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「んーーー、おいしい!! やっぱり此処のケーキは絶品ですね。シュランクベルタと比べても遜色ないです」
 嬉しそうにケーキを口に頬張る詩音。彼女のその姿を見て私は思わず頷く。
「本当、学園に来てろくなことがなかったけど、この店と巡り合えたことだけは良かったわ。これだけおいしいお店はそうはないわね」
 そう言い、私もケーキを口に頬張る。柔らかな甘みと程よいフルーツの酸味が口いっぱいに広がる。
 今日は日曜日。学園での貴重な自由時間を詩音と過ごすため、私達は学園内のケーキ屋に来ていた。人気店なのでいつもは人でいっぱいなのだが、今日は運良く席が残っていた。街で買い物を済ませた私達は休憩がてら、この店でお茶をしていたのだ。
「すっかり寒くなりましたね~。もうちょっと冬物買っておけば良かったかな?」
「何言ってるのよ。そう言っていつも衝動買いして、クローゼットがいっぱいになるじゃない。もう少し計画的に買ったら?」
「いやぁ~、可愛い服があるとついつい。あはははは!」
 詩音は万事がこんな様子。物事を深く考えずに、思い立ったらすぐ行動。それで失敗することも多いのだけれど、救われることも多い。良くも悪くも、それが彼女の個性なのだ。
「ん~、おいしい! せっかくだからもう一つ食べちゃおうかな?」
「いいの? また太るわよ」
「う! 痛いところを……。でもせっかく来たんだから……、ああ、でもでも…!」
 そう言い詩音は頭を抱える。彼女のそんな仕草が可笑しくて、私は思わず吹き出してしまう。その時……。
「いいなあ縁寿さま、私もケーキ食べたーい!」
 そこに姿を現したのは煉獄の七姉妹が一人、強欲のマモン。
「無茶言うな、マモン。人間界で実体化できない私達ではこちらのものを食べることはできない」
「でも、気持ちは分かる~。あ~ん、私もおいしそうなケーキ食べたーい!」
「私はそれより~、カッコイイ男の子が欲しいなあ~。ねえ縁寿さま、誰か素敵な子見つけてくださいよ」
「アンタ達、いい加減にしなさい! 縁寿さまの邪魔でしょう!!」
「サタンの言う通りよ、あなた達少しは自重しなさい」
「わ~ん、私も混ぜて~!」
 次々と現れる煉獄の七姉妹達。7人全員揃うと実に賑やかだ。そしてさらに……。
「七姉妹が揃うとすごく賑やかだね。でも、誰もいないよりこっちのほうが真里亞も楽しい、うーー!」
「うりゅーー、すごいね! とっても賑やか!」
 真里亞お姉ちゃんとさくたろうも、七姉妹に続けて姿を現す。私の周りはあっという間に人垣となった。その賑やかぶりに、思わず笑顔がこぼれる。
「ちょっと縁寿、人の話聞いてます?」
「え? ああ、ごめんなさい、何だっけ?」
「縁寿、大事な所なんだからぼうっとしてないでちゃんと聞いといて下さい」
 人の話を聞いていないと言い、詩音は唇を尖らせる。そんな風に彼女と軽口を言い合いながら、午後の穏やかな時間は過ぎていく。
 少し前の私ならば、決してありえなかった光景。いつも一人で過ごし、友達の一人もいなかった、かつての自分。でも、今は詩音がいる。彼女を通じて友人もできた。もう、一人孤独に涙を流すことは決してない。
 幸せな日々。私にとって、もったいないくらいに暖かな時間。これ以上は何も望まない。今の私にとって、今この瞬間が最高に幸せだった。










