久しぶりの投稿です。
ようやく8話目が完成しました。
楽しんでいただければ幸いです。
それではどうぞ。

 連日、肌を焼くような夏の日差しはすっかり影を潜め、朝にふさわしいひんやりした空気が肌をなでる。朝の気持ちの良い空気を吸いながら、私は詩音と共に学校へ向かっていた。
「はぁ~、随分涼しくなりましたね。夏も終わりかなあ」
「いつまでも暑くちゃ困るわよ。いいかげん秋になってもらわないと。詩音は寒いのは苦手?」
「ん~、すごく苦手ってわけでもないですけどね。でもやっぱり私は夏が好きですね。海に行ったり、花火をしたり、夏祭りに行ったり。あ~、綿流しのお祭り行ってみたかったなあ」
「綿流し? 何それ?」
「うちの地元でしている夏の風物詩ですよ。夏祭りの夜に、いらなくなった布団の綿に感謝を込めて、川に流すんです。灯篭流しみたいなもんですよ」
「ふ~ん、面白い風習ね」
「まあ、実際はしょぼい祭りで全然大したことないんですけどね。でも、今年から盛大にやるってお姉が言ってたんで、ちょっと行ってみたかったんですよ。こんな所に閉じ込められてなけりゃなあ」
「残念、いつか此処を卒業したら一緒に行きましょうか?」
「そうですね、その時は必ず。2人で屋台を回って、おいしいもの食べ歩きましょう!」
 そんな風に、私は詩音とおしゃべりをしながら登校する。
 夏の厳しい日差しはすでになく、朝の冷たい空気を心地良く感じる。春が過ぎ、夏が過ぎ、秋になった。詩音がこの学園に来て、もう半年が過ぎようとしていた。その間に、私の生活は少しずつ変わっていった。
 かつて私に向けられていた冷たい視線は、今はもうない。好んで私に声を掛ける人は相変わらず少ないが、昔のようにいやがらせを受けることはなくなったし、詩音を通じて別のクラスに友人もできた。少しずつだが、私の生活は変わり始めていた。学園での生活に、何の希望も見出せなかった、かつての自分。でも、今は違う。

 私は、私でいられる。

 昔のように、今の自分を否定されることはない。ありのままの私を受け入れてくれる友人がいる。それが何より嬉しかった。私は変わる。より良い人生を送れるよう、私はこれからも変わり続ける。
 そんな私の変化と同じように、クラスにも小さな変化が起こり始めていた……。



「櫻井さん、あなたプリントが提出されていないわよ。期日は昨日までのはずよ?」
 クラスリーダーの須磨寺さんが、プリントを提出していない生徒を注意する。
「ああ、すいません。明日提出します」
 注意された女生徒は適当に返事をする。
「……期日はちゃんと守りなさい。あなた一人のせいでうちのクラスの評価を落としたいの?」
「……………………すいません」
 それだけ言うと、彼女はその場を離れた。しかし、須磨寺さんがその場からいなくなると、周囲の生徒達は互いに囁きあう。
「なにあの態度? まだリーダー気取りしてるわけ?」
「ほんと止めて欲しいよねえ~。いつまでもでかい顔しちゃってさ」
「あんな偉そうな態度しておきながら、転入生にコテンパンにやられちゃってさ。やっぱり親の七光りよね」
「親のコネを自分の力と思ってるんじゃない? 何か勘違いしてるよね~」
「ていうかウッザ! さっさと消えてくんない?」
 お嬢様学校の生徒とは思えない汚い言葉で、彼女達は自分達の元リーダーを罵る。詩音との一悶着があって以来、彼女の威厳は地に落ちていた。かつてはリーダーとして大勢いた取り巻き達は、今では彼女を陰で罵る存在へと変わっていった。彼女に声を掛ける者は、もう誰もいない…………。私はそれを、遠くから眺める。
「……………………」
 …………関係ない。私がかつてされたことを、今は彼女が受けている。これは、報いなのだ……。かつて私を追いやった者への当然の罰…………。
 …………そう。私には、もう関係ない…………。





 そらのむこう 第8話
「縁寿の選択」






「ふ~ん、そうなんですか。まあ自業自得じゃないですか? さんざん人のこと馬鹿にしていたんだから、当然の報いですよ」
「……まあ、そうね」
「求心力を失ったリーダーなんて惨めなもんですよ。うちの鬼婆も威厳を失わないよう、四六時中、目を吊り上げていますからね。私から言わせれば、滑稽以外の何物でもないですけど」
「求心力か……。人望を失ったリーダーっていうのは、みんなあんな風になるのかしら?」
「そりゃあ指導者ってのは、何かしら力を持っているから期待されるんですよ。それを失ったら誰もついて来ません。まあ、あの女の場合持っているのは親の威厳だけですけど。放っとけばいいんじゃないですか? 私達には関係ないし」
「…………うん」
 詩音の言う通りだ。これは自業自得。今まで私にひどいことをしてきた報いなのだ。彼女のことは私には関係ない。
 詩音はすでにこの話には興味がないようで、黙々とごはんを口に運んでいる。昼休みもあと僅か。私も昼食を済まそうと思い、トレーに目を向ける。しかし、あまり食欲が湧かない……。私は何故だか食事を摂る気がしなくて、詩音が食事を終えるまで、その場でスープをかき混ぜるだけだった……。



