そらのむこう第12話が完成しました。
なんとか新作の発表前にUPできた。
それではお楽しみください。
 美しく咲き誇る花々。
 赤、白、黄と、様々な花に彩られた公園は、春の陽気に満ち溢れていた。
 甘い蜜の香りに誘われた蝶たちは、ひらひらと優雅に舞い、その場にいる人達の心を和ませている。
 そんな暖かな空気に充ち溢れている公園に、少女の楽しそうな声が響く。
「お母さ~ん、早く早く! こっちだよ!」
「はいはい、今行くわ。ちょっと待ってちょうだい」
 少女は元気良く声を上げ、後からついて来る母を急かす。彼女の母は早足に歩くが、追いかけるのが精いっぱい、という感じだ。
 少女がしばらくその場に待ち、母親はようやく彼女に追いつくことができた。
「ほら掴まえた!」
「あははは、お母さん遅~い」
 そう言い、母親は娘を掴まえる。ようやく我が子を掴まえた母は、その場のベンチに腰掛けた。
「ああ疲れた。雫は本当に足が速くなったわね。お母さん、もう追いつけないわ」
「もう私の方がお母さんより早いね。お母さんも、もっと頑張らないとダメだよ」
「本当ね。お母さんも、まだまだ雫に負けないようにしないとね。でも今はちょっと休ませて~」
「しょうがないな~」
 そう言い、母親はベンチで一休みをする。母が休んでいる間、娘はせっせと花摘みに励んでいる。そんな我が子を、母親は暖かな目で見ていた。
 ついこの間まで小さな赤ん坊だったのに、今では自分が追いつけないぐらい立派に育った。子どもの成長は本当に早いものだ。我が子の成長に、彼女は思わず顔を綻ばせた。
 しばらくの間、母親はベンチに腰掛け休んでいた。やがて、しばらくすると娘が駆け寄って来た。
「ん? どうしたの雫、ニコニコして?」
「えへへへ。はい、お母さん」
 そう言い、娘が母に差し出したのは綺麗な花飾り。色とりどりの花で作られたそれは、少々不格好ながらも、娘の気持ちが込められとても可愛らしく見えた。
「まあ、お母さんにくれるの?」
「うん。どうぞ、お母さん!」
 彼女は可愛らしく作られた花飾りを、ベンチに腰掛けている母に掛けてあげた。
「ありがとう、お母さん嬉しいわ」
 そう言い、母は我が子の頭を優しく撫でる。母に優しく頭を撫でられた彼女はにっこりと笑い、嬉しそうに呟いた。
「お母さん、大好き」





 ……心地良い眠りを妨げるように、窓から漏れる光が顔を差す。その光を浴び、彼女は眩しそうに顔をしかめるが、やがて目を開けた。
「……………………」
 未だはっきりしない頭を覚ますように、彼女はゆっくりとベッドから体を起こした。寝起き特有の頭痛に顔を歪ませながら、彼女はこめかみに手を当てる。しばらく手を当てると、やがて頭痛は徐々に収まっていった。
 忌々しい頭痛が少し和らぐと、彼女は机に目を向ける。視線の先、そこには小さな写真立てが飾ってあった。
 しかし、中身はない。以前そこに飾ってあった母子の写真は、今はもうどこにもなかった……。寂しそうに飾ってある写真立てを眺めながら、雫は小さく呟いた……。
「…………どうして、今頃になって…………」
 彼女は寂しそうに呟く。自分以外、誰もいない部屋。彼女の呟きに応える者は誰もいなかった……。





