交差座標のスターダスト β 第4話です。
今回もまゆりと鈴羽メインです。
 マシンのハッチから見えた景色、それは―――

 ―――見慣れたラジ館の屋上だった。

「…………戻って、きた……?」
 鈴羽はそう呟くと、タラップをゆっくりと降り、周囲を見回した。ラジ館の屋上から見る景色はタイムトラベルする前と比べ、変わったようには見えない。
 空を見上げると、鈍色の雲に覆われ今にも雨が降りだしそうではあったが、特別変わったことはなかった。
「……いや、違うな」
 屋上の床に目を向けると、先ほどとの違いに気が付く。
 よく見ると、床には無数の弾痕があり、薬莢も数多く散乱している。明らかに、ここで戦闘があった証拠だ。
「……ん?」
 その時、鈴羽は気が付いた。彼女はしゃがみ込み、床に手を伸ばす。そして、床に落ちていたものをつぶさに観察する。
 見慣れたその部品。それは、タイムマシンのパーツだった。
(どうして、タイムマシンのパーツが……?)
 鈴羽は疑問に思ったが、よく見ると同じような部品があちこちに転がっていた。マシンの陰に隠れて気が付かなかったが、大きな部品も数多く散乱していた。そして、床には何かが爆発したような、黒く煤けた跡まで残っている。
 この時代にタイムマシンは一台しかない。そのタイムマシンは、鈴羽たちがこうして乗ってきたのだから、同じものが他にあるはずがないのだ。しかし、今この場に散乱しているパーツは、どう見てもタイムマシンのものだった。
 目の前に広がる矛盾に、鈴羽は得体の知れない気味悪さを感じた。その時……。
「……スズさん、もう大丈夫?」
 タイムマシンの中から、まゆりが出てきた。
「とりあえず、差し迫った危険はないみたいだ。降りてきていいよ」
 鈴羽にそう促され、まゆりはタラップを降りる。だが、彼女は床に残った弾痕や、散らばった機械の残骸を見て、顔を青くする。
「……ここで、何があったのかな……?」
「……分からない。ただ、あの後戦闘があったのは確かだと思う」
「私たち、戻ってこれたのかなぁ……?」
「……多分、そうだと思う。まだ確証はないけど……」
 まゆりの疑問に、鈴羽は曖昧にしか答えることができない。状況が掴めない今は、そう答えるしかなかった。
「とりあえず、ここから離れよう。戦闘があった以上、安全とは言えないから」
 鈴羽はまゆりにそう言い、まずはこの場を離れることにした。2人はラジ館の中に入り、慎重に階段を下りていく。
 建物内も激しい戦闘があったのか、屋上よりも分かりやすく損傷していた。ガラスは粉々に砕け散り、店舗内は商品が散乱し滅茶苦茶となっている。
 しかし、散乱している商品を見る限り、古いようには見えない。ここで戦闘があってから時間はそう経っていないように見えた。
「私たちがタイムトラベルしてから、そんなに時間は経っていないみたいだね。少なくとも、何年も前とかじゃなさそうだ」
「良かった。もう帰れないと思っていたから」
「運が良かったよ。下手すれば、何百年も時間がずれる可能性あったからね」
 ほぼ同じ時間軸に戻ることができ、2人は安堵する。やがて、1階まで降り2人はラジ館の外に出た。
 ラジ館の外も似たような状況だった。激しい戦闘の跡。
 周囲の建物や店舗は激しく損傷し、日本最大の電気街、オタクの聖地は見る影もなく破壊されていた。
 近くには炎上したのか、真っ黒に焼け焦げた車が放置されていた。人影は全く見えない。普段は大勢の人で賑わう通りも、今は別世界のようだった。
「……人、いないね……」
「うん、これだけ激しい戦闘があったんだ。多分、秋葉原は封鎖されているよ。いや……、秋葉原だけじゃすまないかも……」
 鈴羽はこの光景を見て思い出す。2036年の秋葉原の街を。
 未来では、街はこの比ではないほど破壊され、街並みもかなり変わっている。しかし、それでも今のこの街は、あの地獄のような2036年を連想させるのには十分だった。
 幸いなのは、死体が転がっていないこと。未来では、埋葬されずに放置されている死体が山のように転がっていた。
 あの耐え難い腐臭を思い出すだけで、吐き気がこみ上げてくる。それを、グッと堪え、鈴羽はまゆりに声をかける。
「行こう、まゆねえさん。いつまでもここにいたら危ない。ラボに行けば、まだ多少は安全かもしれない」
「……うん」
 まゆりは不安そうに頷くと、鈴羽の後を歩いて行く。



