地良い沈黙が続いたが、やがて真帆が口を開いた。
「ねえ、シュタインズゲートは本当にあると思う?」
 それは1年前、倫太郎がタイムマシンで旅立つ前にも彼女に聞かれた事だ。
「どうしたんだ、急に?」
 再び同じ質問をされた倫太郎は、不思議そうに尋ねる。
「あなたから聞いた話だと、まゆりさんは2010年8月21日の自分に、未来の事を伝えたんでしょ?」
「ああ、そうらしい。紅莉栖を失った事で、俺の中から鳳凰院凶真がいなくなるとな」
「その話を聞いたまゆりさんが、あの日のあなたの目を覚ます。そして、私たちが送ったムービーメールを見て、オペレーション・スクルドを実行する……」
「ああ。まゆりと鈴羽の救出、さらにあの日の俺にムービーメールを見せ、オペレーション・スクルドを実行させる事。それが、オペレーション・アルタイルの全ミッションだ」
「あなたたちが帰ってきた事で、オペレーション・アルタイルは完遂したわ。でも、まだこの世界は変わっていない……。シュタインズゲートには到達していないわ。どうしてかしら?」
 真帆の言う通り、オペレーション・アルタイルが完遂していれば世界線は変動してもおかしくはない。だが、まだその徴候はみられない。
「そうだな……」
 倫太郎も悩ましげに頭を捻る。だが彼は決して悲観はしていなかった。
「ただ、オペレーション・アルタイル自体が、オペレーション・スクルドの実証実験みたいなものだからな。今回のオペレーションだけで、全てが上手くいくとは俺も思ってはいない。シュタインズゲートを目指すにはまだ何かが足りないのか……。いずれにせよ、まだ検証を重ねる必要はあるかもな。だが、必ずたどり着いてみせるさ」
 倫太郎は力強く言う。
「何十回、何百回、何千回失敗しても、何万回、何億回でも挑戦すればいい。そうだろう?」
 それは、かつて真帆が倫太郎に言った言葉。その言葉が、何百回と失敗し続けてきた彼の心を支えてきた。
「そうね。何度失敗しても、シュタインズゲートに到達するまで挑戦し続けるわ」
 そうして2人は笑い合う。そこには、15年間失敗し続けても諦めなかった、2人の強い意思が感じられた。
 その時、不意に倫太郎のスマホから音が鳴った。
「ん?」
 彼はポケットからスマホを取り出し確認する。そして、スマホの画面を見た瞬間、驚愕した。
 画面に映った7桁の数字。その数値が、ゆっくりと。だが、確実に変動していた。
「動いている……」
「え?」
「ダイバージェンスが、変動している……」
「それって……、ひょっとして……」
「やったんだよ、あの日の俺が……。オペレーション・スクルドを完遂したんだ!」
 興奮を抑えきれない倫太郎は、真帆の両肩を掴み声を上げる。
「やったぞ、真帆! オペレーションは成功だ! ついに、シュタインズゲートに到達したんだっ!!」
 倫太郎は喜びのあまり、掴んだ真帆の肩を揺さぶる。無理もない。あの日、紅莉栖を失ってから16年。その日から、紅莉栖を助けるために死に物狂いで研究を続けた。
 命を狙われても、多くの仲間を失っても決して諦めることはなかった。その執念と努力が、ようやく報われた瞬間だった。しかし―――。
「……そ、そうね……」
 喜びを抑えきれない倫太郎とは対照的に、真帆の反応は薄いものだった。それどころか、喜んでいないようにも見える。そんな真帆の態度が、倫太郎は不思議だった。
「真帆……?」
 倫太郎のその言葉に、真帆は我に返ったように声を上げる。
「ご、ごめんなさい!」
 倫太郎の言葉に、真帆は反射的に謝罪の言葉を口にする。だが、彼女の顔は晴れない。彼女のその態度はまるで、シュタインズゲートに到達するのを望んでいなかったようにも見える。
「……ごめんなさい。もっと、喜ぶべきよね。みんな、この日のために頑張ってきたんだから……」
 そう言いつつも、真帆の顔は晴れない。
「分かっているの。本当は、みんなと一緒に喜ぶべきだって。シュタインズゲートに到達できた事を。でも……」
 彼女は不安そうに、顔を上げる。
「どうしても、純粋に喜ぶ事ができないの! だって、世界線が変動したらこの世界で経験した事は全て忘れてしまうんでしょう!」