そらのむこう第12話
「須磨寺雫」






「以上で今年度前期の生徒会活動報告を終了します」
 雫がそう告げると、皆一斉に資料を閉じる。今日の議題はこれで終了。早速、皆帰る準備をし始める。そんな周囲の状況を見て、議長である生徒会長が会議終了の挨拶をする。
「須磨寺さん、報告ありがとうございました。それでは本日の議題はこれで終了とします。次回の報告はまた来月に行いますので、よろしくお願いします。皆さんお疲れ様でした」
 会長がそう宣言すると皆、肩の力を抜き席を立つ。ようやく会議から解放された彼女達の表情は、皆一様に明るい。週末である今日は、本来なら授業が終わればさっさと寮に戻り友人と一緒に街へ遊びに出かけるところだ。
 しかし、生徒会役員である彼女達は月に一度、定例会に出席しなければならない。仕事とはいえ、せっかくの週末の時間を潰されては堪ったものではない。その為、彼女達は会が終わると同時に、足早に寮に戻って行った。
 寮に戻って行く皆を眺め、雫も帰宅の準備をする。その時、会長が彼女に声を掛けた。
「お疲れ様、須磨寺さん。報告書、上手くまとめてあったわね」
「はい、ありがとうございます。報告書の内容は、ああいった感じで良かったでしょうか?」
「ええ、問題ないわ。それじゃあ、今日の議事録の作成もお願いね」
「はい、分かりました」
「ああ、それと……」
「何でしょう?」
「ここの本棚なんだけど、もう随分と書類の整理をしていないの。色んな資料がごちゃごちゃになっているから、まとめておいてくれる?」
 それを聞き、雫は心の中でため息をつく。書記なのだから議事録を作るのは当然なのだが、書類の整理は明らかに単なる雑用だ。書記の仕事以外にも、こういった雑用はほとんど雫に押しつけられる。とはいえ、彼女は生徒会で唯一の1年生。こういった雑務を押しつけられるのも、仕方がないと言えば仕方がない。
「……分かりました。すぐに片付けておきます」
「ありがとう、それじゃあよろしくね」
 そう言い、会長は生徒会室を後にする。ひとり残された雫は小さくため息を漏らすが、やがて本棚に向かう。
「…………まあ、どうせ部屋に帰ってもやることなんかないしね……」
 彼女は小さく呟くと、本棚に手を伸ばすのだった……。

「……ただいま」
 夜、生徒会室の資料を片付けた雫は、ようやく部屋に戻って来た。思った以上に書類の数が多く、帰るのがこんな時間になってしまった。せめて何人かで片付ければ良いと思うのだが、今さら愚痴っても仕方がない。雫は倒れ込むようにベッドに横になる。
「…………疲れた」
 なんだか今日はひどく疲れた。あんな雑用を押しつけられて、こんな遅くまで仕事をすることになるなんて。
 ……でも、早く帰れたとして、一体何ができたのだろうか? 一緒に遊びに行く様な友人もいない。家に引きこもって勉強でもしていたのだろうか? ならば、何も変わらない。家にいるか、学校にいるかの違いだけだ…………。
「…………ふぅ」
 なんだか最近ため息をついてばかりだ。いけないとは分かっていても、気が付くと声に出ている。ため息をつくと幸せが逃げるって、お母さんに聞いたっけ……?
「……昔の夢なんて、久しぶりに見たわね……」
 なんの不満も、なんの不安もなかったあの頃……。お母さんも、使用人の人達もみんな優しくて、毎日が幸せでいっぱいだった。でも、今はもう二度と帰らない日々……。
「…………未練ね」
 昔の夢を見るなんて……。まだ自分は、あの頃を懐かしく思っているのか……。今さら思い出したところで二度と戻らない。考えたって無駄なのに……。
「……………………」
 雫はベッドの上で向きを変えると、枕元に手を伸ばす。そこにあるのは母と一緒に作った思い出のぬいぐるみ……。
「元気出して雫。きっとそのうち良いことがあるよ!」
 彼女はぬいぐるみの手をピコピコと動かしながら声を出す。しかし……。
「…………はあ」
 彼女はため息をつくと、ぬいぐるみを枕元へと戻す。やがて彼女は自嘲気味に笑う。親しい友人の一人もおらず、唯一の話し相手はぬいぐるみ。自分の人生はいつからこうだっただろうか? 学園に閉じ込められた時から?
 いや、本当は分かっている。あの日、あの夜、あの場所で、母が壊れたあの時から、私の人生も狂っていたのだ。あの時から、私の人生はドブの中。そして、これからもそれは変わらない。私という物語が終わるまで、この滑稽な私の人生はこれからも続いていくのだろう……。
 …………疲れた。……もう、考えるのも億劫だ……。今はただ、静かに眠っていたい……。
 やがて、彼女は考えるのを止めた。心も体も疲れきっていた彼女の意識は、底のない海のような眠りの中に、深く深く沈んでいった……。





