交差座標のスターダスト β 第11話です。
長かった物語も残すところあと2話となりました。
最後まで付き合って頂ければ幸いです。
 薄汚れた白衣。寝癖のついたボサボサの髪。顎周りに伸びた無精ひげ。
 俺の目の前に立っている人物。それは、年齢を重ねてはいるものの、間違いなく、この俺、岡部倫太郎だった。
「初めまして、だな。14年前の俺」
 目の前の人物は、俺に向かってそう口を開く。だが、俺は目の前の状況についていけず、ただ口を開いているだけだった。そんな俺の代わりに、鈴羽が口を開く。
「……おじさん。別の世界線とは言え、過去の自分との接触はタイムパラドックスを引き起こしかねないから……」
「分かっているさ。だが、これだけは言わせてくれ」
 そう言い、もう1人の俺は再び口を開きこう言った。
「紅莉栖を助ける方法が、分からないと言ったな」
 そうだ。タイムマシンで過去に戻ってまで紅莉栖を助けようとしたが、それは結果的に俺の手で紅莉栖を殺してしまう事になった。因果の収束には逆らえなかった。
 それは、俺が紅莉栖を手にかけなかったとしても、別の形で紅莉栖が死ぬ事を意味している。俺にはどうしても、それを解決できる方法が見つからなかったのだ。だが……。
「牧瀬紅莉栖を救う方法は、ある」
 目の前の俺ははっきりと、断言するように、俺の前でそう言い切った。その言葉に、他のラボメンからも驚きの声が上がる。真帆は驚きを隠せずに、思わず口を開いた。
「……本当に、紅莉栖を助けられるの……? 一体どうやって……?」
 彼女の言葉に、もう1人の俺はこう答える。
「それを教える前に、今の俺に伝えなければならない事がある」
 そして、俺の目を見てこう言った。
「俺は今から14年後、2025年からタイムマシンでやってきた。この世界線に迷い込んだ、まゆりと鈴羽を助ける為にな」
 俺はこう続ける。
「……この14年、俺は紅莉栖を助ける為にもがき続けた。そう、俺も失敗した。15年前のあの日、俺も紅莉栖の救出に失敗した。失敗したまま、15年が過ぎたよ……」
 目の前の俺は、遠くを見るような目で、哀しそうに呟く。
「お前もさぞ辛かっただろう。お前の気持ちはよく分かる。なぜなら俺は、14年後のお前なんだからな。だが、今のお前のその苦しみも―――、哀しみも―――、全ては、必要な事なんだ」
「……必要な事?」
 未来の俺は、この俺の苦しみが必要な事だと言う。だが、その意味が分からない俺は困惑するだけだった。
「なぜ、その苦しみが必要か分かるか?」
 俺は首を横に振る。
「必要な事だった。その失敗後の15年間、俺に“執念”を与えてもらうためにな。お前は紅莉栖を助けようとして、失敗した。お前自身が、紅莉栖を殺した。その悔しさ、その罪悪感が、2025年に紅莉栖救出の計画を完成させた俺へと繋がったのだ」
 未来の俺は話を続ける。
「知っての通り、世界はアトラクタフィールドにより収束を起こす。普通にタイムトラベルするだけでは、紅莉栖を助けることはできない。だからあえて一度失敗することで、因果を作る必要がある。下ごしらえのようなものだ。お前が失敗してくれたおかげで、この14年、俺はひたすら研究に明け暮れた。ドクター中鉢が世界にタイムトラベルの論争をもたらし、世界中が戦争への道にひた走る中で、俺は地下に潜って独自にタイムトラベルの研究を続けた。鈴羽が使っているタイムマシンは、俺とダルの研究の賜物だが、その基礎理論はSERNが構築し、お前が“なかったこと”にしてきた世界線において、牧瀬紅莉栖が発展させたもの。型式は『C204型』。Cとは“Cristina”の頭文字だ。それが意味するところは理解してもらえると思う」
 “Cristina”。俺が、あいつの名前を呼ぶのが照れくさくて、敢えてそう呼んでいた。そして、未来の俺はその頭文字をタイムマシンの型番に付けた。俺の、俺たちの想いを、タイムマシンに込めて。
「それでは、計画の最終段階について話そう。世界線変動率を変え、未知の世界線、『シュタインズゲート』へ到達する計画だ。ちなみに『シュタインズゲート』と命名したのは俺だ。なぜ『シュタインズゲート』なのかは、お前なら分かるはず。“特に意味はない”。そうだろう?」
 そう言い、未来の俺はニヤリと笑う。
「その『シュタインズゲート』へ到達するのに必要な条件は2点ある。1つ、牧瀬紅莉栖の命を救うこと。1つ、ドクター中鉢がロシアへ持ち込んだ『中鉢論文』をこの世から葬り去ること」
 未来の俺はそう言う。だが、そんな事は分かっている。それを変えようと、過去へ跳んだ俺は失敗した。その過去を変えようとしても無駄だったのだ。
「お前は今、“過去を変えようとしても無駄だった”そう思ったはずだ」
 未来の俺は、俺が考えていた事そのものを言い当てた。
