六軒島の花嫁 第十一話です。
今回は僕が担当しました。それではどうぞ!






 柔らかな日差しは白い雲を照らし、穏やかな海はどこまでも広がっている。今日の六軒島は絶好の秋晴れ。青く晴れ渡る空の下、海鳥たちの鳴き声が聞こえてきた。
 そんな六軒島の港に一隻の船の姿があった。ついさっき島に着いたばかりの船の中から誰かが出て来た。船から出て来たのは一組の男女。男は船を降りると女性に向かって手を差し伸べる。
「夏妃、足元に気を付けて」
「はい。ありがとうございます、蔵臼さん」
 船から出て来たのは新婚旅行から帰って来た右代宮蔵臼とその妻、夏妃。旅行に出かけるまでは何処かギクシャクしていた2人だったが、今はごく自然に手を握り合っていた。彼女は蔵臼に手を引かれ船を降りた。そして、そこから六軒島を眺める。
 初めてこの島に来た時……、彼女にはこの風景が灰色に見えた。しかし、今彼女にはここから見える景色がとても美しく感じられる。自分が本当の意味で、この島の一員になったのだと夏妃は思う。
「夏妃、どうかしたのか?」
 蔵臼は不思議そうに夏妃に尋ねる。
「あ、何でもありません、蔵臼さん。ただ………」
 夏妃は少し感慨深そうに呟いた。
「六軒島って、こんなにも美しかったんですね」
 彼女は蔵臼を見つめ微笑んだ。そんな夏妃に、蔵臼も笑顔で返す。
「ああ、ここが私の生まれ故郷であり―――」
 そして彼は夏妃を見つめ言う。
「君の家だ」
 蔵臼は優しく微笑む。そんな彼に、夏妃はとびきりの笑顔でこう答えた。
「はい、私達の家です」