「天にまします我らの父よ、願わくは御名をあがめさせたまえ、御国を来たらせたまえ、御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ……」
 礼拝堂に主への祈りの言葉が響き渡る。シスターを始め、多くの生徒達が手を組み、頭を垂れ、皆一様に主への祈りを捧げている。
 聖ルチーア学園において、主への祈りはとても重要だ。朝夕のお祈りは毎日欠かさず行い、主への感謝を捧げる。その中でも、今行っている日曜礼拝はとりわけ重要だ。
 普段は食堂で簡単に済ましているお祈りも、この日だけは違う。シスターも生徒も礼拝堂に集まり、皆一斉に祈りを捧げる。普段は簡素に済ませてしまう主への祈りを正しく行い、新たな週の始まりに感謝する。一週間の中で、最も大切な祈りの時間だ。
 だが、その大事な時すらまともに祈れない者が……。
(長いですね、まだ終わらないんですか?)
(黙ってなさい、また怒られるわよ)
 右代宮と園崎の2人が私の前の方でひそひそと小声で話している。日曜礼拝すらまともに祈れないのか、この2人は? 2人の不信心ぶりに私は呆れる。
 だがその一方で、いつも一緒にいるこの2人を羨ましくも思う。私には親しい友人も、悩みを打ち明ける仲間もいない。私はいつも1人だ。今までも、そしてこれからも……。
 私の人生において、それが当たり前だった。あの日から、私はずっと1人で生きてきたのだ。それを疑問に思ったことも、変えたいと思ったこともなかった。でも、今は…………。

 やがて、長々と続いた礼拝が終わる。今日は日曜日。朝の礼拝さえ終えれば、後は一日自由だ。皆、親しい友人と一緒に街へ遊びに出掛けるようだ。楽しそうに笑いながら、礼拝堂を出ていった。そんな生徒達を、雫は複雑そうな表情で見つめる。その時……。
「須磨寺さん」
「…………え?」
 雫が振り返ると、そこには縁寿の姿が。一体何の用なのか? 雫は訝しげに縁寿を見つめる。
「…………何?」
 すると、彼女は親しげに雫に話しかけてきた。
「こないだのクッキー食べてくれたのね。ありがとう」
 ……ああ、そういえばそうだった。先日、右代宮からクッキーをもらったのだ。私がクッキーを食べたことは、右代宮は知らないはずだが……。大方、園崎から私がクッキーを食べたことを聞いたのだろう。
「味はどうだった?」
「不味い。よくあんな物を人に食べさせる気になったわね」
 雫は率直な感想を述べる。しかし、そんな彼女に詩音が喰ってかかって来た。
「何ですって!? アンタ貰っておきながらよくそんな事が言えますね!! 例えゲロマズでも、ここは、まあまあだったって言うのが筋でしょう!!」
「…………詩音、あなたそんな風に思っていたの?」
 今度は縁寿が詩音に突っかかる。ぎゃあぎゃあ騒ぐ2人を眺めながら雫は呆れる。この2人は一体何をしに来たのだ?
「まあ、味の方は今後の課題ね。次はもっと上手く作る様、頑張るわ」
「なら精々頑張りなさいな」
 それだけ言うと、雫はその場を離れようとする。しかし……。
「あ、須磨寺さん。私達これからお菓子作りをするんだけど、良かったら一緒に来ない?」
「…………え?」
 縁寿の言葉を聞き、雫は耳を疑う。私を……、お菓子作りに……?
「ちょっと縁寿!?」
「いいじゃない別に。私だってだいぶ腕を上げたからリベンジしないと」
「そういう問題じゃありません! なんでこんな奴呼ぶんですか!?」
「だって、多い方が楽しいでしょ?」
「あーーー、もう! なんでそんなお気楽な発想しかできないんですか!!」
 再び2人はあーだ、こーだと揉め始める。そんな2人に対し、雫ははっきりと言う。
「遠慮するわ。もう不味いクッキーは御免よ」
「ふん、来たくないなら、来んなです! ペッペッ!!」
「そう? 残念ね。なら、上手に焼けたらまた持って来るから」
「…………好きにすれば」
 そう言い、雫はその場を離れる。