「世界は“収束”してしまう。その力が過去改変を許してくれなかった。そうだな? だが、方法が間違っているだけだ。お前は、紅莉栖を助けることができる」
 どんなに考えても出なかった答えを、目の前の俺は今提示しようとしている。その答えを聞くため、俺は尋ねずにはいられなかった。
「……一体、どうやって……?」
「いいか、よく聞くんだ。あの日、7月28日。“最初のお前”は、何も知らずにドクター中鉢の発表会に来ていたはずだ。その“最初のお前”自身が見たことを“なかったこと”にしてはならない。それは“確定した過去”であり、世界線が“収束した結果”だからだ。だが―――“騙す”ことはできる。」
「……騙すことができる?」
「どういうことだと言いたいのだろう? だが焦るな。これから説明する」
 そうして、未来の俺は息を整え、計画の全容を説明する。
「“騙す”相手は、お前自身だ。“最初のお前”は、血まみれで倒れている牧瀬紅莉栖を目撃している。それを見ていなければ、これまでのお前、さらにはこれまでの俺のあらゆる行動がタイムパラドックスとなることは分かるな? 紅莉栖の死を目撃したお前がDメールを送ったことで、それはエシュロンに捉えられて、SERNの知るところとなった。α世界線で経験したことを思い出せ。そこで起きたのは、まゆりの死だけではないはずだ。お前は生きている紅莉栖と再会した。彼女を無理矢理ラボメンに迎え、ともにタイムリープマシンを作った。わずか3週間だったが、お前は“牧瀬紅莉栖という1人の人間と共に過ごした”んだ。今、そこにいるお前は。今、ここにいる俺は。7月28日に紅莉栖が死んだ、このβ世界線だけで生きてきた岡部倫太郎ではない。お前の記憶には―――。α世界線へ行き―――。紅莉栖と共に生き―――。まゆりを救うために多くの想いを犠牲にして―――。それでももがき続けた3週間の経験が、存在しているはずだ。血まみれでラジ館の暗い通路に倒れている紅莉栖の姿を見なければ―――。お前はダルにDメールを送ることもなかったし、それがエシュロンに捉えられることもなかった。その後、紅莉栖に再会した時お前が妙なことを口走ることもなく―――。紅莉栖がお前に興味を抱くこともなかった。そして―――。今、ここにいるお前が、“タイムトラベルしてでも紅莉栖を助けたい”と思うこともなかったんだ。2025年の俺が『シュタインズゲート』に到達するための計画を立てることもなく。ダルと共に、2036年までにタイムマシンを完成させることもなく。鈴羽がタイムマシンでお前の元へ現れることもなかった。お前が経験したわずか3週間の“世界線漂流”を、否定してはいけない。“なかったこと”にしてはいけない。いくつもの世界線を旅してきたからこそ、“紅莉栖を助けたい”と強く願うお前が、そこにいる。紅莉栖を助けたいと願い、その後の人生全てをタイムマシン開発に捧げた2025年の俺がいる。お前が今いるこの場所は、俺たちが“紅莉栖を助けたい”と願ったからこそ到達できた瞬間なんだ……! “世界線をどれか1つでも移動しなかった俺”では、その瞬間に到達できなかったんだ。すべて、意味があったことなんだよ」
 未来の俺は、一気に捲し立てる。俺はその言葉1つ1つを聞き漏らすまいと耳を傾ける。そして、息を整え最後にこう伝える。
「“確定した過去を変えずに、結果を変えろ”“血まみれで倒れている牧瀬紅莉栖と、それを目撃した岡部倫太郎”その過去は確定している。だが逆に言えば、確定しているのは“それだけ”だ。“最初のお前”を騙せ。世界を騙せ。それが、最終ミッション、オペレーション・スクルドの概要だ」
 未来の俺の言葉を聞き、皆一様に驚いていた。誰も思いつかなかった。
 俺も、真帆も、アマデウスの紅莉栖も。どんなに考えても、解など見つからなかった。だが、それもそのはず。
 この作戦は、未来の俺が、紅莉栖を失い、後悔と罪悪感に苛まれながら、14年間死に物狂いで研究を重ね、仲間と共に見つけ出した解なのだ。この1年、紅莉栖の死から目を背け続けた俺如きに、見つけられるはずもないのだ。これは、未来の俺の、14年間に渡る執念の賜物なのだ。
 そうして、未来の俺は最後にこう付け加える。
「だが、この作戦はあの日、今から1年前の8月21日のお前でなければ実行する事はできない。すでにあの日を超えたお前には、この作戦は実行に移せない」
 そうだ。この作戦は、あの日、あの場所に居た俺でなければ意味がない。今の俺には、紅莉栖を助ける事はできないのだ。
「この作戦を、あの日の俺に伝える事ができるのは、お前だけだ。そして、この世界線のまゆりを救う事ができるのも、お前だけだ」
「…………まゆり」
 そして、未来の俺はまゆりの方を振り向く。
「まゆり、携帯を貸してくれないか」
「え? う、うん」
 そうして、まゆりは携帯を渡す。それを受け取った未来の俺は携帯を操作した後、その画面を俺に見せる。そこに映っていたものを見て、俺は目を見開いた。