 六軒島の花嫁

 第十一話 「我が家」




「六軒島もなんだか久しぶりな気がしますな」
「さあさあ、みなさんお疲れでしょう。お屋敷に戻ってお茶でもしましょう」
 船から南條と熊沢の姿も現れた。蔵臼と夏妃の仲を無事取り持つことができ、肩の荷が下りたのだろう。2人とも、長旅の後とは思えないほど元気な顔をしている。4人は揃って船から離れる。すると……。
「お~い、みんなお疲れさ~ん!」
 その声に顔を上げると、こちらに向かって走って来る留弗夫の姿を見えた。
「おおおおお!!! 夏妃姉さん、お帰りなさいッス!! いや~、良かった。お姉さんが島に戻って来てくれて!」
 夏妃の顔を見るなり、留弗夫は彼女に声を掛ける。
「心配かけてごめんなさい、留弗夫くん。只今戻りました」
「いやいや、いいんスよ。すいませんねえ、うちの馬鹿兄貴に振り回されて」
「……留弗夫、お前それが兄に対する口の聞き方か?」
「な~に言ってんだよ。兄貴が短気起したから、夏妃姉さんが危うく実家に帰るところだったんじゃねえか。結婚して一週間で三下り半なんて、カッコ悪いにも程があるぜ」
「…………ぐむ」
「くすくす」
 痛いところを留弗夫に突かれ、蔵臼は言い返せない。そんな2人の様子を見て、夏妃は可笑しそうに笑う。
「ありがとう、留弗夫くん。心配してくれて」
「え? い、いやぁ~~、いいんスよ。これからもよろしくお願いします、夏妃姉さん」
「はい」
 夏妃は改めて、留弗夫と挨拶を交わす。
「お帰りなさい、お姉さん」
 留弗夫と共に出迎えに来た楼座も、夏妃に声を掛ける。
「ありがとう、楼座ちゃん」
 夏妃は楼座に向かい、にっこりと笑う。彼女のその笑顔に対し、楼座も軽く微笑んだ。しかし……。
「どのツラ下げて戻って来たの、この島に?」
 帰って来るなり、夏妃に辛辣な言葉をぶつけるのは右代宮家の長女、絵羽。
「絵羽さん…………」
「あれだけ出て行くって騒いでいたくせに、よくのこのこと戻って来れたわね。夫に恥をかかせておいて何とも思わないの?」
 絵羽は冷徹に夏妃の行動を非難する。
「オ、オイ姉貴……、せっかく帰って来たんだからそんなこと言わなくても―――」
「うるさいわね、黙っときなさいよ」
 絵羽は留弗夫の口上をピシャリと黙らせる。
「仮にもこの家に嫁いで来た者が、軽々しく出て行くなんて口にして…………。当主さまになんて顔向けする気?」
「……………………」
 理由はどうあれ、夏妃は当主の顔に泥を塗った。そこまでのことをしておいて、夏妃を簡単に許すわけにはいかない。絵羽は夏妃を鋭く睨みつける。そんな絵羽の言葉に、夏妃は毅然として態度で答える。
「夫と当主さまの顔に泥を塗ったことは本当に申し訳なく思います。当主さまには後ほどご挨拶に参りますので、その時然るべき処罰を受けたいと思います」
 夏妃は絵羽の物言いに気後れすることなく、毅然と答える。
「私の軽率な発言で、多くの方にご迷惑を掛けたことをお詫びします。絵羽さんも、他の御兄弟の方々も申し訳ありませんでした」
 夏妃は深々と頭を下げる。
「い、いや……。そんな、いいんスよ夏妃姉さん。頭を上げてください」
「……………………」
 頭を下げた夏妃に対し留弗夫は恐縮し、絵羽は面白くなさそうな顔をする。
「これからは右代宮家の一員として恥ずかしくないよう、誠心誠意努力していく所存です。皆さん、これからもよろしくお願いします」
 夏妃は顔を上げ堂々と皆の前で宣言する。そんな彼女に対し熊沢が、そしてやや遅れてからその場にいる皆が拍手を送る。
「ほほほほ。私の方こそよろしくお願いします、夏妃さま」
「誰にも間違いはありますからな。これからは、蔵臼さんと夫婦手を取り合って頑張ってください」
「俺の方こそよろしくお願いします、夏妃姉さん!」
 皆から暖かい言葉を受け取る夏妃。そんな周囲の様子を、絵羽は面白くなさそうに見つめる。
「絵羽さん、これからもよろしくお願いします。何かと至らぬことは多いと思いますが、次期当主の妻として恥ずかしくないよう頑張っていきます」
「……………………っ」
 絵羽は小さく舌打ちする。ここで夏妃が何か言い返してくれば彼女を非難することもできたが、こうまで堂々振舞われると返しづらい。これ以上彼女を非難しても意味はないと悟った絵羽は踵を返す。そして…………。
「私はアンタなんか認めてないわよ…………」
 そう言い残すと早々に屋敷に引き上げた。
「ひゅ~~、流石夏妃姉さん! 姉貴のやつ捨て台詞残して行っちまいましたよ、いっひっひ!」
 いつも夏妃に対して高圧的な態度だった絵羽が、尻尾を巻いて逃げたことに留弗夫は驚く。絵羽を前にしても物怖じしない夏妃の態度に、皆感心した様子だった。
「さあさあ皆さん、長旅で疲れているでしょう。一旦お屋敷に戻ってお茶にしましょう」
 熊沢はその場にいる皆に声を掛ける。熊沢の一言に、皆屋敷へと向かい出す。
「蔵臼さん、私達も屋敷に向か―――」
 そう言いかけて、夏妃の言葉が止まった。夏妃の視線の先……。そこには右代宮家の使用人、冬花の姿があった。
「お帰りなさいませ、夏妃さま」
 そう、冬花は夏妃に声を掛ける。
「――――――――」
 そう声を掛けられた夏妃の心境は一体どのようなものだったのか……? 少しの間、夏妃は複雑そうな表情で冬花を見つめていた……。
「…………夏妃」
 そんな彼女の様子に、蔵臼は心配そうな顔をして声を掛ける。しかし……。声を掛けられた夏妃は一瞬、蔵臼の方を見ると軽く微笑んだ。そして、柔らかな表情に戻ると彼女は冬花に話しかける。
「はい。只今戻りました、冬花さん」
 そう冬花に話しかける夏妃の顔には、以前の様な陰は微塵も見られなかった。ついこの間まで冬花の存在に怯えていた夏妃。しかし、今の彼女には次期当主の妻としての自信が感じられた。
「冬花さん、この間はすいません。急に怒鳴ってしまって」
 そう言い、夏妃は冬花が寝室の掃除をしていた時に怒鳴ったことを謝罪した。そんな夏妃に対し、冬花も笑顔で返す。
「いえ、私の方こそ差し出がましい真似をしてしまい申し訳ありませんでした」
 彼女は夏妃に対し深々と頭を下げる。蔵臼は何故2人が互いに謝っているのか分からず、首を傾げる。そんな蔵臼を見て夏妃はくすくすと笑うのだった。
「では蔵臼さん、私は当主さまにご挨拶に行かねばなりませんので、先に屋敷に戻っています。また後ほど」
「ああ、分かった」
 そう言い、夏妃は屋敷への階段を昇って行った。後に残されたのは蔵臼と冬花のみ。少しの間、静寂が周囲を支配した、が……。
「お帰りなさい、蔵臼さん」
 冬花はニコリと微笑んで蔵臼に声を掛ける。
「ああ、ただいま冬花」
 蔵臼はそう答える。久しぶりに見た冬花の姿に蔵臼は微笑む。しかし、すぐにその表情は暗くなる。
「…………冬花」
 蔵臼は遠慮がちに彼女に話しかける。
「私も結婚し、次期当主としてこれからは一層頑張らねばならない。だからこれまで以上に、使用人の皆には威厳を示さねばならないんだ……」
「…………蔵臼さん?」
 蔵臼が何を言いたいのか計りかねず、冬花は首を傾げる。
「いつまでも『さん』付けで呼ばれては、下の者に示しが付かない。次期当主としては、私もその辺りをはっきりしておきたいんだ。だから……、その…………」
「――――――――ッ」
 そこまで聞き、彼が何を言いたいのか冬花は理解した。
 今回の騒動の一端は、蔵臼と冬花の関係を夏妃に疑われたことにある。彼としては何でもないことだったが、夏妃からすれば自分以外の女性に夫のファーストネームを軽々しく呼ばれることは我慢ならなかったらしい。今まで気にも留めなかったが、言われてみれば男女の仲を疑われても仕方がない。夏妃を妻として迎えた以上、冬花とは距離を置かねばならない。それが、今回の騒動に対する蔵臼のケジメだった。
「…………つまり、その…………」
 蔵臼はなかなか口にすることができない。そんな彼の胸中を察してか、冬花は自らそれを口にする。
「はい。では、今後は呼び方を変えさせて頂きます、蔵臼さま・・・・
「え? あ、ああ! 慣れるまでは戸惑うかもしれないが頼む」
 自ら嫌なことを口にしないですんだ蔵臼はほっとする。しかし…………。



