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交差座標のスターダスト β 第10話です。
よろしくお願いします。
 俺を乗せた車は高速道路を走っていく。
 時折、窓から見える景色は流れるように通り過ぎていく。だが今の俺は景色を楽しむ余裕などありはしない。
 気分は最悪。俺は手を後ろに縛られ、その両手をシートに固定され身動きを取る事ができない。その上、常に正面に座るレイエスに監視されている。こんな状態で景色を楽しむ方が無理と言うものだ。
 だがレイエスはそんな俺の気持ちなどお構いなしに、馴れ馴れしく話しかけてくる。
「気分はどう?」
「…………良いと思うか?」
「そんな顔をしないでよ、リンタロ。これでもあなたの待遇には配慮しているのよ。本来なら、両手足を縛って目隠しまでするんだから。あなたに逃亡の意思がないみたいだから、こうして話ができる状況にしているんだから」
「そうか、なら今のこの状況はVIP待遇ってわけだ。丁重なおもてなし、感謝するよ」
 俺は皮肉を込めて言葉を返す。そんな俺の皮肉を、レイエスはさらりと受け流し余裕を見せる。
「それだけ減らず口を叩けるなら大丈夫ね。今のうちに体を休ませておくといいわ。基地についたら、色々と聞きたい事があるから」
 レイエスはそう言い、不敵に笑う。奴の言葉を聞き、俺はレスキネンから受けた拷問の事を思い出した。
 また、あんな目に会うのか……。そう思うと、拷問の時に受けた傷が再び疼きだした。あの苦痛を味わうぐらいなら、今度は素直に知っている事を話してしまおう。そうすれば、少しは苦しまずに済むだろう。
 構うものか。どうせ、何をしたって戦争は避けられない。守りたい人だって、もういない。ならば、世界がどうなろうと知ったことか。
 諦観したような俺の表情を見て、レイエスは満足そうに笑う。きっと、俺から引き出せる情報に心躍らせているに違いない。いいさ、好きなだけ引き出せばいい。俺には抵抗する気なんてないんだからな。
 俺は全てを達観し、おとなしくシートに体を預ける。その時、レイエスの部下がやってきて、奴の耳元で何かを伝える。
「何ですって……?」
 その報告を聞き、レイエスは眉をひそめる。そして、車の後ろに移動し車内後方の窓の暗幕を開いた。
 車内が少し明るくなり、車後方の景色が見える。そして、車の後方30メートルぐらいの位置に、1台の軍用車両が付いて来ていた。
「…………?」
 今、首都高はテロの影響で閉鎖されているはず。レイエスたち以外に、一体誰がこんな所を通っているのか。
 俺は謎の追跡車両を、不思議そうに眺めるだけだった。



「追いついた!」
 ハンドルを握る鈴羽が声を上げる。秋葉原からここまで、凄まじい追い上げを見せてようやく連中に追いついた。鈴羽がいなければ、追い付く事はおろか離されるだけだっただろう。彼女の運転技術に、俺は舌を巻く。
「よくやった、鈴羽!」
 彼女に続き、俺も声を上げる。だが問題はこれからだ。向こうも軍用車両。簡単に止める事は出来ない。
 どうやって、連中を止めるか。こちらが思案していると、不意に向こうの車両上部のハッチが開いた。



「一体何者……。まさか、ストラトフォー?」
 レイエスは怪訝そうに呟く。有り得ない事ではない。元々、俺はストラトフォーに捕まっていたのだ。連中が再び奪還してくるのは当然の事だ。
「アレクシスは警察に捕まったはずだけど……。いずれにせよ、リンタロを狙っているのは私たちだけではないようね」
 レイエスは忌々しげに呟く。そんなレイエスに、部下の男が尋ねる。
「どうしますか?」
 レイエスは不快そうに、部下に告げる。
「蹴散らしなさい」



 敵車両の天井部のハッチが開くなり、そこから身を乗り出した男が機関銃をこちらに向ける。
「2人とも掴まって!」
 次の瞬間、機銃掃射が始まる。
「きゃあ!」
 真帆の悲鳴が車内に響く。しかし、あちらの銃撃をまともに喰らう前に、鈴羽はハンドルを切る。いくらかは被弾したがさすがは装甲車、多少の銃撃は跳ね返せる。だが長くは持たないだろう。
「おじさん、応戦して!!」
「分かっている!」
 俺は窓を開き、そこから身を乗り出し拳銃を構える。正確に構えた拳銃は、的確に敵の車両に被弾する。しかし、分厚い装甲をした車両は、貧弱な9mm弾など容易く撥ね退ける。
「何やってんの! こっちにも機関銃が付いてるんだからそれ使いなよ!!」
「機関銃なんか使った事ないぞ!」
 鈴羽に言われるまま、俺は上部ハッチを開ける。そして、持てる軍用知識をフル動員し、何とか台座に機関銃を取り付けた。
「期待はするなよ! 当てる自信なんかないからな!」
「いいから早く!!」
 次の瞬間、俺は機関銃を斉射する。
「うおっ!!」
 予想以上の反動に、俺は銃のコントロールを失う。拳銃とは全く扱いが違う機関銃は、案の定あらぬ方向に銃身が向く。しかし威嚇にはなったようで、俺の銃撃により敵の攻撃が止んだ。



