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そらのむこう第7話がようやく完成しました。いや~、疲れた疲れた。

追記から見ることができます。

「天高く、燦然と輝いていた太陽は遥か大地に沈み、夜の帳が落ちてきた。見よ、空を見上げれば、激しく燃える太陽はすでになく、そこには美しく、永久に輝く月が浮かぶ……。そして舞台は幕を開く。今宵、この晩、この場所で、一つの舞台が開かれる。今この場に集いし者。今夜、此処にて開かれる演目を、心ゆくまで観るがよい」
「そう、もうすぐさ!!」
「ええ! もうすぐよ!!」
「もうじき舞台は開かれる」
「最初の物語が今始まる!」
「されど、今宵此処で開かれる演目は、かくも無残な物語。目ある者は閉じよ。耳ある者は塞げ。望まぬ者は立ち去るがよい」
「あなたはこの物語から目を逸らさずにいられる?」
「真実から目を逸らさない者にだけ、僕らはこの物語を語ろう」
「ならば我等は語ろう。この悲しくも儚い、一人の少女の物語を」
「ああ、どうして? 何故運命はこんなにも残酷なの!?」
「何故? どうしてこんなことに!? 神様はなんて意地悪なんだろう!」
「運命とは、かくも残酷なものなのか……。あの日、あの時、あの夜が……。あの偶然さえなければ、あるいは彼女は別の人生を歩んでいたやもしれぬ……」
「なんて残酷な……。これが運命の歯車なの? この日、彼女の世界は終わり、全てが始まった」
「そして、これは必然。この日、この時、この場所で、全ての物語は動きだす」
「真実を望む者よ、聞け。我等が語る物語を。我等が語る真実から目を逸らさぬ者だけ、この演目を観るがいい。それではご覧に入れよう。時は1988年。今この時より、8年もの昔の物語……」



「第7話 終わる世界」













 ……あの頃、私は幸せだった。全てが輝きに満ちていた。世界は優しさに充ち溢れている。そう信じていた。
 …………そう。あの頃、確かに私は幸せだった…………。





 8年前 須磨寺雫の過去





















 ザアッ……、ザアッ……、ザアッ……。
 静かな浜辺に、打ち寄せる波の音だけが静かに響いていた……。
 空を見上げると太陽が優しく輝き、午後の暖かな日差しは、美しく白く輝く砂浜を照らしてる。辺りには、心地良い海風が気持ちよく吹いていた。
 静かに、穏やかに……。夏の香りを残しつつ、海辺の午後は穏やかに過ぎていく。その時、遠くから微かに音がした。
 ザッ、ザッ、ザッ。砂を踏みしめる、小さな音……。その音の主は元気に砂浜を走り回っている。やがて、その音は徐々にこちらに近づいて来た。微かな音は、やがてはっきりと聞こえ、彼女は大きな声を上げる。
「お母さ~ん!」
 彼女は元気良く声を上げる。その声を聞き、母親は顔を上げた。
「あらあら、どうしたの、雫? そんなに大きな声を上げて」
 雫と呼ばれた少女は、勢い良く母親に飛びついた。
「どうしたの? そんなにはしゃいで」
「あっちにお花が咲いてた!」
「まあ、本当? こんな所でよく見つけたわね」
 見ると、少女は右手に一輪の花を握りしめていた。
「はい。お母さんにあげる」
「あら、いいの? お母さんがもらって」
「うん、どうぞ」
「ありがとう。雫は優しいわね」
「えへへ……。お母さん大好き!」
 そう言い、少女は再び母に抱きついた。
「もう、雫は本当に甘えんぼうさんね」
 そう言いつつも、母は我が子の頭を優しく撫でる。
 ありふれた、母子の日常。そんな、ごくごく当たり前の風景は、穏やかに過ぎていく。しばらく我が子の頭を撫でていた母だが、ふいに口を開いた。
「そうだ。ねえ、雫。写真を撮りましょうか?」
「写真?」
「そう。せっかくお出かけしたんだから、記念に撮っていきましょう」
「うん! 撮る撮る!」
 少女は母と一緒に写真が撮れると、はしゃいでいる。二人がそう話していると、付添いの仲居がカメラと三脚を手早く準備し始めた。
 準備が終わると、二人は海辺の芝生に腰を下ろす。
「奥様、お嬢様。準備はよろしいですか?」
「うん」
「ええ、お願い」
「では撮りますよ。はい、チ~ズ」
 そして仲居はカメラのシャッターを押す。カシャッ、という音が鳴り響く。間もなく、カメラからは、今写したばかりの写真が出てきた。
「見せて、見せて!」
 仲居は写真が上手く撮れていることを確認すると、それを少女に渡す。
「はい、どうぞ。お嬢様」
「わぁ……!」
 写真の出来栄えを見て、少女は感嘆の声を上げる。やがて、少女は写真を片手に、母に駆け寄る。
「お母さん! 綺麗に撮れた!」
「本当? お母さんにも見せて」
 少女は母に、大事そうに写真を手渡す。
「まあ、本当。綺麗に撮れたわね」
 母親は写真を見て、満足そうに笑う。そこには、幸せそうな母子の姿が映っている。芝生の上に座って、静かに笑っている母親。そして、その膝の上に座り、嬉しそうに母に抱きついている少女。
 二人とも、すごく幸そうに笑っている。本当に幸せそうに、見ている者まで和んでしまうような、幸せいっぱいの写真。その写真を見て、少女は嬉しそうに笑っている。
「良かったわね、雫。この写真は雫にあげるわ」
「いいの?」
「ええ、お花のお礼よ。大切にしないとダメよ?」
「うん、大切にする。ありがとう、お母さん!」
 そんな娘の笑顔を見て、母は優しく笑う。
 それは、とても優しい時間。母子の幸せな日常は、いつものように、穏やかに流れていった……。