 ……でも、私にとっての幸せが、必ずしも彼女の幸せと同じであるとは限らなかった……。






「脱走ッ!!?」
「しーーーッ、馬鹿、声が大きいッ!!」
 言うや否や、詩音は私の口に手を当てる。
「ムグッ……!」
 しばしの沈黙……。詩音は注意部深く聞き耳を立て、周囲の物音に耳を傾ける。やがて、しばらくすると彼女はゆっくりと手を離し疑り深く部屋から顔を出す。周りに誰もいないことを確認すると、彼女はようやく安堵の息を吐いた。
「……ふぅ。全く、不用心な! 誰かに聞かれたらどうするんですか!」
「ご、ごめん……。でも……、本気なの……? 脱走だなんて……」
 私が訝しげにそう聞くと、詩音はニヤリと笑った。
「縁寿はどう思います? 私が冗談でこんなこと言うとでも?」
 詩音のその言葉を聞き、私は確信する。彼女は本気だ。
「私がいつまでも、こんな所で大人しくしていると思いますか? 冗談じゃないですよ! 私は脱走することを前提に此処に入ったんですから。その為の準備も色々と進めているつもりです」
 彼女の言葉を聞き私は唖然とする。入学する前からそんなことを考えていたとは……。用意周到すぎる。
「で、でも……、もし見つかったらどうするつもり? 脱走に失敗したらどうなるか、噂ぐらい聞いたことあるでしょ?」
 いくら此処が全寮制のお嬢様学校だろうと、全ての生徒が大人しくしているわけではない。中には詩音のように此処の生活に馴染めず脱走を試みた者も過去にはいるらしい。しかし、彼女達のその後の末路に関しては噂を聞いただけで身震いする……。とにかく、この学園から脱走を試みるのは自殺行為に等しいのだ。しかし……。
「大丈夫ですよ、失敗しなければいいんですから」
 などと、詩音はあっけらかんと話す。本当に大丈夫なのだろうか……?
「……それで、縁寿はどうするつもりですか?」
「…………え?」
 不意に詩音が真面目な顔をする。
「私はいつまでもこんな所に閉じ込められているつもりはありません。近いうちに脱走するつもりです。縁寿はどうするんですか?」
「……わ、私は……」
 ……そうだ。これは彼女一人の問題ではない。ルームメイトである私も無関係ではいられないのだ。
「無理にとは言いません。さっきはああ言いましたけど、この学園から抜け出すにはかなりのリスクを伴います。もし見つかったら……、まあ言うまでもないですね……」
 彼女も分かっている。ここから抜け出すのがどれだけ危険か……。わざわざ危険を冒さなくても、あと数年此処で我慢すれば卒業なのだ。無理にリスクを負う必要はない。でも…………。
「……………………」
「…………縁寿?」
 詩音が心配そうに私の顔を覗き込んでくる。そんな彼女を見て私は微笑む。決まっている。答えは一つだ。
「行くわ」
 私は力強くそう答えた。
「詩音がいなくなったら、私もこの学園にいる意味はないもの。それに、たまにはスリルを味わうのも面白いかもしれないし」
 そんな私を見て、彼女はニヤリと笑う。
「そうこなくちゃ!」
 私は……、私達は此処から抜け出す。檻のようなこの学園から。此処から出て、本当の自由を掴む。
 嘘で塗り固められた偽りの自由はもうまっぴらだ。飼いならされた小鳥は、もう終わりだ。





 そらのむこう 第13話
「鳥籠の向こうへ」






「う~ん、何処から抜け出せそうですかね?」
 詩音が周囲を見回しながら頭を捻っている。
 放課後、私と詩音は脱走の下準備の為に街にやってきたのだ。街のあちこちを回り、脱走できそうな場所を探してみる。しかし、上手く脱走できそうな場所はそう簡単には見つからない。
 学園の敷地は例外なく周囲を鉄柵で覆われている。柵の高さはおよそ3メートル。とてもじゃないが、なんの道具も使わずに乗り越えるのは困難だ。
「ダメですね、この辺りからは抜け出せそうにないです」
「そう? あの辺りなんかいいんじゃない?」
 私は雑貨屋の裏手にある、人影の少ない場所を指さす。そこは店で使われなくなった箱やら雑貨やらが置いてある。此処に置いてある道具を使えば柵を乗り越えられるかもしれない。しかし詩音は首を横に振る。
「無理ですね。いくら人影が少ないからと言って、誰にも見つからずに柵を乗り越えるのは難しいと思います。それに、柵を乗り越えても柵越しから逃げるところが丸見えです。塀だったらまだ姿を隠せたんですけどね」
「……そうね。柵を乗り越えても、途中で見つかったら意味がないものね」
「そもそも、柵を乗り越えたところで外の町までは何キロも離れています。街に続く道は1本だけ。途中で見つかる可能性大ですね。かといって、道路を通らずに山越えなんかしたら下手すりゃ遭難です。町に行くまでの足がないとなあ……」
「外部の協力者が必要ね。詩音は当てはある?」
「ええ、頼りになるやつが。縁寿はどうですか?」
「……う~ん、あまり頼りたくないやつならいるんだけど。まあ、この際文句は言ってられないわね」
「OK! それじゃ連絡をとってみましょう」