「うるさい蠅ね」
 向こうの銃撃により、こちらの攻撃が止まった事でレイエスは苛立っていた。忌々しそうに、後方の車両を睨みつける。業を煮やしたレイエスは部下に指示を出す。
「吹き飛ばしなさい」
「虎の子の一発です。よろしいのですか?」
「構わないわ」
「了解」
 すると、男は細長いケースのような物を取り出した。そして、その蓋を開ける。その中に入っていた物は―――。



「攻撃が止んだ……」
 俺の下手くそな銃撃も、威嚇にはなったようだ。先程から敵は攻撃の手を止めている。
「鈴羽! 今の内に接近を―――」
「ちょっと待って!」
 不意に鈴羽が叫ぶ。止まっていた敵に動きがあった。上部ハッチから再び男が姿を現した。そして、男は筒状の細長い物体を肩に乗せて、それをこちらに向ける。あれは……。
 第2次世界大戦で初めて実戦投入され、対戦車に対する戦術に変革すらもたらした兵器。歩兵が携行できる物としては最強の火器。

 ロケットランチャー。

「まずいっ!!」
 鈴羽が悲鳴にも似た声を上げる。次の瞬間、ロケットランチャーがこちらに向かって発射された。
 あわや横転、というほど鈴羽は全力でハンドルを切る。急激に車体が振られ、俺は危うく車から振り落とされる所だった。
 車体横スレスレを、弾頭が掠めるように通り過ぎる。そして……。
 0コンマ何秒後、後方から凄まじい爆音が鳴る。
「きゃああああーーーーー!!!」
「うぉおおおっ!!」
 凄まじい衝撃に、車体後部が一瞬宙に浮く。耳をつんざく様な爆音と、車体を激しく揺らす衝撃に、真帆が悲鳴を上げる。
 あまりの爆音に耳が痛くなる。しばらくして耳鳴りが止むと、俺は車後方に目を向ける。はるか後方、そこには高速道路の路面に大きな穴が開いていた。
 あんな物を喰らったらひとたまりもない。俺は今起きた出来事にぞっとする。しかし、そんな時も鈴羽は冷静に現状を把握する。
「今の内に接近するよ!」
 鈴羽はアクセルを全開にし、一気に敵との距離を縮める。今の攻撃を避けられたのは、連中にとっても誤算だったのだろう。こちらの動きに対処できていないようだった。
 敵車両が近づいてきた。勝負に出るなら今だ。
「おじさん!」
「任せろ!」
 俺は再び機関銃を手に取とり、そのトリガー押す。だが……。
「なっ!」
 機関銃からは一発の銃弾も発射されない。弾切れ……。
 最初からこの車両にはほとんど弾薬が積んでいないようだった。たったあれだけの斉射で、弾薬は空になっていた。
「弾切れだ……」
「そんな…………」
 鈴羽の顔に焦りの表情が見える。こちらの銃火器はこれで拳銃のみ。あの頑強な装甲車を前にして、あまりに貧弱な装備。
 どうやってあの車両を止める……? 俺が頭の中でそんな事を考えていると、不意に真帆が窓を開ける。
「比屋定さん! 危ないぞ!」
 俺の制止も聞かず、彼女は窓から身を乗り出し敵車両に向かって叫ぶ。
「岡部さん! 岡部さーんっ!!」



 不意に、彼女の声が聞こえた気がした。
「…………っ!」
 俺は一瞬顔を上げる。しかし……。
 耳を澄ませても、聞こえるのは走行する車両の音とレイエスの罵声のみ。
 気のせいだ……。こんな所で、彼女の声が聞こえるわけがない。俺は夢の中で聞いた彼女の言葉を思い出した。



『今、希望はあなただけなの。お願い。あなた一人に託すなんて、ひどいと思うけれど……。シュタインズゲートに、必ず辿り着いて』

『それじゃあね……。岡部さん』

『さよなら―――』



 …………すまない。俺は、君の期待に答えられなかった…………。
 疲れてしまった、全てに……。
 紅莉栖も……、まゆりも……、君も……。
 大切な人は、みんないなくなってしまった……。
 本当に守りたかった人たちは、いなくなってしまった……。
 俺はもう、立ち上がれない……。
 こんな身勝手な俺を、どうか許して欲しい…………。

 ……………………けど。



「何やっているの! この役立たずっ!!」
 レイエスは部下に罵声を浴びせる。先程のロケットランチャーで、あの車両を撃退できなかったことに激高している。奴の意識は完全に、俺から離れていた。
「…………こんな連中に」
 せめて、こんな連中にだけは利用されてたまるか!!
 俺は両腕を動かし、どうにかして両手を拘束から抜けようと試みる。力ずくで手を抜こうとすると、腕にロープが食い込んできた。ロープが食い込み、痛みが激しくなる。腕の皮が剥け、血が滲んできた。それでも俺は全力で抗う。
 俺を信じて希望を託してくれた真帆の為にも、こんな連中にだけは屈してたまるか!
 その瞬間、両手がロープから抜けた。俺は勢いをそのままに、レイエスの背中に向かって突進する。
「うぉおおおおおおっ!!!」
 こちらに気付いたレイエスが振り返る。しかし次の瞬間、俺はレイエスに体当たりを喰らわせた。



