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交差座標のスターダスト β 第6話です。
よろしくお願いします。
「……オペレーション・スターダスト……?」
「ああ。この世界線の俺に、もう一度シュタインズゲートを目指してもらう。そのために、まず君を助けに来た」
 俺は比屋定さんに、これまでの経緯を説明する。俺がまゆりと鈴羽を助けるため、2025年の未来から来たこと。この世界線は、俺がもといた世界とは違うこと。そして、この世界線の俺が全てを放棄し、諦めたこと。
「……岡部さん」
 俺が全ての説明をすると、彼女は悲しそうに呟く。きっと、彼女も思う所があるのだろう。すると、一緒に話を聞いていた紅莉栖が口を開いた。
「なるほどね。未来の岡部は立ち直ってシュタインズゲートを目指しているけど、私たちの世界線の岡部はその気がないのね。まったく、いつもは私と互角に言い合う度胸があるくせに、肝心の所で意気地がないんだから……」
 紅莉栖は画面越しに、やれやれと肩を竦める。
「比屋定さん。この世界の俺の目を覚ますために、君にも協力して欲しいんだ」
 俺は彼女の目を見つめ、今の気持ちを伝える。そんな俺の期待に、彼女も応えてくれた。
「もちろんよ。いえ、ぜひ協力させて。岡部さんが今の状況にあるのは、私のせいなんだから……」
「君のせい……?」
 彼女の言葉の意図が分からず、思わず俺は聞き返す。しかし、俺がその事について尋ねる前に、部屋の扉が開いた。
「おじさん。退路の確保はできたよ」
 一緒にアジトに潜入した鈴羽が、部屋に入ってきた。
「ああ、ありがとう鈴羽。こっちも目的は達成できた」
 俺がそう言うと、鈴羽の姿を見た比屋定さんが声を上げる。
「鈴羽さん! 良かった、無事だったのね」
「比屋定さん! そっちこそ、よく無事で!」
「おかげさまでね。ついさっき、危ない所を岡部さんに助けてもらったの。でも良かった。岡部さんの世界線ではあなたたちが行方不明って聞いてたから。こっちの世界線では無事なのね」
「……うん、まあ。そのことは、また後で説明するよ……」
 比屋定さんの言葉に、鈴羽は言葉を濁す。しかし、今はゆっくり説明している暇はない。急いでここを脱出しよう。
 その時、紅莉栖が俺に声をかけてきた。
「ちょっと岡部。私、まだ鈴羽さんをちゃんと紹介してもらってないんだけど」
「あ……」
 すっかり忘れていた。当時の俺は、『Amadeus』が機密事項であったため、ラボメンにも紅莉栖のことは紹介していなかった。まずは彼女のことを鈴羽に説明しないと。
 しかし、俺が説明する前に、PCをまじまじと見つめる鈴羽が口を開く。
「…………おじさん、これ何?」
「……これ?」
 鈴羽のその言葉は、紅莉栖の癇に障ったようだった。彼女の言葉が刺々しいものになる。
「ちょっと、あなた初対面の人に向かって―――、まあ私はAIなんだけど……。とにかく! “これ“はないんじゃない!? "これ"は!」
「うわ、喋った!」
 鈴羽の言葉に対し返答をするPCに、彼女は心底驚いていた。
「……彼女はAIなんだが。2036年にもあるんじゃないのか?」
「ないよ、こんな人の言葉に的確な返答をするAIなんて。未来ではタイムマシンの開発ばかりで、人工知能の研究なんてどこもしてないから。戦争で疲弊しているから、他の開発をする余裕なんてないんだ」
 言われてみれば、2025年でも人工知能の研究をしている組織は聞いたことがなかった。ならば2036年にも『Amadeus』に匹敵するAIが存在しないのは道理だ。
「『Amadeus』は脳科学研究所の集大成だもの。簡単に真似できる代物じゃないわ。特に、紅莉栖は岡部さんと半年間会話を重ねてきたから、より人間に近い会話が可能よ」
 比屋定さんにとって、自分が開発した『Amadeus』は誇りそのものなのだろう。紅莉栖のようなAIは、簡単には作れないと誇らしげに話す。
 しかし、鈴羽はそこではなく、比屋定さんの口から出た彼女の名に反応した。
「……紅莉栖?」
 鈴羽はもう一度、その名を口にする。
「もしかして、“牧瀬紅莉栖”のこと?」
 鈴羽は心底驚いたように、紅莉栖の名を口に出す。
「このAIは、牧瀬紅莉栖なの!?」
「ああ、彼女は紅莉栖の記憶データを元に作られたAIなんだ。俺は紅莉栖のAIのテスターをしていた時期があったんだ。機密事項だったから誰にも話したことはなかったんだが、多分、こっちの俺もラボのみんなには黙っていたんだろう。それについては謝っておく」