 人気のない秋葉原を2人は慎重に進んで行く。
 鈴羽は周囲を伺いながら、敵がいないのを確認しつつ、まゆりに着いて来るよう合図を送る。しばらくの間、鈴羽はそのようにして街を進んでいたが、人気が全くないのが分かるとやや警戒を緩める。
 警戒を緩めながらも、油断なく進む鈴羽にまゆりは声をかける。
「ねえ、スズさん。聞いていい?」
「何?」
「ラジ館の屋上で私たちを襲ってきた人、あの人が、かがりさんなの?」
「あ……」
 まゆりにそう聞かれ、鈴羽はとっさに答えることができなかった。
 まゆりには、かがりが未来での彼女の養女であることは伝えてある。しかし、ラジ館で鈴羽たちを襲ってきたかがりは、まゆりに伝えた彼女の人物像とは、あまりにかけ離れたものだった。
 不意に、かがりの事を聞かれた鈴羽は思わず口ごもってしまう。
「……ヘルメットをしていたから、顔は分からなかったけど。……多分間違いないと思う……」
「……そう、なんだ……」
 鈴羽から答えを聞き、まゆりは戸惑っているようだった。
 今はまだ会ったことすらないが、未来では自分の養子となる子。
 それが、自分たちを襲い、あまつさえ倫太郎に銃弾を打ち込んだ。その現実に、まゆりは混乱していた。
 そんなまゆりに、鈴羽は声をかける。
「……まゆねえさん。あんな事があった後だから信じてもらえないかもしれないけど、かがりは本当は、あんな事をするような子じゃないんだ」
 鈴羽はかがりの誤解を解くため、まゆりに事の顛末を話す。
「そうだね……、どこから話せばいいかな……」
 鈴羽は少し思案してから口を開く。
「かがりが、未来のまゆねえさんの養女だってことは話したよね? 私がいた2036年では、かがりはまだ10歳でね。まだ、『ママ、ママ』って甘えたい年頃だったな。でも、その時には地球の放射能汚染はかなり深刻で、人が生きていくにはとても厳しい世界だったんだ。まゆねえさんは、そんな危険な世界より、私がタイムトラベルする過去の世界の方が安全だって考えたんだろうな。私と一緒に、かがりも過去に連れて行ってくれって、頼まれたよ」
「そうなの……?」
「うん。旅立つ時『かがりをお願い』って頼まれたんだ。まゆねえさんは、その時かがりにキーホルダーを渡していたな。緑色の可愛らしいデザインで、確か、……“うーぱ”って言っていたかな?」
「え……?」
 鈴羽の話を聞いて、まゆりは驚きの声を上げる。そして、急いで服のポケットをまさぐる。
 そして、それを手のひらに取り出した。
「あ! それだよ、まゆねえさん! 少し古かったけど、確かに同じものだ!」
 まゆりはまじまじと、手のひらに取り出したうーぱを見つめる。
 緑色のうーぱは、まゆりの一番のお気に入りで、お守り代わりに肌身離さず持ち歩いていたものだ。
「そうなんだ……。これをかがりさんに……」
 自分が大切に持ち歩いていたもの。それを託したというだけで、未来の自分がどれだけかがりを大切にしていたかが分かった気がした。
 まゆりは、まだ見ぬ未来の娘が急に愛おしく思えてきた。
「ねえ、スズさん。かがりさんは、それからどうしたの?」
「うん。私はミッションのため、いくつかの時代をタイムトラベルしたんだ。でも、1998年に跳んだ時、アクシデントが起きてね。かがりと離れ離れになってしまったんだ……」
「……え? どうして……」
 まゆりにそう聞かれ、鈴羽は気まずそうな顔をする。あの出来後さえなければ、かがりと離れ離れになることはなかっただろう。
 鈴羽は重たい口を開き、まゆりにあの時の事を話す。