「銃撃が来ない……?」
 向こうの体勢が整う程度の時間は経過したが、連中は攻撃をしてこない。何かあったのだろうか? よく見れば、僅かに車両が揺れているように見える。この瞬間を最後の好機と捉え、鈴羽が声を上げる。
「おじさん、運転代わって!!」
 俺はすぐさまハンドルを取る。
「どうするつもりだ!?」
「今できる事をするだけだよ!」
 そう言い、鈴羽はハッチから身を乗り出した。

 高速で移動する車上。強い風が吹き荒れ、鈴羽のおさげが風になびく。
 容赦なく吹き荒れる風を物ともせず、鈴羽は前方を走る車を見据える。
 その双眸は、普段は見せる事のない戦士のもの。彼女の鋭い視線は敵の車両を捉えて離さない。
 鈴羽はゆっくりと銃を構える。彼女が今構えている銃は、普段愛用しているものより一回り以上大きいものだった。
 S&W M500。拳銃としては、人類が扱える限界まで威力を高めた世界最強の拳銃である。あまりの威力の為、発砲した時の反動もすさまじく、今まで使う機会はほとんどなかった。しかし、機関銃が使えなくなった今、この銃に頼るしかない。
 その銃身を敵車両に向ける。彼女の視線が、一層鋭いものになった。鈴羽はゆっくりと息を吐き、呼吸を整える。

 ―――大丈夫、まだ敵は出てきていない―――

 そうやって、鈴羽は自分に言い聞かせ、気持ちを落ち着かせる。すると、頭の中に昔の記憶が浮かんできた。
 思い出すのは、戦いの日々ばかり。孤立無援となり、己の肉体と鋼の精神だけで敵地から生還した時。四方八方から敵の集中砲火を受け、仲間と共に玉砕を覚悟した中、奇跡的に救援が間に合った時。そして、ワルキューレ本部が敵の総攻撃を受け壊滅的打撃を受ける中、秘密の脱出路で命辛々脱出した時。
 修羅場はいくつも潜ってきた。今、この状況より遥かに絶望的な状況でも、彼女は常に生還してきた。それに比べれば、こんなの何でもない。

 ―――自信を持て、自分ならやれる―――

 彼女はそう、自分を奮い立たせる。数々の修羅場から生還してきた彼女は、どんな状況でも生き延びられるという自負は持っている。
 しかし、そんな彼女でも一度だけ、本当の本当に死を覚悟した事があった。ワルキューレが総攻撃を受け脱出している最中、軍の無人機に彼女は補足された。目の前に機関銃の銃口が向けられ、コンマ数秒後の未来に死を感じた。
 目の前に、今まで生きてきた人生が走馬灯のように流れた。人間、死ぬ時は本当に見るんだな。死を前にして、やけに冷静だったのを覚えている。しかし……。
 コンマ数秒後の未来。その先にいたのは突き飛ばされる自分と、機銃掃射を受けズタズタに引き裂かれる、母の姿だった。
 全身に、母の生暖かい血を浴びた。目の前で、愛する母がぐずぐずの肉片になっていくのを見た。
 人の死は腐るほど見た。沢山仲間が殺されたし、沢山どこかの誰かを殺した。でも、ある種の達観がそこにはあった。こんな世の中に生まれてしまったのだ、仕方がない。人が死ぬのも、人を殺すのも受け入れなければならない。
 しかし、この時ばかりは、世界を呪った。慟哭とは、こういう事を言うのかと、後で思った。仲間に止められなければ、例え四肢を捥がれても敵を殺しに行っただろう。
 母を失った夜、まゆねえさんの胸で一晩中泣き明かした。

「………………ッ」

 鈴羽はその時を思い出し、唇をかみ締める。そして、改めて敵車両を見据える。
「私は、この一撃でシュタインズゲートを目指す。そして、母さんも救う」
 その瞬間、鈴羽の銃から弾丸が発射された。それは、彼女人生の中で、最も美しい軌跡を描いた。