 差出人:まゆり

 宛先:オカリン


 俺宛のメールだった。
「まゆりがお前宛に書いたメールだ。この世界線のまゆりも、同じメールを書いたはずだが、お前に送る事はできなかったようだな……」
 そうして、未来の俺は再びまゆりを見る。まゆりが小さく頷くと、それを俺に渡した。俺はまゆりの携帯を手に取り、メールの内容を確認する。


 オカリンへ。
 トゥットゥルー♪ まゆしぃです。
 本当はちゃんとお話しようと思ったけど、うまく言えるかどうか分からないし、オカリンに引き止められると迷っちゃいそうだから、メールにしました。
 私はスズさんと一緒に、過去へ行ってきます。なんで? って、オカリンは怒るかもしれないね。でも、これは、私がやらなきゃいけない事なの。だって、あの時、私の彦星さまを……、どんなに苦しい時でもいつも立ち上がって高笑いを上げていた、強い強い彦星さまを……、暗い雲の向こうに隠しちゃったのは、私なんだから。
 私ね、勘違いしてた。みんなは、未来をオカリン1人に押し付けようとなんて、してなかったんだね。
 オカリンのまわりには、ダルくんがいて、スズさんがいて、るかくんもいて、フェリスちゃんもいて、由季さんもいて、それに真帆さんも加わった……。
 だから、今度はね、私の出番。だってこれは、ラボメンナンバー002の、初めてのおっきな任務なんだから! オカリンはきっと心配すると思うけど、大丈夫だよ。
 それに、もしも何かあったとしても……、必ず助けに来てくれるって信じているから。私の大好きな鳳凰院凶真が、新しく作ったタイムマシンに乗って、必ず……。だから、私は行ってきます。必ず戻ります。オカリンの所へ、戻ってきます。少しだけ、待っててね。
 私は鳳凰院凶真の事が好き。でもね……、岡部倫太郎の事は、もっと好きだよ。