 薄暗い部屋の中、時計の音だけが木霊する。普段は気にも止めない、秒針の音がいやに耳に残る。
「……………………」
 もう何度、寝返りをうったのだろう? その夜、雫はなかなか寝付けなかった。
「……………………ッ!」
 左手の人差し指に鈍い痛みが走る。見ると指は赤く腫れあがっている。先日、小鳥に指を引っかかれた際、きちんと消毒をしなかったので化膿してしまったのだ。
「………………眠れない」
 化膿した指が疼き、満足に眠ることもできない。仕方なく雫は起き上がる。気を紛らわそうと、コップに水を汲み一気に飲み干す。寝起きの体は幾ばくか潤ったが、指の痛みは当然消えない。赤く腫れあがった指を雫は見つめる。
 ここのところ、上手くいかないことばかりだ。遅刻はするわ、シスターから叱責を受けるわ、学校を休むわ。おまけに園崎との一悶着があって以来、クラスの連中は明らかに自分を見下していた。おかげで、今まで築き上げてきた自分の人望は地に落ちた……。
「………………ハッ」
 そこまで考えて、雫は自虐的に笑う。
 人望? 馬鹿馬鹿しい。そんなもの、初めからありはしない。あの連中は最初から、私が『須磨寺』の人間と知って近づいてきた。学園に強い影響力を持つ須磨寺家の娘。今のうちにゴマをすっておけば後々おいしい目にあうかもしれない。そんな打算で私に付きまとっていた。だから私もそれ相応に扱っただけだ。人望だの……、友情だの……、そんなものは欠片ほども持ち合わせてはいない……。
「…………くだらない」
 雫は吐き捨てるように呟く。
 私は最初から一人だ。あんな連中、あてになどしていない。今までも……、そしてこれからも……、私は一人で生きていく。誰にも頼らない。自分の力だけで生きていく。雫はそう自分に言い聞かせる。
 部屋でも……、学校でも……、彼女は一人…………。成績上位者の特権、限られたものにしか与えられない専用の個室。しかし、今はその部屋が、とてもとても広く感じられた…………。



「さてと」
 授業が終わると私は席を立つ。次の授業は教室が変わるため移動しなければならない。私は教科書を持って教室を出た。次の教室へ向かう途中、数人のクラスメイトとすれ違う。その時、彼女達の会話が聞こえてきた。
「ほんと、委員長ってうるさいよね~。いつもクラスの評価とか、細かいことにこだわるし」
「いい加減止めて欲しいよね。いつまでもリーダー面しちゃってさ」
「何か勘違いしてるよね~。最初からアンタなんか支持してないっての」
 彼女達は本人のいない所で須磨寺さんの陰口を囁く。またかと、私は辟易する。ここのところ、彼女等はいつもこうだ。口を開けば他人の悪口。他にすることはないのかと感心する。ああやって、自分達より下の人間を作り、蔑むことでかろうじて自分のプライドを保っている。そんなことでしか、自分を保てないのだろうか? いつまでも同じことを繰り返す彼女達に対し、私は軽蔑を通り越して憐れみの感情しか持てなかった……。

「それでは本日の授業はこれで終わります。各自復習を怠らないように」
 授業が終わり皆席を立つ。退屈な授業から解放された生徒達は、自分のクラスへと戻っていく。私も皆と同じように教室へと足を運ぶ。
 教室へ戻った私は教科書を机に戻す。もうお昼休みだ。今頃、詩音が食堂で待っているかもしれない。私は食堂へ向かおうとした、その時……。教室の隅に須磨寺さんの姿が見えた。
「………………?」
 何をしているのだろうか? 何かを探しているように机の中をゴソゴソと探っている。探しているものが見つからなかったのか、しばらくすると今度は鞄の中を探し始めた。しかし、それでも見つからず彼女は怪訝そうな顔をする。その時…………。

 くすくす。

 須磨寺さんから少し離れた場所、そこに立っている3人の女生徒が小さく笑っていた……。
「……………………ッ!」
 可笑しそうに笑う3人の様子に、私は声を失った。その3人は、かつて須磨寺さんの側近だった人達。いつも須磨寺さんと一緒にいた。確かに最近は、彼女と距離は置いていた。でも……、こんな露骨な嫌がらせをするなんて…………。
「―――ッ!!」
 須磨寺さんも、自分の持ち物を隠したのが3人の仕業だと気が付き、彼女たちを睨みつける。だが、彼女等はさも知らない様な素振りをしてその場から離れる。須磨寺さんはまだ3人を睨みつけていたが、何も言わない。問い詰めたところで、証拠など何もない。言うだけ無駄……、私はそれを良く知っている……。何故なら、自分もそうだったのだから…………。
 3人は私の横を通り抜け、教室を出て行く。その中の一人、真ん中の女生徒の顔が私の目に映る……。この人は……、良く知っている……。いつもいつも、私に陰湿な嫌がらせをしていた……。シスターにばれないように……、自分の手を汚さないように…………。私に直接何かを言ってくることはなかった。……でも、それが一番私の心を抉った……。証拠など何もない……。だから、言い返すことさえできない……。
 今思えば、須磨寺さんは陰で私に嫌がらせをすることは決してなかった。言いたいことは、いつも私に向かって吐いていた。もちろんそれが嬉しいわけがなかったが、少なくとも私を無視することはなかった。
「………………う」
 …………気持ち悪い。昔の光景が頭に甦ってくる……。思い出したくもない、忌まわしい記憶…………。私は堪らずその場を駆けだした……。