 街中を調査した縁寿と詩音の二人は、外部の人間と連絡を取るためその場を後にする。二人が離れてしまい、元々人気の無いこの場所には誰もいなくなる。人通りの少ない寂しい路地裏……。
 しかし、そんな人気のない路地裏に一つの人影が……。影はこの場を離れていく二人の後ろ姿をじっと見つめている。
 二人の姿が見えなくなるまで、人影はいつまでもその背中を見ているのだった…………。





「こんにちは~」
「あら、いらっしゃい詩音ちゃん」
 カランカランと詩音が雑貨屋の扉を開けると、店員のお姉さんが声を掛けてきた。私達よりちょっと年上で、ポニーテールとお店のエプロンが良く似合っている。
 私もこの店は時々利用するのだが、詩音は常連らしく店員さんとは仲が良いようだ。
「こんにちは、今日はお友達も一緒なのね」
「はい、せっかくなので一緒に来ました♪」
「こ、こんにちは」
 詩音は店員さんと少し雑談し、それからお店の雑貨を数点買うようだった。品物をレジに持っていくと、彼女は店員さんに小さく耳打ちをする。
「え~、それと……、また電話貸してもらっていいですか?」
「あら、また? そんなに頻繁に電話して、一体誰に掛けているのかしら? ウフフフ!」
「アハハ、そんなんじゃないですから」
「仕方ないわね。でも、学校には内緒よ?」
「ええ、もちろん」
 そう言うと、詩音は店員さんと一緒に店の奥へと入っていく。詩音は手招きをして、私も奥へ入れと促す。

「それじゃあ用が済んだら呼んでね」
 そう言い、店員さんはレジへと戻って行った。
「詩音……。ひょっとしてあなた、いつもこうやって外に電話していたの?」
「ん? そうですけど」
「……本当に用意周到ね。この為に店員さんと仲良くなっていたんだ」
「何言ってんですか? こんなの他の生徒もしていますよ」
「ええ!? そうなの?」
「そうですよ。学外への電話なんか、いちいち学校に許可取らないといけないんですから誰もそんなことしていませんよ。こうやって、ちょっとお店の人と仲良くなればお店の電話借りられるんですから。知らなかったんですか?」
「……そ、そうなの?」
「…………縁寿はもう少し処世術を覚えた方がいいんじゃないですか?」
 ……全然知らなかった。詩音の言う通り、もう少し社会と交わった方がいいかも知れない……。
「はい、どうぞ。まずは縁寿の心当たりから電話してみてください」
 そう言い、彼女は私に受話器を差し出す。
 心当たりか……。思いつくのはあいつだけ……。あまり気は進まないが、この際そんなことは言ってられない。私は記憶の中にある電話番号をプッシュする。しかし……。

 ツー、ツー、ツー。

「………………?」
 いくら電話しても繋がらない。通話中なのだろうか?
「どうですか、縁寿。ダメでした?」
「ちょっと待って、今別の所に掛けなおすから」
 アイツの居場所を知っている人と言えば……。私は先程とは違う番号に電話を掛ける。すると……。

「もしもし」
 電話越しに太い男の声。今度は通じたようだ。
「お久しぶりです小此木さん、縁寿です」
「やっぱり縁寿ちゃんか。この直通回線を知っている人間は限られているからなあ。どうだい、学園生活の方は?」
「ええ、キツイことも多いですけど何とか生きてます」
「そいつは良かった。あの学校は色々と黒い噂も聞くからなあ。まあ元気そうで何よりだ。それで、今日はどういった用事で?」
「はい、実は天草に連絡を取ろうと思ったんですが、繋がらなくて……」
「ほう、何でまた?」
「まあ、ちょっと色々と。あいつに協力してもらいたいことがあるんで」
「そうかい。だが、残念ながらアイツは今、日本にはいねえんだ」
「……まだ傭兵やってるんですか? 今何処に?」
「そいつは自分の口で聞いてみるんだな。今、やつの連絡先を教える」
 そう言、小此木さんは天草の連絡先を私に教えてくれた。私は電話を片手にメモにその番号を書き写す。
「今は仕事の真っ最中だからな。協力できるかは、かなり微妙だが聞くだけ聞いてみるといい」
「はい、ありがとうございます。では、今日はこれで」
 私が受話器を置こうとした時、小此木さんの声が聞こえた。
「縁寿ちゃん」
 そして、私に一言告げる。
「あんまり無茶するなよ」
 その言葉を聞き、思わず笑みがこぼれた。
「はい、大丈夫です」
 そして、私は受話器を置く。
「どうでした?」
 詩音が心配そうに聞いてきた。
「うん、もう少し待って。まだ連絡を取らないといけない奴がいるから」
 小此木さんに教えてもらった番号に、私は電話を掛ける。でも、よく考えたらこれ国際電話じゃない。通話料高いだろうなあ……。お詫びに、後でお店の商品買っておかなくちゃ。
 長い呼び出し音。また留守なのだろうか? 私が諦めて受話器を置こうとした時……。