「真帆……」
「確かにこの世界はひどい所だわ。いつも争いが絶えないし、人々はその日を生き抜くだけで精一杯。核戦争だって、すでに秒読みの所まで来ているわ。このまま戦争が続けば、60億もの人々が命を失う……。でも、そんなひどい世界でも、決して何もなかったわけじゃない!」
 真帆は感情を抑えきれず、その気持ちを倫太郎にぶつける。
「この15年間、紅莉栖を助けるためにラボのみんなと死に物狂いで研究を続けたわ。みんな自分の人生を捨てて、研究に明け暮れた。タイムマシンを狙う組織に命を狙われる事もあったし、大勢の仲間も失った。でも、決してそれだけじゃなかった! 研究を続ける中で、みんなとの絆は確かに強くなった。悲しみや苦しみを一緒に分かち合った。それに負けないぐらい、嬉しい事や楽しい事、喜びを分かち合った。橋田さんと由季さんの結婚式もラボで挙げたし、鈴羽ちゃんの誕生をラボメン全員で祝福したわ! みんなみんな、かけがえのない思い出なの! それを……。その全てが、なかった事になるのよっ!!」
 真帆は思いの丈を一気に捲くし立てる。
「世界線が変動した瞬間に、大切な思い出が全てなかった事になる……。リーディングシュタイナーを持っていない私は、忘れた事すら認識できなくなる。みんなで分かち合った苦しみも、喜びも、私の中から全部消えてなくなってしまうの。そんなの……」
 真帆は、今にも泣き出しそうな顔で倫太郎を見つめる。そんな彼女を見て、倫太郎はようやく理解した。いつも気丈に振舞っていた彼女が、1人悩み続けていた事を。
 タイムマシンの研究を重ね、シュタインズゲートを目指す。しかし、その行動とは裏腹に、心の底ではそれを喜べない矛盾。彼女はこの15年間、そんな矛盾を抱えながら研究を続けていたのだ。
 シュタインズゲートに向かい、ダイバージェンスが変動し続けるこの瞬間は、ラボメン全員が望んだ事。だがそれと同時に、真帆はそれと矛盾する感情を抱き続けてきた。
 彼女が抱いているその感情は、かつて倫太郎がその身で味わったもの。まゆりを救うため、仲間の想いを犠牲にし続けてきた。
 鈴羽とラボメンたちとの、共に過ごしてきた日々を。
 フェイリスの父親を。
 ルカ子が抱いていた想いを。
 倫太郎は、彼女たちの想いを犠牲にしてきた。
 そして、まゆりを救うため紅莉栖を犠牲にした……。
 彼女の命だけではない。彼女がα世界線で生きていた証を、ラボで過ごした日々を、仲間たちとの絆を、なかった事にした……。
 真帆が抱えている不安は、全て彼が経験してきたものだった。彼女の気持ちは、痛いほど分かった。だが、全てを知っている彼だからこそ、彼女に伝えられる事がある。
 倫太郎は、真帆の両手をそっと握る。
「…………!」
 不意に手を握られた真帆が、驚いた表情を見せる。だが、そんな彼女に向かって倫太郎は優しく微笑む。
「大丈夫だ。俺たちが築いた絆は、決してなくなったりしない」
「…………え?」
「リーディングシュタイナーは、誰もが持っている。世界線が変わって、過去と未来が再構築されようとも、記憶には蓄積されている。ただ忘れているだけで、きっかけがあれば思い出すこともあるかもしれない。程度の差はあっても、みんなが持っているものなんだ。確かにそれは、はっきりと覚えているものじゃない。それは夢だったり、デジャヴだったり、白昼夢のように目を覚ましたら忘れてしまうぐらい儚いものかもしれない。でも、決してなくなっているわけじゃない。まゆりも、ルカ子も、フェイリスも。そして紅莉栖も。みんな、世界線が変わっても心の奥底では覚えていたんだ。俺が、俺たちが築いた絆は、決してなくなったりしない。なかったことになんかならない」
 そう言い、倫太郎は真帆の小さな手を、その大きな手で包む。
 それはかつて、倫太郎が己の罪を彼女に告白した時と同じよう。
 あの時、真帆が倫太郎の両手を優しく包んでくれたように、今は彼が彼女の手を優しく包む。
 そんな、倫太郎の暖かな手に包まれ、真帆の顔にも笑顔が戻る。そして、彼女は倫太郎の顔を見つめ、優しく微笑む。
「ありがとう、倫太郎」