「ゲホッ! ゴホゴホッ……!」
 トイレに向かって私はせき込む。しばらくの間、私はそうしていたが吐き気はまだ収まらない。
「………………ハアッ……、ハアッ……、ハアッ……」
 脳裏に甦る、忌まわしい記憶……。それは、私の頭から離れない。

 ―――私の生活は少しずつ変わっていった―――

 …………変わっていない。ここは何も変わっていない…………。私の今いるこの場所は、なに一つ変わってなどいなかった…………。
 ……同じことの繰り返し。それが、私でなくなっただけ……。いつまでこんな事が続くのか……? 時間が経っても……、人が変わっても……、此処では同じことが繰り返される……。……此処は鳥籠の中。否、鳥籠ですらない。此処は牢獄……。自分の嘆きは届かない……。誰かの助けなど、在りはしない……。
「…………なんで? どうして、こんなことばかり…………」
 何故、こんなことばかり繰り返されるのか? 自分達の持つ不満を誰かにぶつけ、それで何が解決するのか? そう、私は自問自答する。しかし、その答えはいくら考えても分からなかった…………。



「ふ~ん、今度は自分がイジメの対象ってわけですか」
 昼休み、私はさっきの出来事を詩音に話していた。
「…………何とかならないかしら?」
 見るに堪えない今の状況をどうにかしたくて、私は詩音に相談してみる。しかし……。
「放っとけばいいじゃないですか、そんなこと。なんで縁寿がそんなこと気にするんですか?」
「…………そ、それは」
 いつもは私の味方の詩音も、今回ばかりは私の意見に否定的だ。
「どうして自分をいじめていた奴なんかを助けなきゃいけないんですか? こっちには恨みはあっても、助ける義理も恩もないんですよ?」
「…………それは、そうだけど……」
 詩音は私の意見を真っ向から否定してくる。確かに私には、あの人に対する義理も、恩もなにもない。でも…………。
「この際、言わせてもらいますけど」
 詩音は一呼吸置いて口を開く。
「縁寿は人が良すぎるんじゃないですか? どこの世界に仇を助ける馬鹿がいるんです? そんなだから、ここの連中に舐められるんですよ。お人好しも大概にして下さい」
「………………な」
 詩音のその言い草に、私は絶句する。



「詩音には関係ないでしょうッ!!!」



 そう言い、私はテーブルを叩きつける。私の大声に、周囲の生徒がざわめく。
「ええ、そうですね。私には何の関係もありません。だから、やりたいなら縁寿一人でやって下さい」
 詩音はそっけなく言うとテーブルから離れて行った……。彼女が離れた後もしばらくの間、私は一人その場に佇んでいた。彼女の言った言葉が頭に残って離れない……。

『なんで縁寿がそんなこと気にするんですか?』

 何故そんなことを気にするか? そんな事…………、私にだって分からない…………。自分だって、おかしいことぐらい分かっている……。でも、何故か気になるのだ。どうしても、今のあの人を放っておけなくて…………。





 翌日、午前の授業を終えた私はある決意をしていた。私は鞄の中を見る。そこには、2つのお弁当。詩音のものではない。須磨寺さんと話をするきっかけが思い浮かばなかった私は、苦肉の策としてお弁当を用意したのだ。あまり良い策とは思えないが、まずは行動だ。私はそう信じ席を立つ。
「…………あ、あの…………、須磨寺さん……」
「………………?」
 一人寂しそうに窓の外を眺めている須磨寺さんに、私は声を掛けた。
「えと…………、いつも一人で食事をしているから、良かったら一緒に…………」
「…………はあ?」
 彼女は怪訝そうな顔をして、私を見上げる。予想通りの反応に私は躊躇する。しかし、ここで引いてはいけない。ここで引いたら何のために声を掛けたか分からない。
「もし良かったら……、一緒に食べない?」
「……………………」
「須磨寺さんいつも売店でパンを買ってるから……。ほら、私お弁当も作って―――」



 バシッ!!!