「Hello?」

 流暢な英語でハロー。しかし声は間違いなく天草、どうやら繋がったようだ。
「天草? アンタ今何処にいるの?」
「ヒャハッ!! まさかこんな所でお嬢の声が聞けるとは! どうしんたんです、お嬢は今、学園にいるんでしょう? ひょっとして俺の声が聴きたくてわざわざ電話をくれたんで? ハハッ、参りましたね」
「……相変わらずね。アンタの思考回路一体どうなってるの? いつかその頭叩き割って中身を調べてみたいわ」
「いやはや、お嬢も相変わらずキツイですね」
「話が逸れたわね。で、アンタ今何処にいるの? ちょっと手伝って欲しいことがあるんだけど」
「今は主に中東を転々としてますぜ。相変わらずこの辺りは紛争が多いんでね、戦争屋は忙しく働いています」
「……中東。じゃあ、すぐには日本には戻れないわね……」
「ええ、残念ながら。お嬢の頼みなら今すぐ飛んで行きたいところなんですがね。まあ、事情が事情ですから。しかし、一体何の用で?」
「ちょっとね、学園から脱走しようと思ってその手引きを」
「ヒャハッ、クール!! 流石はお嬢!! 大人しく閉じ込められるタマじゃありませんか!」
「大きなお世話よ。まあ、来られないなら仕方ないわ。他に当てがないわけじゃないし」
「ありゃ? 俺以外に頼るような男が? そいつはショックですね」
「友達の知り合いよ。それに、元からアンタには頼りたくないけどね」
「流石クールですね、お嬢。そんなにハッキリ言うと傷つきますぜ。しかし、友達ですか……。ひょっとして、その子と一緒に脱走を?」
「ええ、元々脱走は彼女が考えたことだけど」
「ハハハハハッ!! お嬢じゃなくてその子が脱走を!? こいつはたまげた、お嬢以上にクールな子がいたもんですね!」
「うん、まあ色々とぶっ飛んでるわね」
「ハハッ、一度は会ってみたいもんですな。ま、その子と一緒に出られることを祈っていますぜ」
「ええ、なんとかうまくやってみるわ。それより、アンタの方こそ気を付けなさいよ」
「心配してくれるんですか? お嬢にそんな風に思われるなんて、光栄ですね」
「茶化すな! そっちじゃ本当に死ぬことだってあるんでしょう。前から思ってたんだけど、アンタ何で傭兵なんかやってるわけ?」
「前にも言いませんでした? 俺はスリル至上主義なもんで。こうやって戦場を駆け巡って、スリルを楽しむのが性に合ってるんですよ」
 天草は何でもないかのように答える。そのあまりにもあっけらかんとした答えに、私はイラつく。
「そんな理由でアンタは傭兵やってるの? そんな下らないことに、どうしてアンタは命を懸けられるわけ?」
「お嬢、主義思想は人それぞれですぜ」
 天草は私を諭すように言う。
「大抵の人間は明確な目的を持って戦ってます。国の為、民族の為、宗教の為。けど俺にはそれは分かりません。二束三文の金をもらってスリルを味わえれば、それで十分じゃねえの? わざわざそんな大義名分掲げなくても、銃を取るのに大した理由はいらないんじゃねえの? って」
 天草の話に私は耳を傾ける。
「逆に言えば、二束三文のクソ駄賃が俺にとっては命を掛けるのに足りてしまうんです。戦場での二束三文の方が自分の命や、他人の命より重い。割とそういうホントに人間のクズですからね、俺は。別の人生を歩む機会はいくらでもあった。でも、気が付いたらこういう所が居心地が良かったみたいです。好き好んで戦争して、好き好んで殺し合いして。まあそんなですから、いずれはどっかの戦場で頭撃ち抜かれて死ぬんじゃないかと思います」
「……馬鹿じゃない。そんな人生が楽しいの?」
「まあ、そこそこには。こうやって、戦場で息をしている時は、生きているのを実感できますぜ」
「……馬鹿につける薬はないか。私には理解できないわ」
「理解する必要はないですよ、俺が異端なだけですから。お嬢は真っ当に生きてください」
「真っ当にか……。そんな人生、10年前に捨てたつもりだけど……」
「おっと、こいつは失言でした」
「別に気にしてないわ。で、アンタはいつまでこんな生活を続けるつもり?」
「さあて、いつまでですかね? いっそ、手か足がなくなれば引退せざるを得ないでしょうが」
 天草のその答えを聞き、私は深くため息をつく。
「……分かったわ、アンタの人生はアンタのものだしね。でも、後一回くらいは顔見せに来なさいよ」
「お嬢たっての希望とあらば、期待に応えないわけにはいきませんな」
「はいはい、それじゃあね」