  ズキリ



 そんな蔵臼の表情を見て冬花は胸の奥がキリキリと締め付けられるようだった……。
「それでは私は屋敷に戻るよ。君もすぐに来るといい」
「はい。畏まりました、蔵臼さま」
 それだけ言うと、蔵臼はその場を去り屋敷へと向かった。後に残されたのは冬花のみ。しばらくの間、彼女はその場に佇んでいた。しかし、不意に口を開くと小さく呟く。
「……………………『蔵臼さま』か………………」
 彼女は寂しそうに呟く……。天気の良い、秋晴れの午後。辺りには気持ちの良い海風が吹いている。なのに、冬花には暖かな午後の風がひどく寒々しく感じられた…………。





「今回の私の軽率な発言で多くの方々にご迷惑を掛けたこと、誠に申し訳ありませんでした」
 夏妃は深々と頭を下げる。夏妃がいるここは六軒島当主、右代宮金蔵の書斎。夏妃は今回の騒動の謝罪にと、金蔵の部屋を訪れていた。
「当主さま、そして夫の顔に泥を塗ったことに対しては申し開きもございません。どのような処罰も受ける覚悟です」
 夏妃は金蔵を前にして覚悟の程を見せる。しかし……。
「…………………………」
 椅子に腰かけ、真っすぐと夏妃を見据える金蔵は先程から一言も発しない。さしもの夏妃もその無言の圧力に冷や汗をかく。だが次の瞬間、金蔵が口を開いた。
「二度と馬鹿な事は口にしないことだ。どうせお前の帰る所など在りはしないのだからな」
「――――――――」
 金蔵はそれだけ言うと夏妃に背中を見せる。そして興味無さそうに一言呟く。
「行け」
 それで終わり。夏妃に対する処罰も何もなし。彼にとっては今回の騒動も、夏妃の覚悟も、取るに足らない些事のようだ。
「では失礼します」
 夏妃はそう言うと、金蔵に背中を向ける。しかし、その胸中には先程金蔵が口にした言葉が残っていた。