『……ダメなんだよ、鈴羽おねーちゃん。そんな事しちゃ、いけないんだ』

『世界を変えちゃいけないんだ! おねーちゃんはおかしいコトを言っている!』

『うるさいうるさいうるさい! かがりはママを絶対に助けるんだぁぁっ! この世界を消すなんてダメだよ! 絶対にやらせないからっ!』


「……私もまゆねえさんも、かがりを安全な時代に連れて行くことが、あの子の幸せになるんだと思っていた。でも、かがりにとっては、ママと一緒にいることが一番幸せだったんだ……。例え、放射能に汚染されて、人が生きていけないような世界でも、“まゆりママ”と一緒にいることが、かがりの幸せだったんだ……」
 鈴羽は悲しそうに呟く。
「……かがりにとっては、第3次世界大戦が起きることよりも、ママに会えなくなるほうが耐えられなかったんだ……。だから、ああまでして私の邪魔を……」
「………………」
 鈴羽の後悔の言葉を聞き、まゆりは掛ける言葉が見つからなかった。
「かがりは明らかに、特殊な訓練を積んでいた。多分、私の元を飛び出してから、何らかの組織と接触したんだと思う。だけど、かがりはその組織に利用されていたんじゃないかな……」
「利用されていた……?」
「うん。ほら、覚えてない? タイムトラベルする前に、かがりが言っていた事。タイムマシンを見て、それは“教授”に渡すって……。そのタイムマシンを使って、未来に帰るって」
「あっ……、そういえば」
「普通に考えて、未来の技術の結晶であるタイムマシンを、一個人の私的な目的に使うはずがない。けど、かがりはそのタイムマシンを使って未来に帰れるって、思い込んでたみたいだった。明らかに、その“教授”という人間に利用されている。元は素直な子だったからね。多分、まゆねえさんへの想いを利用されたんだと思う……」
「………………」
「あの時、かがりは確かに私たちを襲ってきた。オカリンおじさんに、傷まで負わせた。でも……、それだけが、あの子の全てじゃないって、分かってほしいんだ……」
 鈴羽は懇願するように、まゆりを見る。そんな鈴羽に、まゆりは笑顔で答える。
「大丈夫だよ、スズさん。まゆしぃは、かがりちゃんを嫌いになったりしないのです」
 まゆりはにこやかに、鈴羽に語りかける。
「かがりちゃんが、とっても優しい良い子だって分かったから。だから、もしかがりちゃんに会うことがあったら、まゆしぃはたくさん、良い子良い子してあげるのです」
 まゆりは、努めて明るく言う。そんなまゆりを見て、鈴羽も優しく微笑んだ。
「ありがとう、まゆねえさん」