 次の瞬間、私が手にしていたお弁当が宙を舞った……。床に落ちた弁当は、中身を撒き散らして床に転がる…………。その様子に、クラス中の人間が注目する。
「……………………ッ」
 須磨寺さんの暴挙を目の当たりにして、私は声を失った……。やがて彼女はゆっくりと席を立つ。そして…………。
「なに憐れんでんのよ?」
「……………………」
「なんで私がアンタなんかに同情されなきゃいけないのよ。何様のつもり? 死ねば?」
 そして彼女は大股で私から離れると、ドアを乱暴に開け放ち教室から出て行った。しばらくの間、教室全体が凍りついているようだったが、やがて小さな笑い声が響く……。
「くすくす、何あれ?」
「同病相哀れむ、ってやつじゃない?」
 彼女達の心無い言葉が私の心を切り刻む……。……ヨロヨロと私はその場にしゃがみ込み、床に散らばったおかずを拾い上げる。そんな私の様子を、周囲の人間はおかしそうに笑っている……。
 …………いつもこうだ。私の行動は裏目に出る…………。私が何をしても、彼女達には滑稽にしか映っていないのだろう……。彼女達の嘲りを聞き入れまいと、私は無心で床に散らばった弁当を拾い続けた…………。



 その日の放課後、私は人気のない校舎裏で一人座り込んでいた。詩音が来る前、独りぼっちだった私は、よくここに来て真里亞お姉ちゃんの日記帳を読んでいたものだ。誰にも邪魔されない、私だけの場所。今では此処はほとんど使っていない。でも、今は一人になりたかった……。
「……………………」
 一人、膝を抱えながら俯いている私……。そこに、ふいに誰かの気配がした。
「…………縁寿」
 名前を呼ばれ、私は顔を上げる。
「…………お姉ちゃん」
 そこに現れたのは真里亞お姉ちゃん。
「随分と落ち込んでいるね」
「……………………」
「そんなにショックだった? あの娘に拒絶されたのが」
「………………うん」
 お姉ちゃんに聞かれ、私はそう答える。確かにある程度は私も予想していた。でも……、あんな言い方しなくても…………。
「何なんですか、あの女!! せっかく縁寿さまが声を掛けてあげたのに!!」
 そこに現れたのは煉獄の七姉妹、強欲のマモン。
「もうあんな女に関わるの止めましょうよ!! 詩音の言う通りです、縁寿さまが気に掛ける必要なんてないですよ!」
 マモンは声を荒げてそう言う。確かに詩音が言ったことは正しかった。親切のつもりで声を掛けたが、須磨寺さんからすれば余計なお世話だったらしい。彼女の逆鱗に触れ、せっかく作ってきたお弁当はこのざまだ。
 詩音は最初からこうなることが分かっていたのだ。だから、あんな言い方をしてまで私を止めようとした……。結局、私のしたことは空回り……。只の徒労に終わった。私は深くため息をついた。すると、お姉ちゃんが声を掛けてきた。
「縁寿、君は何であの娘に声を掛けたの?」
「…………え?」
 そう言うお姉ちゃんの言葉には、棘があるように感じられた。
「…………何で、って言われても……、ただ、放っておけなくて……」
「彼女が可哀想だから?」
「……………………」
「彼女を憐れんで声を掛けたの? 自分より可哀想だから? 自分より不幸だから?」 
「べ、別に、そんなつもりじゃ……。ただ私は、彼女を助け…………」
 そう言いかけて、私は言葉を濁す……。私は、本気で彼女を助けたいと思っていたのだろうか……? 
 彼女に声を掛けた後、それからどうするつもりだったのだろう……?
 彼女と一緒にお弁当を食べて、話をして、互いの境遇を語り合って……。
 互いに通じるものがあった私達は、今までのことを許し合って……。
 そして私達は友人になり、詩音とも仲良くなって、3人一緒に楽しく学園生活を送る。

 私は本気でそんな馬鹿なことを考えたのか?

 そんなはずがない。私はただ、彼女を憐れんでいただけ……。ただ、眺めているだけの後ろめたさに耐えきれず、可哀想な彼女に声を掛けただけ……。本気で彼女を助けようなんて、考えていなかった……。
「可哀想な彼女に声を掛けた時はどんな気持ちだった? 親切にする自分に酔いしれていた? 自分より不幸な人間に同情するのは気持ち良かった?」
「…………わ、私は…………」
「もし君が一時の同情だけで声を掛けたのなら、私は絶対に許さない」
 その言葉を聞いて、私はお姉ちゃんが言いたいことが分かった。



 毎日帰りの遅い楼座叔母さんを、一人で待つお姉ちゃん。それは、傍から見たらとても哀れな少女に見えただろう。それでも、お姉ちゃんは自分の境遇が不幸だとは思わなかった。一人でご飯を食べる夜も、帰りの遅いママを待っている夜も、彼女は自身を幸せの魔法で包んでいた。
 さくたろうと一緒に新しい魔法を考えたり、森の音楽隊とおもちゃの楽器で演奏したり。彼女は自分の置かれた状況に悲観せず、その時をめいいっぱい楽しんだ。
『う~! 今日は外にお買いものに行くよ。準備は良い、さくたろ?』
『うりゅ、楽しみだね!』
 さくたろうと一緒に、夜の街へお買いもの。いつもは見慣れた街並みが、夜のネオンに照らされていつもと違って見える。ちょっぴりドキドキしながら、お姉ちゃんとさくたろうは夜の街を歩いていく。近所のコンビニに行くだけで、なんだか大冒険な気がした。幻想的な夜の光に包まれながら、2人は夜の散歩を楽しむ。でも…………。
『ねえ、あの子迷子かな……?』
『ほっとけよ、すぐ親が来るさ』