「お母さ~ん。こっち、こっち!」
「ほら、雫。そんなに走ったら危ないわよ」
 広い、広い。広大な我が家の庭を、幼い私は駆け抜ける。後ろからは、私のはしゃぎっぷりに困った顔をした母が付いて来る。そんな母を見て、私は早く早くと彼女を急かす。
 ここは私の家。京都にある須磨寺家の実家だ。当時、私は学園ではなく、須磨寺の実家にいた。私の家は京都でも名のある名家で、お屋敷は個人の土地とは思えない程、広い庭園を持っていた。だから、私にとって自宅の庭園は、庭と言うより公園だった。そんな私にとって、庭を母と一緒に散歩するのが楽しみだった。
 春は桜、夏は星、秋は紅葉、冬は雪。そんな、四季折々の風景を母と眺めるのが私は好きだった。だから私は母と一緒に、よく庭を散歩したものだった。
 庭にある様々な風景を眺めながら、私は母と一緒に歩く。そんな中、一人の庭師が目に入る。私はその人に声を掛けた。
「おじさん、こんにちは」
「おやおや、これはお嬢様じゃないですか。こんにちは、今日も可愛いですね」
「ありがとう。今ね、お母さんとお庭を散歩してるの」
「それは、それは。奥様もご機嫌麗しゅう」
「精が出ますね。庭の様子はどうですか」
「へい、今年は天気がいいですからね。庭木もあちこちから枝を伸ばして、手入れになかなか苦労します」
「そうですか。大変とは思いますが、お願いします」
「それはもう。こちとらこれで、おまんま食わせて貰ってますから。まかせて下さい」
「おじさんも大変だね。忙しいなら、私が手伝ってあげる」
「そいつはいい! 大助かりだ、がっはっはっ!!」
「あらあら、それならおじさんも助かるわね」
 二人は声を上げて笑う。一方、私は何故二人が笑うのかが分からず、首を傾げるのだった。

 その後も私達は、何人かのお手伝いさんや、使用人たちとすれ違った。本当に広い私の実家には、何人もの人間が住み込みで働いていた。そのほとんどは数年間の契約だけで、我が家に何十年も働いている人はごく一部だけだったが、ほとんど毎日顔を合わす彼らは私にとって家族同然だった。
 顔を合わす度、皆私に快く接してくれた。今思えば、それは私がこの家の跡取り娘だから母の顔色を窺って、ということも多分にあったのかもしれない。
 しかし、例えそうだとしても、幼い日の私にとってそんなことは関係がなかった。優しく接してくれる彼らに対し、私は笑顔で応えていた。
「それじゃあお嬢様、また後で。あんまりはしゃぎすぎて、奥様を困らせたらダメですよ?」
「は~い。また後でね」
 顔見知りの仲居に手を振り、私は母と一緒に再び歩き出す。
「雫はえらいわね。ちゃんとみんなに挨拶ができて」
「うん。学校で先生が、挨拶はきちんとしましょう、って言ってた」
「そうね。挨拶はちゃんとしないとね。でも、大人の人ばかりでつまらないでしょう? お休みの日は友達と会えなくて寂しいわね」
「そんなことないよ。お母さんと一緒にいると楽しいし、お手伝いさん達もいるもん」
「そう、なら良かった。そうだ、お母さん良いこと思いついたわ」
「な~に?」
「雫が寂しくならないよう、新しいお友達を作りましょう」
「新しいお友達!? 作る、作る!!」
「きっと雫も気に入るわ。今から準備しましょう」
「新しいお友達かあ……。楽しみ!!」