 倫太郎のポケットの中でスマホの電子音が鳴り続ける。ダイバージェンスメーターが変動し続けているのだ。
 その音はゆっくりと、やがて徐々に速度を増し鳴り続ける。
 そして、スマホの画面上に表示される7桁のその数値は―――。



「これが『シュタインズゲート』の選択だよ」





 1.048596












































「暑ーい!! なんで東京はこんなに暑いのよ! 沖縄だってこんなに暑くないわよ!」
 スーツケースをゴロゴロと引き、都会の人ごみをかき分けながら比屋定真帆は日本独特の蒸し暑さに悪態をつく。暦の上ではとっくに秋にはなっているのだが、今年は残暑が厳しく10月に入っても30度を超える日が続いている。
 半分バカンス気分でやって来た日本だったが、こんなに暑いとは思わなかった。これなら冷房の効いた研究室で仕事をしているほうがマシだった。日本に下りて数時間。早くも彼女は東京に来たのを後悔し始めた。
 真帆は汗で肌にまとわりつく髪の毛を鬱陶しそうにかき上げ、今一度スマホ画面の地図を眺めている。彼女は左手のメモ用紙と地図を交互に見比べる。地図と格闘を始めてはや数十分。真帆はポツリと呟く。
「紅莉栖から聞いた住所ではこの辺りのはずなんだけど」
 先日、紅莉栖から聞き出した住所を見ながら真帆は呟く。この辺りに紅莉栖が所属しているという研究所があるはずなのだが、周囲を見渡す限りそのようなものはまるで見えない。真帆は首を捻りながら辺りを捜索する。すると……。
「あ……」
 彼女はついに見つけた。紅莉栖がいるという研究所。というか、さっきから視界には入っていたのだが、あまりに研究所とはかけ離れた外観にそこだとは思わなかったのだ。
「此処であってるはずよね……」
 真帆は手にしたメモをもう一度確認してみる。住所は確かに此処であっている。彼女は目の前の雑居ビルをもう一度眺める。
「此処が、未来ガジェット研究所……」
 その外観を見て、真帆はぽつりと呟く。
「想像していたより、随分と貧相な所ね」
 研究所と呼ぶには、あまりにお粗末な場所だ。疑いたくなるが、郵便受けには手書きで書かれた『未来ガジェット研究所』という安っぽい張り紙がガムテープで貼られている。どうやら此処で間違いないようだ。
 どう考えてもごく普通の雑居ビルであるこんな場所に、あの天才少女を魅了するような研究施設があるとは思えない。真帆は不思議に思いながらも、雑居ビルの階段を上る。