『こんな時間に子どもが一人で歩いているなんて……。親は何をしているのかしら?』

『ネグレクトってやつ? ホント、世も末だね』

『可哀想になあ……。ほったらかしにされて……』

 そんな大人達の囁きが聞こえてくる。その声を聞いて、真里亞お姉ちゃんはさくたろうと顔を合わせる。
『ねえ、さくたろ。どうしてみんな、あんな顔で真里亞を見るのかな?』
『うりゅ……、分かんない……』
 大人達の真里亞お姉ちゃんを見つめる瞳。それは当然だ。女の子が一人で夜の街を歩いていれば、皆同じような顔をするだろう。その様子に同情し、誰かが手を差し伸べればお姉ちゃんも救われただろう。
 でも、彼らは何もしない……。ただ彼女を遠巻きに眺め、傍観しているだけ。声を掛けたり、様子を聞いてみたり、そうする者は誰一人いなかった。ただ、憐憫の目でお姉ちゃんを蔑むだけ……。彼女に手を差し伸べる者は誰もいなかった。
『さくたろ…………。真里亞は、可哀想なのかな……?』
『うりゅ…………。そんなことないよ…………』
 2人で一緒に夜の街を大冒険。ママがいなくても寂しくない。そんな、真里亞お姉ちゃんの魔法は、あっさりと消えてしまった……。
 本当は、寂しくないはずがない。でも、それを忘れさせてくれるのが、幸せの魔法。しかし、その魔法は儚く消え去ってしまった。大人達の憐憫の眼差しが、彼女の魔法を消していく……。



「救いのない同情なんて、最初からいらないよ」
 そう言う真里亞お姉ちゃんの顔は険しいものだった。大人たちの身勝手な同情が、どれほどお姉ちゃんの心を傷つけたか……。だから私のしたことが許せなかった。単なる同情で、須磨寺さんに声を掛けた私……。私は心のどこかで、彼女を可哀想だと蔑んでいたのかもしれない……。
「どうして君は彼女に声を掛けたの? ただ彼女が可哀想だから、憐れみのつもりで声を掛けたの?」
 お姉ちゃんは私を問い詰める。
「…………わ、私は…………」
 お姉ちゃんの問いに、私は思ったことを口にした。
「ただ、彼女が……」
「………………彼女が?」
「…………彼女が、昔の私に見えた…………」



 …………え?



 私は、今自分が口にした言葉をもう一度反芻する。
 ―――彼女が、昔の私に見えた―――
 …………ああ、そうか…………。
 やっと分かった……。……私がここまで、あの人に固執する理由……。
 周囲から疎まれ……、避けられ……、拒絶され…………。そんな彼女に、私は昔の自分を重ねていたんだ…………。私はあの人を助けたかったわけじゃない……。昔の私を助けたかったんだ。誰からも傷つけられないよう全てを拒絶し、何者も近寄らせない……。昔の私と同じ……。
 私も最初から疎まれていたわけではなかった。ただ、私の過去を知る心無い人たちの風評に、私は意固地になっていた。そんなだから、私に差し伸べてくれた手を、私は自ら放棄した……。そんな私の態度に周囲の人たちも見放し、私は本当に一人になっていったのだ……。
 ……私が最初に拒絶した人。……それは、絵羽伯母さんだった…………。



『縁寿ちゃん、今日からここがあなたの新しいお家よ。これからよろしくね』
『やだ! こんな所お家じゃない!! 返して!! 元のお家に返してよッ!!!』

『ほら、縁寿ちゃん。伯母さんオムライスを作ったのよ。一緒に食べ―――』
『いらないこんなの! お母さんのオムライスが食べたい!!』

『縁寿ちゃん……。もうお母さんも、お父さんも、お兄ちゃんもいないのよ……? つらいかもしれないけど、これからはここで…………』
『やだやだ、お家に帰りたい!! お母さんに会いたいよ!! 返して! お母さんを、お父さんを、お兄ちゃんを返してよ!!!』

『何で…………。何でアンタは私の言うことを聞いてくれないのよ…………。もうアンタの家族はいないって言ってるでしょ……? これからは私が家族になるしかないでしょ!』
『伯母さんなんか家族じゃない! 私の家族はお母さんと、お父さんと、お兄ちゃんだけだもん!! 嫌い嫌い嫌い!! 絵羽伯母さんなんて大っ嫌い!!!』
『………………私だって……、私だってアンタなんか大っ嫌いよッ!! なんでアンタが生きてるのよ!! どうしてアンタじゃなくて譲治が死ななきゃならなかったのよッ!! 私だってアンタなんかいらないわよ!! 譲治じゃなくてアンタが死ねば良かったのよッ!!!!』



 私は絵羽伯母さんを拒絶した……。……そして、伯母さんも私を拒絶した……。そうして、今日に至るまで、私と絵羽伯母さんが歩み寄ることは決してなかった……。
 ……学校でも私は人を拒絶した。人は私を避けた……。私はもっと人を避けた……。そのくせ、一人の寂しさを紛らわせたい私はお金をばらまき、仮初めの友人を作るしかなかった……。そんな人間関係しか築けなかった、昔の私…………。そんな私が学園に入れられた後、まともな友人を作れるはずがなかったのだ……。