 メールを読んでいる途中から、涙が止まらなかった。まゆりが、どんな気持ちでタイムトラベルに望んだのか、それを知り、溢れる涙を止める事ができなかった。
「う……、うっ……、まゆり。お前……、忘れてるだろう? お前は、俺の……、人質なんだぞ? いなくなったら、人質にならないじゃないか……。何かあったら、助けに来いだと? 人質のくせに、生意気だろ……。狂気のマッドサイエンティストが、お前なんかのために……、お前……、なんかのためにっ……。お前は、バカだ……。でも……、もっとバカだったのは……、この俺だ……」
 心が苦しい。痛い。まるで、紅莉栖を殺してしまった直後のようで。
 今すぐ倒れ込んで、そのまま死んだ方がずっとマシかもしれない。この苦しみから解放されたい。
 だが、俺は知ってしまった。まゆりを救う方法を。紅莉栖を助ける手段を。ならば、ここで立ち止まるわけにはいかない。その時……。
 未来の俺が、勢い良く白衣を脱ぎ、それを俺の前に差し出した。そして……。
「受け取れ。今のお前には、必要だろう」
 目の前に差し出された白衣。それは、白衣と呼ぶにはあまりに薄汚れて、あちこち縫い直した跡があった。だがそれこそ、未来の俺の、14年にも渡る執念の痕跡だった。
 未来の俺から差し出された白衣。俺はそれを受け取ると、勢い良く翻し袖を通した。
 未来の俺の、14年にも及ぶ執念。紅莉栖を助けたいと思う仲間たちの想いは、未来から過去へと、受け継がれた。
 そうして俺は宣言する。今日、この日まで死んでいた、もう1人の自分を呼び覚ます為に。
「今日! この瞬間! 狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真は復活したっ!!」
 俺は勢い良く振り返り、ラボ全てを見回し、この場にいる全員に自分の想いを伝える。
「我々、未来ガジェット研究所の目的はただ1つ! 世界の支配構造を覆すこと!! それはすなわち、この世界を支配する世界線の収束、因果の収束を覆すこと! 世界線の収束で決まってしまった牧瀬紅莉栖の死を覆し、まゆりと鈴羽の運命も覆す!! それを可能にするため、アトラクタフィールドの狭間、シュタインズゲートへ到達するっ!! それが俺たちの、我々、未来ガジェット研究所の、最終目標だ!!」
 俺のその宣言に―――
「オ、オカリン!」
 ダルが―――
「おじさん!」
 鈴羽が―――
「オカリン、もう大丈夫だね」
 まゆりが―――
「やっと、あんたらしくなったじゃない、岡部」
 紅莉栖が―――
「それが、本当のあなたなのね、鳳凰院凶真さん。でも、なんだかそっちの方が似合ってるわよ、岡部さん」
 真帆が。そして―――
「ようやく、重い腰を上げたようだな。14年前の俺」
 そう言い、未来の俺は軽く笑った。そして、俺はこの世界線の3人に言葉を掛ける。
「ダル! 紅莉栖! 真帆!」
 俺は3人を見つめ、言葉を続ける。
「紅莉栖を救うため、まゆりと鈴羽の運命を覆すため、俺に……、力を貸してくれ!!」
 そんな俺の想いに、皆は―――
「当然っしょ。鈴羽とまゆ氏のためなら、僕はどんな事だってするよ!」
「あんた1人じゃ何もできないでしょ。もちろん協力するわ。私だって、オリジナルの自分を助けたいもの」
「岡部さん。紅莉栖と、まゆりさんと鈴羽さん。必ず全員助けるわ。私たちが揃えば、できない事なんてないもの。私たちは必ず、シュタインズゲートに辿り着ける」
 俺の呼びかけに、3人は笑顔で応えてくれた。そして俺も、皆の答えに大きく頷いた。
 俺はもう一度、タイムマシン開発に向き合う。皆がいるなら、きっとできるはず。俺は必ずタイムマシンを開発し、そして紅莉栖を、まゆりと鈴羽を助ける。
 それが、この俺の運命なのだ。そうなんだろう? 14年後の俺。

 エル・プサイ・コングルゥ。





 雲一つない、澄み渡るような朝焼けの空。登り始めた太陽が、秋葉原の街並みを優しく照らす。夏の照りつけるような日差しも、この時間はまだ息を潜め、爽やかな朝の空気がラジ館の屋上に満ちていた。
 世界が目を覚ますより前、俺たちはラボを出てラジ館の屋上へとやって来た。
 俺と、まゆりと鈴羽が未来へ帰るため。
 タイムマシンの前、俺たちはこの世界線の皆と別れの挨拶をする。

「鈴羽、元気でな」
「うん。ありがとう、父さん」
 そうしてダルは、最後の別れに娘を優しく抱きしめる。
「この世界の鈴羽も、父さんが必ず助けてやるからな」
「うん、父さんなら絶対できるよ」