 電話が切れた後、天草はしばし携帯電話を見つめる……。
「やれやれ、約束しちまったからな。帰らないわけにはいかないな」
 そう言い、天草は銃に弾薬を詰めていく。
「さぁて、運命の女神さまが電話をくれたんだ。生きて帰れることを期待しますぜ」
 そう言い、天草は再び戦場へ足を運んで行った…………。





「天草は当てにはならないか……」
 当てにしていた天草が来られないことが分かり、私は肩を落とす。後は詩音の知り合いに頼むしか……。
「縁寿~、聞こえましたよ。誰がぶっ飛んでいるって?」
「あら、私は友達がぶっ飛んでいるって言っただけよ? 詩音だなんて一言も言ってないけど」
「口が減らないですね、まあいいです。それより、さっきの会話からすると……」
「うん、私の所は当てにできなくなった。後は詩音に頼むしか……」
「了解、じゃあ私の所でなんとかします。電話いいですか?」
 私は詩音に受話器を渡す。やがて彼女は慣れた手つきでプッシュボタンを押すと、相手からのコールを待つ。しばらくすると電話が掛かってきたようだ。彼女は電話の相手と親しげに話している。一体どんな相手なのだろう? 
 そういえば、私は外での彼女の様子をあまり知らない。実家では肩身の狭い思いをしていたようだから敢えて聞かなかったのだが、ここから出られたら色々と聞いてみよう。
「はい、それじゃ葛西よろしくお願いします。詳しいことが決まったらまた連絡します」
 そう言い、彼女は受話器を置く。
「OKです! 外部と協力が取れました。こっちの準備が整ったらいつでも来られます」
「良かった、じゃあ本格的に作戦を練りましょう」
「了解です! 早速部屋に戻って作戦会議です」