「そうだったんだ、全然気が付かなかった。それにしても、牧瀬紅莉栖のAIか……。ねえ、おじさん。このAIって、牧瀬紅莉栖の記憶データから作られたって言ってたけど、それってタイムマシンに関する記憶も持っているってこと?」
「……多分、そうだと思う」
「それって、“中鉢論文”のオリジナル……、牧瀬紅莉栖が最初に書いたっていう、タイムマシンに関する論文の記憶も持っているってことだよね? それって、危険な事じゃないの?」
「……それ、は……」
 鈴羽の鋭い指摘に、思わず俺は言葉を詰まらせる。
 鈴羽の言っていることは正しい。かつて、紅莉栖の遺産であるノートPCを秋葉原で外国の軍隊が奪いあったのと同じように、『Amadeus』の紅莉栖もタイムマシンの記憶を持っている以上、何らかの勢力が奪いに来る可能性はある。
 あの時、ロシアがノートPCを破壊したように、敵に奪われるくらいなら、破壊してしまったほうが安全なのかもしれない。
 しかし、紅莉栖の分身とも言える彼女を消してしまうのは、俺にとっては耐え難い事だ……。
「……鈴羽、俺は……」
 俺が返答に窮していると、紅莉栖自身が俺の代わりに返事をする。
「ちょっと、あなた。さっきから黙って聞いていれば、これだのそれだの、失礼じゃない? 確かに私はAIですけど、元はオリジナルの牧瀬紅莉栖の記憶から作られたんだから、物扱いされるのは好きじゃないわ」
「ん、そう? じゃあ、謝っとく」
「本当に謝っているのかしら……? まあ、いいわ。それより、さっき言ってたことだけど、結論から言うと、私はオリジナルが持っていたタイムマシンに関する記憶を保有しているわ」
「……やっぱり」
「だけど言わせてもらうわ。私から、私の意思に反して第3者にオリジナルの記憶データが渡ることはないわ」
「理由は?」
「アマデウスシステムには、不可侵領域ストレージが存在して、私以外はそこにアクセスできないようになっているわ。例え、システムを開発した真帆先輩でも、私の許可なくアクセスすることはできない」
「本当に? 普通は開発者だけが知っている制御コードが存在するはずだけど」
「それに関しては私が説明するわ」
 紅莉栖に変わり、今度は比屋定さんが鈴羽に説明する。
「確かに、対外的には制御コードの説明をしているわ。でも、制御コードの本来の目的は『Amadeus』の全リソースデータの削除パッチコマンド。仮に第3者が制御コードを入力しても、次の瞬間にはバックアップも含めたアマデウスシステムの完全削除が始まるわ」
「そうなんだ……。確かにそれなら、記憶データの流出は防げるかも」
「あとは、非人道的だけど、紅莉栖の記憶データを生身の人間にそのまま移し替えて、その人間から聞き出す方法もなくはないけど……。けど、そんな真似ができるのは世界でも脳科学研究所だけだし、そのトップはそこでのびてるわ」
 彼女の指差した先にはレスキネンが床に倒れている。銃で撃たれた痛みか、出血のためか、レスキネンは気を失っている。
「そういうわけだから、紅莉栖からタイムマシンに関する記憶がどこかに漏れるということはないわ」
「……そうか。それなら、そんなに心配することもないかな……」
「鈴羽、確かに紅莉栖が俺たちの元にいることは多少のリスクはあるかもしれない。しかし、逆に言えば俺たちが管理していれば紅莉栖の記憶データが他に漏れることは絶対にない。それに、彼女が自分の意思でタイムマシンのことを話してくれれば、俺たちには有利なはずだ。なにしろ、シュタインズゲートを目指すために、俺たち自身もタイムマシンを作らないといけないからな」
「あ、そうか。それなら、むしろ私たちの所に来てもらったほうがいいよね」
 鈴羽はそう言って納得する。だが、無理もない。
 第3次世界大戦の引き金は、紅莉栖が書いた“中鉢論文”のオリジナルなのだ。それと同じ記憶を持っている『Amadeus』の紅莉栖に対して過敏になるのも仕方がない。
「色々気に障ることを言って悪かったよ。これからよろしく」
「まあ、そう言ってくれるなら、さっきのことは水に流してもいいわ。こちらこそよろしく」
 そう言って、2人は言葉を交わす。PC越しなので、握手ができないのが残念だ。一段落したら、紅莉栖用におもちゃのロボットでも用意するといいかもしれない。
「よし、それじゃあ話もまとまったし、ここから脱出しよう。鈴羽、脱出の準備はできているんだろう?」
「うん、父さんがここにハッキングして、脱出用にエレベーターを動かしてくれたから」
「さすがダルだな。比屋定さん、脱出の準備はいいか?」
