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そらのむこう 第9話がようやく完成しました。

今回ちょい短め。それではどうぞ。




 夏の暑さも影を潜め、過ごしやすくなった秋の午後。聖ルチーア学園の中庭には数人の女生徒の姿があった。彼女達は芝生の上に座り、自分達で作ってきたお弁当を広げている。そのお弁当は色とりどりの野菜やおかずで彩られ、可愛らしく作られている。
 皆がお弁当を広げたのを確認すると、その中の一人が声を上げた。
「はい。それじゃあ、いただきますか。ほら、縁寿もそんなに緊張しないで」
 詩音はそう言って、縁寿に声を掛ける。
「うん。…………よ、よろしく」
 そう言ったものの、縁寿の緊張は抜け切れていない。そんな彼女の様子を見て、詩音は小さく苦笑いをする。
「……う~ん。まあ、すぐ慣れますか。それじゃあいただきます!」
 縁寿はやや緊張した面持ちをしているものの、詩音の一言でお弁当をつつき始めた。
 詩音はいつもは縁寿と学食で昼食を摂っている。しかし今日は違う。詩音のクラスの友人達と中庭でお弁当を広げて縁寿と一緒にごはんを食べている。
 以前、縁寿と一緒に食事をしたいと友達が言っていたのが、ようやく今日実現した。人見知りをする縁寿を説得して、ようやく昼食会にこぎつけたのだ。
「ねえ、右代宮さんて詩音と同じ部屋なんでしょ? いつもはどんな感じなの?」
「……どうって、学校と変わらないと思うけど。いつもこんな感じよ」
「へえ~、じゃあ部屋でも詩音に振り回されているわけだ」
「そうね。大体私が振り回される方」
「ちょっと、縁寿。何ですかその言い方? 人を台風みたいに」
「上手い言い方ね。正に言い得て妙だわ」
「何でですか、失礼な! こんなお淑やかな私を捕まえて!」
「え~、どこが? 詩音ってば、教室では嵐じゃない」
「そうそう。いっつも問題行動ばっかりで、先生から大目玉よね~」
「違います! あれはここの教師達の頭が固いだけです。私は普通に過ごしているだけです」
「アンタの普通は世間一般の普通とズレ過ぎてるのよ。前の学校では何もなかったの?」
「………………停学喰らったことあります」
「「「えーーーーーッ!!!!??」」」
「あ! いや、でも……。一週間だけだったし……。ちゃんと復学もできましたよ?」
「当たり前でしょう! できなかったら退学よ!! 右代宮さんも大変でしょ? いっつもこんな人間と一緒だなんて」
「確かに大変ね。でも、慣れたら刺激的で楽しいわよ?」
「は~、すごいなあ。私だったら三日で音を上げそう」
「詩音はもう少し考えて行動しなさいよ。今のままじゃ、そのうち痛い目みるわよ?」
「う~ん、私としては考えているつもりなんですけどね……」
「どこが? はあ……。どうやったらこの子をもう少しまともにできるんだろ?」
「私達が言っても聞きそうにないもんね~。彼氏でもできたら丸くなるんじゃない?」
「あ~、いいかも。好きな人の言うことなら聞くんじゃない? 詩音ってどんな男の子が似合うと思う?」
「う~ん、似たような性格だと反発しそうだから……。草食系?」
「あ~、そうかも。右代宮さんはどう思う?」
「そうね。確かに反発するよりは、逆の性格がいいかも。それに詩音って意外に可愛い系が好きみたいだから、カッコイイよりは可愛い男の子が好みなんじゃない?」
「という意見が出てますが、どうでしょう詩音さん?」
「どうでしょうって言われても……。実際に目の前に連れて来てもらわないとピンときませんね。それに、私の眼鏡に適う男子がそうそういるとも思えませんけどね~」
「うわ~、言っちゃった……。そんなこと言ってると、彼氏なんかできないよ?」
「ノープロブレム! 私ほどの女なら引く手数多です! 第一、ここを卒業しないとそんな機会もないですし。私はそれより縁寿がどんなタイプが好みか知りたいですね」
「あっ、私も興味ある」
「右代宮さんは、好きなタイプとかあるの?」
「…………え? わ、私……?」