 真帆は雑居ビル2階の一室の前に立つ。見るからに小汚い雑居ビルの扉。本当に此処に紅莉栖がいるのだろうか? 段々と心配になってきた真帆だったが、聞きなれた声が突然部屋の中から大声で聞こえてきた。
「岡部ーっ!! あんたまた私のプリン食べたでしょ!!」
 今まで聞いたことのない紅莉栖の怒声が、部屋の中から聞こえてきた。
「はぁ~ん? 何の事だ? 言いがかりも甚だしい。俺はラボの備品である冷蔵庫から食料を頂いただけだ」
「ここ見なさいよ! ちゃんと書いてあるでしょ、牧瀬って!」
「牧瀬プリンと読めるではないか。森永さん家のプリンも小岩井さん家のプリンも同じだろう?」
「屁理屈を言うな!」
「大体、牧瀬とは何者だ?」
「私の名前だ!」
「クリスティーナ・牧瀬か……。だったら素直にクリスティーナと書いていれば、無駄なカロリーを摂取せずにすんだものを」
「人のものを勝手に食べといて何だその言い草は! 今日という今日は勘弁ならん!」
「なっ! ウェイウェイウェイ! 落ち着け助手よ!」
「だから! 私はお前の助手でもクリスティーナでもないと言っとろーが!!」
 そして部屋の中から聞こえてくる派手な音。今まで聞いたことのない紅莉栖の怒号を聞き、真帆はうろたえる。
「な、何……? 一体何が起きているの?」
 次の瞬間。
「どわぁ!!」
 突然部屋の扉が開き、白衣の男が真帆の前に倒れこんできた。
「ひぃ!」
 思わず彼女は悲鳴を上げる。だが白衣の男は真帆に気付いていないようだった。彼は部屋の中から出てきた紅莉栖に向かい懇願する。
「ま、待て! たかがプリンぐらいで……」
「うるさい! 今すぐ頭を開いて海馬に電極ぶっ刺し―――」
 紅莉栖の動きが止まる。彼女はそこでようやく、目の前に立つ人物に気付いたようだ。
「…………え?」
 驚きの表情を浮かべる紅莉栖を前に、真帆は不自然な笑みを浮かべる。
「……ハ、ハイ……。紅莉栖……」
 ぎこちない笑顔で声をかける真帆を見て、紅莉栖は大声を上げた。
「真帆先輩っ!?」