「そう……、もう少しよ。そこに針を通して……、玉止めをして、糸を切って……。ほら、できたわよ」
「わあ……、 できた!」



雫とリオ
 私は声を上げた。今、私の手の中にあるもの。それは、可愛らしいライオンのぬいぐるみ。一人っ子の私が寂しい思いをしないようにと、母がぬいぐるみを作ってくれたのだ。 大まかな部分を母が作り、簡単な所は母に教えられながら私が仕上げた。それは、母と私の初めての共同作業。彼は、母と一緒に作った初めてのぬいぐるみ。私にとって、思い出の品だ。
「良くできました! 上手にできたわね」
「うん! ありがとう、お母さん」
「いいえ、どういたしまして。それじゃあ、新しいお友達に名前を付けてあげなきゃね」
「うん、え~とね、え~とね……。ライオンだから……、えっと……、リオ!」
「リオ? 可愛らしい名前ね。どうして、その名前にしたの?」
「こないだ先生に習ったの。いろんな動物の名前を英語で習ったんだよ。ライオンは、L・I・O・Nなんだって。だからリオ!」
「まあ、そうなの? なら先生にお礼を言わなきゃね。今度先生がいらしたら、先生にも見せてあげるのよ」
「うん、絶対見せる! リオ、今日からあなたはリオなんだよ」
『うん、僕の名前はリオ! こんにちは、初めまして』
「はじめまして、私は雫って言うんだよ」
『雫? うん、覚えた。今日からよろしく、仲良くしてね』
「私もよろしく。仲良くしようね」
「あら、もう仲良しになったの? いいわね」
「うん、もうお友達。リオ、この人が私のお母さんだよ。ご挨拶」
『はじめまして。雫の友達の、リオって言います』
「こんにちは、雫の母の霞って言います。仲良くしてね、リオ」
『うん。今日から、お母さんも友達だよ』
「ありがとう、雫と仲良くしてあげてね」
『もちろん。ずっと仲良しだよ』
「そう。仲良し、仲良し」
「もうすっかりお友達ね。大切にしなきゃダメよ?」
「うん、大事にする! リオ、今日からずっと一緒だよ」
 そうしてこの日、彼は生まれた。母と一緒に作った、思い出のぬいぐるみ。私の友人、リオ。この日から、彼は私の一番の宝物となったのだ。





「リオ、あれが一番大きな桜の木だよ。春になったらすごく綺麗なの」
 翌日、私はリオを連れて庭園を散歩していた。彼に我が家の名所を教えようと思ったのだ。彼を脇に抱えながら、私は庭を散策する。そして、母は私達の後を追うように付いて回った。時折私の方を見ながら、微笑んでいる。そんな母を見て私も手を振る。
「ほら、ここが池だよ。いっぱい鯉が泳いでいるでしょ?」
『ホントだ! たくさん魚が泳いでいるね』
「もっとよく見せてあげる、はい」
 私はリオに鯉がよく見えるように池の淵に立ち、両腕を伸ばして彼を池の上まで持って行った。
「雫、そんな所にいると危ないわよ」
 母は私に危ない所に立つなと注意する。しかし……。
「あ……」
 母が言った傍から、私はバランスを崩した……。
「雫ッ!!」
 リオに鯉を見せようと無理な姿勢をしていた私はバランスを崩し、池に落ちそうになる。しかし、次の瞬間手を伸ばした母に掴まれ、私は間一髪のところで助かった。腕を掴まれた私は、そのまま母の胸まで引き寄せられる。
「………ふう」
 危うい所で私を助けた母は、安堵する。しかし、母はすぐに険しい顔になって私を見つめる。
「雫! 池の傍は危ないから近付いちゃダメって言ったでしょ!!」
「…………ごめんなさい」
「もう近付いちゃダメよ!」
「……うん」
「返事はうんじゃなくて、はい。分かった?」
「……はい」
 私がそう言うと、母はようやく顔を緩めた。しかし、私は次の瞬間、リオがいないことに気が付いた。
「……リオ? リオは!?」
 私は焦って辺りを見渡す。そして私は気が付いた。
「…………あ」
 私が立っている池の淵。そこからほんの少し離れた池の上……、そこをリオは漂っていた。彼に鯉がよく見えるようにと、私は池に身を乗り出した。しかし、それが裏目に出た……。私はバランスを崩し、危うい所を母に助けられたが、彼はそのまま池に落ちてしまったのだ……。
「…………リオ」
 池の上を寂しそうに漂う彼を見て、私は無性に悲しくなる……。そこに、母が声を掛けた。
「…………少し待ってなさい」
 母はそう言い、近くに生えている木の枝を一つ手に取り、それを折る。そして、枝を竿代わりにしてリオを岸に手繰り寄せた。
「リオ!」
 私は岸に辿り着いたリオを拾い上げる。しかし、ふかふかで暖かだったその体は、すっかり水に浸かり、びしょびしょに濡れていた…………。
 昨日、母と一緒に作った宝物。それを、私はたった一日でダメにしてしまった……。
「……うえ、うぇええーーーん…………」
 大切な宝物を自らの過ちでダメにしてしまった私は、悲しみと後悔で泣き出した。びしょびしょに濡れてしまったリオを抱えながら、その場でわんわんと泣き続ける……。
「大丈夫、ちゃんと乾かせば元に戻るわ」
「……でも、でもぉ…………」
 母がそう言っても、私は泣き続ける……。そんな私に、母は優しく話しかける。
「……雫。あなたがお母さんの言いつけをきちんと守っていれば、きっと今みたいなことにはならなかったわ。それどころか、もしお母さんがいなかったら、もっと大変なことになっていたかもしれない」
「……………………」
「だから、こんなことが起きないよう、これからは気をつけなさい」
 母は毅然とした態度で、しかし決して私を責めるようにはせず、私の過ちを正してくれた。母の厳しくも優しい言葉に、私は頷く。
「…………はい」
「良い子ね。リオが落ちたことは残念だけど、きっとそれは雫を助けてくれたのよ」
「…………リオが?」
「そう。リオが落ちたのは、雫を庇ってくれたからよ。リオにもお礼を言わないとね」
「……そっか。ありがとう、リオ!」
『どういたしまして。これからは気をつけないとダメだよ?』
「うん! これからは気をつける!」
「リオの言う通りよ。これからは、ちゃんと言いつけを守ること。頑張って言いつけを守れば、明日はきっと良いことが起こるわ」
「そうなの?」
「ええ。今日、悪いことや間違ったことをしても、ちゃんと反省をして頑張れば、明日はきっと良いことが起こるわ」
「……悪いことをしても、頑張れば明日は良いことが起きるの?」
「そうよ。悪いことをしたり、良くないことが起こっても、頑張って良い行いをすれば、それは巡り巡って、自分に返ってくるの。たとえ、すぐには返ってこなくても、きっといつかは良いことが起こるわ」
「そっかぁ……。それじゃあ、私も頑張る! 今日は間違えたから、良いことが起きるようちゃんと言いつけを守る」
「そうね。ちゃんとお母さんの言いつけを守れば、きっと良いことが起こるわ」
「うん。良いことが起こるよう、お手伝いも頑張る! おじさんの庭いじりも手伝うよ」
「くすくす。それは、まだちょっと早いわね。でも、お掃除やごはんの準備はお手伝いしてもいいわよ」
「はい。リオも一緒に頑張ろうね?」
『うん。僕も雫と一緒に頑張るよ』
「くすくす。二人とも、頑張ってね」