 しばしの間、お喋りに花を咲かせていた彼女達だったが、やがて昼休みは終わりに近づく。きりの良い所で詩音は皆に声を掛けた。
「もうこんな時間ですか。じゃあ今日はこれくらいで。また機会があったらみんなで食べましょう」
「そうだね~。右代宮さん、また一緒に食べよ?」
「ええ、今日はありがとう。また誘って」
「は~い、それじゃあみんな行くよ~。早くしないと午後の授業に遅れるよ」
 そう言い、彼女達は教室に戻っていく。教室に戻る前に、詩音は縁寿に声を掛けた。
「どうでした? 初めての昼食会は」
「すごく楽しかったわ。ありがとう、またみんなで食べることがあったら誘ってね」
「もちろん! みんな楽しみにしてますから」
「私、人と話すのは苦手だけど今日は楽しかったわ。もっと早く参加すれば良かったわね」
「そうですよ~。一体、私が何度誘ったことか……。でも、一度出ればすぐ慣れますよ。みんな気さくな人達ばかりですから」
「本当ね。最初はちょっと緊張したけど、みんな良い人達だったわ」
「そうですね。みんな縁寿のことを色々と知りたがっていましたから。今日はいろんな話を聞けて良かったんじゃないですか? でも、本当のこと言うと最初は縁寿の印象あまり良くなかったんですよ。いつも一人で怖い顔して、何を考えているか分からないって」
「…………そうなの?」
「ええ。全然話したことないから良く知らないって。クラスが違うから当然かもしれないですけど、人を寄せ付けない雰囲気はあったみたいですよ」
「……………………」
 詩音にそう聞かされ、縁寿は複雑な表情をする。彼女の友人にそう思われていたのは心外だが、確かにそうだったのかもしれないと今は思う。
 詩音と出会う少し前。その頃は、最も心が擦り切れていた時期だった。日々続くイジメに心をすり減らし、余裕などありはしなかった。自分の殻に閉じこもり、周囲を拒絶していた。当然、そんな私の心境は自ずと表情や態度に出ていただろう。そんな当時の自分に対し、好感を持つ人間などいるはずがなかった。
「もちろん、今はそんなこと全然ないですけどね。みんな、笑顔がでるようになったって言ってますよ」
 笑顔か……。確かに、今の自分はあの頃に比べ変わったと思う。以前よりは物事を前向きに捉えることができると思うし、心に余裕もできた。それが自然と表情に出ているのかもしれない。
 でも、自分をそんな風に導いてくれたのは他でもない、詩音なのだ。彼女と出会わなかったら、きっと今の自分はなかっただろう。彼女には本当に感謝している。
「詩音」
「ん? 何です?」
「ありがとう」
「え? な、何ですか急に?」
「ううん、何でもない。ただ、そう思っただけ」
「??? え、あぁ……、はい。ありがとうございます……?」
 何のことだか分からない詩音は目を白黒させている。でも、それでいい。彼女に自覚がなくても、私は確かに彼女に救われたのだ。
「さあ、急ぎましょう。早くしないと授業に遅れ…………」

 不意に私の目の前に人影が現れた。廊下の曲がり角。出会い頭に、私はその人とぶつかりそうになる。互いに急停止して、私達は衝突を回避した。
「す、すいませ―――」
 そう言いかけて、私は思わず言葉を詰まらせてしまった。