「あの人は昔の私と同じ……。常に何かに不満を持って、それを周囲に撒き散らしている。誰にも傷つけられないよう周りを拒絶し、自分の殻に閉じ込もっているの……」
「…………そうだとして、君はどうしたいの? 同情じゃなく、ホントの本気で彼女を助ける気があるの?」
「…………確かに私は、単なる同情で声をかけていたかもしれない……。彼女を憐れんでなかったと言えば嘘になる……。でも……、それでも私は彼女を助けたい」
「…………上手くいくはずがないよ。彼女はきっと君を拒絶する。口先だけならいくらでも言えるけど、本当に君にはそこまでの覚悟があるの?」
「確かに、須磨寺さんは私を拒絶するでしょうね。……それでも私はあの人を放っておけない」
 私は毅然とした態度でお姉ちゃんに言う。お姉ちゃんは、真っすぐ私の目を見つめ返す。しかし、ふいにお姉ちゃんの表情が柔らかくなった。
「縁寿の好きにするといいよ。上手くいくかは分からないけどやってみよう」
「ありがとう、お姉ちゃん」
 私はお姉ちゃんに感謝の言葉を述べる。
「やれやれ、縁寿さまも物好きですね。まあでも、主人の言いつけを守るのが家具ですから。私も陰ながら応援します」
「うん、ありがとうマモン」
 私は考える。今の私に、何ができるのだろう? お姉ちゃんの言う通り、きっと彼女は私を拒絶する。策などない。それでも、やるしかない。

 私は、私を救う。

 全てを拒絶し、自分の殻に閉じこもっている私。あの頃の私を、もう一度救うのだ。あの日、詩音が私を救ってくれたように。





「これは化膿しているわね。何でもっと早く来なかったの?」
「…………すみません」
 学園の医務室。そこに雫の姿はあった。指の腫れがひかない彼女は、ようやく医務室に行き保険医に診て貰った。案の定、指は化膿し炎症を起こしていた。
「動物の爪なんて雑菌の塊なんだから、引っ掻かれたらすぐに消毒しなきゃ。とりあえず、抗生物質出しておくからちゃんと飲むように。いいわね?」
「はい、ありがとうございました」
 保険医に礼を言い、彼女は医務室を出た。雫は歩きながら赤く腫れた指を眺める。引っ掻かれた傷を甘く見ていたらこのざまだ。これからは気をつけないと。それにしても、ここのところ本当にうまくいかない。傷はいつまでたっても治らないし、クラスの連中は頭にくるやつばかりだ。でも、一番気に入らないのは…………。

『もし良かったら……、一緒に食べない?』

 何様のつもりだ、あの女は。私を憐れんでいるつもりか? 
 何故、私があんな奴に同情されなければならないのだ。
 妙な同情をされ雫は苛立つ。プライドの高い彼女にとって、他人に同情されるのは最も不愉快なことだった。悔しそうに拳を握る彼女の指は、まだ熱を持ち鈍い痛みを放っていた……。その時……。
「ああ、須磨寺さん。ちょうど良かった」
 廊下を歩いていると担任のシスターに声を掛けられた。
「はい、何でしょう?」
「ちょっと手伝ってほしいことがあります。いいですか?」
「…………はい、分かりました」

「それじゃあ須磨寺さん。このプリントを教室に運んでおいて下さいね」
「…………はい」
 そう言い、シスターは机の上に山ほど置かれたプリントを放っておき職員室を出て行った。目の前にあるプリントの山を見つめ、雫はため息をつく。クラス委員長など聞こえは良いが、実際は教師の雑用がほとんどだ。面倒な雑用を生徒に任せる教師も少なくない。そんな時、委員長という肩書きを持っている彼女が一番頼みやすいのだ。そう言った理由で、雫は教師の雑用を押しつけられる事が少なくなかった。
「…………はあ」
 山ほどあるプリントの束を眺め、雫は再びため息をついた。しかし、面倒だろうと仕事は仕事だ、やらねばならない。プリントの束を抱え、雫は教室へとそれを運ぶ。

 なんとかプリントを教室まで運んだ雫は、それを教卓の上に置く。プリントの束から手を離した彼女は自分の人差し指を見つめる。
「…………痛ぅ」
 怪我をした指は赤く腫れあがり、熱を持っていた。まだ無理をできる状態ではない彼女の指は鈍く痛む。しかし仕事を任された以上、途中で放り出すわけにはいかない。彼女は小さくため息をつくと、山のように積まれたプリントに手を伸ばす。その時……。


 すっと、プリントの束にもう一つの手が伸ばされる。雫は驚いて顔を上げる。そこには、いつの間に教室に入って来たのか、縁寿の姿があった。
「…………これ、配ればいいのね?」
 縁寿は雫の方を見て聞いてくる。少しの間、あっけにとられていた雫だが、すぐにその顔が険しくなる。
「………………何なのよ……、アンタは……ッ!」
 彼女は縁寿を睨みつける。
「さっきからいちいち私に付きまとって……。何のつもりよ!!」
「…………困っているんじゃないの? 手伝うわ」
「私がいつ手伝って欲しいなんて言ったのよ!! 恩着せがましいのよアンタはッ!!!!」
 雫は縁寿に向かって怒鳴りつける。しかし……。
「別に恩を売るつもりなんてないわ。どうしようと私の勝手でしょう?」
「~~~~~~ッ!!!!!」
 次の瞬間、縁寿に向かって雫は手を振り上げた。



 バシッ!!!!