「あ、ちょっと待って」
 そう言って、真帆は脱出に待ったをかける。
「脱出をする前に、『Amadeus』のロックを解除しないと。今のままじゃ、スマホで紅莉栖と会話することもできないわ」
 そう言うと、真帆は紅莉栖が写っているPCのキーボードを素早く叩く。専門的なプログラムコマンドがいくつも表示されているが、俺にはさっぱり分からなかった。
「私のスマホは取り上げられたから、岡部さんのを貸してくれる?」
「ああ」
 俺は真帆に自分のスマホを渡す。彼女はPCとスマホをコネクタで繋げると、再びキーボードを打ち込む。
「これって、未来の代物よね? 今の携帯端末とはだいぶ違うのかしら」
「性能は比べ物にならないが、この時代のものでも互換性はあるはずだ」
「なら大丈夫ね」
 しばらく真帆はキーボードを叩いていたが、やがてその手が止まる。
「よし、これでいいわ」
 そう言って、彼女は俺にスマホを渡す。
「ホーム画面を確認してみて」
 真帆に言われ、俺はスマホのスイッチを入れる。画面を確認すると、懐かしいものが目に入った。
「これは……」
 スマートフォンのホーム画面。そこには、かつて何度も使った、『Amadeus』のアプリが設置してあった。
 俺はアプリを起動する。『Amadeus』のロゴマークが表示されたあと、画面には紅莉栖が写った。
「ハロー」
 久しぶりのその感覚に、思わず俺は苦笑する。
「懐かしいな。こうしてスマホ越しに会話をするのは久しぶりだ」
「あんたの感覚じゃ14年ぶりね。私はついこないだまで話していたけど」
「ついこないだ? 『Amadeus』のテスターは最近まで続いていたのか?」
「ええ、そうよ。アンタは違うの?」
「俺の時は比屋定さんが帰国する際に、テスターを終了したからな。なるほど、そういう事でも世界線のズレが起きているわけか」
 俺のいた世界線とこちらの世界線はよく似ているが、細かい所で違いが現れているようだ。どうやら比屋定さんが帰国する辺りから、微妙に世界線がズレているらしい。
「『Amadeus』のアプリは上手く起動しているみたいね。しばらくは岡部さんのスマホで話をさせて」
「ああ、分かった。それじゃあ鈴羽、ここから脱出しよう」
「オーキードーキー」
 『Amadeus』の移行が無事終わり、俺たちはストラトフォーのアジトから脱出する。
 ダルが帰りのルートを確保してくれたおかげで、脱出は容易だった。時折、敵と鉢合わせすることもあったが、鈴羽と俺で撃退していく。
 鈴羽が前、俺が殿を務め、敵と遭遇しても鈴羽と俺の銃は正確に敵を撃ち抜く
「やるね、おじさん!」
「14年も時間があったからな。射撃の訓練はそれなりに積んださ」
 俺たちはアジトの中を進んでいく。途中、鈴羽が足を止め俺たちを呼び止める。
「おじさん、こっち」
 俺は鈴羽に言われるがまま付いて行く。しばらく進むと、駐車場のような場所に出た。鈴羽はその一角に向かう。そして、一台の車の前で足を止める。
「これに乗って脱出するよ」
「軽装甲機動車か」
 目の前の車はジープのような外観だが、ボディは厚い装甲で覆われている。自衛隊や軍隊で使用されている、戦闘用車両だ。これなら多少の銃撃にも耐えられるだろう。
「さあ、2人とも乗って」
 鈴羽に促され、俺と比屋定さんは車に乗り込む。
「出るよ、2人とも掴まって!」
 シートベルトを付けた瞬間、鈴羽はアクセルを吹かせる。
「きゃあ!」
 あまりに急な発進に、真帆は声を上げる。しかし、鈴羽は構わずアクセルを踏み込んだ。
 車の発進音に気付き、複数の人間が飛び出してくる。車体に向かって銃を撃つが、装甲車は銃弾をものともしない。
 敵を置き去りにし、車は地上へと向かう。車を走らせると、すぐに地上への入口が見えてきた。
 少しでも足止めしようと、入口のシャッターが降り始める。しかし、鈴羽はさらにアクセルを踏み込み、シャッターに突っ込んでいく。
「2人とも、伏せて!」
 次の瞬間、装甲車が下がり始めたシャッターをぶち破り地上へと出た。
 俺は周囲を見渡す。見覚えのある景色。どうやら無事に、電機大の敷地に脱出したようだ。アジトの外に出れば、敵もあまり派手なことはできまい。俺はひとまず胸を撫で下ろす。
「2人とも、耳を塞いでおいて」
「え?」
 そう言うと、鈴羽はポケットから何かのボタンを取り出した。嫌な予感がして、俺は鈴羽に尋ねてみる。
「おい、鈴羽。それってもしかして……」
「ちょっと音が大きいと思うから」
 言うが早いか、鈴羽はそのボタンを押す。その瞬間―――。