 頑張れば、明日はきっと良いことが。

 この言葉はこの日、母から貰ったものだ。リオと一緒に、母から貰った魔法の言葉。
 その言葉はこの時、私の中でしっかりと根付いた。
 母から貰ったこの言葉を、私はずっと大切にしてきたのだ……。





「お姉ちゃ~ん!」
「あらあら、どうしたんですかお嬢様? そんなに慌てて」
「何かお手伝いすることない?」
「くすくす、またですか?」
 先日、母にあの言葉を教えてもらって以来、私は積極的にお手伝いをするようになっていた。お屋敷の掃除や、食事の準備など、私が手伝えるようなことはなんでもした。
 特に、彼女は我が家で雇っている使用人の中でも、一番仲の良い仲居さんで、私は彼女をお姉ちゃんと慕っていた。そんなわけで、彼女の仕事は率先してお手伝いしていたのだ。
「何かない?」
「そうですね。それじゃあ、もうすぐ御夕飯ですからお皿を並べてもらっていいですか?」
「分かった。リオ、頑張ろうね!」
『うん、頑張ろう!』
「くすくす、リオくんも頑張ってね」
 そうして、私は彼女の言う通りにお皿を並べる。些細な事だが、こうした日々の小さな積み重ねが、将来の良いことを呼び寄せるのだ。私が並べた皿に、彼女は料理を綺麗に盛り付けていく。ほどなくして、テーブルの上にはおいしそうな料理がずらりと並んだ。
「はい。できましたよ、お嬢様」
「わぁ、おいしそう!」
「ありがとうございました。後は私がしますから、お嬢様は奥様を呼んで来てもらえますか?」
「うん、呼んでくる」
 私は母を呼びに行こうとする。その時、彼女が私に声を掛ける。
「あ、お嬢様」
「何?」
「お手伝いをしてもらったお礼です」
 そう言うと、彼女は私の手に何かを握らせた。私が不思議そうに手を開くと、そこには淡いピンクの紙に包まれたあめ玉があった。
「わあ……、いいの?」
「はい。でも、御夕飯の前ですから一個だけですよ?」
「うん、ありがとう!」
 私はお姉ちゃんにもらったあめ玉をポケットに大切にしまい、母を呼びに行った。母の部屋に向かう途中、私は少なからず興奮していた。
 やっぱり、お母さんはすごい。お母さんの言われた通りにお手伝いを頑張ったら、良いことが起こった!
 母からもらった魔法の言葉。その魔法は本当だった。良いことを頑張れば、それは巡り巡って自分に返ってくるのだ。お姉ちゃんに貰ったあめ玉を見ながら、私は微笑んだ。今、自分の身に起こった魔法を母に伝えたくて、私はお屋敷の中を小走りに急ぐ。そして、母の部屋の前まで来ると、私は声を上げた。
「お母さん、お姉ちゃんにあめ玉もら―――」
 しかし、私の言葉は途中で止まった…………。
「………………?」
 母の部屋の前まで来て、異変に気が付いた。襖一枚隔てた部屋の中からは、厳しい口調の母の声が聞こえて来た…………。
「―――して、…………あなたは、……いつも………………」
 この感じは、今までに何度かあった……。…………とても、嫌な感じ…………。私は恐る恐る、襖を開けた……。
 襖の奥……、部屋に備え付けられた電話に向かい、母は何事か話していた。
「…………何故今日も帰って来られないんですかッ!! 出張はもう終わったはずでしょう!? 一体、出張とやらは何カ月あるんです!!」
 電話越しに母は捲し立てる。電話の相手は父なのだろう……。父が珍しく電話をかけてきても、大抵こうだ。いつも母と口論となり、一方的に電話は切られる。そして、今日も…………。
「…………あ! もしもし!? もしもしッ!!」
 ……それきり、母が受話器に向かって話かけることはなかった。しばらくの間、受話器を握りしめていた母だったが、やがて静かに受話器を電話に掛けると、そのまま力なく座りこむ。やはり、父は今日も帰ってこない……。