 教室に激しい音が響く。しかし……。


 雫の平手は縁寿の頬を打ちつける寸前で止まっていた。彼女が振り上げた右手。それを、縁寿は自らの腕で受け止めていた。
「………………このッ!」
 縁寿の思わぬ抵抗に、雫は忌々しげに睨みつける。そんな彼女の視線に、縁寿は毅然と立ち向かう。
「文句があるなら力ずくで止めてみたら?」
「…………くッ、コイツ……!」
 今まで雫の思い通りになっていた縁寿。彼女にされるがまま殴られ、罵られ、それでも何の抵抗もできなかった……。そんな縁寿にここまで反抗的な態度をとられ、雫は困惑していた。
「…………何なのよ。アンタは一体何なのよッ!!!」
 彼女は縁寿に向かって吠える。しかし、縁寿はそれに対して答えない。
「…………仕事、片付けないの? 早くしないと日が暮れるわ」
「~~~ッ、勝手にしなさいッ!!!」
 縁寿の強気な態度に言い返せない雫はついに折れた。そして、ようやく雫を黙らせた縁寿は無言でその作業を手伝う。


「…………………………」
「…………………………」
 2人は黙々とプリントを並べていく。合意の上で手伝っているわけではない。仲良く会話するはずもなく、ただ黙って作業を進める。しかし、静寂は不意に破られる。
「…………ねえ」
 縁寿が口を開いた。
「ひとつ…………、聞いていい?」
「……………………」
 雫は答えない。しかし、縁寿は言葉を続ける。
「…………私、子どもの頃にあなたと会っているわよね?」
「…………ッ!」
 その言葉を聞き、雫はようやく顔を上げた。
「アンタ…………、覚えていたの?」
「…………そう、やっぱり会っているのね……」
 何故、自分はこんなにも彼女のことが気になるのか? 何故か彼女のことは、もっと昔から知っている気がする……。自問自答していた縁寿は、うっすらと昔のことを思い出していた。
 ずっとずっと昔、幼い頃の記憶。絵羽伯母さんと行った社交界。おぼろげにしか覚えていない古い記憶に、幼い日の彼女を見た気がした……。私はずっと忘れていた。でも、彼女はずっと覚えていたのだ…………。




『みなさん、今日は転入生を紹介します。さあどうぞ、右代宮さん』
『……………………』
『ほ、ほら…………、右代宮さん、自己紹介を……』
『…………右代宮縁寿です…………』
『…………え~、そ、それじゃあ右代宮さんはあちらの席になります。これから、このクラスで一緒に勉強を頑張っていきましょう』
『……………………はい』
『…………………!』

『何で……、アンタがここに来るのよ…………』
『……………………』
『アンタとあの日会わなければ、お母さんはおかしくならなかったのに…………。アンタのせいで、私の人生は滅茶苦茶よッ!!!』
『……………………、誰?』
『―――――――ッ!!!!』



「…………アンタのせいよ……。アンタと会わなけりゃ、お母さんはおかしくならなかった……。アンタとさえ会わなけりゃ、私はもっとまともな人生を送れたのにッ!!!」
「……………………」
 須磨寺さんは、今の自分の境遇は私のせいだと言う。詳しいことは分からない。でも、あの夜私と会ったことで彼女の人生は大きく狂い始めた。自分の人生が大きく変わったあの日のことを、当の本人である私が覚えていなかったことは、彼女にとって許し難いことだったのだろう…………。でも…………。
「…………あの日、あなたに何があったのか私は知らない…………」
「ええ、そうでしょうとも!! 私があの日からどんな人生を送っていたかなんて、アンタにはわからないでしょうよッ!!!」
 須磨寺さんは、憎々しげに私を睨みつける。
「でも、それが自分のせいだとは私は思わない」
「何ですって!!!」
 彼女は私の言葉に激昂する。しかし、私は言葉を続ける。
「そして多分、あなたのせいでもない。あなたのお母さんがどうしておかしくなったか、私には分からない。でも…………」
 私は一呼吸置き、言葉を紡ぐ。
「もしそれがまだ手遅れでないのなら、今からやり直すことはできないの?」
「――――――――――」



 遠い遠い記憶…………。私がまだ須磨寺の実家にいた頃…………。
 あの夜以降、母はほんの些細なことで私に手を上げるようになった。私の態度、服装、食事の作法、なにかにつけて私を叱るようになった。私に手を上げる母の顔。それは、さながら鬼のよう。幼い私にとって、それがどれほど恐ろしいものだったか……。あの日から、母は私にとって尊敬ではなく、恐怖の対象となった。
 でも……、私は知っていた……。母が時折、一人で泣いていたことを…………。その姿を、私は襖の隙間から見ていた。だけど、私はあの夜のことが怖ろしくて……、また殴られるんじゃないかと思って……、何も知らないふりをして……、その場から逃げだした……。そして私は……、ただの一度も、母に声を掛けることができなかった……。…………でも、本当は……、ひょっとしたら……。母は誰かに助けを求めていたのではないだろうか……?
 畳に座り込み、肩を震わせる小さな背中……。あの時……、私のとった行動は、本当に正しかったのだろうか……?