 あの女も懲りないものだ。以前持って来た時はいらないと言ったのに、御丁寧に机に残していくとは……。しかも、今日は一緒にお菓子を作らないかだって? 随分と馴れ馴れしくなったものだ。……でも、何故か今はそうされるのが嫌ではなかった……。
 認めたくはないが、右代宮に声を掛けられて、ほんの少し心が穏やかになっている自分がいた。……何故だろう? ……私はあの女が嫌いではなかったのか……?
 そんな風に、雫が自分の感情の変化に戸惑っている時、声を掛けられた。

「須磨寺さん」
「……え? はい……」
 雫に声を掛けてきたのは生徒会の先輩役員。先日の定例会に出席していた人だ。彼女は厳しい表情で雫を睨みつける。
「生徒会室の資料の整理をしたのって、アナタ?」
「…………はい」
「去年の生徒会の会計名簿がなくなっているわよ」
「…………え?」
「一体どこにやったの? 次回の定例会の資料に使おうと思っていたのにどこにもないじゃない!」
「……いえ、でも私がチェックした時はそのような資料は見当たりませんでしたが……」
「そんなわけないでしょ! 私、先月にあの資料を使ったばかりなのよ! 大方、アナタが片付けている最中に、間違えて何処かにしまったんでしょう!? とにかく、大事な資料なんだから探しておいてよね!」
「…………はい、すいません……」
「全く、勝手なことをして……」
 それは会長に指示されて……、とは言えない。会長に指示されていようが、いまいが、片付けたのは私なのだから、資料を紛失したのは私の責任……。例え、それが身に覚えのないことでも……。
 仕方がない。今からもう一度、資料を探してみよう。



「…………ない、ない、ない……。こっちにもない……」
 生徒会室の膨大な資料の中を雫は探す。しかし、探せど探せど、そんな資料は見つからない。当たり前だ。前回雫が探した時は、そのような資料は見当たらなかった。もう一度探したところで出てくるはずもない。
「やっぱり私の記憶違いじゃない……。何処にあるの……?」
 身に覚えのないことでも、先輩の中では失くしたのは私なのだ。ここで見つけておかないと、なんと言われる事やら……。
 雫は書類が隠れていそうな所を片っ端から探していく。そして、小一時間ほど探したところで、ようやく資料は見つかった。案の定、書類棚ではなく、棚と壁の隙間に落ちていたのだ。恐らく何かの拍子に落ちたのだろう。ようやく書類が見つかって、雫は安堵する。これで、謂れなき失態で責められる事はなさそうだ。雫は一息ついて、窓の外を眺める。
 空はすでに紅くそまり、日が沈み始めている。結局、資料を探すだけで丸一日潰れてしまった。
「…………何やってんだろ、私…………」
 身に覚えのない失態で、今日が終わる……。本当に、意味のない一日だった……。他の皆は、それぞれの休日を楽しんでいるというのに……。
 ふいに、右代宮と園崎のことが頭に浮かんだ。あの2人は、今日一日を楽しんだだろうか? 友人達と集まって、お菓子を作って、楽しく食べて。それはきっと、とても楽しいだろう。
 ……もし、あの時私が行くと言っていたら、私はその輪の中に入ることができただろうか……? 私も皆と同じように、人並みに休日を楽しんで…………。
「…………何を馬鹿な事を…………」
 無理に決まっている。ずっと1人で生きてきた。人を使うか、使われるか。対等な人間関係を築いてこなかった私が、どうして親しい友人を作ることなどできるのか? 私にそんなこと、できるわけがない……。
 ……雫は窓の外に目を向ける。空は紅に染まり、やがて日は沈んでいく……。真っ赤に染まった夕焼けが、物憂げな雫の表情を紅く照らし出していた…………。