 私の目の前の人物。それは、須磨寺さんだった。彼女も思わず頭を下げようとしたが、目の前にいるのが私だと気が付くと急に表情を曇らせた。そして…………。
「…………邪魔。どきなさいよ」
 短くそう言い、私を睨みつける。
「……………………」
 私は言われるがままに道を譲る。彼女は私と、隣にいる詩音を睨みつけると無言でその場を立ち去った…………。詩音はその後ろ姿を睨み続ける。
「相変わらずムカツク態度ですね。あの性格は一生直らないですよ」
「……………………」
 私は須磨寺さんの背中を複雑な表情で見つめる。先日、彼女と教室で話した際、私はほんの少しだけ彼女との距離が縮まった気がした。…………だが、それは本当に私の気のせいだったようだ。あれからも、彼女の私に対する態度に変化はない。
 相変わらず、須磨寺さんは一人でいることが多い……。寂しそうに窓の外を眺めるその姿が、昔の私に重なってしまう……。
 今の私に何かできることはないだろうかと思い行動してみたものの、今のところ進展はない。彼女と私との距離は、もうこれ以上縮まることはないのだろうか……?





 カリカリカリ。
 静かな部屋に、ペンを走らせる音が響く。夜、夕食を終えた雫は授業の復習に余念がなかった。毎日欠かさず繰り返している勉強はすでに習慣化し、苦痛と思う事はあまりなかった。もっとも、楽しいと思ったことも一度もないが…………。
「………………ふぅ」
 ペンを動かす手を止め、雫は小休止することにした。あまり根を詰めて勉強しても、疲れが明日に残る。経験上それを知っている雫は適当な所で休憩を挟む。
 しばらくの間、椅子の上で脱力していた雫だったが、やがてライオンのぬいぐるみを手に取った。そして、両手でその手を握りピコピコ動かす。
『お疲れ様、少し休憩するといいよ』
「そうね。あまり根を詰めると明日に響くから、ほどほどにしないとね」
『雫は頑張り屋さんだけど、あまり無理しすぎるのは良くないよ? 体には気を付けないと』
「分かってるわ。今度は学校を休むことがないよう気を付けるから……」
 雫はそう言う。しかし、何処となくその声には覇気がない。
『…………どうしたの? 何だか今日は元気がないね?』
「…………そんなこと…………」
『……ひょっとして、今日のお昼のこと?』
「……………………」
 今日の昼休み。何気なく窓から中庭を覗いてみると、そこには右代宮と数人の女生徒がお弁当を広げて談笑していた。皆、お弁当をつつきながら楽しそうにお喋りをしていた。そして右代宮も、楽しそうに笑いながら、園崎や他の女子たちとお喋りに花を咲かせていた。
 以前とは全く違う表情を見せる彼女は、まるで別人……。いつも暗そうに、教室の隅で縮こまっていたあの女…………。それが、今では友人たちと笑顔で食事をとっている。それに対し、今の私は…………。
「……………………」
『…………一人で寂しい?』
「…………別に平気よ、慣れてるわ。今も昔も、私は一人だもの……」
『……元気だして、雫。友達なら、僕がいるよ?』
「…………ありがとう」
『僕だけじゃないよ? 兎のラビも、猫のミーコも、パンダのメイメイも、みんな雫の友達だから』
「……ありがとう、リオ。……………………でもね」
 知らず知らずの内、リオを掴むその手には力が入る……





























 …………あなた、ぬいぐるみでしょ…………?