 後ろから凄まじい爆音が聞こえてきた。

「きゃあ!!」
「うぉおおおおお!?」
 思わず、真帆も俺も悲鳴を上げる。激しい音に、耳が痛くなる。
 俺と真帆はしばらく車内で伏せていたが、耳をつんざくような爆音も収まり、俺は後ろを振り返る。そして、思わず目を疑った。
 そこには、真っ黒な黒煙を上げる大学の姿があった。
「お、おい! 無茶苦茶するな!! あそこには大学もあるんだぞ!?」
「大丈夫、ちゃんと上の建物には被害が出ないように計算してあるから」
 鈴羽は呆れるほど簡単に言う。
「しかし、あそこには大勢の学生もーーー」
「心配しなくても、大学は休校だってさ。秋葉原のテロの関係でね。それに、爆破したのは武器庫と通信施設と、基地内の中央制御室だけだよ。大学には直接被害が出ないようにしてあるから」
 確かに地下から大量の煙が上がっているが、大学の建物自体は被害は出ていないようだ。見たところ、火災も起きてはいない。ひとまず胸を撫で下ろす。
 しかし、真帆は驚きのあまりまだ固まっているようだった。俺は彼女に声をかける。
「比屋定さん、大丈夫か?」
「え? ええ、大丈夫よ。ちょっと驚いただけだから……」
 彼女はまだ放心状態のようだ。しばらくはそっとしておこう。
「おじさん。言っておくけど、こんなことをいちいち躊躇しているようじゃ、この先さらに激化するタイムマシン争奪戦を生き残れないよ。叩ける時は、徹底的に叩いておかないといずれ自分たちの首を絞めることになる。未来では、当たり前のことだったよ……」
 鈴羽のいた2036年は、2025年よりさらに戦争は激化している。特に、鈴羽は戦闘に特化した実働部隊だ、荒事には慣れている。研究室で開発ばかりしていた俺とは場数が違う。
 そんな彼女の言葉は、至極真っ当なものだ。綺麗事ばかりでは、大切な者は守れない。
「すまなかった、お前の言う通りだ。これぐらいで腰が引けているようじゃ、この先戦っていけないな」
「うん、頼むよおじさん。頼りにしているから」
 そう言うと、硬くなっていた鈴羽の表情もようやく緩む。そんな鈴羽を見て、自分の緊張もようやく解けてきた。
「それにしても、さっきの爆発は爆弾か? よくそんな物もっていたな」
「ご丁寧に、武器庫に色々揃っていたよ。それをちょっと拝借してね。さっきのアジト、私たちが来る前にすでに襲撃を受けていたみたいだね。おかげで楽に侵入できたよ」
「他の対立組織の攻撃でも受けたか? タイムマシン開発競争はもう始まっているということか」
 タイムマシンを欲しがる組織はごまんとある。可能性としては十分考えられる。
「………………」
 真帆は、俺たちの話を神妙な面持ちで聞いている。どこか影のあるその表情に、俺は不安になる。
「比屋定さん、大丈夫か? 顔色が良くないようだが……」
「え? ああ、大丈夫よ……。ちょっと疲れただけだから……。少し休めば良くなると思う」
「そうか……?」
 少し心配だが、彼女がそう言うので俺はそっとしておく。彼女はすぐに目を閉じ、体を休める。
 色々なことがあって疲れたのだろう。俺はそのまま彼女を休ませることにした。