「うぉおおおおおっ!!」
 俺は渾身のタックルをレイエスに喰らわす。
「ぐっ!!」
 正面からまともに俺のタックルを喰らったレイエスは、背後の椅子に叩きつけられ苦悶の表情を浮かべる。レイエスは苦痛のあまり、その場にうずくまる。
「このガキ!!」
 だが、俺はすぐさまレイエスの部下に殴られた。
「がはっ!」
 屈強な男の強力な拳を顔面に受けた俺は、堪らず床に崩れ落ちる。口の中に血の味が広がる。今の一撃で、口の中を切ったようだ。だが男たちは容赦なく、床に倒れる俺に蹴りを入れてくる。
「ぐっ!!」
 俺はひたすら体を縮こませ、暴力の嵐に耐えるしかなかった。
「……舐めた真似をしてくれるじゃない」
 ようやく立ち上がったレイエスは、その目に怒りを宿し俺を見下ろす。俺は両脇を抱えられ、無理やりその場に立たされる。そして、膝の裏を蹴られ否応無しにその場に膝を付かされた。俺を見下ろすレイエスの目は、虫を見るような冷徹なものに変わっていた。そして……。
 レイエスのつま先が、容赦なく俺のみぞおちにめり込む。
「ぐぶぅ!!」
 その衝撃に、胃液がこみ上げてきた。俺は堪えきれず、逆流してきた胃液をその場に吐き出した。
「……は、かはっ……、ぐあぁ……」
 逆流してきた胃液で、喉が焼ける。みぞおちを蹴られた衝撃で、横隔膜が精一杯せり上がり、息ができない。しばらくの間、俺はその場で苦しむしかなかった。そして、ようやく呼吸ができるようになると、レイエスを見上げ睨みつける。しかし……。
 俺の額に、冷たい銃口が突きつけられた。
「モルモットならモルモットらしくしていなさいっ!!!」
 俺を見下ろすレイエスの目は、人に向けられるものではなかった。それは、言葉通り実験動物―――。否、人が害虫に向けるそれと同じだった。
 間違いなく、俺はこいつから容赦なく拷問を受けるだろう。だが、屈してたまるか。この瞬間だけでも、こんな連中の思い通りになるものか! 俺は自分の意思を示すよう、レイエスを睨み返す。
 そんな俺の表情を、レイエスは面白くなさそうに見る。しかし、すぐさまその顔が冷酷な笑みに変わる。
「その表情も、すぐ虚勢に変わるわ」
 すると、レイエスの銃口が俺の足へと移る。
「殺されないと思って、高を括っていたのかしら? 世の中にはね、死ぬよりつらい事なんていくらでもあるのよ。それを証明してあげる」
 引き金に掛かるレイエスの指が動く。その動作に、俺の緊張は高まる。そんな俺を見て、レイエスは満足そうに笑う。
 俺は覚悟を決めた。しかし、次の瞬間―――。
 突然、車が急カーブを曲がるように激しく揺れる。そのあまりの衝撃に、俺もレイエスも、車内を転がった。



 鈴羽が撃ちだした銃弾は美しい軌跡を描き、寸分の狂いなく車両後輪へ吸い込まれていく。次の瞬間、銃弾は敵車両のタイヤを撃ち抜いた。強力無比な.500S&W弾は、軽装甲機動車のタイヤすら容易く貫通し、そのホイールごと破壊する。
 後輪を破壊された車両は完全にコントロールを失い、大きく蛇行した後高速道路の壁面へ衝突し、ようやく動きを止めた。
「―――ッ!!」
 壁に激突した車両を見て、真帆は声にならない悲鳴を上げる。すぐに真帆たちの乗っていた車は、そのすぐ脇に停車する。
「岡部さん!!」
 車を止めるや否や、真帆は車両を降りて駆け出す。そして、敵車両のドアに手を掛けた。幸いロックは掛かっていなかったようで、すぐにドアは開いた。
 真帆が中に入ると、すぐそこにレイエスが頭から血を流して倒れていたが、今はそれを気にしている余裕はない。車両奥、そこに倫太郎は倒れていた。
「岡部さん! しっかりして、岡部さんっ!!」
 真帆は必死に声を掛けるが、倫太郎は目を覚まさない。
 彼女は倫太郎が目を覚ますのを信じるように、声を掛け続けた。





 暗い暗い闇の中、俺はいた。
 辺りを見回しても、周囲はどこまでも続く闇。その中に、俺は1人佇んでいた。
 何故、自分がこんな所にいるのか分からなかった。どうして1人でこんな所にいるのか分からなかった。
 突然、取り残された俺は不安になり、誰か知っている人がいないか声を上げた。だが、その声は永遠に続くかのような闇の中に吸い込まれ、消えていった。
 真っ暗な闇の中、自分1人。不意に、俺は強烈な孤独感に襲われ、再び声を上げた。