『…………………………』
「…………………………」
 ……リオは何も答えない。…………やがて雫は小さく呟く。
「………………ふん。馬鹿馬鹿しい…………」
 ……そう言い、ぬいぐるみをベッドの上に放り投げた……。ぞんざいに投げられたぬいぐるみは、ベッドの上をコロコロと転がる……。
 リオは雫にとって特別な意味を持つ。
 母と一緒に作った、最初で最後のぬいぐるみ。言わば雫にとって、彼は優しかった母が遺した、唯一の遺品なのだ。
 あの日を境に豹変し、自分を必要としなくなった母。しかし、そんな母でもリオを見ると優しかった母の思い出が蘇った。以来、彼は常に雫と共にいた。
 ある時は友達のように。
 ある時は姉弟のように。
 またある時は、雫の心の声の代弁者として……。
 彼は、雫にとって只の思い出の品を超えた、大切な自身の一部のような存在。
 …………しかし、……ぬいぐるみは所詮、ぬいぐるみ…………。現実の人間にはなりえない…………。
 何気なく覗いてみた、昼の一時。いつもは何も感じない日常の風景。なのに、何故かその風景が頭から離れない……。皆に囲まれ、楽しそうにお喋りをしている右代宮……。現実の友人に囲まれ、楽しそうに笑っていた……。そんな彼女を見て、無性に今の自分が虚しくなった…………。
「…………同じ穴のムジナか」
 右代宮を妄想の友人と遊ぶ変人と酷評した自分。だがそれは、自身のことだ。自分も右代宮と同じ。否、今や右代宮は大勢の友人を持っている。では、自分は…………?
「………………っく。あはははは!!」
 …………自虐的に笑う雫の声が部屋に響く。
 何てことはない。変人は自分の方なのだ。妄想の友人と遊ぶおかしな人間。自分で言っていたことだ。
 部屋を見渡せば、ぬいぐるみの数々。寂しさを紛らわすため、全て自分で作ったものだ。だが今は、そのぬいぐるみの全てが滑稽に見えた。自ら動かない、喋りもしない綿の塊を山ほど作って何になると言うのだ? そんな物を作って喜んでいた自身がひどく滑稽に思えた…………。
「あははははははははははッ!!」
 友人の一人もおらず、一人で人形遊びを続けるおかしな人。それが須磨寺雫という人間……。
 なるほど、ピッタリだ。くだらない私の人生に相応しい、くだらない人間像……。
 ならば、それを演じてやろう。私という物語が終わるその日まで、私はその役を演じ続けてやる…………。
 ……そして、雫は笑い続ける。彼女の痛々しいまでの自虐的な笑いが、いつまでも部屋の中に木霊した…………。





「わ~、すごい! ちゃんとできてる」
「じゃあ、後は型抜きね。どんな形にする? 私は丸くするけど」
「私は星にする~。ねえ、フルーツも盛り付けてみようか?」
 学園の家庭科室に響く女生徒達の声。そこでは女子達が教室を借りきって、クッキー作りをしていた。クッキーの生地を好きな形に切り抜いたり、好みのフルーツを盛りつけたり。彼女達は各々好きなクッキーを作っている。そんな中、何やら苦戦している生徒が一人……。
「……あれ? 生地が上手くまとまっていない……。……何で?」
 思った通りにクッキーが作れず、縁寿は戸惑っていた。簡単に作れるものだと思っていたのだが、実際やってみると案外難しいものだなと痛感した。
 先程から縁寿達が行っているこのクッキー作り。実は先日の昼食会の一環なのだ。
『どうせならお弁当を食べるだけでなく、色々なことをしてみよう』ということで、本日はお菓子作りに挑戦することになったのだ。初めてなので、簡単なクッキーを作ろうということだったのだが、縁寿は思っていたより苦戦しているようだ。そこに詩音が助け舟を出してきた。
「意外ですね~、苦戦しているなんて。食事はそつなく作れるのに。分量はちゃんと計ったんですか?」
「目分量で」
「…………ちゃんと計量して下さい。お菓子作りは正確さが大事ですよ?」
「お菓子作りって、意外に難しいのね。料理とはまた少し違う気がする」
「ん~。でも計量さえ正確にしていれば、クッキーぐらいなら簡単にできると思いますよ。まあ今回は初めてですし、仕方ないですよ。とりあえず、今日はそれで焼いてみましょう」
「そうね。ちゃんと焼けるといいけど……」