「もう、先輩ったら来るなら連絡入れてくれれば迎えに行ったのに」
 そう言い、紅莉栖はソファに腰掛ける真帆にコーヒーを差し出す。
「あなたを驚かせようと思ってね、事前の連絡はしなかったの。まあ、驚かされたのは私の方なんだけど……。あなた、此処ではいつもあんな大声を出しているの?」
 尊敬する先輩に恥ずかしい所を見られた紅莉栖は、急に笑顔を引きつらせる。
「そ、そんな事あるわけないですよ。さっきのは、たまたまと言うか―――」
「クリスティーナはいつもあんな感じだぞ」
「あんたは黙ってなさいっ!!」
 紅莉栖の逆鱗に触れ、倫太郎は萎縮する。そんな2人のやり取りを見て、真帆は未だに驚きを隠せない。そんな彼女の視線に気付き、紅莉栖は愛想笑いで誤魔化す。
「あ、あはは……。そ、それより先輩、急に来日して一体どうしたんですか?」
「どうしたじゃないわよ。あなた全然アメリカに帰って来ないじゃない。7月には帰国する予定だったのに、もう2ヶ月以上よ。あなたなしでは研究も捗らないし、いつまでバカンス気分で日本にいるつもり?」
「あ、ああ~。そうですね……」
 そう言い、紅莉栖は困った顔をする。実際はバカンスとは違い、彼女にはどうしても日本に滞在する理由があった。
 7月、紅莉栖は日本で講演を行う予定だったが、その直前に秋葉原で暴漢に襲われたらしい。幸い彼女に怪我はなかったのだが、彼女を庇った人が重傷を負ったのだ。だが、不思議な事に彼女の命の恩人はその場から姿を消したというのだ。
 警察に相談し、周囲の病院を聞き回ったのだが、何故かそれらしき人物は見つからなかった。以来、彼女はその人物を探し出すため、2ヶ月近く秋葉原を探し回ったのだ。
 だが先日、ようやくその人物と出会えたと連絡があったのだ。無論、探し人と再会できた事を一緒に喜んだのだが、紅莉栖は10月になっても帰って来なかった。そんな彼女に痺れを切らし、真帆は自ら日本にやって来たのだ。
「探し人も見つかったわけだし、いい加減帰って来て研究を手伝ってちょうだい、紅莉栖」
「そ、そうですね……」
 真帆がわざわざ日本に来てまで説得しているのに、紅莉栖の返事は煮え切らない。そんな彼女の態度を真帆は疑問に思ったが、すぐにある考えが浮かんだ。
「ねえ、紅莉栖。ひょっとして、なかなか日本に帰って来ないのはこっちで好きな人ができたとか?」
「えっ!? そ、そんなわけあるわけないじゃないですか!」
 紅莉栖は否定するが、彼女の態度を見れば答えは明白だ。今まで紅莉栖に浮いた話はなかったが、もともとその手の話題には興味津々だ。むしろ、慣れない日本での生活で親身してくれる異性がいればなびかないわけがない。真帆は可愛い後輩を温かな眼差しで見つめる。
「もう~、それならそうと言ってくれれば良かったのに。そういう理由があるなら、私も無理に帰って来いなんて言わなかったのに。まあ、研究は大事だけど、もう少しくらいなら休暇の延長も通るから。大丈夫、研究室には私から説明しておくわ」
「だ、だから! そんなんじゃないですから、先輩!」
「いいじゃない、そんなに照れなくても。あ、もしかしてあなたの好きな人って、例の事件で助けてくれた人? どんな人なの? 命の恩人って言うぐらいだから、素敵な方なのかしら。せっかく日本に来たんだから私にも紹介して、紅莉栖!」
「………………」
「紅莉栖?」
 さっきまで、口では否定しても顔は分かりやすいぐらい赤かったのに、紅莉栖は急に口を閉ざす。その顔は、とてもばつの悪い表情をしており、真帆と視線すら合わさない。
 一体どうしたのだろうか? 真帆が不思議に思っていると、突然白衣の男が馬鹿みたいな声を上げた。
「フゥーーーハハハハハ!!」
「な、何? 突然何なの?」
 突如雄叫びを上げる男に、真帆をちょっとびっくりする。
「素敵な方? 笑止! この狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真に“素敵”などという俗な言葉は似合わん! この俺に似合う言葉……。それは! “畏怖”そして“羨望”! この俺を前にした人間は、その狂気のオーラに誰しもが畏怖し、その人類史上最高の頭脳に羨望するのだ!! その2つこそ、この鳳凰院凶真にもっとも相応しい言葉!!」
 倫太郎の厨二病全開の台詞に紅莉栖は頭を抱え、真帆は口をあんぐりと開けて放心している。
「んん~? どうした? この鳳凰院凶真のオーラを目の当たりにし、さっそく畏怖したか?」
 倫太郎のその台詞は無視し、真帆は震える指で倫太郎を指差し紅莉栖に訊ねる。
「……ね、ねえ紅莉栖……。まさかとは思うけど、あなたの命の恩人って、この……」
 真帆のその言葉に、紅莉栖は小さく頷く。
「はあっ!!?」
 真帆はあまりの衝撃に、生まれてこの方一度も口にした事がないような言葉を口に出した。
「こ、この変な人が!? こんなのがあなたの命の恩人!?」
「だから来てほしくなかったんです……」
 紅莉栖は両手で顔を覆い、心底嫌そうに言葉を吐き出す。
「誰が変な人だ、このロリっ子!! クリスティーナの先輩だと? その歳でその風貌の方がよっぽど変ではないか!」
「ロ、ロリ……?」
「お前だ、お前」
「……もしかして、私の事を言ってるんじゃないでしょうね……?」
「この場にロリっ子といえば、お前しかいないだろう!」
「誰がロリっ子よ、誰が!! なんて失礼な人なの!!」
 第一印象最悪な2人は早くもいがみ合っている。そんな2人の様子を、至とまゆりは遠巻きで見ている。
「なんか急にラボに上がり込んできたけど、あのロリっ子本当に牧瀬氏の先輩なん? 贔屓目に見ても、中学生ぐらいにしか見えないわけだが」
「可愛いね~♪ ねえ紅莉栖ちゃん、まゆしぃにも紹介して欲しいのです」
「ごめんねまゆり、急に上がり込んじゃって。今、まゆりにも紹介するから」
 そう言い、紅莉栖は倫太郎といがみ合っている真帆に声をかける。
「あの~、先輩……。ちょっといいですか?」