 2人は秋葉原の街を注意深く進んでいく。幸い、街には人気はなく、2人は問題なくラボの前に着いた。
 鈴羽はラボ周囲の建物を見るが、この辺りは店が破壊された様子はみられなかった。
「この辺りでは戦闘は起こらなかったみたいだね。ラボも、ブラウン管工房も無事だ」
 ブラウン管工房は荒らされた様子はなく、外から見た限り店内は綺麗なままだった。
 しかし、さすがに営業はしておらず、天王寺も綯の姿も見えなかった。2人とも、安全な所に避難したのだろう。
「綯ちゃんと店長さん、無事かなぁ……」
「店長がいれば心配ないよ。綯にとっては、世界一のボディーガードだからね」
 天王寺がいれば綯は安全だろう。心配するまゆりをよそに、鈴羽はビル2階のラボへと上がる。
「…………ん」
 果たして父は無事なのだろうか……。鈴羽は緊張した面持ちで、ラボのドアに手をかける。
 ドアノブが抵抗なく回る。鍵は掛かっていないようだ。 鈴羽は銃を構えつつ、慎重に中へと入る。
 曇天の中、室内に差し込む光は少なく、ラボの中は薄暗かった。それでもカーテンの隙間から漏れる光で、ラボの中は大まかに把握できた。
 目立って大きな変化はないように見える。ラボの中は、鈴羽がタイムトラベルしたあの日から変わってはいないようだった。
 鈴羽は入口近くの照明のスイッチに触れる。室内が一瞬にして蛍光灯の光に包まれた。
「ふぅん、電気は来ているんだ」
 鈴羽は改めて室内を見渡すが、やはりラボの中は変わってはいないようだった。
「やっぱり、私たちが跳んでからそんなに時間は経っていないみたいだね。ラボの中は特別変わってはないよ」
「うん、いつものラボだね」
 見慣れたラボに戻り、まゆりは心なしか緊張が解けているようだった。
「あ、スズさん! 水道も出るよ~」
「良かった、ライフラインは生きているみたいだね」
 いつもの日常に戻ったようで、鈴羽も安堵する。念のため、ラボ奥の開発室も調べてみるが、変わった様子はなかった。
 差し迫った危険がないと分かり、次に鈴羽は自分たちの置かれた状況が気になり始めた。
「情報が欲しいな。テレビは……」
 鈴羽はテレビのリモコンを操作する。しかし、テレビ画面は何も映らず、代わりに受信環境に不具合があるというメッセージが表示される。
「何も映らないや。電波状況が悪いのかも……」
「携帯も繋がらないよ」
 まゆりはカーテンを開け、窓際に立ち携帯を掲げるが、やはり繋がらないようだった。
「そういえば、タイムトラベルする前から繋がらないって言ってたっけ。ひょっとしたら、妨害電波が出ているのかもしれない」
 あれほど激しい戦闘があったのだ。おそらく、複数の組織が対立しているのだろう。その可能性は十分に考えられた。
「スズさん、今日はこれからどうするの?」
「とりあえず、今日はここに泊まろう。もうじき日も暮れるし、これからの事は明日考えよう」
 タイムトラベルをしてから、十分な休息をとっていない2人はかなり疲労していた。鈴羽の提案に、まゆりも頷く。
「そうだね、そうしようか。あ、それじゃあ今夜の晩御飯考えないとね」
「冷蔵庫に何か入ってないかな?」
 鈴羽は冷蔵庫を物色する。
「あ、冷凍からあげがあるよ。これを食べようか」
「バナナもあるのです」
「あは、いいね」
 からあげとバナナに加え、ラボには至が大量に買い込んでいたカップ麺があった。2人はこれらを今夜の食事にすることにした。

「「いただきま~す」」
 食事の支度を済ませ、2人は熱々のカップ麺をすする。
「美味しい~♪ ラボに食べるものがあって良かったね」
「うん、なんだか久しぶりに食事をした気がするよ」
 カップ麺をすすりながら、まゆりは電子レンジで温めたからあげを口に入れる。
「ジューシーからあげナンバーワン♪」
「まゆねえさん、ホントにそれ好きだね」
 いつもなら寂しい夕食だと感じるだろうが、非常時である今は暖かい食事がとれるだけでありがたかった。
 デザートにバナナを頬張り、2人は食事を終える。
「ごちそうさまでした」
「ようやく落ち着いたよ」
 満腹になった2人は息をつく。タイムトラベルをしてからずっと気が張り詰めていたのだろう。食事をとり、ようやく一息ついた気がする。
 食後の心地よい満腹感の中、まゆりは今後の事について、鈴羽に聞いてみた。
「ねえスズさん、明日からはどうしようか?」
「そうだね。まずは、父さんやオカリンおじさんを探してみよう。ここは電波状況が悪いみたいだけど、場所を変えたら携帯も繋がるかもしれない。それと並行して、情報収集。こっちに戻ってからの様子が全く分からないから、まずはどういう状況になってるのか調べよう。どうも、秋葉原は封鎖されているみたいだから、外に出て様子を伺おうか」
「うん、分かった」
「まあ、今日はしっかり寝て、明日に備えようか。まゆねえさんも私も疲れているから、早めに休もう。あ、シャワー先に使っていいよ」
「ありがとう、スズさん。じゃあ、少し休んだら先に使わせてもらうね」
 食後の休憩をとった後、2人はシャワーで汗を流す。熱いシャワーを浴びると、溜まっていた疲れも、とれるようだった。
 シャワーを浴びた後、2人は寝床の準備をする。普段鈴羽が使っているソファはまゆりに譲り、鈴羽は床に毛布を敷いて横になる。
「悪いよ、スズさん。まゆしぃが下に寝るから」
「気にしないで、私は慣れているから。昔は野宿をすることも多かったし、それに比べたら暖かいラボは天国みたいものだよ」
 遠慮するまゆりにソファを譲り、鈴羽は毛布をかぶる。
 普段鈴羽がラボで寝泊りしているので、衣食住に必要な日用品はほぼ揃っている。しばらくはここを拠点に活動すれば良いだろう。
 照明を落とし、鈴羽はまゆりに声をかける。
「おやすみ、まゆねえさん」
「うん、おやすみなさい」
 そうして、2人は眠りに就く。
 疲れも溜まっていたのだろう。横になると、すぐに睡魔が襲ってきた。
 まゆりはすぐに寝息を立てて眠り始めた。鈴羽も、多少の警戒はしていたものの、疲労感から猛烈な眠気を感じる。やがて、鈴羽もウトウトとし始め、彼女が眠りに就こうとしていた、その時―――。