「さあ、それじゃ本格的に脱走計画のプランを練りましょうか」
 そう言う詩音の前には、手書きで書いた学園の地図が置かれている。彼女はその一点を指さした。
「私達の部屋はここ、学園寮です。まずはどうやったらここから脱出できるか」
「夜間はともかく、日中は問題ないわね。門限の5時までは出入り自由だから」
「でも、日中は寮の外に出ることは出来ても学園から抜け出すのは至難の業です。さっきも確認しましたけど、柵を乗り越えるのは人目が付きすぎます。仮に誰にも見つからず外に出ても、街に出るまでの足がありません」
「日中じゃ学園近くに車を付けることもできないわね。業者の車以外の侵入は止められるし……」
「やはりここは古典的ですけど、夜の闇に乗じて! ですね!」
「でも、夜間の警備の厳重さは昼間の比じゃないわよ。寮内の出入り口は施錠されるし、寮内も外も職員が巡回しているわ。どうやって出るつもり?」
「それを今から考えるんじゃないですか。諦めたらそこで試合終了ですよ?」
 そうして、彼女は地図とにらみ合う。
「まず部屋の窓から出るのは論外ですね。窓の外に出ても、その先は外に繋がってない。柵を越えて無理に出ようとしても、監視カメラの数も、巡回の頻度も半端ないです。ここから出るのはまず無理ですね。廊下の窓に至っては、そもそも人が出られるほど開かないですからね。腕を出すのがせいぜいです」
「となると、窓は使わずに廊下から別ルートへ……? 確かに夜間の巡回ルートはパターン化されているから、抜けられないことはないわね。でも正面玄関はどうやって突破するつもり?」
 正面玄関はオートロック式の扉になっている。日中は自由に出入りできるが、午後5時以降は施錠される。職員は8ケタの暗証番号で開錠できるが、その番号は当然ながらトップシークレットだ。書面に残すことは禁止されており、学園長から口頭でのみ伝えられているらしい。この番号を調べることは多分無理だろう。
「もちろん正面突破なんて馬鹿な真似はしませんよ。ほら、今は使われていない職員用出口があるじゃないですか? そこを使うんですよ」
「あ、そういえばそんなのもあったわね」
「正面玄関の暗証番号を調べるのは私も無理だと思ってます。でも、職員用出口は昔ながらの鍵付きのドアなんです。あの鍵、職員室のキーボックスに入っているんですよ?」
「え、そうなの? じゃあ……」
 私がそう言うと詩音はコクリと頷く。
「ええ、その鍵があれば合鍵を作れます」
 正面突破はほぼ不可能。でも、職員用出口を使えば外に出られるかもしれない。脱走計画がにわかに現実味を帯びてきた。
「職員出口は正面玄関に比べると巡回も少ないし警備も手薄です。そこを突けば……」
「外に出られるかもしれない」
 思わず、私と詩音はニヤリと笑う。
「いけます! 巡回ルートの確認と、合鍵さえ手に入れば脱走も夢じゃないです!」
「そうね、ここまで来たら絶対に外に出ないと」
 外の世界……。そんなもの、とっくに諦めていた……。学園に閉じ込められたあの日から、私の住む世界はここだけなのだと……、そう決めつけていた。でも、ひょっとしたら……、それを打ち破れるかもしれない。
 閉じた世界。周りの大人達から与えられ、閉じ込められた世界で満足している私達。でも、外の世界は、ここよりも、もっともっと違う何かが見つかるかもしれない。
 出よう、外の世界へ。詩音と共に。そして行こう、彼女の故郷へ。
 彼女の生まれた土地、彼女の育った故郷で、新たな人生を始めるのだ。





「さあ、それじゃあ行ってみましょうか」
 詩音のその言葉に私は小さく頷く。私達は廊下の角から職員室の様子を伺っている。
 昨日詩音と話したように、脱走計画には職員用出口の鍵が必要不可欠だ。鍵が仕舞われているキーボックスの位置はすでに確認済み。後は職員がいない時を見計らって鍵の型さえ取れれば……。
「今の時間はほとんどの職員が出払っていますからね。残っているのは一人だけ……」
「鍵は私の方がなんとかするから、詩音は先生をお願い」
「まかせて下さい。私にかかれば、教師の一人や二人チョロイもんです!」
 そう言い、詩音は職員室の中に入って行った。程なくして、詩音と一人の教師が職員室から出てきた。
「ちょっと園崎さん、何ですか?」
「いいからいいから、ちょっと先生に見てもらいたい物がありまして」
 そう言い、彼女は先生を半ば強引に職員室から連れ出す。詩音が先生と職員室を去って行く時、彼女と目が合った。彼女は私に向かい、悪戯っぽくウインクする。
 OK! こちらはまかせといて!!
 やがて詩音は先生と一緒に職員室を離れて行く。よし、ここからは私の仕事だ。
 私は周囲に人がいない事を確認すると、職員室の中に入った。思った通り、中には誰もいない。今のうちに鍵の型を取らないと。
 私はキーボックスに近づき、手早くそれを開く。中には学園中のあらゆる鍵が掛けられている。私はその中から職員用出口の鍵を探す。
「え~と、職員用出口の鍵は……」
 あ、見つけた! キーボックスの隅の方に鍵が掛けてある。その表記には、『職員用出口』と書かれている。間違いない、この鍵だ。
 思っていたよりも小綺麗な鍵だ。私はその鍵を手に取る。そして、ポケットから手のひらサイズの粘土を取り出すと、そこに鍵を埋める。これで、この型を元に合鍵が作れるはず。合鍵さえ手に入れば、脱走計画の半分は達成したと言っても過言ではない。
 鍵をキーボックスに戻し、私は安堵する。これで私の仕事は完了。さあ、部屋に帰って―――