 程なくしてクッキーが焼き上がる。オーブンからクッキーを取り出した彼女達は十分に冷ました後、お皿に綺麗に盛り付ける。
「わ~、上手に焼けた!」
「見せて見せて!」
「ねえ、そっちの食べさせてよ」
 各々の出来栄えに彼女達は満足する。縁寿も自分のクッキーをまじまじと見ながら、詩音に聞いてみる。
「どうかしら、コレ?」
「そうですね~……、一つ貰ってもいいですか?」
「ええ、どうぞ」
 詩音はお皿からクッキーを一枚手に取ると、それを口に放りこんだ。何度か咀嚼し、十分に味わうとニコリと笑う。
「うん、良いんじゃないですか? 少し砂糖が多い気もしますけど、初めてなら上出来だと思います」
「良かった。私もひとつ……」
 縁寿は自分のクッキーを一つ取ると口に入れた。
「うん、こんなものね」
 そう言い、縁寿は満足そうに笑う。
「まずまずじゃないですか? それじゃあ、みんなのクッキーも食べて……」
 詩音は縁寿にそう話しかける。しかし、縁寿は詩音の言葉には反応せず、お皿に並べたクッキーを無言で眺めている。
「縁寿?」
 詩音がそう話しかけると、縁寿は顔を上げて呟いた。
「…………これ、須磨寺さんにもあげようかしら?」
「はあ!!? まだそんなこと考えていたんですか!?」
 縁寿の発言に詩音は呆れる。
「……だ、だって……。最近はきっかけがなくて、なかなか話せないし……」
「…………はぁ。本当に縁寿は物好きですね……」
 どこまでもお人好しな縁寿の考えに、詩音はため息をつく。そう言いながらも、詩音は縁寿の行動を止めはしない。
「素直に受け取ってくれるとは思えないけど……。でも、渡すだけならね?」
 そう言い、縁寿は柔らかく微笑んだ。
 初めて作ったクッキー。受け取って貰えるかは分からないが、自分の気持ちは行動で示そう。あの日、自分で決めた決心を忘れぬよう、縁寿は自身の作ったクッキーを眺めていた……。



「………………はあ?」
 開口一番。雫が縁寿に向かって口にした言葉はそれだった。
「…………だ、だから。……クッキー作ったから、良かったら……」
 案の定、雫は縁寿の行動に対し不快感を示した。突然席にやって来て、クッキーを渡そうとする縁寿に不信感を持っている。
 しかし、縁寿もここで引きはしない。自分で決めた事は、最後まで貫き通すつもりだ。
「……どう? せっかく作ったから……」
「……………………」
 縁寿を不審な目で見ながら、雫は無言を貫く。しかし、しばらくして彼女は口を開いた。
「…………いらないわよ。………そんな物」
 そう言い、雫は席を立った。
「………………あ」
 縁寿が声を掛ける間もなく、彼女は教室を出て行った。
「…………はあ」
 せっかく持ってきたのに、結局渡せず終い……。予想していたとはいえ、こうまで無下にされると少し傷つく……。
「ムカツクーーー!! せっかく人が作ってやったのに、何あの態度!!?」
 教室の外から様子を眺めていた詩音だったが、雫の態度に我慢ならず中に入ってきた。
「相変わらずあったま来ますね~、あの女!! もういい加減、あの女に関わるの止めましょうよ!」
 詩音は当の本人より怒りながら、縁寿に忠告する。しかし、縁寿の考えは変わらない。
「……仕方無いわね。せめて机の上に置いていくわ」
「…………懲りないですね。どうせ捨てられるに決まってますよ!」
「しょうがないわ。食べる食べないは、本人の自由だもの」
「…………はあ。縁寿も相当な馬鹿ですよ……」
 詩音は縁寿のお人好しにため息をつく。しかし、なんだかんだ言いつつ、親友の行動をいつも見守っている詩音も相当なお人好しだ。気付いていないのは本人だけ。縁寿はそう思いつつ、詩音には言わないであげた。
「…………食べてくれるといいけど…………」
 淡い期待を抱きつつ、縁寿は机の上に綺麗にラッピングしたクッキーをそっと置いた……。