「っ!!」

 誰かが階段を上がってくる音を聞き、鈴羽は飛び起きた。
 もう一度耳を澄ます。微かではあるが、確かに誰かが階段を上ってくる音がする。鈴羽の警戒は頂点に達した。
 鈴羽は腰のホルスターから拳銃を抜くと、ゆっくりとドアに近づく。
「……スズさん?」
 異変に気が付いたまゆりが目を覚ました。
「シッ! まゆねえさん、ソファの陰に隠れて。誰か来た」
 まゆりは何か言いたそうだったが、鈴羽の緊張を感じ取り静かにソファの陰に隠れた。
 階段を登る音は、徐々に近づいてくる。鈴羽は扉の陰に隠れるように立ち、侵入者を待ち伏せる。
 やがて足音はドアの前まで来る。そして、ドアノブが回され、ゆっくりと扉が開いていく。ドアが開ききり、何者かが部屋に入ってきたその瞬間……。
 鈴羽は侵入者を後ろから羽交い絞めにし、そのこめかみに拳銃を突き立てる。
「動くなッ!!」
「うっ、うおおおおお!?」
 しかし、直後に聞こえてきた情けない悲鳴は、彼女の聞き慣れたものだった。
「え……?」
 拍子抜けした鈴羽は、すぐ様照明を点けた。
「と、父さん?」
「……え?」
 至も、自分を羽交い締めにしているのが鈴羽だと分かると、同じような声を上げる。
「ダルくん!」
 入って来たのが至だと分かり、まゆりも安堵の声を上げる。
「……え? ……鈴羽? まゆ氏……?」
 事態を飲み込めない至は、半ば呆然としている。
「あ……、ごめん、父さん……」
 鈴羽は慌てて拳銃をホルスターに仕舞う。
「ごめん、父さん驚かせて。これは……、ええと……」
 鈴羽も何から説明してよいのか分からず、思わず口ごもる。しかし……。
「……鈴……、羽……」
「……父さん?」
 父の様子がおかしいことに、鈴羽も気が付いた。
 至はいつものおちゃらけた様子は全くなく、真剣に鈴羽を見つめている。至の目には、涙さえ浮かんでいた。
 そうして鈴羽は思い出した。ここでは、自分たちが何日も行方不明になっていたであろうことを。
 そして、気が付く。何日も行方不明だった自分のことを、どれだけ父が心配していたか。
「……ごめん、父さん。心配かけて……」
 鈴羽は申し訳なさそうに、父に謝る。
「鈴羽! 鈴羽ぁああああーーーー!!」
 そうして、至は娘を力強く抱きしめた。
「と、父さん!?」
 力強く、少し痛いぐらいに、父は強く強く抱きしめる。思わぬ父の抱擁に、鈴羽は驚いた。しかし……。
「鈴羽! 鈴羽ッ! よく無事で……。生きていて……、良かった……!」
 心の底から自分を心配してくれた父に、鈴羽も胸が熱くなった。父に負けないぐらい、強く抱きしめる。
「……ただいま、父さん」