 ―――どうせお前の帰る所など在りはしないのだからな―――

 もはや自分の帰る所はない。そう考えると、一抹の寂しさがこみ上げて来た。しかし、夏妃はその思いを振りはらう。自分は右代宮蔵臼の妻、右代宮夏妃。この島が、私の家。今日この島に帰って来た時、彼女は初めてそう実感した。彼女にとっての家は、今はここなのだ。未練だなと、夏妃は自嘲気味に笑った。生まれ育った生家に戻れなくとも、そこで育まれた精神は彼女の中で息づいている。夏妃は未練を断ち切るように、書斎のドアノブを回した。

 夏妃が書斎を出ると彼女に声を掛ける者がいた。
「夏妃、大丈夫か?」
「蔵臼さん、おられたんですか?」
「ああ、少し心配でね。親父殿は何て?」
「…………特にお咎めはありませんでした。どうやらお義父様は私の事には、あまり関心がないようです……」
「……そうか。まあ親父殿はそういう人間だからな。あまり気にしない方がいい」
「はい」
「それより、今熊沢さんがお茶を用意している。少し休憩しよう、こっちに戻ってからもバタバタして疲れただろう?」
「はい、ありがとうございます」
 そう言い、2人は一階のサロンに向かった。



「さあさあ夏妃さま、どうぞお熱いうちに」
「いただきます」
 そう言い、熊沢は淹れたての紅茶を夏妃に差し出す。夏妃はそっと、カップに口をつけた。
「おいしいです。ありがとうございます、熊沢さん」
「ほほほほ、いいんですよ。でも本当に夏妃さまが戻って来られて良かったです。もしあの旅行がなかったら、ひょっとしたら夏妃さまがこうしてお茶を飲んでいることも無かったかもしれないですね」
「本当です。南條先生と熊沢さんがおられなかったら、きっと私は此処にいなかったでしょう。ありがとうございます」
 夏妃は2人に礼を述べる。
「いえいえ、私達は大したことはしておりませんぞ。お二人の絆の力です。ねえ熊沢さん」
「ええ、南條先生のおっしゃる通りです。それにお礼を言うなら私たちにではなく、楼座さまですよ」
「え?」
 突然楼座の名が出て来て、夏妃は驚く。
「お二人の旅行を提案したのは私達ではなく、楼座さまなんです」
「そ、そうなんですか?」
「はい、私達がどうすれば良いかほとほと困り果てた時、楼座さまがお二人の新婚旅行を提案されたのでございます」
 その事実を聞き蔵臼は驚きを隠せなかった。
「楼座が……、そんなことを?」
「はい、確かに。可愛らしいではありませんか。さぞや、お二人の仲を取り持ちたかったのでございましょう」
「そう……。そうだったんですか」
 熊沢からその事実を聞き、夏妃は意外に思った。此処に来てから、彼女とはあまり話したことはなかった。絵羽のように疎ましく思われていることはないと思うが、留弗夫のように彼女から積極的に話しかけてくることはなかった。そんな態度だったので、彼女は私にはあまり関心がないかと思っていたのだが……。
 熊沢から意外な事実を聞いた夏妃は、楼座という少女のことが気になり始めていた。