「まゆりさん。未来に帰ったら、向こうの私によろしくね」
「うん。ありがとう真帆さん」
 そうして、まゆりと真帆も抱擁を交わす。
「……真帆さん、本当に、色々とありがとう。私ね、真帆さんのこと絶対忘れないから」
 そう話す、まゆりの頬を一雫の涙が流れた。
「こちらこそありがとう。私も絶対にまゆりさんのこと忘れないわ。この世界線のあなたは、私たちが必ず助けるから安心して」
 そうして、2人は笑顔で見つめ合う。そして、紅莉栖もまゆりに別れの言葉を掛ける。
「まゆり、元気でね」
「うん。紅莉栖ちゃんも元気でね」
「大丈夫、私はプログラムだから風邪なんかひいたりしないから」
「ううん、そういうことじゃなくて……」
「分かってる。サンクス、まゆり。オリジナルの私も、きっと助けてみせるから」
 そして、俺も皆と別れの挨拶をする。
「オカリン、そっちの世界は任せたのだぜ」
「ああ、任せろ」
 そうして、ダルは右の拳を突き出した。それを見て、おれは軽く笑う。
「元気でな、ダル」
 俺は、右の拳をダルの拳に力強く合わせる。
「おう、オカリンもな」

「岡部、頑張んなさいよ」
「ああ。この世界の俺を助けてやってくれ、クリスティーナ」
 俺がその名を言うと、紅莉栖はクスリと笑う。
「あんたのとのそのやり取りは、これからはこっちの岡部とするわ」
「そうしてやってくれ。鳳凰院凶真は、今はあいつが受け継いだ。」
「あら、あんたはもう引退なの?」
「いいや、こっちの世界線ではあいつに譲るが、俺の世界線では健在だ。鳳凰は、永久に不滅だからな」
「34にもなって、何をやっているんだか。でも、あんたはそうでなくちゃね」
 そうして、紅莉栖は小さく笑う。
「元気でね、岡部」
「ああ。お前もな、紅莉栖」
 紅莉栖との別れの言葉を交わした俺は、この世界線の俺も見る。
 若かりし頃の俺は、未来の俺を見てこう言った。
「俺も、必ずシュタインズゲートに辿り着いてみせる。だから安心しろ」
 若き日の俺の言葉に、今の俺はこう返す。
「お前ならできるさ。なんせ、お前は俺だからな」
 そして―――
「………………」
 真帆が、何か言いたそうな顔でこちらを見ている。そんな彼女に、俺は別れの言葉を掛ける。
「元気でな、真帆」
「ええ、あなたもね。岡部さん」
 俺たちは一言だけ言葉を交わす。多くは語らない。今の俺たちに、多くの言葉は必要ない。言葉にしなくても、互いに通じ合うものがあったから。
 そうして、皆と別れの挨拶を済ますと、俺たち3人はタイムマシンに乗り込む。タイムトラベルに使うのは、まゆりと鈴羽が乗ってきたタイムマシン。俺の乗ってきたタイムマシンより完成度が高いので、確実に未来へと帰れるのだ。バッテリーさえあれば、未来へ帰るのには十分だ。そして、俺の乗ってきたタイムマシンはここに置いていく。試作機とはいえこれがあれば、この世界線の俺たちにとって、タイムマシンの完成は大幅に早まるだろう。
 コックピットに乗り込む前、ハッチから最後の別れを言う。
「みんな、元気でね! まゆしぃは、いつでもみんなの事を想っているから!」
「シュタインズゲートに到達できる事を祈っているよ! 父さん、元気で!」
 まゆりと鈴羽は別れの言葉を告げる。そんな2人に応えるよう、皆は手を振る。そして……。
「岡部さん!」
 不意に、真帆が声を上げた。
「私、頑張るから! 必ず、シュタインズゲートに到達してみせるから! だから―――」
 そんな彼女に、俺は力強く答えた。
「ああ! 俺も必ず、シュタインズゲートに辿り着いてみせる!」
 そうして、最後に皆を一望し、こう答えた。
「みんな! また会おう! 今度は、シュタインズゲートで!!」