「いや~、取り乱した所を見せてすまなかったお」
 感動の対面を果たした至も、ようやく落ち着きを取り戻した。
 あの後、至が落ち着くまで多少時間はかかったが、今は3人ラボでくつろいでいる所だ。
「さすがはお父さんだね~。あんなダルくん、初めて見たよ~」
「まゆねえさん、あんまり言うと恥ずかしいよ……」
 自分としては、クールに父に接しているつもりの鈴羽としては、先ほどのことを蒸し返されるのは少々気恥ずかしかった。しかし、美しい親子愛を見たまゆりは何度でも口にしたい内容だった。
「恥ずかしがることないよ、スズさん。ダルくんって、普段おちゃらけてても、ホントはすっごくみんなこと大事に思っているんだから。ねえ、ダルくん?」
「うんうん。僕、こう見えてホントはすごく誠実な男なのだぜ。ああ~、それにしても我が娘ながら、すんごく良い匂いだったお~。ぎゅって、抱きしめた時も、なんかこうマシュマロを包むような柔らかさがあって、ちょっと筋肉質な感じもあったけど、逆にそれがたまらんっつーか―――」
 至が言い終える前に、鈴羽は銃口を父の額に突きつける。
「……父さん、少しは自重したら……?」
「ダメだよ~、ダルくん。娘にそんな事言っちゃ」
 まゆりも顔は笑っているが、目が笑っていない。
「……サーセン」
 至も空気を読んで、ようやく自重する。
「全く、実の娘に言う言葉じゃないよ」
 鈴羽は文句を言いながら、拳銃を仕舞う。
「まあ、冗談はさておき……。ホント、無事帰って来て良かったお。鈴羽、まゆ氏」
 至の真面目な言葉に、鈴羽とまゆりも笑顔になる。
「うん、ただいま」
「ただいま、ダルくん」
 その言葉に、ラボの空気が暖かくなる。
「本当、2人が無事で良かったお。正直、もう2度と会えないかもしれないって、思ってたからさ……」
「心配かけてごめん。でも、私たちも驚いているんだ。無事に帰れるとは思ってなかったから」
 本当に運が良かった。制御を失ったタイムマシンが、自力で元の時代に戻れるとは、鈴羽自身、思ってもみなかった。
「ねえ、父さん。あの日から、何があったの?」
 それは、鈴羽が最も知りたがっていた情報だ。あの日から、今日まで。一体秋葉原で、世界で何が起こったのか。
「うん、秋葉原でテロがあった日から、今日でちょうど1週間経つお」
「テロ……。やっぱり、戦闘があったんだ」
「うん、なんかロシアやらアメリカやらの軍隊が街中でドンパチしたって情報が錯綜しているけど、政府もはっきりした事は言ってこないんだよね」
「多分、タイムマシンのことは日本も情報を掴んでいるんじゃないかな。あまり情報を流すと、自分たちから他国に情報が渡ってしまうから、それを避けたいのかも……」
「そんなわけで、僕の方もあまり情報は持っていないんだよね。本当なら、あちこちハッキングして情報かき集めたい所だけど、ラボも裏のバイトもない状況だと難しくてさ……」
「いや、そんなことないよ、ありがとう。しかし、1週間か……、思ったより、時間は経ってないんだね」
「けど、たった1週間でアキバはだいぶ変わったお。鈴羽たちは、街の様子は見た?」
「うん」
「なら分かると思うけど、アキバは今完全に封鎖されているお。あんな物騒なテロがあったから当然だけど、民間人の立ち入りは厳しく制限されてる」
「そうなんだ。その割に、ライフラインはまだあるんだね」
「いつまでも、このままってわけにもいかないっしょ。政府の話では、安全が確認できたら徐々に立ち入りを解除するって言ってるけど」
「父さんはどうやってここに入ってきたの? ていうか、ずっと秋葉原いたの?」
「いや、一度アキバを脱出したけど、鈴羽たちやラボのことが気になって、ちょうど今戻ってきたところ。それと、封鎖しているって言っても、抜け道は色々あるわけ。裏のバイトのおかげだお」
「そうなんだ。ねえ、父さん。外のことは大体分かったけど、身近な人たちのことは分かる?」
 鈴羽がその話題になった途端、至の表情が曇る。
「……父さん?」
 父の表情を見て、鈴羽は胸騒ぎを覚える。
 至は言うべきか、言うまいか迷っているように見えた。しかし、いつまでも黙っているわけにもいかず、重い口を開いた。