 夕暮れの礼拝堂。太陽はすでに沈み、微かに残った光がステンドグラスを照らしだす。礼拝堂の中は薄暗く、静寂に包まれていた。その中に、一つの人影が……。
「……………………」
 礼拝堂の椅子に、雫はポツンと腰掛けていた。あの後、資料の片付けを終えた雫の足は、何故か寮には向かわずここに向かっていた。
 雫は朝夕の祈りは欠かしたことがない。日曜礼拝だってそうだ。しかしそれは、学園で義務付けられているからだ。彼女自身、特別信仰心が厚いわけではない。それでは、何故ここに向かったのか……?
「…………何に祈るのかしらね?」
 正直、自分でもよく分からない。誰かに、助けを求めたかったのだろうか? では誰に? 神様に? そこまで考え、雫は自虐的に笑う。
「……馬鹿馬鹿しい」
 やがて雫は席を立つ。帰ろう、もうじき門限だ。彼女が礼拝堂を後にしようとした時、不意に声を掛けられた。
「おや、須磨寺さんですか。珍しいですね、こんな時間に来るなんて」
 声を掛けてきたのは、礼拝堂の管理を任されているシスター。雫はその姿を見ると一礼する。
「すいません、こんな時間までお邪魔して。すぐ出ますので」
「いえいえ、構わないですよ。主はいつでもあなたを迎えてくれます。それより、どうかしたのですか? こんな時間に来られるなんて、何かあったのですか?」
 シスターは心配そうに聞いてくる。そう聞かれた雫は、少し迷いながらも、やがて小さくこう呟いた。
「……いえ、大したことじゃないんです。ただ、気が付いたら此処に足が向かっていたというか……」
 雫は自分の気持ちを率直に述べる。そんな彼女に対し、シスターは真摯に応えてくれる。
「……そうですか。無意識に此処に足が向かうということは、何か救いを求めて、ということですね」
「…………救い、ですか……?」
「人は誰しも、苦しい時や辛い時は、救われたいと願うものです。でも、苦しみや悲しみは簡単に解決できるものではありません。だからこそ、何かに頼りたくて此処を訪れたのではないですか?」
「……………………」
 確かにそうかもしれない。悩みを打ち明ける友人も、仲間もいない私は、他に頼るものなどいない。だから、無意識に足が此処に向かったのかもしれない……。
「須磨寺さん、主はいつでもあなたを見守っています。だから、あなたも主への感謝を忘れてはいけませんよ」
 信じる者は救われる……、か。でも…………。
「…………でも、神さまは救ってはくれません…………」
「…………え?」
 そう呟いた雫の表情は、何処か悲しげに見えた。
「…………神さまに祈りを捧げても、救われたことはありません……」
 神は祈りの対象であっても、救いを求める対象ではないことを雫は知っていた。何千、何万と繰り返してきた祈りの中で、彼女の願いが叶ったことはただの一度もなかった。
「神様が私の願いを叶えてくれたことは、一度もありませんでした」
 雫はきっぱりと、強い口調でそう答える。それは、いくら祈りを捧げても願いが叶えられない彼女の悲痛な叫びにも聞こえた。
「…………そうですね。祈るだけでは、主は微笑んではくれません」
 シスターも、彼女の発言を肯定する。その発言を聞き、雫は納得をした。やはり、祈りを捧げても無駄なのだと。神に仕えるシスター自らそう言っているのだ。ならば、もうこんな所に用はない。どれだけ祈りを捧げようと、神は微笑んではくれないのだ。雫は踵を返す。しかし、そんな彼女にシスターは声を掛けた。



「神は自ら助くる者を助く」



「………………え?」
 その言葉を聞き、雫は振り返った。
「確かに、祈るだけでは主は微笑んではくれません。ですが、主の助けは私達が思いもよらないところにあるものです。あなたが、自身の悩みが解決できるよう諦めずに努力を続ければ、主はその姿をきっと見ていてくれます。祈るだけでは足りないのです。あなた自ら動き、自身の手で解決するための努力を続ければ、主はきっと奇跡を起こし助けてくれます」
 そう言い、シスターはにっこりと笑う。
「…………私が、自分で……?」
 それは、とても当たり前なこと。自ら助けを求めない者を、一体誰が助けてくれるのか? でも、そんな当たり前な言葉が今、雫の中で静かに響いていた。