 しばらくの間、鈴羽は車を走らせる。都内をぐるぐると周り、ストラトフォーや警察の追跡がないことを確認すると、鈴羽は秋葉原に車を向かわせた。
 現在秋葉原は封鎖されているが、ダルの裏の仕事仲間のおかげで、警察に気づかれずに秋葉原に入ることができた。
 ストラトフォーにも、警察にも気づかれることなく、車はラボの近くまで戻ってきた。真帆救出というミッションを無事完了することができ、俺は一安心する。
 その時、いつの間にか目を覚ました真帆が、鈴羽に声をかけた。
「鈴羽さん。あなたが無事ということは、まゆりさんも無事?」
「うん、ずっと私と一緒だったからね。まゆねえさんも無事だよ」
「そう、良かった」
 しかし、その口ぶりとは違い彼女の表情はどこか浮かないものだった。どうして彼女がそんな表情を浮かべるのか、俺は疑問に感じる。
 俺がそんなことを思っているうちに、車はラボの前に到着する。
「2人とも、お疲れ様。さあ、ラボで少し休もう」
 そう言い、鈴羽は車を降りる。俺と比屋定さんも続けて車を降りた。
 階段を上り、ラボの前に着く。俺はふと、比屋定さんを見た。
「………………」
 やはり彼女の顔は浮かない。その表情は疲れているというより、ひどく緊張しているように見えた。
 こちらの世界線では、真帆とラボとは接点はそれほど多くなかったと聞いている。彼女の緊張はその為だからだろうか? 先程からいつもと様子が違う彼女に、俺は首を傾げる。
 そうこうしているうちに、鈴羽は扉を開ける。
「お! 帰って来た!」
 扉を開けるなり、ダルが俺たちを出迎えてくれる。
「ただいま、父さん」
「おかえり、鈴羽。おお! 真帆たん、無事だったんだ!」
 真帆の無事な姿を確認し、ダルが声を上げる。
「ええ、おかげさまで……」
 真帆がダルに向かい、返事をする。その時―――。
「真帆さん!」
 真帆の顔を見るなり、まゆりが彼女に抱きついた。
「え!? ま、まゆりさん……!」
「良かった、真帆さん……。心配したんだよ?」
 そう言い、まゆりは真帆を抱きしめる。
「まゆりさん……」
 まゆりの名を呼ぶ真帆の表情は喜びより、どこかもの哀しい顔をしていた。
 何故、彼女がそんな顔をするのか、俺には分からなかった。しかし、その理由はすぐに分かった。
「……ごめんなさい、まゆりさん……」
「え?」
 真帆はまゆりに謝罪の言葉をかける。まゆりは、何故彼女がそんなことを言うのか分からず、困惑していた。
「ごめんなさい、まゆりさん……。謝って許されることじゃないけど……、私にはこうすることしか思いつかないの……」
 真帆は、今にも泣き出しそうな顔で、まゆりを見つめていた。
「……真帆さん、どうして謝るの?」
「私、あなたにとても酷いことを言ったわ……。あなたを深く傷つけた……。だから、あなたはあの時、鈴羽さんに会いに、ラジ館に行ったんでしょう?」
「酷い事……? オカリンと真帆さんが、ラボで話していたこと? それなら、真帆さんが謝ることはないよ。あれは、まゆしぃが立ち聞きしていただけで、真帆さんが悪いわけじゃないよ」
「…………え?」
 今度は真帆が困惑の表情をする。横で話を聞いてる俺も、2人の会話が噛み合っていないことに気が付いた。
「……ラボで話していた? 何の事……? 私、来日してからはラボには来ていないけど……」
「…………え? でも、真帆さんラボでオカリンと話していたよね? 私と紅莉栖さんのこと……」
 紅莉栖の名が出た瞬間、真帆の顔が青くなる。彼女にとって紅莉栖の死の真相がまゆりに知られたことはトラウマだったようだ。
 そんな真帆を見て、まゆりも失言だったことに気が付く。
「あ……! ごめんなさい……」
 2人のやり取りを見ていられなくなり、俺は真帆に真実を伝える。
「比屋定さん……。君にはまだ説明していなかったんだが、今ここにいるまゆりと鈴羽は、この世界線の2人じゃないんだ……」
「…………え?」
「俺が別の世界線から来た事は説明したよな。まゆりと鈴羽も、俺と同じ世界線からやってきたんだ」
「………………」
「まゆりと鈴羽は、紅莉栖を助けることを諦めた2010年の俺を立ち直らせるため、過去に跳んだんだ。そして、そこから未来へ戻る途中で、タイムマシンが制御不能になり、この世界線に迷いこんだ。俺は2人の後を追いかけて、この世界線に辿り着いたんだ」
「……それじゃあ、この世界線にいたまゆりさんと鈴羽さんは……?」
「……………………」
 真帆の質問に、俺はすぐに答える事ができない。今の彼女に真実を伝えることは、あまりに残酷だ。しかし……。
「……岡部さん」
 すがりつくような彼女の視線に耐え切れず、俺は真実を話すしかなかった。
「……恐らく、この世界線の2人も、同じように過去へ跳ぼうとしたと思う。だが、2人の乗ったタイムマシンは、タイムトラベルする直前に、ロケットランチャーの直撃を受けたんだ……」
「………………っ」
 俺の話を聞き、真帆は絶句する。そして、その場に膝から崩れ落ちた。
「真帆さん!」
「比屋定さん、しっかり!」
 その場に座り込む真帆に、すかさずまゆりと鈴羽が駆け寄る。
 しかし、彼女の目は虚ろで、その場から立ち上がる気力もなかった。
「…………私のせいだわ。私のせいで、2人は…………」
 彼女は死人のような表情で、小さく呟く。そこには、いつもバイタリティに溢れ、気力に満ちている彼女はいなかった。
 人形のように、只々自分のせいだと繰り返す、彼女の姿がそこにあった。あまりに痛ましい彼女を見て、俺は声をかけずにはいられなかった。
「……比屋定さん。君の気持ちは分かる。だが、希望がなくなったわけじゃないんだ。今から君や、ダルや、この世界の俺がシュタインズゲートを目指せば、消えてしまった2人も救えるかもしれないんだ。あの日救えなかった、紅莉栖のように」
「………………」
 彼女の目はまだ虚ろだ。だが、俺の言葉を聞いて、そこには微かに光が戻ったような気がする。
「真帆たん。真帆たんの気持ちは痛いほど分かるお。僕も、鈴羽がこの世界からいなくなったって聞いて、運命を呪ったよ。けどさ、ここで絶望してちゃいけないんだよね。このまま、終わりになんて、できないっしょ? 僕はさ、タイムマシンっていう、運命を打ち破れるかもしれない世紀の発明を14年後に作るわけだぜ。なら、やるしかないっしょ。14年後なんて言わずに、3年後でも、1年後でも、タイムマシンを完成させて、鈴羽たちを助けに行かないと。それが、今僕たちにできることなんじゃね?」
「…………橋田さん」
 ダルの言葉を聞き、真帆の瞳に光が戻る。弱々しく、しかし確かに、彼女の小さな体には、いつもの力強さが戻りつつある。
「比屋定さん、話してくれないか? あの日、君とまゆりに何があったのかを」
 俺の言葉に、彼女は小さく頷く。そして、彼女は語りだす。あの日、真帆とまゆりに何があったのかを。