「…………阿万音氏とは、連絡がつかないお…………」
「…………ッ!」
 その言葉を聞いた瞬間、鈴羽の顔から血の気が引く。
 この時代では、自分の正体を明かすこともできない。それでも、彼女が大切な母であることに変わりはなかった。
 そんな彼女の安否が分からない……。鈴羽は身を裂かれるような思いだった。
「で、でも! 鈴羽がこうやって存在しているわけだから、きっと無事だお!」
 阿万音由季にもしものことがあれば、その娘の鈴羽が存在しているわけがない。故に、彼女がこうして存在していることが、彼女が生存している証拠なのだ。
 しかし、それでも鈴羽は安堵はできない。生きている、というだけで、無事であるとは限らないのだ。鈴羽はすぐに、母を探しに飛び出したい衝動を押さえ込む。
「……そう、だよね……。母さんなら、きっと無事だよね……」
「そ、そうだよスズさん! 由季さんなら、きっと無事だよ!」
 自分自身、泣き出したいのを懸命に抑え、まゆりは鈴羽を励ます。そんな、まゆりの心遣いが嬉しかった。
「ありがとう、まゆねえさん……」
 鈴羽はまゆりにそう答える。
「フェイリスたんと、るか氏とは連絡取れた。2人とも避難したってさ。カエデ氏も無事は確認できた。けど……」
「……けど?」
「フブキ氏は、何度病院に行っても、面会謝絶なんだよね……」
「……フブキちゃんが」
 親しい友人の名が出てきて、まゆりは動揺する。
「どうして面会謝絶なのか理由を聞いても、ろくに答えてくれないんだよね。それだけじゃない。フブキ氏以外の患者の中にも、面会謝絶の人がいるんだ」
「え……?」
「父さん、どういうこと?」
「分からない。ただあの病院、ネットじゃ良くない噂もあって、今までも新型脳炎の患者と会えなくなるなんてことがあったらしいんだ。ホントかどうかは、僕も分からないんだけど……」
「フブキちゃん……」
 フブキの安否不明を聞き、まゆりが顔を覆う。
「まゆねえさん……」
 今度は鈴羽がまゆりの肩を抱く。しかし、彼女には今、他にしてやれることがなかった。
「……あの日から、世界の情勢が急速に変わり始めているんだ。僕たちの身近な人たちとも、連絡が取れなくなるし……」
 そうして、至は肩を落とす。しかし、それでも彼は良くやっていた。
 仲間を失い、絶望に打ちひしがれそうになっても、たった1人でラボに戻ってきた。そんな父を、鈴羽は誇りに思う。
 そして、彼女は一番聞きたいことを、父に聞いた。
「……オカリンおじさんは、どうしたの……?」
「……………………」
 鈴羽の質問に、至はすぐに答えない。
「……父さん、まさか……」
 父の沈黙に、鈴羽は最悪の想像をする。しかし、すぐに至は口を開く。
「オカリンなら無事だよ」
 その一言に、鈴羽は胸を撫で下ろす。しかし……。
「……いや、無事だったというべきか……」
「……え?」
 至の曖昧な表現に、鈴羽は不安を覚える。
「……オカリンとは、割とすぐに連絡が取れたんだ。その時は無事だったんだけど……、その後、何度か連絡を取ってからは、音信不通でさ……」
「音信普通……? どうして……」
「ずっと、着信拒否になっててさ……」
「な……」
 至の言葉に鈴羽は絶句した。この非常時に、どうして着信拒否? 彼女はたまらず父に詰め寄る。
「なんで!? どうしてオカリンおじさんが!」
「……オカリンはさ、もう……、タイムマシンの事なんか考えたくないんだってさ……。タイムマシンを作って、世界を元に戻そうって言ったんだけど、タイムマシンなんかあるから、世界はおかしくなるんだって……。そう言って、連絡を絶った……」
「……………………」
 至の言葉を聞き、鈴羽はその場に崩れ落ちそうだった。
 倫太郎が、タイムマシン開発を避けていたことは、今に始まったことではない。1年前、牧瀬紅莉栖が亡くなってからは、彼にとってそれはトラウマだった。
 それでも、この1年、倫太郎が立ち上がることに望みをかけた。
 そして、8月21日へまゆりと共にタイムトラベルしたあの時、倫太郎の、あの力強い言葉を聞き、彼の復活を確信した。