 私の中で、父の記憶はほとんどない……。一緒に遊んで貰ったことなどないし、それどころか、どんな顔だったのかすら覚えていない。
 仕事ばかりで家に帰ることはほとんど無かった。たまに帰ってきても、いつも自室に籠り、声を掛けてもらったこともほとんどなかった……。実際、物心がつくまで私は父のことを、たまに家に泊まりに来る、よそのおじさんと思っていたほどだ。
 そんな父だから、当然母とは不仲だった。父は母と会話をすることすらほとんどなかった。母が、父の家庭を顧みない振舞いに不満を述べても、母の主張をうるさそうな顔をして、聞き流すだけ。口論にすらなってなかった。子ども心にも、父と母の関係がうまくいっていないことは分かっていた。そんな私に対し母は、お父さんは仕事が忙しいから仕方ないと寂そうに話していた。
 しかし……、当時の私に分かるはずもないのだが、父のあれは不倫だった……。何かと理由をつけて家を空けることがほとんどだったし、出張と称して旅行に出ることもしばしばだった。
 母は時にそのことを父に問い詰めることもあったが、父は知らぬ存ぜぬの一点張り。証拠など何処にもない……。そう言い切られれば、母にそれ以上問い詰める手段などなかった。……あの人は、私と母にとって、いないも同然だった……。
 それでも母は良くやっていたと思う。入り婿としてやって来て、肩身の狭い父を支えようと懸命に頑張っていた。父のいない我が家を切り盛りし、須磨寺家に関する様々な仕事をこなしていた。名前だけしか残らない他の旧家と違い、須磨寺家が名家の名を保っていられたのは母のおかげだろう。だがそんな母に対し、父は労いの言葉のひとつもなかった……。
 家に関する様々な面倒事を母に押し付け、自分は外で女と遊んでばかり。そんな父の態度に、徐々に……、……しかし確実に、母の心はすり減っていった…………。

 力なく座り込み、顔を覆う母……。その姿を目にし、私は声を掛けずにはいられなかった……。
「……お母さん。お父さんとケンカしたの……?」
 私の声を聞き、母は驚いて顔を上げる。
「…………雫、いつからそこにいたの……?」
「…………さっき」
「…………聞こえちゃったわね……。こっちにいらっしゃい……」
 そう言い、母は私を手招きする。私は母に駆け寄った。そして、母は私を優しく抱きよせる。
「心配しなくてもいいわ。お母さんとお父さんは仲良しよ」
「本当に?」
「ええ、本当よ。お父さんは仕事が忙しくて、お家に帰って来れないだけ。お仕事が終われば、すぐに帰ってくるわ」
「…………帰って来なくていいよ」
「そんなこと言わないの。お父さんが帰ってきたら、二人でお迎えしましょうね?」
「…………うん」
 そう言い、母は私に微笑む……。でも……、私は怖かった……。
 弱々しく笑う母の笑顔が、なんだかこのまま消え入りそうで……。
 このまま母が、何処か遠くに行ってしまうんじゃないか?
 この時……、何故だか私はそんな風に思った……。