 ―――誰か。誰かいないのか!!―――

 俺は懸命に声を上げるが、闇の中、俺の声に応える者は誰もいない。
 不安と恐怖で、俺はその場にうずくまりそうになる。その時―――。

 ―――岡部さん―――

 その、懐かしささえ覚える柔らかな声に、俺は顔を上げる。

 ―――比屋定さん―――

 俺は安堵する。この暗闇の中。自分1人ではないという事が分かり、俺は胸を撫で下ろした。しかし、彼女は悲しそうな顔をして、俺を見る。そして、小さく呟いた。

 ―――ごめんなさい、もうあなたの前には現れないわ―――

 ―――私がそばにいたら、私はまた、あなたを裏切ってしまうかもしれないから―――

 真帆は悲しそうに、そう呟く。そんな彼女の言葉を聞き、思わず俺はこう返す。

 ―――何を……、何を言うんだ、裏切りだなんて。君はレスキネンに利用されていただけじゃないか。俺はそんなこと微塵も―――

 しかし、彼女は俺の声が聞こえていないかのように話を続ける。

 ―――ねえ……。こんな私の身勝手な話を聞いて欲しい。どうか……、シュタインズゲートを目指して……―――

 ―――今、希望はあなただけなの。お願い。あなた1人に託すなんて、ひどいと思うけれど……。シュタインズゲートに、必ず辿り着いて―――

 そう言い、彼女は寂しそうに後ろを振り返る。そして、それが今生の別れかのように、こう呟いた。

 ―――それじゃあね……。岡部さん―――

 ―――さよなら―――

 そうして、彼女はこちらを振り返る事もなく、俺から離れて行く……。

 ―――待ってくれ、比屋定さん! 俺はまだ、君に何も返してない!―――

 ―――君に命を助けられた! なのに、俺は―――

 俺は懸命に、真帆に言葉を投げ掛ける。しかし、彼女は決してその歩みを止めることなく、その姿は小さくなっていく……。

 ―――待ってくれ! 俺はまだ何も―――

 やがて、彼女の姿は俺の視界から消えていった……。





「比屋定さんっ!!」

「きゃあっ!」

 唐突に、耳元で声が聞こえた。
「…………え?」
 ソファから体を起こした俺は、声の聞こえた方を振り返る。そこには―――。
「…………比屋定、さん……?」
 そこには、俺がたった今追い求めていた、彼女の姿があった。
 彼女も俺の声に驚いていたようだったが、すぐに落ち着きを取り戻し、柔らかな笑顔で俺に話しかける。
「ええ、私よ。岡部さん」
 そう言い、彼女は俺に微笑んだ。その笑顔を見て、思わず目頭が熱くなる。
 死んだと思っていた。もう2度と会えないと、思っていた。彼女に何も返す事ができないまま、手の届かない所に行ってしまったと思った。でも……。
 今、目の前にいる彼女は紛れもない現実で、以前と何一つ変わらない姿で俺の前に居てくれた。
 俺は彼女の手を、小さく握る。
「良かった……。もう、会えないかと思っていた……」
 そんな俺を見て、彼女はクスリと笑い、こう応える。
「おかげさまで。見ての通り、無事にラボに戻れたわ」
 ラボ。彼女の言葉に、初めて自分がラボにいる事に気が付いた。そして―――。
「……え?」
 俺のすぐ傍には、まゆりと、鈴羽もいてくれた。
「……まゆり……。鈴羽……」
「おかえりなさい、オカリン」
 俺の言葉に、まゆりはいつもと変わらない笑顔で応えてくれる。
「私もいるよ、オカリンおじさん」
 鈴羽も、屈託のない笑顔で俺を見ている。
「……2人とも、無事だったんだな」
「なんとかね。私もまゆねえさんも、ここに戻ってこれたよ」
 鈴羽のその言葉に、俺は心の底から安堵した。2人ともダルから行方不明と聞いていたから、最悪の事態も想像していた。そうだ……、ダルは―――。
「ダ―――」
「僕のこの大きすぎる存在感を見落とすなんて、どうかしてるぜ、オカリン」
 見れば、少し離れた位置にダルは当然の如く鎮座している。ダルのそのいつもの口調に、俺は思わず苦笑する。その時……。
「ちょっと、私の事も忘れないで欲しいわけだが」
 やや不満そうに呟くその声は……。
「……紅莉栖。お前も無事だったのか!」
 テーブルの上にあるノートPCに、アマデウスの紅莉栖が映っている。何故彼女がラボにいるのかは分からないが、こうして無事に存在していることが何より嬉しかった。
「私も教授に消されると思ったんだけどね。色々あって、こうして無事にいるわ」
 彼女のその言葉に、俺は胸を撫で下ろす。そして、今一度ラボを見回す。
 そこには真帆が、まゆりが、鈴羽が、ダルが、紅莉栖がいる。俺がもう会えないと思っていた人々が、今、ここにいる。皆の無事が分かり、俺はまた目頭が熱くなった。
「良かった、みんな無事で。色々聞きたい事はあるが、まずは皆が無事で良かった」
「本当ね。こうして岡部さんも無事に戻ったし、それが何よりね」
 真帆も安堵したように話す。そうか、俺は彼女たちに助けられたんだな。
「ありがとう、比屋定さん。俺はまた、君に助けられたんだな」
「ええ、レイエス教授に捕まった事が分かったから、みんなで協力してあなたの救出に向かったの」
「そうか、君の声が聞こえた気がしたが、あれは気のせいじゃなかったんだな」
「え、本当に? そう言えば、岡部さんの名前を叫んだような……」
「ああ、連中に捕まっている時、君の声が聞こえた。君の声に勇気をもらったんだ、ありがとう」
 俺がそう言うと、彼女は少し照れくさそうに答える。
「そ、そう? 無我夢中だったから、あまり覚えていないわ。あははは」
 彼女のその笑顔に、思わず俺も笑顔になる。
「オカリンがどさくさに紛れて、真帆たんの好感度を上げている件について」
「ちょ! べ、別にそんなんじゃ……」
「比屋定さん、ダルの話はいちいち間に受けなくていいぞ」
「岡部、今のなかなか良かったわよ」
 そう言い、紅莉栖は画面越しに親指を立てている。
「お前な……。いい加減、その何でも恋愛にこじつける脳をどうにかしたほうが良いんじゃないか、クリスティーナ」
「だから! 私はあんたの助手でもクリスティーナでもないと言っとろーが! それに、私は冷やかしなんかじゃなく、真面目に先輩の恋を応援して―――」
「ちょ、ちょ! な、何を言ってるのよ紅莉栖!」
「なんだか今日はラボが賑やかだねー。まゆしぃはとっても嬉しいのです」
「賑やかなのは、一部の人だけな気もするけどね」
「オカリン……、マジ爆発しろ」
 そんなふうに、俺たちはラボで他愛のない会話をする。なんだかひどく懐かしい気がした。
 真帆がいて、まゆりがいて、鈴羽がいて、紅莉栖がいて、ダルがいて。いなくなったと思った人たちと、こうして話ができる事が嬉しかった。こんな時間が、いつまで続けばいいと思った。しかし、そんな時間も、俺が不意に聞いた言葉で唐突に終わりを告げた。
「そう言えば、比屋定さんは俺をストラトフォーから助けた後は大丈夫だったのか。俺はてっきり、その……」
「幸い、殺されることはなかったわ。けど、私もストラトフォーに捕まってね。でも、その後私も助けてもらったの」
「そうだったのか。一体、誰に助けてもらったんだ?」
 俺のその言葉に、何故か真帆は一瞬固まり、返答に困ったような顔をした。
「それは……。鈴羽さんに助けてもらったのよ、ねえ?」
 そう言い、真帆はちらりと鈴羽を見る。
「そ、そうなんだ。私が比屋定さんを助けたんだよ」
 俺は2人のやり取りに、微かな違和感を感じた。まるで、取って付けたような2人のやり取り……。だが、そこまで深く考えなかった俺に、鈴羽は言葉を続ける。
「おじさん、みんなの無事を喜ぶのはいいけど、あまり楽観視してもいけないよ」
「……どういう事だ?」
「全員が全員、無事なわけじゃないんだ……」
「え……?」
 全員が無事ではない……? 俺はてっきり、ラボのみんなが無事だと思っていた。だが、全員じゃないとすると……。
 フィリスとルカ子は無事だとダルから聞いた。なら、一体誰が……? 俺の疑問に答えるよう、鈴羽は口を開く。そんな彼女の顔は、先ほどとは打って変わって暗い表情に変わっていた。
「母さんがさ……、行方が分からないんだ……」
「由季さんが……?」
 由季さんに、何かあったのか……? いや、彼女に万が一の事があれば、そもそもこの場に鈴羽が存在しているわけがない。彼女が亡くなるのは、ずっと未来の話だ。
 だが、死なないというだけで、無事だと言うわけではない……。もしかすると、負傷してどこか知らない場所にいるかもしれない。
「阿万音さんだけじゃないわ。中瀬さんも、レスキネンから脳を操作されて、今は代々木の先端医療センターに監禁されているの」
 そうだ、思い出した。ストラトフォーに捕まった時、レスキネンがそんな事を話していた。
「先端医療センターは、新型脳炎の治療を謳いつつ、裏ではレスキネン主導での研究が行われていたみたい。黒幕のレスキネンは逮捕されたから、近いうちに警察の捜査が入ると思うけど……」
「フブキちゃん……」
 まゆりは監禁されている友人の安否が分からず、不安な顔をしている。
 みんながみんな、無事ではないらしい。知り合いの安否不明を聞き、俺も肩を落とす。そんな俺に、鈴羽は話を続ける。
「私たちは無事だけど、今世界は確実に戦争への歩みを始めている。あの秋葉原のテロ以来、世界各国でタイムマシン開発競争が始まっているんだ。アメリカ、ロシア、EU、それから、多分日本でも。どの国も、世界を変える究極の技術であるタイムマシンの開発を進めている。それが引き金で、第3次世界大戦が起こる。もう、賽は投げられたんだ。引き返す事はできない。だから、どこよりも早く私たちの手でタイムマシンを作り、過去へ戻って戦争が起こる引き金を止めなくちゃいけない」
「…………な」
 鈴羽の言葉を聞き、俺は目眩がした。
 ……タイムマシンを作る? 戦争の引き金になると言うタイムマシンを、俺たちの手で……?
「私が乗ってきたタイムマシンは破壊されてしまった。現時点で、過去へ戻る術がない。おじさんが言っていたタイムリープマシンも、48時間以上前には戻れないんだよね? なら、一刻も早くタイムマシンを完成させて、過去へ戻らなきゃ」