『頼んだぞ、ラボメンナンバー002、椎名まゆり! オペレーション・アークライトを完遂しろ! 情けないこの俺を……、ひっぱたいてきてくれ!』

 あの、まゆりへの激励。オペレーション・アークライトを完遂し、過去の自分を立ち直らせてくれ、という熱い言葉。
 あの言葉を聞き、例え自分たちが戻れなくても、倫太郎ならきっとシュタインズゲートを目指してくれると、確信していた。なのに……。
「…………どうして。オカリンおじさん…………」
 あれほど熱い言葉を投げかけておいて、どうしてこんなことになるのか……。鈴羽には分からなかった。
「……それと、もう一つ気がかりが……」
「…………え?」
 至が再び口を開く。倫太郎の事以外に、まだ何かあるのだろうか。
「実はオカリンさ、僕と連絡がとれるまでは、ストラトフォーとか言う組織に監禁されていたらしんだ」
「ストラトフォー……」
 その言葉には聞き覚えがあった。
 “STRATEGIC・FOCUS”社。アメリカの民間情報機関だ。
CIAですら入手困難だった機密情報をいともたやすく入手し、戦争参加国に売買していたという。鈴羽のいた2036年にも、形を変えて存在していた。
「そこの組織に掴まっていたのを助けてくれたのが、真帆たんだったらしいお」
「比屋定さんが!?」
 思いもよらない名前が出てきて、鈴羽は困惑する。
 あの、どう見ても荒事に慣れているようには見えない人が、どうやって倫太朗を……?
「僕も驚いたお。真帆たんがどうやってオカリンを助けたのか……。大体、真帆たんいつ日本に来たん?」
「え?」
 至のその言葉に、鈴羽は奇妙な違和感を感じた。
「……父さん。比屋定さんなら、ちょっと前から日本にいたじゃないか」
「え、そうなん? いつ?」
「何言ってるのさ、毎日みたいにラボに来て、一緒にタイムマシンの研究をしてたじゃないか!」
「え? なんぞそれ? つーかタイムマシンの研究って何?」
「何って、来日する前からライブチャットを使ってずっと研究してたじゃないか。比屋定さんが理論を作って、父さんがタイムリープマシンを作って……」
「え? え? 全く意味が分からん……。そもそも、チャットなんかほとんどしてないし、タイムマシンの研究なんて、できるわけないっしょ。そんなことしたら、オカリンが怒鳴り込んでくる件について」
 話せば話すほど噛み合わなくてなってくる。
 至との会話の奇妙な齟齬。鈴羽は胸の奥から、奇妙な気持ち悪さがこみ上げてくるのを感じた。

 ……何だ? ……何なのだ、これは…………?
 鈴羽は先ほどの、父との感動の再開を思い出す。
 涙を流し、自分との再開を喜んでくれた父。
 自分を心配してくれた父の、熱い抱擁。
 ……しかし……、自分は……、本当に帰って来たのか…………?

「…………スズさん」
 まゆりが不安そうに鈴羽を見つめる。
 そんなまゆりに、鈴羽はゆっくりと振り返り、返事をするのが精一杯だった……。
「……まゆねえさん。ひょっとして私たちは……、帰ってきたんじゃなくて……、別の世界線に……、迷い込んだのかも…………」

2016.09.17 Sat l シュタインズゲート l コメント (0) トラックバック (0) l top

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