 夜、雫はベッドの上でシスターに言われたことを考えていた。

 ―――神は自ら助くる者を助く―――

「……私が自らそう望まないと、誰も助けてくれない……?」
 確かに、私は自分が1人であることを当たり前だと思っていた。親しい友人を作ろうとも思わなかったし、別にそれで構わないと思っていた。私の人生はもれなくドブの中。だから、その程度の人生でいいと思っていた。……でも、今は少し違う気がする……。
 私も人並みの幸せを……。そんな風に思うようになった。
 あの日から狂い始めた、私の人生。私の人生はこのまま狂ったまま終わるのだと思っていた。……でも、私は取り戻したい。あの、幸せだった日々を……。そして、お母さんを……。
 神は自ら助くる者を助く。ならば私が望み、絶え間なく努力を続ければ、母はもう一度私に微笑んでくれるのだろうか……?
「……ねえ、リオ。どう思う?」
「うん、きっと大丈夫。雫がもっともっと努力していっぱい頑張れば、いつかきっとお母さんも認めてくれるよ!」
「……本当にそうかしら?」
「あれ? 始めから諦めちゃうの?」
「……別にそんなつもりはないわ。ただ、不安もある……。本当にお母さんは、もう一度、私を見てくれるのかしら?」
「信じよう。始めから諦めていたら、何も始まらないよ」
「……そう、そうね……。信じてみるわ」
「それに、友達もたくさん作ろう。友達ができれば、もう寂しくなくなるよ。あの子達なら、きっと受け入れてくれるよ」
「右代宮と園崎のこと? 私はあの2人のこと好きじゃないわ」
「でも、今日は声を掛けられて嬉しかったでしょ? 本当はもう、嫌いじゃないんじゃない?」
「…………そんなこと…………」
 ……でも、確かにリオの言う通りだ。あの時、声を掛けられて少し心が軽くなった。私はもう、あの2人のことを嫌いではないのかもしれない……。
「……私、上手くやれるかしら?」
「大丈夫だよ! 雫なら、すぐに仲良くなれるから」
 そう言って、リオは私を励ましてくれる。彼の励ましに、私は思わず頬が緩むのを感じた。リオには小さな頃からいつも助けられていた。どんな時でも私の味方。私の話し相手で、良き理解者。彼がいたから、私は今までやってこれたのだ。
「ありがとう、リオ。そうね、今度は私の方から話しかけて―――」

「こんばんは、須磨寺さん。今、お時間よろしいですか?」

「え!? あっ、ハイ、今出ます!」
 こんな時間に来客とは珍しい。雫は慌てて扉に向かい、部屋の鍵を開けた。そこにいたのは生徒会役員の女生徒だった。
「こんな時間にすいません。あの、次回の定例会の資料を作ろうと思いまして。昨年の執行部の活動報告は持っておられますか?」
「あ、ハイ。報告書のコピーを持っていますので、それで良ければ……」
「すいません、ちょっと貸してもらえますか?」
 そう頼まれ、雫は机の中から報告書を持ってきた。
「ありがとうございます、早めに資料を作りたかったので助かりました!」
「いえ、お役に立てて良かったです」
 役員の女生徒は雫に一礼する。彼女のその律儀な対応に雫は思わず頬を緩ませた。
「……………………」
「……………………」
 しかし、彼女は用が済んでも帰ろうとせず、何故か雫の部屋の中を窺っているようだった。
「あの、まだ何か……?」
「……いえ、さっき話し声が聞こえたので、中に誰かいるのかなと思って」
 その言葉を聞き、雫はギクリと固まる。
「…………あ、で、電話していたんです。それで…………」
「あ、この部屋電話がありますもんね。さすが、個室は違いますね!」
「ええ……」
「私、てっきり独り言でも言ってるのかなと。そんなことあるわけないですよね。一人でそんなこと喋っていたら、ちょっと怖いですよね」

 彼女の何気ないその言葉が、雫の心に深く突き刺さる……。

「あ、あはは……、まさか……」
「すいません、こんな時間にお邪魔して。それでは失礼します」
 そう言い、彼女は一礼するとその場から離れて行った……。彼女の姿が見えなくなるのを確認すると、雫はようやく扉を閉めた。
「…………ふぅ」
 雫は胸を撫で下ろす。危ないところだった……。もし、あんなところを誰か他の人に見られていたら―――




















































 そこまで考え、雫の思考は止まった。

 ………………何をしているんだ……、…………私は……?