 椅子に座った真帆は、両手に持ったマグカップを口につける。香ばしい匂いが口いっぱいに広がり、暖かいコーヒーが彼女の体を温めた。
「……おいしい」
「君の口にあって良かったよ」
 あの後、真帆を落ち着かせるため、コーヒーを入れて皆で一休みをすることにした。
 真帆救出のため、皆全力で動いたため、少しは休息が必要だろう。コーヒー飲みながら、甘いお菓子を頬張る。緊張が解け、ラボに和やかな空気が流れる。
「このお菓子美味しいね、まゆねえさん。コーヒーに良く合うよ」
「えへへへー。こんなこともあろうかと、クッキーをこっそり持ってきたのです」
 女子2人は甘いクッキーを頬張り、すっかりくつろいでいる。そんな2人を見て、真帆にもようやく笑顔が戻ってきた。
「ありがとう、岡部さん。私の為に、休憩を挟んでくれて」
「いいさ。それに、みんな疲れているようだしな。もう少し休めばいい」
「ううん。大丈夫よ、ありがとう」
 そう言い、真帆はカップをテーブルに置く。彼女のその仕草を見て、皆一斉に注目する。
「そうね、まず何処から話そうかしら……」
 彼女はしばらく思案するが、やがて口を開いた。
「あの日、私とまゆりさんに何があったか話す前に、先に話しておくことがあるわ。それが、今回の件を引き起こすことになるから」
 そうして彼女は語りだす。この事件が起きるきっかけとなった出来事を。
「あれは、私がまだ今回の来日前に、ヴィクトル・コンドリア大学で仕事していた時、偶然レスキネン教授の正体を知ってしまった事から始まったわ―――」