「こんな所で何をしているの?」



 ―――瞬間、私は息が止まった。見つかった……。誰にも見られてはいけないのに……。しかも、この声は……。私は恐る恐る後ろを振り返る。
「……須磨寺さん」
 後ろに立っている須磨寺さんは、私が今していたことを見透かしているかのように、じっとこちらを睨んでいる。
 まずい……、何とかして誤魔化さなければ……。
「……あ、その……、先生に頼まれて、職員室に鍵を返しに来ていたの……」
 私はそう言い、キーボックスを閉める。自分が今していた事を隠すように……。
「…………ふぅん、そうなの」
 須磨寺さんはそう言いつつも、私に対する疑念の眼差しは緩めない。まずい……、これ以上ボロが出る前にこの場を離れないと……。
「それじゃ……、私もう行くから……」
 そう言い、私は足早にその場を離ようとする。しかし……。

 ガシッ!!

 彼女の横を通り過ぎようとした瞬間、私は手首を掴まれた。
「……何をしていたのかしら?」
 突き刺すような彼女の視線に、私は思わず息を呑む……。
「何をって……、別に何も―――」

 バンッ!!

 私がそう言おうと瞬間、彼女の手のひらが私の頬をかすめるようにして、後ろの壁を叩きつけた。壁際に追い詰められた私を、須磨寺さんは睨みつける。
「アンタ達が、何処で、何をしようと、私は、知ったこっちゃないわ」
 彼女は一言一句、私に言い聞かせるように言葉を放つ。その言葉はとても冷たく刺々しく、まるで昔のように私の胸に突き刺さった……。
「けど、覚えておくことね。何もかも、アンタ達の思い通りになると思わないでよ。所詮、此処ではアンタ達の方が異端なんだから」
 須磨寺さんは突き刺すような視線で私を睨みつける。そして、彼女はそれだけ言うと、私に背を向け職員室を去って行った。
 ……私は只々茫然とその場で立ち尽くす。彼女が去った後も、私の頭の中はさっき彼女が言った言葉がいつまでも響いていた……。



 職員室を離れ、雫は一人廊下を歩いて行く。堂々と優雅に歩くその姿は、須磨寺家の名にふさわしい振る舞い。しかし、優雅に歩いているはずのその表情はひどく無機質で、温かみのないものだった……。
 只々不快そうに、彼女は表情を歪ませる。もはや彼女には、心許せる存在などありはしなかった。友人も、家族も。大切に、大切にしていたぬいぐるみさえも、自らの手で引き裂いた……。そんな彼女の心は擦り減り、すでに壊れ始めていた……。
「……右代宮。アンタも壊れるべきなのよ、私と同じくらいに」
 心の壊れた少女は小さく呟く。どこか虚ろな彼女の瞳には、一体何が写っているのだろうか……?