「ほら雫、じっとしてなさい」
「わあ、すごい! こんなお洋服初めて着る!」
 今まで見た事のない綺麗な洋服を母に着させてもらい、私はちょっぴり興奮していた。
「はい、できた。ほら、鏡で見てごらんなさい」
「わあ……!」
 鏡の前に立つ私。そこには、絵本でしか見た事のないような、綺麗なドレスに身を包んだ私の姿があった。
「うふっ! うふふふ!!」
 ドレスを着ていることが嬉しくて、私は鏡の前でくるくると回る。そして、ピタリと止まると、スカートの端を摘まみ、ちょこんとお辞儀をする。
「皆さまこんばんは、初めまして。須磨寺雫と申します」
 絵本の中のお姫様のように、御行儀よく挨拶をする。そんな私の姿を見てお姉ちゃんが拍手をした。
「綺麗ですよ、お嬢様」
 お姉ちゃんが私を綺麗だと褒めてくれる。私は嬉しくなって顔を紅潮する。
「本当!? お母さん、お姉ちゃんが綺麗だって!」
「良かったわね、雫。とても似合っているわよ」
 お姉ちゃんとお母さんに褒められ、私は再びくるくると踊り出す。何故私がこんな綺麗なドレスを着ているかというと、今夜はちょっとした晩餐会があるのだ。とある政界の大物議員の晩餐会に、我が須磨寺家も招かれたのだ。
 今までこういった場には母しか行かなかったが、後学の為にと今夜は私も行くことになったのだ。私にとって、初めての社交界デビュー。でも、私は緊張よりもドレスを着せてもらったことの嬉しさの方がずっと大きかった。
「今日はお城みたいな所でパーティーがあるんでしょ? 楽しみ!」
「まあ、大体そんなところね。でも、御行儀良くしてなきゃダメよ? 今日は偉い人もたくさん来られるんだから」
「はい、御行儀良くします!」
「くすくす。こういう時だけは返事がいいのね」
「ねえ、お母さん。リオも連れて行っていい?」
「今日はリオは連れて行けないわ。置いていきなさい」
「ええ~? ダメなの?」
「ダ~メ。リオはお留守番よ」
「……は~い。リオは今日はダメだって」
『仕方ないよ、僕はいいから雫は楽しんで来てね』
「うん。ちょっとの間、お留守番してて。お姉ちゃん、リオをお願いしていい?」
「はい。リオくんと仲良くお留守番してますね」
「それじゃあ、後はお願い。行くわよ、雫」
「は~い」
「奥様、お嬢様。いってらっしゃいませ」
 私はお姉ちゃんとリオに手を振り、母と一緒に外に出る。そして、門の外で待たせておいた車に乗り込むと晩餐会へと向かった。





 煌びやかに輝く豪奢なシャンデリア。床に敷き詰められた豪華な絨毯。美しく盛りつけられ、見る者の目すら潤すような晩餐の数々。そして、美しく着飾った貴婦人に、彼女等をエスコートするタキシード姿の紳士達。
 そこは紛れもなく、夢にまで見たお城の舞踏会と同じだった。
「うわあ…………!!」
 絵本の中でしか見た事のない荘厳な晩餐会。そこはまるで御伽の国。夢のような光景に、私は興奮していた。
「お母さん、すごい! ほんとに絵本の中みたい!」
「雫、静かにしてなさい。ここはもう、絵本の中の舞踏会と同じなんだから。他の方は皆、名のある名家の方々よ。あなたも須磨寺の人間として、一人の淑女として、恥ずかしくないよう振舞いなさい」
「……う、うん。あっ……、はい!」
 いつもより厳しい口調の母の言葉に、私は緊張する。そうだ。ドレスを着させてもらい、はしゃいでいたが、ここには遊びに来たわけではない。今日は私の社交界デビューなのだ。ここで相応しくない振舞いをすれば、自分だけでなく母にまで恥を掻かせてしまう。私は少し緊張した面持ちで母の手を握る。
 母と手をつないだまま会場を少し歩くと、ちょっとした人だかりができていた。少し髪の白くなったスーツ姿の男性を中心に、人が集まっている。母は迷うことなく、その集団に近づいて行く。やがて、母の姿に気が付いた男性が声を掛けた。
「これはこれは、霞さん。お久しぶりです、お元気ですか?」
「お久しぶりです。先生も息災で何よりです。本日はこのような場に御招き頂き、ありがとうございます」
「いやいや、こちらこそ足を運んで頂き感謝します。霞さんにはいつもお世話になっていますからな。今後もよろしくお願いします。それから……、こちらのお嬢さんは?」
「はい、娘の雫です。さあ、雫。皆さんにご挨拶を」
 私は一瞬、母の顔を窺うが、母が小さく頷くと先程と同じように挨拶をした。
「皆さまこんばんは、初めまして。須磨寺雫と申します」
 私がそう挨拶すると、周囲には暖かな笑いが響く。
「はははは! 霞さんに似て聡明そうなお子さんだ。初めまして、お嬢さん。お母さんにはいつもお世話になっています」
 男性がそう挨拶をしたので、私は軽く会釈をする。それからしばらく、母は目の前の男性と歓談をしていた。しだいに緊張も解けてきた私は、辺りを物珍しそうに窺う。すると、そんな私の様子に気付いたのか、母は私に話しかける。
「雫、もういいわよ。後は好きな物を食べていなさい。でも、御行儀良くしなきゃダメよ?」
「は、はい」
 どうやら私の社交界デビューは終わったようだ。後は節度を守っていれば、好きなことをして良いようだ。私はその場を離れ、おいしそうな料理の前に立つ。
「うわあ、すごい!」
 実家の食事は家柄のせいもあって、ほとんどが和食だ。もちろんそれが嫌いなわけではないが、子ども心としては洋食も食べてみたいものだ。目の前にある豪華な晩餐の数々に私は目を輝かせた。
 お皿を取り、自分の好みの料理を乗せていく。魅力的な料理の数々に、私は舌鼓を打つ。食事をしながら周囲を見渡すと、私の他にも子どもの姿が何人か見えた。どうやら私と同じ理由で此処にいるらしい。子どもの御披露目が終わると、彼らは親から解放され好きな料理を食べていた。何人かは子ども同士集まり、お喋りをしているようだった。私も一緒に入れてもらおうかと、あちらに向かおうとした。その時―――
 私の隣に、一人の女の子がやって来た。目の前のケーキが欲しいのか、お皿に乗せる為のトングを探している。そして、私は自分が持っているトングがそれだと気が付いた。
「入れてあげる。どれがいい?」
「……え? え、と……。苺のケーキ…………」
「苺だね。ちょっと待って」
 私はずらりと並んだケーキの中から、苺ショートを取ると女の子の皿にちょこんと乗せた。
「……あ、ありがとう」
「ううん、どういたしまして」
 彼女はお礼を言うと私の方を気にしつつ、少し遠慮がちにケーキをつつく。少し緊張した面持ちの彼女だったが、甘いケーキが口に入るとその表情は柔らかくなった。
 可愛らしい女の子だった。綺麗な赤い髪をし、その髪を左右に結んでいる。そして、左右2つにある髪飾りは、可愛らしいピンクの珠の髪留め。
「ねえ、一緒にあっちに行こ。他の子とお喋りしようよ」
「う、うん!」
 一人で食べていてもつまらないので、私は女の子を誘い他の子と一緒に遊ぶことにした。そして、私は彼女と一緒に向こうにいる子たちとお喋りに興じた。