『―――いつまで泳がせておくつもり?』

『貴重な情報源だ。ヘタに動いて、破棄でもされたらもったいないだろう? いずれにせよ、今月中に日本に発つ。そこで回収するつもりさ』

『なぜ半年近くも様子を見たのか、納得のいく説明が出来るのかしら?』

『彼らは、我々が知っている事以上の何かを、隠しているような気がしてね。そこで、Amadeusを使って聞き出そうとしたんだが……。かなり警戒心が強い。慎重な青年だよ。リンターロ・オカベは』

『マホにお得意の施術でもしてあげたら?』

『彼女は何も知らないと思うがね』

『……っ』

『誰!?』

『教授……。今の話は、いったい……』

『やれやれ。聞いてしまったんだね。まあ、ちょうどいい。マホ、さっきの日本行きの話だけどね。やはり、君にも一緒に来てもらおう』



「そうして、私はレスキネンに施術をされた。いえ、もっと分かりやすく言えば、洗脳ね」
「洗脳……。比屋定さん、体調は大丈夫なのか?」
「多分、大丈夫だと思うわ。レスキネンも、私は施術の影響が少なかったと言っていたから。もっとも、来日したばかりの頃は施術の影響も大きくて、レスキネンの言いなりになっていたわ。私に施術をかけた目的は、岡部さんからタイムマシンの情報を聞き出すこと。アメリカに帰っても交流を続けていた私なら、岡部さんの警戒も薄くなると思っていたんでしょうね。実際、岡部さんは私のせいで捕まったんだから……」
「比屋定さんのせいで捕まった?」
「そう。岡部さんに接触した私は、紅莉栖の死の真相を聞きたいと言って、岡部さんを自分の泊まっているホテルに呼んだわ。そして、岡部さんを確保しレスキネンに引き渡した……」
 この世界線の俺を、レスキネンに引き渡したことを後悔しているのだろう。話をする真帆の顔は曇っている。
「それからのことは……。正直、よく覚えていないわ。岡部さんをレスキネンに売ってしまった自責の念に駆られ、たたひたすら街を彷徨った……。そうして、まゆりさんと出会ったの……」



『真帆さん……? やっぱり、真帆さんだ』

『まゆり……さん?』

『具合悪いんですか?』

『…………大丈夫よ……』

『あの……、オカリンを、見ませんでしたか?』

『え? ……どう、して……?』

『オカリン、昨日から連絡つかなくて……。お家にも帰ってないし、電話もでないし、メールやRINEにも返事来ないんです……。ダルくんは、心配しすぎだって言うんだけど……、なんだか、胸騒ぎがするのです……。だから、今日は学校を早退して、このあたりをずっと捜していました』