 右代宮家で最も印象に残るものは何であろうか? この屋敷には当主、右代宮金蔵が世界から集めて来た数々の美術品がある。絵画、彫刻、壺、装飾品。どれをとっても一級品の物ばかりで、それらの品々は確かに美しいものである。
 しかしその半面、これらの品は金蔵が自らの力を誇示する為にかき集めたもの。一度は没落した右代宮家の栄光を再び取り戻し、自らの財と力を示す為、世界中から取り寄せた。如何に個々の品が美しかろうと、彼の欲望の象徴でもあるそれらの品は、見た者の目を必ずしも喜ばせる物ではなかった。真に美術品を愛でる者ならば、己の欲望を顕すそれらの品を見て、金蔵の成金趣味を不快に思ったのかもしれない。六軒島で最も美しいもの、それは数々の美術ではなく屋敷の庭にある薔薇庭園であろう。
 屋敷の庭を美しく飾る赤、白、黄の薔薇の花。それらはきちんと手入れされ、どう飾れば見る者を喜ばせることができるかを考えて植えられている。その美しい薔薇の数々は、薔薇の手入れをしている源次の誠実な人柄が現れているようだった。
 そんな美しい薔薇庭園を、例外なく彼女も好んでいた。暖かな秋晴れの午後、美しい薔薇を愛でているのは右代宮家の末妹、楼座だった。退屈な家庭教師の授業から解放された彼女は、庭園の薔薇を心ゆくまで愛でていた。そんな彼女に声を掛ける者が……。
「こんにちは」
 楼座は驚いて後ろを振り向く。そこには一人の姿が。声の主は彼女の義理の姉、夏妃だった。
「綺麗な薔薇ね」
「うん」
 夏妃と楼座はしばらの間、美しく咲き誇る薔薇を愛でていたが、やがて夏妃は楼座に声を掛ける。
「少しそこで休憩しましょうか?」
 夏妃は薔薇庭園に置いてあるベンチを指差す。彼女の提案に楼座は頷くと、2人はベンチに腰掛ける。ベンチで一休みをすると、夏妃は楼座に声を掛けた。
「ありがとう、楼座ちゃん」
「何が?」
 何の事だかわからない楼座は不思議そうな顔をしている。
「熊沢さんに聞いたの。私と蔵臼さんの旅行を提案したのは楼座ちゃんだったんでしょう?」
「……ああ」
「あなたのおかげで蔵臼さんと仲直りすることができたわ。ありがとう」
「……………………」
 しかし、それについて楼座は何も答えない。
「蔵臼さんの為に旅行を提案してあげるなんて、楼座ちゃんはお兄さん思いなのね」
「別に蔵臼兄さんのためじゃないわ」
 夏妃の言葉を突っぱねるように楼座は答える。
「………………え?」
 そっけない楼座の言葉に夏妃は思わずたじろぐ。動揺する夏妃に対し、楼座は彼女に問いかける。
「お姉さんは、私の味方?」
「え?」
 楼座が何の事を言っているのか分からない夏妃は返答に困る。
「…………それとも、蔵臼兄さんの味方?」
 そう言われ、夏妃はようやく気が付く。楼座は蔵臼の為に旅行を提案したわけではない。彼女は夏妃をこの島に引きとめ、自分の味方に引き入れたかったのだ。
「私は両方の味方よ。でも、楼座ちゃんが蔵臼さんに怒られたら時は、あなたを助けてあげる」
 夏妃がそう答えると楼座はにっこり笑う。
「良かった」
 そう言う楼座の表情は先程より柔らかいものだった。今までどことなく夏妃とも距離を置いていたような彼女の雰囲気は、今はもう和らいでいる。
「楼座ちゃんは、蔵臼さんのことが嫌いなの?」
「…………あんまり好きじゃない。だって、見て見ぬ振りするんだもの」
「見て見ぬ振り?」
「私が絵羽姉さんや、留弗夫兄さんにいじめられても助けてくれないんだもの……」
「そうなの?」
「時々は注意してくれるけど……、でも大抵素通りするわ。蔵臼兄さんも、私のことが嫌いなのよ」
 ぶすっとした表情で楼座は答える。積極的に彼女を助けてくれない時点で、彼女の中で蔵臼は敵なのだろう。
「ねえ、お姉さんはずっと私の味方よね?」
 楼座は夏妃の顔を食い入るように見つめてくる。彼女のそんな表情を見て、思わず夏妃は顔を綻ばせる。
「もちろん。私はずっと楼座ちゃんの味方よ」
 夏妃がそう力強く言うと、楼座は再び笑顔になる。しかし、夏妃はもう一言付け加えた。
「でも、蔵臼さんにだって良いところがあるのよ?」
 夏妃がそう口にすると、楼座は途端に険しい表情になる。
「嘘! 蔵臼兄さんはちっとも私のこと助けてくれないんだもの! 兄さんなんて大っ嫌い!!」
「そんなことないわ。確かに私も最初はあの人の良さが分からなかった。でも、今は分かるの。あの人は、本当はとても優しい人なんだって」
 夏妃は楼座に優しく話しかける。
「あの人は次期当主として、御義父様の期待を一身に受けている。それは蔵臼さんにとって、とても大きな重圧になっているわ。だから、自分自身に余裕がなくてあなたのことが目に映らないかもしれない。でも、本当は思いやりのある優しい人なの」
「……そんなことない。兄さんはきっと私のことが嫌いなんだわ」
「いいえ、蔵臼さんはそんな薄情な人じゃないわ。今までは、ちょっと自分に余裕がなかっただけ。あなたのことだって、きっと大切に思っているわ」
「…………本当に?」
「ええ、本当よ。私にそのことを気付かせてくれたのは、新婚旅行を考えてくれたあなた自身なのよ?」
「……………………」
「あなたが心を開けば、きっとお兄さんは応えてくれるはずよ」
 夏妃はそう楼座に語りかける。楼座は夏妃の意見に半信半疑ではあったが、反論はしてこなかった。年の離れた兄に対し、良い感情は持っていない妹。少しはこの2人の関係を良くすることができたのだろうか? 夏妃は楼座の顔を見ながら、そんなことを考えていた。