 しばらくの間お喋りをしたり、食事をしたり、こっそり会場を抜け出して遊んだり。私達は堅苦しい大人たちのルールに縛られず、おとぎ話のようなこの場所を楽しんだ。こんな機会は滅多にない。私は気の済むまでこの時を満喫した。やがて、ひとしきり遊んだ私は、母の下に戻ることにした。
「それじゃあ私お母さんの所に戻るね」
「うん、じゃあね」
 女の子に別れを告げると、私は母の下に戻った。母は今度は別の人と話をしていた。あの様子ではまだ食事はとっていないのだろう。私は母と一緒に食事をとろうと思い、声を掛けた。
「お母さん、一緒に食べ―――」

 ガシャンッ!!!

 その時、会場に派手な音が響いた。私は驚いて、音のした方を振りむく。ここからではよく分からないが、どうやら誰かがお皿を落としたようだ。多少驚いたものの、私は大して気にも留めずに母に話しかけようとする。しかし、その直後に起こったことに私は再び驚く。

「何やっているの、アンタはッ!!!!」

 周囲に響く女性の怒号。尋常ならざるその声に、私は震えあがった。そして、周囲の大人達はひそひそと囁き始める……。

「…………また、あの人か……」
「ほら、あれ……。右代宮グループの会長よ……」
「子どものしたことに、あんなにムキになってなあ……」
「あの人いつも、ああなのよ。普通あんな怒り方する?」
「頭がどうかしてんだよ。あの噂も、案外本当かもな……」
「遺産目当てに、親族皆殺しにしたってやつ? まあ、あの様子ならそう思われても、仕方ないかもな」
「可哀想になあ……、あの子。お前ちょっと言ってやれよ」
「馬鹿言うな。右代宮グループを敵に回したら、どうなるか分かったもんじゃねえ」

 そんな大人達の囁きが耳に入る。詳しいことは分からないが、あの女性が快く思われていないことだけは分かった……。私は向こうの様子が気になり、あっちに行って良いか母に聞こうとした。だが…………。
「………………右代宮? 右代宮ですって…………?」
 母は険しい顔をして、向こうの方を凝視している。その、只ならぬ様子を感じた私は不安になる……。母になんと声を掛ければ良いか、私は考える。しかし、私が口を開くより先に、母は私の手を引いて向こうの方へと歩いて行く。一抹の不安を抱えながらも、私は黙って母に付いて行った……。
 人垣を抜け、騒ぎの中央に来るとその様子がはっきりと分かった。
「どうしてアンタはそんなに愚図なのッ!! 一体どれだけ私に恥を掻かせる気ッ!!?」
「…………ご、ごめんなさい」
 その様子を見て、私は息を呑んだ。女性に叱られている少女。それは、さっきまで私と一緒に遊んでいた女の子だった。
「譲治ならこんな事は絶対なかったのに……。なんで譲治じゃなくて、アンタなんかがッ…………!!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
 女性に叱られる少女は、ひたすらごめんなさいを繰り返す。しかし、彼女がどんなに謝罪の言葉を口にしても、女性は彼女に対する罵声を止めはしなかった……。
 周囲のいる大人達は、少女に対し同情を、女性に対し憐れみの目で見ていた。皆、子どものした事にいちいち目くじらなど立てはしない。今や、この場は女性の奇行ともいえるような罵倒に視線が集まっていた……。
 自分の行いが、自身の評判を下げるだけだというのに、女性は決して止めようとはしない。まるで、自分の悪評に対する不満を、少女にぶつけているように見えた。それが、さらに自分の悪評を広めるだけだというのに……。
 衆目の中、罵倒される女の子の目には涙が浮かんでいる……。当然だ。まだ年端もいかない少女が、こんな無慈悲な罵声を浴びせられ平気なわけがない。ほんの束の間とはいえ、一緒に遊んだ友達が罵られ、私は悲しくなった……。
 どうにかできないだろうか? 私は女の子を助けたくて、母に相談してみた。
「ねえ、お母さん。何とかしてあげられないかな?」
「…………………………」
 しかし、私の問いかけに母は無言だった。
「………………?」
 聞こえていないのだろうか……? 私はもう一度母に尋ねようと思い、顔を上げた。
「ねえ、お母―――」