 数日後の夜、寮3階のテラスに私と詩音はいた。ここ数日ずっと部屋に籠って脱走の計画を練っていた為、詩音が気晴らしにと言い、夜風を浴びに来たのだ。
「縁寿、今日葛西から連絡があったんですけど、合鍵完成したそうです。例の雑貨屋さん経由で明日には手元に届きます。決行日は明日、いよいよ脱走が現実味を帯びてきましたね」
 詩音は心弾むように話す。しかし、私はそんな気にはなれなかった。先日の職員室での出来事が頭から離れない……。
 あの時の須磨寺さんは、様子がおかしかった……。まるで昔のように、私に対する敵意に満ちていた。
 彼女の事を理解しようと、色々と努力したつもりだった。最近はほんの少しだけど、彼女との距離が縮まった気がした。でも、それは本当に、私の気のせいだったのだろうか……?
「縁寿……、どうしたんです? ここ数日変ですよ?」
 詩音が心配そうに、私の顔を覗き込んできた。
「…………ん」
 そんな彼女に、私は何だか後ろめたくなる。須磨寺さんの様子が気になって、職員室での事は詩音にはまだ話していない。しかし、いつまでも隠しているわけにはいかない……。
「……詩音、脱走の事なんだけど、考え直した方がいいかもしれない……」
「はあッ!? いきなり何言い出すんですか!」
 私の突然の発言に彼女は戸惑う。
「合鍵のことなんだけど、ひょっとしたらしくじったかも……」
「…………誰かに見られたんですか?」
 私は小さく頷く。
「鍵をキーボックスに返すところを、須磨寺さんに……」
「なッ!!?」
 私の話を聞き詩音は絶句する。
「よりにもよってアイツに……」
 詩音はこめかみを押さえながらため息をついた。
「何で今まで黙ってたんですかッ!!」
「…………ごめん」
 詩音の当然の質問に私はうなだれる。本当はもっと早く言うべきだったのだ……。
「……はぁ、まあいいです。それで、完全に見られたんですか?」
「先生に頼まれて鍵を返しに来たって言って、その場は切り抜けたんだけど……。でも……、多分怪しまれていると思うわ……」
「……………………」
 詩音はその場でしばらく思案していたが、やがて口を開いた。
「何かしら怪しまれていると思いますが、多分何をしていたかまでは気付いていないと思います。本当に気付いていたら、教員に呼び出しを喰らっていると思いますけど、今の所まだそれはありませんから」
「…………本当にそうかしら?」
 確かに詩音の言うことも一理ある。しかし、何かが引っ掛かる……。あの時の須磨寺さんを思い出し、私は言いようのない不安に駆られる。
 私を睨みつけるあの眼差し……。一体、彼女に何があったのだろう……? 果たして、今の彼女を残したまま、外に出て良いのだろうか……? そんな私の不安を見透かしたかのように、詩音が声を掛ける。
「……不安ですか?」
「…………ん」
 詩音のその言葉に私ははっきりと答えられず、口を紡ぐ。
「いいんですよ、無理に付き合わなくて」
「……詩音」
「脱走自体、私が言い出したことですし、縁寿が危険を冒してまで付き合うことはありません。大人しくていれば、あと数年で卒業できますし……。まあ、一人でもどうにかしますよ」
 詩音はあっけらかんと言うが、それは難しいだろう。元々、この計画は二人で逃げることを前提としていた。ここで計画を変更したら、失敗のリスクは増すだけ。しかし、それでも詩音は行くのだろう。彼女はそういう人だ……。
「行くわ」
 私は力強くそう言う。
「詩音一人じゃ心配だもの。あなただけじゃいつ暴走するか分からないから、誰かが止めてあげないとね」
 そう言って私は笑う。そうだ、須磨寺さんのことは気になるが、詩音を一人にしてはおけない。彼女は、私の一番の友達。他の何を犠牲にしても、私は彼女を助けたい。
「ありがとう……」
 詩音はそう呟く。
 そう、二人一緒に此処を出るんだ。もう、与えられた自由はまっぴらだ。
 偽りの自由ではない、本当の自由を手に入れる為、私達は此処を出る。
 私達は鳥籠の中の小鳥ではない。飛び立つのだ、鳥籠の向こうへ。



 そんな彼女達の様子を、屋根の上から眺めている者が二人。二人は縁寿と詩音の様子を、遠くからずっと見ていた。
「うりゅ、上手くいくかな?」
「どうかな、真里亞にも分からないよ」
「もし失敗しちゃったら……、うりゅりゅ~~……」
「そうならないことを祈ろう、さくたろ。真里亞達もできる限りの事をするから……」
 彼女はさくたろうと共に祈りを捧げる。
「……上手く行っても行かなくても、明日、全てが決まる……」
 そう言い、真里亞は月を見上げる。夜空に輝くは、真円を描く見事な満月。それはまるで、彼女達の運命がどうなるかを見ているかのよう。
 二人がこれからどうなるか、月だけが知っている気がした…………。

 ……そう、全ては明日。明日、全てが決まる……。















「……右代宮縁寿……、……園崎詩音……」















 それぞれの思いが交錯し、運命の日を迎える。
 明日のこの時間、全てが決まる。





 聖ルチーア学園脱走まで、残り時間24時間。





2012.04.01 Sun l うみねこ l コメント (1) トラックバック (0) l top

コメント

気になるということ
雫を気にする縁寿。
誰かが気になる・・・ということは何かある。
少しでも気になる相手を大切にしていきたい。
2013.02.03 Sun l 乗組員z. URL l 編集

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