 ……やめろ。

「ここにはタイムマシンの理論を構築した、牧瀬紅莉栖の分身であるアマデウスもいるし、タイムマシンそのものを開発した父さんだっている。それに、牧瀬紅莉栖の大学の先輩である比屋定さんもいる。タイムマシンを開発する人材は揃っているんだ。上手くいけば、私のいた未来よりずっと早くタイムマシンが作れる」

 …………やめろ。

「だからおじさん、これからタイムマシンの開発を―――」



「やめろッ!!!」



 鈴羽の言葉を聞き、俺は声を荒げる。
「タイムマシンを作れだと!? この俺の手で? 馬鹿も休み休み言え!!」
 鈴羽に向かい、これまで吐いた事のないような暴言を俺はぶつける。
「この1年、お前にも散々説明したはずだ! タイムマシンは、人に手に余る物だと! 俺たち人間が、手に触れて良い物ではないと! 散々聞かせてきたのに、何故それが分からない!!」
 俺は感情を抑える事ができず、大声を出し続ける。そんな俺に、鈴羽も動揺していた。
「お、おじさん……」
「どうして分からない! あれは、俺たちの都合の良いようには出来ていない! タイムマシンで過去に戻った所で、世界線の収束には逆らえないんだ!」
「………………」
 俺の言葉に、鈴羽はついに黙り込む。しかし、鈴羽の言葉を続けるように、今度は真帆が口を開いた。
「岡部さん、あなたの言いたい事も分かるわ。世界線の収束も、あなたから聞いて理解はしているつもり。でも、きっと抜け道はあるはずよ。誰も犠牲にならない世界、シュタインズゲート世界線は、きっと存在する」
「比屋定さん……」
 真帆の言葉に、俺は夢の中で聞かされた彼女の言葉を思い出した。