 縁寿の言葉に、声を失う雫。しかし、彼女はなおも声を荒げる。
「あ……、アンタに何が分かるのよ! そんなに簡単にやり直せるなら、こんな所にいないわよ!!」
「……そうね、その通りだわ。私も伯母さんと上手くいかなかったから、こんな所にいる。でも……、それでも私はもう一度、絵羽伯母さんとやり直したい」
「……………………」
「私はずっと、伯母さんを拒絶していた。そして伯母さんも、そんな私を拒絶するようになったわ」
 縁寿は少し寂しそうに呟く。しかし、彼女は力強く言う。
「でも、今度は間違えない。いつか此処を卒業したら、もう一度伯母さんと話してみる……」
 そして彼女は雫の目を見つめ言う。
「あなたも、本当はお母さんと仲直りしたいんでしょう……?」
「……………………っ」
 縁寿の言葉を聞いて雫は言葉を失う。
「…………わ、私は…………」
 やがて彼女は何かを言おうと口を開く。しかし、一瞬の沈黙の後、彼女はその言葉を飲み込むと縁寿に向かって毒を吐く。
「知った風な口利かないで!! アンタに私の何が分かるのよッ!!」
 そんな雫の言葉に縁寿はほんの少し寂しそうな顔をしたが、やがて小さく呟く。
「…………そうね、ごめんなさい」
 それは、分かりきっていたこと。真里亞にも言われた。彼女は、縁寿を拒絶するだろうと。それでも、彼女は選んだ。もう、見て見ぬ振りはしないと。昔の自分のような人間は、もう見たくないのだと。どれだけ拒絶されようと、一歩も引かない。
 それが、縁寿の選択。彼女は自分の選んだ道を貫き通す。



 やがて2人は手を止めた。あれほど山ほどあったプリントの山は綺麗に机の上に並べられている。ようやく一息ついた縁寿に雫は声を掛ける。
「………………礼なんか言わないわよ」
「期待はしてないわ」
「……………………」
 雫は何か言いたげな表情をしたが、やがて黙って教室を出て行った。ふうっ、と縁寿は息をつく。自分で決めた事とはいえ、楽ではない。結局、彼女からは拒絶の言葉しか聞くことができなかった。
 それでも……、ほんのわずかだけ、彼女との距離が縮まった気がした……。そう思うのは、自分の思いあがりなのだろうか? 縁寿はそんな風に思った……。

 そして、教室の外。そんな縁寿の様子を詩音は眺めていた。
「全く、本当に縁寿はお人好しですね」
 詩音はやれやれとため息をつく。しかし……。
「ま、その方が縁寿らしいですかね」
 そんな風に、彼女を見ながら詩音は小さく笑った。





2010.12.01 Wed l うみねこ l コメント (1) トラックバック (0) l top

コメント

自問自答に真剣な縁寿・・・この章だ!
心理描写がすごくおもしろかった。
((((((雫に声をかけて縁寿は何をしたかったのだろうか。))))))
を自問自答しながら階段を登るように一生懸命答えを見つけようとしている縁寿の心の移り変わりがおもしろかった。


1.許しあい友人になろうとしていたのか? いいや違う。
2.ただ見ているだけの後ろめたさに耐えられなかった?そう
3.本気で彼女を助けようと考えていなかった?そう
       その時の気持ち 親切にする自分に酔いしれていた。
  彼女が昔の自分に見えた。

昔の自分を助けたかった。

4.不幸な人間を同情するのは気持ちいい?  そう
確かに同情で声をかけていたのかもしれない
                      彼女を憐れんでいなかったと言えば嘘になる        

5,そうだとして、君はどうしたいの?    ホントの本気で彼女を助ける気があるの?
                      それでも私は助けたい。


6.彼女はきっときみを拒絶する。      それでもそこまでの覚悟はほんとにあるの?         
 
    ーーーー「確かに、須磨寺さんは私を拒絶するでしょうね。
                    ……それでも私はあの人を放っておけない」

 ーーーーーーー私は、私を救う。
       全てを拒絶し、自分の殻に閉じこもっている私。あの頃の私を、もう一度救うのだ。


☆すごい問答だ。
 この問答を何度も見直し私も自分を救いたいと思った。雫を助けることで縁寿自身も救うことができるの   だ。拒絶されても雫を助ける縁寿の姿に本気を見ました。前へ前へと踏み込んでいる。

2013.02.03 Sun l 乗組員z. URL l 編集

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