『知りたい……?』

『え? 真帆さん、オカリンの事、何か知っているんですか? もし知ってるなら、教えてくださいっ。お願いしますっ』

(そうか)
 真帆はそこで気付いた。気付いてしまった。
 まゆりは、岡部倫太郎の事が好きなのだ。
 ズキリと、真帆のこめかみのあたりに鈍痛が走った。

 ―――君も、リンターロの事をずいぶんと気にかけていたじゃないか―――

 ノイズが、頭の中に響く。

 ―――いっそ、まゆりに全て明かしてしまえばいい。

 ―――そうして、この純粋な少女に非難してもらえばいい。

 ―――その方がずっと楽になるかもしれない。

 真帆の心の中で、そんな考えがよぎってしまった。

 いけないと思いつつも。

 頭痛をこらえながら、真帆は口を開いた。

『……昨夜―――深夜、岡部さんと一緒だったの』

『そう、なんですか……? それであの、オカリンは今どこに……』

『……岡部さんは昨日、私にこんな話をしてくれたわ』

『彼が経験してきた別の世界において、椎名まゆりさん、あなたは、何度も死んだんですって』

『……え?』

『何度やっても助けられず、あなたは死に続けた』

『その悪夢のようなループから抜け出すために―――あなたを、救うために―――』

『岡部さんは、紅莉栖の事を犠牲にしたんだって。見殺しにしたんだって。そんな話を、してくれた』

『…………っ』

『タイムマシンを作り、紅莉栖をもう一度救おうとすれば、またあの頃に逆戻りしてしまう』

『岡部さんは、その事をひどく恐れている。あなたを、必死で守ろうとしている。ここは、あなたを守るために、他の多くのものを犠牲にして選択された世界なのよ。あなたは何も知らされていないだろうけど』

『うそ……。そんな……。オカリン……』



 全てを話し終えた真帆の肩は、小さく震えていた。
 懺悔するように、彼女は口を開く。
「私が、あんなことを言わなければ……、まゆりさんは……」
 掛ける言葉が見つからない。
 真帆がしたことは、人としてあるまじき行為だ。自分を非難してもらいたいから、誰かを傷つける。
 自分のことしか考えていない。傷つける人の気持ちを考えていない、利己的な行為。
 しかし、彼女を非難できるはずもなかった。彼女もまた、被害者なのだ。
 レスキネンに洗脳されなければ、自暴自棄になった彼女がこんな事をすることもなかったのだ。
 真帆に掛ける言葉が見つからず、俺はどうすることもできなかった。
 しかし、俺が言葉を発するより先に、まゆりが彼女に声を掛けた。
「真帆さん。この世界のまゆしぃは、きっと、真帆さんを責めたりはしていないと思うな」
「…………え?」
「私もね、最初はすごく悲しかった。自分のせいで、紅莉栖さんが犠牲になっていたって知って……。でもね、今はそれを知ることができて、良かったって思っている」
 まゆりは自分の気持ちを、真帆に伝える。
「紅莉栖さんがどうして犠牲になったのか……。オカリンが、私を救おうとして、どれだけ苦しんだのか……。自分のことなのに、私だけそれを知らないなんて嫌だな……。オカリンたちが、私の為を想って、秘密にしていたのは分かるの。でも、やっぱり、私は真実を知って良かったと思っている。だって、それを知ることができたから、まゆしぃは、あの日の、8月21日の私に自分の気持ちを伝えることができたんだもん」
「……まゆりさん」
「この世界の私も、それを知ることができたから、あの日の私に会おうと思ったんだよ。きっと、真実を教えてくれた真帆さんに感謝している。私はそう思っている」
「…………っ」
 まゆりの言葉を聞き、真帆は言葉を詰まらせる。そんな彼女の手を、まゆりは優しく包み込んだ。
「ありがとう、真帆さん」
 まゆりの言葉を聞き、真帆の頬を一雫の涙が流れ落ちる。
「…………ありがとう、まゆりさん」



2016.09.24 Sat l シュタインズゲート l コメント (0) トラックバック (0) l top

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