 ―――シュタインズゲートに、必ず辿り着いて―――

 彼女に救われた命。彼女に返すべき恩を、俺はまだ返していない。
 なら、今がその時じゃないか……? 俺はそう、自問自答する。しかし……。

 紅莉栖が死んだ、あの瞬間が……。
 紅莉栖を刺したあの感触が、俺の中でフラッシュバックする。

「……う、ぐぅ……」

 突如、猛烈な吐き気に襲われ、俺は堪らず口を押さえる。
「岡部さん!」
 慌てて真帆が俺に駆け寄る。彼女は俺の背中に手を回し、優しく撫でる。
 しばらくして、ようやく吐き気が収まり俺は息をつく。
「大丈夫、岡部さん?」
 彼女は俺を気遣い声を掛ける。俺は小さく頷く。だが、それで俺の考えが変わることはなかった。
「……駄目だ」
「え……?」
「君にも言ったはずだ。“タイムマシンで牧瀬紅莉栖を救おうなんて、絶対に考えるな”」
「………………」
「シュタインズゲートなんて、ただの妄想だ。牧瀬紅莉栖は助けられない。因果の収束には、決して逆らえないんだ。言わば、それは“神”みたいなものなんだよ。“神”に人間が挑むなんて、無謀だったんだ。なのに、俺はそれに何回も、何十回も、何百回も挑んで……、全てが失敗に終わった。無駄だったんだ。人の傲慢を、“神”は決して許さない」
「…………岡部さん」
「君は、何も知らないし、経験していないから、無責任な事を言えるんだ。無駄だったんだ……、何度繰り返しても、無駄なんだ……。全部、決まってしまっていることなんだよ……。どれだけもがいたって……、結果は同じになる……。無駄だよ……、無駄なんだ……。何もかも無駄なんだよ! 何度繰り返したって、牧瀬紅莉栖は助けられない! 因果の収束には、決して逆らえない! 何をしたって、紅莉栖は助けられ―――」