「何よ!」「何だ!」

 声をかけてきた紅莉栖に、2人は一斉に振り向く。
「岡部には声かけてないわよ! あの、先輩。先輩に紹介したい人がいるんですけど、ちょっといいですか?」
「え? ああ、そうね、ごめんなさい。急に上がり込んで、自己紹介もまだだったわね」
 そう言い、真帆は咳払いをしてまゆりと至の方を向き直す。
「紹介しますね、先輩。この子は椎名まゆり。日本での私の友達です」
「はじめまして~、まゆりです。紅莉栖ちゃんとは最近友達になりました~」
「はじめまして、まゆりさん。比屋定真帆です。紅莉栖とはアメリカの大学で一緒に働いているの。よろしくね」
「こちらこそ~、仲良くしてくださいね」
「ええ、ありがとう」
 さっきまで倫太郎といがみ合い、ラボへの不信感を募らせていた真帆だったが、まゆりのような友達が紅莉栖にいた事に真帆は安心した。
「良かった。ちゃんとした友達もいたのね。ちょっと安心したわ」
「心配しすぎですよ、先輩。私だって、友達の1人や2人ぐらい、いますって」
「そうそう、僕も牧瀬氏の友人として日頃から良くしてもらってますお。友人の橋田至です。僕はオカリンと違って、ラボの女子に手を出す事はないんで安心して下さいお。僕には大勢の二次元の嫁がいるからね。キリッ!」
「……そ、そう。ありがとう……」
「あ、大丈夫です先輩。これは友達じゃないんで」
「牧瀬氏、何気にひどいお!」
「……やっぱりちょっと不安になってきたわ……。紅莉栖、あなた本当に大丈夫なの?」
「ええ、まあ……。ちょっと変なやつもいますけど、楽しく過ごしています」
「そうなの? それならいいけど……」
「そうそう、心配しなくても大丈夫だお。ところで、真帆たんは牧瀬氏の先輩っつー事だけど、成人してるん?」
「ま、真帆たん……?」
「成人してるん?」
「……成人ですけど、それが何か……?」
「うひょー!! 合法ロリ、キタコレ! 成人してるなら、水着になろうが、写真を撮ろうが、法的にはなんの問題もないお!!」
「やっぱりこんな所にいたらあなたの才能が駄目になるわ!! 今すぐ帰るわよ、紅莉栖!!」
「待てぇーい! ロリっ子!!」
「な! だから誰がロリっ子よ、誰が!!」
「クリスティーナはラボメンナンバー004! すでに我がラボのメンバーだ!! 勝手に連れ去る事は、この俺が許さん!」
「な! 紅莉栖、それ本当なの!?」
「……え~と。それはまあ、成り行きというか……」
「……なんて事。脳科学研究所を捨てて、こんなガラクタ工房に乗り換えるなんて……」
「フゥーハハハハ! クリスティーナはこの俺の才能に惚れ込み、自らラボを訪れ我が助手になりたいと懇願してきたのだ! ヴィクトリー・コンドル大学だか何だか知らんが、そんな所にいるより、未来ガジェット研究所にいる方がよっぽど有益だ!」
「う、嘘でしょ、紅莉栖……。そんな……」
「嘘です、ウソウソ!! 全部岡部の作り話です! 大学だって辞めてません!」
「そ、そう……? ならいいけど……」
「ちょっと岡部! あんたが根も葉もない嘘を吹き込むから先輩が余計な心配するじゃないの!」
「嘘なものか。お前が此処にいるのは、この俺の才能に惚れ込み―――」
「お~か~べ~!!」
「……まあ、今日のところは良しとしよう……」
「岡部、あんたもちゃんと先輩に自己紹介しなさいよ。あんただけよ、まだ紹介が済んでないの」
「ふっ、まだ聞きたいと言うのならいくらでも聞かせてやろう。我が名は! 鳳凰院―――」
「なにさんですかぁ? 岡部さん?」
「……すいませぇん……」