「ふう、少し休憩するか」
 一階のサロン、そこに蔵臼の姿はあった。旅行の間に溜まった仕事の書類に目を通した彼はソファに体を預ける。今回の旅行で夏妃との信頼を回復することができた彼の心は穏やかだった。彼女と良好な関係を築けている彼にとって、残る課題は次期当主としての実力をつけること。六軒島の次期当主として妻に恥をかかせないためにも、もっと力をつけたい。そんな風に思っている彼の心は気概に充ち溢れていた。
「よし、もう少し頑張るか」
 そう言って、彼は自らの顔を叩き気合を入れ直す。
「コーヒーでも飲んで目を覚ますか」
 軽い眠気を吹き飛ばそうと、彼はソファから立ち上がった。その時……。ふと視界の端に誰かの姿が見えた。横を向くと、そこにあったのは楼座の姿。
「何だいたのか」
 いつ間にか、サロンにいた楼座に蔵臼は声を掛けた。
「兄さん、あのね……」
 蔵臼に声を掛けられた楼座は口を開いた。しかし、その先が出て来ない。何故か彼女は顔を少しうつむき気味に、もじもじしている。
「どうした?」
 楼座の態度を不思議に思い、蔵臼は彼女に近づく。
「えっとね…………」
 楼座は顔を上げ、少しはにかみながらその言葉を蔵臼に伝える。


「お帰りなさい」


 彼女のその言葉を聞き、蔵臼は一瞬驚いたような顔をする。しかし、彼はすぐに優しく笑うとこう答えた。


「ああ、ただいま」


 そう言い、彼は楼座の頭を優しく撫でる。そんな蔵臼の態度に、彼女は少し恥ずかしそうに、しかし満面の笑みを浮かべた。
「蔵臼兄さん、お姉さんとずっと仲良くね」
 楼座のとびきりの笑顔。それは、妹に対し頑なだった蔵臼の心を優しく溶かすのだった。





 続く




2010.12.12 Sun l うみねこ l コメント (1) トラックバック (0) l top

コメント

待ってましたぁぁ!!
このシリーズ本当好きです(笑)そして桜座ちゃんかわいすぎる!作者さまの文才はんぱないです(笑)
これからも、がんばってくださいねっ(´>ω<`)☆
2010.12.29 Wed l ありす. URL l 編集

コメントの投稿












トラックバック

トラックバック URL
http://umiumimak02.blog114.fc2.com/tb.php/165-ca05dad8
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)