「オカリンっ!!」



 何が起きたか分からなかった。じわりと、熱い痺れが頬に広がる。そこで初めて気が付いた。
 俺はまゆりを見る。頬を叩かれた……? まゆりに……?
 まゆりがこんな行動に出たのは初めてで、俺は驚きのあまり声が上手く出なかった。
「なに……、を……?」
「…………っ」
 俺の顔を覗き込むまゆりの目から、涙が溢れ出す。そして、まゆりは涙を流しながら、俺に訴え掛ける。
「オカリン……。まゆしぃはね。本当は、この世界のまゆしぃじゃないんだよ……」
「…………え?」
「この世界のまゆしぃとスズさんは、もうどこにもいないんだよ……。タイムマシンで過去へ跳ぼうとした時に、爆弾でバラバラにされて……」
「…………な」
 まゆりの言葉に、俺は絶句する。まゆりと鈴羽が、爆弾でバラバラに……? まゆりが、この世界のまゆりじゃない……? 訳が分からなかった。俺は助けを求めるように、鈴羽を見る。
 鈴羽は、悲しそうに俺を見つめ、俺に真実を伝えた。
「私とまゆねえさんは、本当はこの世界線の住人じゃないんだ。私たちは、別の世界線からやって来たんだ。1年前の、8月21日に私たちはタイムマシンで跳んだんだ。でも、そこから未来へ戻る途中、マシンの燃料が尽きて、私たちは時空を彷徨った。そして、たまたまこの世界線に辿り着いたんだ」
「……じゃあ、この世界のお前たちは……」
「今、まゆねえさんが言った通り……。私たちと同じように過去に跳ぼうとした瞬間、ロケットランチャーの攻撃を受けたんだ。マシンは破壊され、私とまゆねえさんは死体すら見つからず、その場から消え去った……」
「………………」
 言葉が出なかった。無事だと思った。2人を心配したのは俺の杞憂で、まゆりも鈴羽も、無事にラボに戻ってきたと思った。でも、本当は、この世界の2人は、もう……。
 真実を知り、俺は膝から崩れ落ちた。そんな俺に、まゆりは言葉を続ける。
「ねえ、オカリン……。この世界のまゆしぃとスズさんを助けられるのは、オカリンしかいないんだよ……?」
「…………まゆり」
「オカリンは……、途中で諦める人じゃないよ……。まゆしぃは知っているもん。いつもね、絶対に最後まで諦めたりしない」
 まゆりは、俺の瞳を真っ直ぐ見つめて言う。
「覚えている? まゆしぃがおばあちゃんのお墓の前で、毎日“助けて”って心の中で呟いていた時、オカリンも、毎日まゆしぃに会いに来てくれたよね……。雨の日も雪の日も、諦めずにまゆしぃの横に来て、まゆしぃの名前、ずっと呼び続けてくれたよね……。まゆしぃはね、オカリンが最後までいてくれたから……、おばあちゃんと、しっかりお別れすることができたんだよ」
 ……懐かしい記憶。俺たちが子どもの頃、まゆりのおばあちゃんが亡くなってから、まゆりは毎日おばあちゃんのお墓の前で佇んでいた。来る日も来る日も、お墓の前に立ち続け、その場から動こうとしなかった。
 毎日毎日、おばあちゃんのお墓に立ち続けたまゆり。俺は、まゆりがいつかその場から消えてしまいそうで怖かった。おばあちゃんの後を追いかけて、どこか遠くに行ってしまいそうで……。
 だから俺は、彼女を捕まえた。彼女が何処にも行かないよう、人質にしたんだ。人体実験の生贄に、狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真の人質に。
 ……そうか。鳳凰院凶真は、その時に生まれたんだ。そんな事も、忘れていた……。
「ね? だからオカリン、諦めちゃダメだよ……。元気……、出してほしいよ……」
 そうしてまゆりは、俺を優しく抱きしめる。まゆりの優しいぬくもりが、俺を包み込んでくれる。
「……まゆり」
「私ね……、本当はずっと後悔していたんだ……。1年前のあの日、オカリンを引き止めた事を……」
 まゆりはこの1年、決して口にしなかった想いを、俺に伝える。
「あの日から、私の、鳳凰院凶真はいなくなっちゃった……。あの時、私がオカリンを引き止めたから……。寂しかったよ……。あの日から、オカリンの時間が止まったみたいで……」
「…………まゆり、俺は……」
「だからね、今度こそ私は、オカリンの背中を押すの。オカリンが、もう一度立ち上がれるよう。鳳凰院凶真が、復活できるよう」
 そうして、まゆりは俺から体を離す。そして、にっこりと微笑んで、こう言った。
「大丈夫だよ。オカリンなら、きっと出来るから」
「……まゆり」
 まゆりは、最高の笑顔で、俺を励ましてくれる。そして……。
「……岡部。あんたの気持ち、私も分からなくはないの」
「……紅莉栖」
「きっとオリジナルの私なら、自分よりまゆりさんを助けるよう、あんたに言ったと思う。多分、自分も悩んで苦しんで、考え抜いて出した答えだと思うの。だから、私が選択したこの世界を、あんたが守りたいのもすごく分かる」
「………………」
「でもね、それとこれとは、話は別」
 紅莉栖は口調を強め、俺に言う。
「あんたが諦めたら、誰がまゆりを助けるのよ! 私やあんたが、自分の想いを犠牲にしてまで選んだこの世界で、またまゆりがいなくなるのよ! あんたが助けなくて、誰がこの世界のまゆりを助けるのよ! いつまでウジウジ悩んでいるのよ! そんなの全然あんたらしくない! そうじゃないでしょう!? いつもみたいに、高らかに笑い声を上げて、厨二病みたいな台詞を吐いて、私や橋田に偉そうに命令して、堂々としていなさいよ! それがあんたでしょう! それが岡部倫太郎でしょう! それが、鳳凰院凶真でしょう!!」
 紅莉栖のその言葉に、俺は言葉を失う。今、紅莉栖が言った事は、あの世界―――α世界線での出来事。この世界では、なかった記憶。アマデウスの紅莉栖はおろか、ダルやまゆりさえ、知らない記憶……。なのに、どうしてそれを……。
「……お前、なんで……」
「……え? あれ……、私、一体何を言って……」
 話したはずの本人が、自分の言葉に戸惑っている。だが、ひょっとすると……。
 『Amadeus』は、人間の脳機能をシュミレートしたものだと聞く。論理的には、人間の脳と同じものだと言える。
 リーディングシュタイナーは、程度の差はあれど、全ての人間が持っている。だとすれば、別の世界線の記憶が時空を超えて、アマデウスの紅莉栖と共有したとしてもおかしくはない。
 紅莉栖はまだ、自分の言った事に戸惑っているようだった。だが俺は、彼女にあの世界線での紅莉栖の面影を見ていた。そして……。
「私が言いたいことは、2人が言ってくれたみたいね」
 今まで静かにしていた真帆が、口を開いた。
「で、あなたはどうするの?」
 真帆が俺に問いかける。
「岡部所長。ここはあなたのラボなのでしょう? いつまでも所長不在では、話にならないのだけれど」
 彼女は強い眼差しで俺を見る。
「俺は……、俺、は……っ」
 そうして、俺は口を開いた。
「俺は……、まゆりを……、鈴羽を……、助けたい……。そして……、……紅莉栖も、助けたい……」
 ようやく……、やっとの思いで、俺は自分の本音を口に出した。
「みんなを助けたい……。もう……、誰かが犠牲になるのは……、嫌なんだ……」
 溢れる涙を堪える事ができなかった。ボロボロと涙を流し、俺はようやく自分の感情をさらけ出した。
「……けど、どうすれば良いのか……、分からないんだ……。どうしたら、まゆりも……、紅莉栖も犠牲にならなくて済むのか……、その答えが分からないんだ……」
 残された疑問を解決できないまま、俺は本音をさらけ出す。方法なんて分からない。だが、自分の感情が、今の本当の俺の想いを、口にしていた……。





「“世界は欺ける”」


 ―――その時、聞き覚えのある声が聞こえてきた―――


「“可能性を繋げ”」


 ―――開発室の奥、カーテンの向こうから―――


「“世界を騙せ”」


 ―――聞き間違えるはずもない、その声―――


「そう、別の世界線の俺から教えられなかったか?」


―――その瞬間、カーテンが開かれ姿を現した。そこにいた人物、それは紛れもなく―――





「初めまして、だな。14年前の俺」





 ―――この俺、岡部倫太郎の姿だった―――

2016.10.29 Sat l シュタインズゲート l コメント (0) トラックバック (0) l top

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