 ――― 一人でそんなこと喋っていたら、ちょっと怖いですよね―――





 …………そうだ。こんな事、まともな人間のすることじゃない…………。
 ……子どもじゃあるまいし、1人でぬいぐるみに話しかけて、一体私は何をしているんだ……?
 雫は改めて、自分の部屋を見る。部屋を見渡せば、どこもかしこもぬいぐるみだらけ。
 …………これが、友達……? 何よこれ……。こんなの、ただの綿の塊りじゃない……。
 ……こんなものを部屋で埋め尽くして、私は何をしているのだ……?
 ……こんなもので、私は1人の寂しさを誤魔化しているつもりなのか……?
 ……どうして、私はいつまでこんな事を続けている……?
 ……自分でもおかしいと分かっていながら、何故こんな事を続けている……?
 ……どうして……。
 …………どうして…………。
 ………………どうして………………?














「あは」


































「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」










「下らない下らない、馬ッ鹿みたいッ!! 何が友達よッ!!! こんなことして、右代宮の奴と同じじゃないッ!!!!!」
 雫は手近にあったぬいぐるみを、無造作に掴むと突然それを壁に叩きつける。
「下らない下らないッ!!! これのどこが友達よッ!!! こんなの綿の塊りでしょうがッ!!!」
 彼女は手当たり次第にぬいぐるみを掴み、壁に投げつける。
「こんなものッ!!! こんなものッ!!!!」
 投げて、叩きつけ、踏みつけ、壊す。大切に、大切に、彼女自身の手で作られたぬいぐるみ達は、あっというまに無残な姿になった。
 腕が取れ、足が取れ、体を引き裂かれたぬいぐるみ達が、無残に部屋に転がる……。それでも飽き足らない彼女は、巨大な裁縫鋏持ち出し、それを手にした。
「こんなものッ!!!」

 ザクリッ、ザクリッ、ザクリッ!!!

 彼女は次々とぬいぐるみに、その禍々しい刃を突き立てる。次々と穴だらけになっていくぬいぐるみ達は、体に開いた穴からその中身を撒き散らす……。
 それは異様な光景……。狂ったように叫ぶ彼女は、彼らの臓物を部屋中に撒き散らす。
 やがて、部屋は彼らの中身で埋め尽くされた…………。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ!!!!」
 息を切らし、髪を乱し、それでも彼女の激情は収まらない。
「ハアッ、ハアッ、ハアッ……!!」
 そして彼女は手を伸ばす。唯一、母と一緒に作った思い出の品に……。
「こんなもの……、こんなもの……」
 雫の右手がリオの首に掛かる。そして、彼女は自身の右手に力を込める
「こんなもの……、こんなものッ……!!」
 ブチブチと、首の付け根から糸が切れる嫌な音がする……。それはまるで、物言わぬ、ぬいぐるみの悲鳴のよう……。
 雫がその手に力を込めるごとに、徐々に首の付け根からその中身が露わになる。ものも言えず、自ら動くこともできない彼は、彼女のその暴挙に抵抗することもできず、為すがまま……。やがて、残酷にもその裂け目はみるみるうちに開いていき、首の付け根からは彼の中身がボトボトと零れ出す……。
 ……徐々に、しかし確実に彼の首は体から離れていく。やがて、とうとう彼の頭は首の皮一枚を残すだけとなった……。……そして……。




「こんなものッ!!!!」





 …………そして……、彼女の大切にしていた彼は……、彼女自身の手で、その生涯を……、閉じた…………。
「…………ハアッ、ハアッ、ハアッ…………」
 ……やがて、彼女も床に崩れ落ちる……。
 ……全て、壊した……。自分が……、大切にしてきたもの……、……全て壊した……。
 ……一番、大切に……、大切にしていた彼も……、壊した……。
 …………そして、彼女自身も……、壊れた…………。














































 …………いつからだ…………?
 …………いつから私の人生は狂った…………?
 …………決まっている、あの女に会った時からだ…………。
 ……あの日、あの夜、あの場所で……。あの女にさえ会わなければ、母が壊れることもなかった……。
 ……私の人生が狂うこともなかった……。
 ……私が壊れることもなかったッ!!!!
 ……アイツのせいだ……。
 ……あの女のせいだ……。
 ……そう、あの女にさえ会わなければッ!!!





 右代宮縁寿!!!

