 うなるような音が、マシン全体を包み込んだ。マシンの分厚いハッチが、ゆっくりゆっくり閉じていく。やがて鋭い機密音が響き、皆と俺たちとの間に、永遠の隔絶の時が訪れた。
 ハッチの閉じたマシンは、その全身に虹のような霧をまとい始めた。と同時に、エンジンの音は耳をつんざくばかりとなり、屋上にいる誰の声も聞こえなくなる。
 マシンはゆらゆらとその姿形を失っていき―――。
 そして。目も眩むような閃光を発したかと思うと、2011年から、14年後の未来へと、跳躍して―――消えた。



 タイムマシンが消えた後、青白い燐光が残滓となって屋上に残る。やがてそれも、時間と共に淡い光の粒子となって宙に消えた。
 青い光の粒子が消えた後、ラジ館の屋上からは真っ青な青空が見えた。日は昇り、眩しいまでに輝いていた朝焼けは終わりを告げ、代わりに透き通るような青空が広がっていた。
 そんな青空の下、真帆はタイムマシンがあった場所をいつまでも眺めながら呟いた。
「行ってしまったわね……」
「そうだな」
 寂しそうに呟いた真帆に答えるように、俺は口を開いた。
「だが、俺が付いているなら心配はないさ」
「ええ、そうね」
 少し寂しそうに。しかし、どこか晴れやかな顔をして真帆も答える。
「これからは、俺たちが忙しくなる。のんびりはしていられないな」
 やるべき事は山積みだ。今から俺たちはタイムマシンを開発しなければならない。
「そうね。まずは、未来の岡部が残してくれたこのタイムマシンを調べないとね。これを解析するだけで、かなり時間がかかりそう」
「でも、現物がここにあるわけだから、タイムマシンの完成はかなり早まりそうじゃね? 牧瀬氏も真帆たんもいるし、なんとかなるっしょ」
「まあね。このメンバーなら、完璧なタイムマシンの完成もそう遠くないかもね。あとは、開発に必要な場所と資金ね」
「なら、フェイリスたんと連絡とってみるお。多分、フェイリスたんなら何とかしてくれるっしょ」
「ルカ子とも連絡を取ろう。あいつも大切な、我が未来ガジェット研究所のメンバーだからな」
 ルカ子も、フェイリスも大切な我がラボメンだ。2人の協力なくしては、タイムマシンの開発は難しいだろう。
 タイムマシン開発に向けての課題は山積みだ。これからしばらくは休む暇もなさそうだ。真帆も同じ気持ちだったようで、やれやれと口を開いた。
「本当に、これから大変ね。タイムマシンが完成するのは、一体いつになるのかしら?」
 そんな真帆に俺は……。
「フゥーーハハハハハ!!」
「な、何!?」
「心配するな、真帆よ! この鳳凰院凶真の手にかかれば、タイムマシンの開発など造作もないこと! お前は何も心配せず、俺に付いて来い!!」
 彼女は少し驚いたようだったが、やがてクスリと笑う。
「ええ、頼りにしているわ。鳳凰院凶真さん」
 そうして、彼女は微笑む。
「なんかすっかり前のオカリンに戻ったお。ま、そっちの方がこっちも調子が出るけど」
「デジャヴだわ……。なんだか今の岡部を何度も見てきたような……。これが、別の世界線の記憶―――リーディングシュタイナーなのかしら? デジャヴは長期記憶と短期記憶の重なりあいが原因とも言われているけど、実はそれが別の世界線の記憶に起因するものだとしたら……? だとしたら世界線の変動はごく日常的にあるものと考えられ、想定よりもはるかに世界線は変化しやすいものと推察され、仮に―――」
「何をごちゃごちゃ言っているのだ、クリスティーナ!! お前は俺の助手として、その頭をもっとタイムマシン開発に回すべきだろう!」
「だから! 私はお前の助手でもクリスティーナでもないと言っとろーが!!」

 倫太郎と紅莉栖は、至を巻き込みながら大騒ぎをしている。そんな2人には、共に困難を乗り越えてきた絆があるように見えた。2人のそんなやり取りを見て、真帆は微笑む。彼らと一緒なら、きっと大丈夫だろう。
 真帆は顔を上げ、空を見上げた。高い高い空。その先、遠い未来に帰った彼に向け、彼女は呟いた。
「大丈夫。私たちは絶対、シュタインズゲートに辿り着いてみせるわ」
 空はどこまで高く、青く青く澄み渡っていた。

2016.10.29 Sat l シュタインズゲート l コメント (0) トラックバック (0) l top

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