 放課後。雫は生徒会室で一人、委員会の仕事を黙々とこなしていた。
 生徒会役員の仕事は楽ではない。学園内の様々な活動や、会計報告、書類作成など、仕事は多岐に渡る。面倒な雑用も多く、好んでやりたがる人間は少ない。雫も正直大変だとは感じるが、任された以上適当な仕事はできない。そんなわけで、今日も遅くまで仕事をしていた。
「………………ふぅ」
 全てが終わった頃には流石に疲労が溜まっていた。もう放課後も遅い。早く帰らなければ下校時刻だ。雫は急いで後片付けをして、教室に向かった。

 疲れた体を引きずりながら、雫は教室に戻ってきた。早く帰って部屋で休もう。そう思いながら席に戻ると、ふと気が付いた。
 机の上に、綺麗にラッピングされたクッキーが置いてあった。
「…………またこんな物を」
 右代宮が置いていったのだろう。つくづく懲りない女だ。いらないと言ったはずなのに…………。
 雫は置いてあるクッキーを無造作に掴むと、それをゴミ箱に投げ入れようとした。しかし……。
「……………………」
 思いとどまったのか、彼女は手を止める。そして、手の中にあるクッキーを眺めると、静かに席に座った。
 雫はラッピングされているリボンをそっと外すと、クッキーを一枚手に取る……。
 少しの間、それを眺めていた彼女だが、やがて口に入れてみた。口の中で何度か咀嚼し、それを味わう。
「…………ひどい味。砂糖が多すぎるし、バニラの香りだってしないじゃない……」
 彼女は率直な感想を述べる。こんなクッキーを、よく人に食べさせる気になったものだ。自分だったらこんな物を人にあげるなんて考えられない。縁寿の感性を、雫は疑う。
 …………でも……。口にしたクッキーは……、とても、懐かしい味がした…………。



『よいしょ、よいしょ』
『そうそう。小麦粉を加えて軽く練るのよ。あまり力を入れすぎたらダメよ?』
『わあ……。手が真っ白になっちゃった』
『くすくす、本当ね。後でしっかり洗わなくちゃ』
『これでいい?』
『ええ。後はラップでくるんで、冷蔵庫で冷やすのよ』
『は~い。どれくらい冷やすの?』
『そうね。一時間くらいで十分よ。それが終わったら型抜きをしてオーブンで焼くの』
『うん、楽しみ!』
『上手にできるといいわね?』
『絶対上手にできるよ! できたらお母さんに食べさせてあげる』
『まあ。ありがとう、雫』



 …………懐かしい。とても懐かしい記憶…………。あの時も分量を間違えて、砂糖を入れすぎたんだっけ……? ちょっと甘すぎたけど……。……でも、お母さんとても喜んでくれた…………。
 今となっては……、もう二度と戻って来ない、優しかった母……。でも…………、確かにあったのだ……。……暖かく、幸せだった日常……。
 ……例え、二度と戻って来なくても……。その記憶は、今でも私の中で息衝いている…………。

 …………そして彼女は気付く。
「………………え?」
 頬を伝う、暖かな雫……。彼女は、自分が泣いていることに驚いた……。
「…………どうして?」
 …………こんな、不出来なお菓子を食べただけで、どうして涙なんか…………。
 彼女には分からなかった……。……でも、この味は決して嫌いではなかった……。
「……………………」
 雫は手の中のクッキーをまじまじと見つめる。しばらくの間、じっとそうしていたが、やがてもう一枚口の中に入れた。口の中に、クッキーの甘さが広がる……。
 ……相変わらず、砂糖が多すぎて甘すぎる。
 ……でも……、彼女はもう二度とそれを捨てようとは思わなかった……。





2011.02.16 Wed l うみねこ l コメント (1) トラックバック (0) l top

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第9話  在りし日の思い出

拒絶する雫に縁寿がまた働きかけている。強いぞ縁寿!
クッキーを食べた時の雫。強がっているけれど雫の心の中の柔らかいところが滲み出るのがもう止まらないようです。自分の中にもある雫を見つけ一緒に泣きたくなりました。あと少しで雫の殻が割れそうですね・・・
2013.02.03 Sun l 乗組員z. URL l 編集

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