原作

竜騎士07

07th Expansion








キャスト


右代宮縁寿

園崎詩音

須磨寺雫

右代宮真里亞

さくたろう

ルシファー

レヴィアタン

サタン

ベルフェゴール

マモン

ベルゼブブ

アスモデウス












うみねこのく頃に
















TIPS「プレゼント」




「あーーー、もういいじゃないですか! 過ぎたことをグチグチと!!」
「詩音が全然反省してないからでしょ!!」
 互いを罵る声が部屋に響く。いつも仲良くやってるこの2人も、今日は様子が違うようです。
「もういいです! しばらく顔を見たくないから外出てきます!」
「ちょっと詩音、どこに行く気!?」
 しかし、縁寿の制止も聞かず、詩音は部屋を出て行きました。
「全く、本当に子どもなんだから!」
 きっかけは些細な事。ボールペンを借りようと思い、縁寿の不在中に詩音が彼女の机の中身を漁っていたのです。そして、ちょうどその時、縁寿が部屋に帰って来たのです。
 縁寿もそれくらいでは怒りません。しかし、勝手に人の机を開けるのは良くないと注意しても、詩音は開き直っています。詩音のその態度に縁寿もカチンときました。後は売り言葉に、買い言葉。徐々に口論が激しさを増し、ケンカにまで発展したのです。
「少しは反省すれば、可愛げがあるのに……」
 縁寿はぶつぶつと文句を言いながら、一番下の引き出しから鍵を取り出しました。そして、その鍵で一番上の引き出しを開きます。そして、その中から何かを取り出しました。
 それは、小さな小物入れ。彼女のお母さんにもらった大切な品です。兄からもらったピンクの髪留めも、外す時はこの小物入れに入れて、大切にしまいます。彼女の掛け替えのない大切な宝物。だから、例え詩音でも、机の中身を勝手に漁ってもらいたくないのです。「…………誰にだって、大切なものぐらいあるでしょうに」
 それを、無神経に漁られたら、堪ったものではありません。だから縁寿は、詩音の軽率な行動に腹を立てたのです。
 やがて、縁寿は小物入れをそっと机に戻します。その時、あるものが目に留まりました。
「………………あっ」
 それは、小さな箱。とても綺麗で、可愛らしい箱でした。
「……………………」
 縁寿はそれを取り出します。そして、そっと箱を開けました。
 中に入っていたのは黄色のリボン。詩音とおそろいのものでした。
 それは詩音からのプレゼント。以前、縁寿が真里亞やさくたろう、七姉妹達と仲直りした時に、詩音が記念にプレゼントしてくれたものでした。詩音がすぐに着けろと言うけれど、なんだか着けるのがもったいなくて、結局今でも着けていません。
「…………お姉ちゃん達と仲直りできたのも、詩音のおかげなのよね」
 縁寿は手の中にあるリボンを、じっと見つめます。しばらくリボンを見ていた彼女でしたが、やがてそれを再び箱にしまいました。
 このリボンは、私にとって大切な宝物。だから、特別な日に着けよう。そう、縁寿は心に決めていました。
 今はまだ……。でも、いつかきっと、これを身に着けよう。その時は、詩音にも見てもらうんだ……。
「今日は少しキツク言い過ぎたかしら? 今夜は詩音の好きな物でも作ろうかな」
 お腹が空いたら、じきに帰って来るだろう。その時までに、彼女の大好きなごちそうをたくさん作って待っていよう……。
 その夜、詩音は今日の事をちゃんと縁寿に謝り、おいしいごちそうをお腹いっぱい食べたのでした。



2011.08.07 Sun l うみねこ l コメント (1) トラックバック (0) l top

コメント

誰にも負けない祈りを捧げてきたんだね。雫は。
第12話

雫の苦悩が伝わってきた。
詩音と縁寿に近づけない雫。
祈るだけでは神は助けてくれない。
(((((自ら助ける者を助ける。)))))
何をどうやって自分を助けるのか・・・努力、勇気、友情・・・これらは自分で作り出すしかないのだ。自分で作り出すことができるという可能性を与えてくれる存在が・・・あるいは神か。
2013.02.03 Sun l 乗組員z. URL l 編集

コメントの投稿












トラックバック

トラックバック URL
http://umiumimak02.blog114.fc2.com/tb.php/199-104195cf
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)