 そんな2人のやり取りを、真帆は間近で見つめる。
 一体、この2人はどういう関係なのだろうか?
 息のあった掛け合いを見るとただの友達ではなさそうだが、恋人と呼ぶにはあまりにも……。
 だが、こんな紅莉栖は初めて見た。
 研究所で見ている紅莉栖は真面目で、研究に対して熱くなることはあっても、いつも冷静で、とても研究者らしい研究者だった。
 プライベートの付き合いで、彼女の笑顔を見ることは何度もあった。
 だが、こんなに怒り、こんなに喋り、こんなに生き生きとしている紅莉栖は初めて見た。
 自分には決して見せなかった、彼女のもうひとつの顔。それを、彼が引き出したのだろうか。
 自分には引き出せなかった紅莉栖の顔を、目の前のおかしな男は引き出した。
 そう思うと、なんだか少し嫉妬した。
 こんな失礼で変な男に、どうして紅莉栖は心を開いたのだろうか? 真帆には分からなかった。

「ほら、ちゃんと自己紹介しなさい」
「分かっているさ、うるさいやつだな」
 そうして、彼は小さく咳払いをし、右手を差し出し名を名乗る。
「岡部倫太郎だ。よろしく」



 ―――ただいま、真帆―――



 その瞬間、彼女の脳裏にその言葉がよぎる。
 何故か、懐かしく感じるその言葉。
 会ったばかりの人に、何故か“ただいま”と呼ばれる。
 初対面の人に、名前を呼ばれる。
 そんな光景が、目蓋に浮かんだ。
 何故、不意にそんな光景が目に浮かんだのか、彼女には分からなかった。
 でもそれは、決して嫌な気はなく、とても懐かしく感じた。



「先輩?」
「どうした?」
 2人の声に私は我に返る。
 紅莉栖と岡部さんが、不思議そうな顔をして私を見ている。
 そんな2人の顔を見て、私はとても懐かしい気持ちになる。
 どうして、そんな気持ちになるのか、自分でも分からない。
 でも、これだけは分かる。
 私は、今日初めて会ったこの人と、きっとうまくやっていける。
 そんな気がした。



「真帆。比屋定真帆。これからよろしくね、岡部倫太郎さん」






























































 宇宙に始まりはあるが、終わりはない。無限。

 星にもまた始まりはあるが、自らの力をもって滅びゆく。有限。

 英知を持つ者こそ最も愚かであるのは、歴史からも読み取れる。

 海に生ける魚は陸の世界を知らない。

 彼らが英知を持てばそれもまた滅びゆく。

 人間が光の速さを超えるのは、魚たちが陸で生活を始めるよりも滑稽。

 それは、神からの最後通告。


 けど、それが何だって言うの?

 そんなものは、ただこの世界を構築している“数式”にすぎないわ。

 “神”なんて立派なものは介在していなし、私たちに『解』が導けない道理はない。

 世界線もタイムマシンも、シュタインズゲートなんてものも―――

 どれも、世界を構築するための数式に過ぎない。

 未来が確定している? そんな事、誰が決めたの?

 他の誰かに、未来を決め付ける権利なんてないわ。

 それを決めるのは、いつだって私たちよ。

 自分たちの未来は、自分たちで作っていく。



 ここからが私たちの、本当のエピグラフ。











“ Time” is so sad and fleeting
Can't be controlled, like a river, never stops
“Space” is emptiness dark and so cold
Can you define it’s presence, does it exist?

We drift through the heavens 果てない想い
Filled with the love from up above
He guides my travels 迫る刻限
Shed a tear and leap to a new world

Cosmos and their creation
Tell me do they exist for infinity

Stars burn, burning so bright but they’ll fade
How will I know?
Secrets kept until I die

Defy my destiny 守りたいもの
Foolish , but it’s humanity

Imagination 奇跡に変える
Things you can’t conceive
Revelation!

A drop in the darkness 小さな命
Unique and precious forever

Bittersweet memories 無限の刹那
Make this moment last , last forever

We drift through the heavens 果てない想い
Filled with the love from up above
He guides my travels 迫る刻限
Shed a tear and leap to a new world



” And go to world which are still unseen”

2017.08.15 Tue l シュタインズゲート l コメント (0) トラックバック (0) l top

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