 その時の母の表情が…………、今でも私の脳裏に焼き付いて離れない…………。














 …………この人は…………、誰…………?

 そこには……、私が今までに一度も見たことのない……、歪んだ笑みの母がいた…………。
 醜悪としか形容できないその表情は……、醜く……、浅ましく……、とても正視できるものではなかった……。
 衆目の中、罵声を浴びせられ、涙を浮かべる哀れな少女を見ながら……、母はその様子を……、心の底から嗤っているように見えた…………。
 ……あの……、優しく……、美しく……、私が生きる手本としてきた母が……、こんな…………。
「お―――」
 ―――母さん。そう言いかけて、私は口を噤んだ。呼んではいけない……。だって……、この人は母ではないのだから……。私の母は、こんな人ではない…………。こんなはずがない……。
 ……もしこの人が、私の問いかけに応えたら、この人がお母さんになってしまう……。
 ……私はきっと……、見間違えたのだ……。初めての場所ではしゃぎすぎて、少し疲れていたのだ……。お母さんが、あんな顔をするはずがない……。……私の勘違い。……そうに決まっている……。
 …………私は必死に、自分にそう言い聞かせた…………。





 窓の外を流れる、美しい夜景の街並み……。心地良く揺れる、車の震動……。私と母を乗せた車は、我が家への帰路についていた。帰りの車の中、私は母の膝枕で横になっていた。……でも、私は眠る気にはなれなかった……。
 さっき見た母の顔……。……あれは一体何だったのだろう……? 私の知っている母とは、似ても似つかない……。思い出すだけで、身震いする……。……私は何か、悪い夢でも見ていたのだろうか……? 
「……ねえ、お母さん」
 私は急に不安になり、母を呼んだ。
「ん? なあに、雫」
 私を見つめる母の瞳。その顔はいつもと同じ、優しい母の笑顔だった。
「………………なんでもない」
「どうしたの? おかしな子ね」
 そう言って母は笑う。いつもと変わらぬ母の笑顔……。その笑顔を見て、私は一人納得する。
 ……やはり、あれは私の見間違いだったのだ。お母さんが、あんな顔をするはずがない……。あれはきっと、悪い夢……。浮かれて、はしゃいだ私が見た、幻だったのだ……。私は自分にそう言い聞かせた。
 …………忘れよう。ぐっすり眠って朝起きれば、そこにはきっと、いつもの日常がある……。いつもの優しい母が待っている……。今夜見たことは、夢と一緒に忘れてしまおう……。もう寝よう。明日になれば、きっと良いことが……。
 さあ……、おやすみ、私…………。





「……………………?」
 ………………何の音だろう……? 私は目を覚ました……。
 気が付くと、辺りは真っ暗。まだ真夜中のようだ……。
 どうやら私は、帰りの車の中で眠ってしまったようだ。自分がいるのが布団の中だと気が付き納得する。私はもぞもぞと、布団の中から這い出した。
「…………何だろう?」
 私はその場で耳を澄ます。妙な音がする。何処か遠くで、何かが騒いでいるようだった。
「………………?」
 何故だか分からないが、私はその音が妙に気になり、確かめずにはいられなかった。私は襖をそっと開けると、音のする方へと足を進めた……。

 真っ暗な廊下を、一人進んでいく。いつもはこんな時間に起きてなどいない。昼間は暖かみのある木目の廊下も、夜になると冷え切っており、夜の闇を一層不気味に引き立てていた……。私が歩く度、ギシギシと木板の床は不気味な音を立てる……。……見慣れた自分の家が、今はひどく怖ろしいものに見える……。
 何故、私はこんなことを……? こんなことさっさと止めて、もう一度布団に入って寝てしまおう。何度もそう思う。それなのに、私の足は前に進む……。さっき聞こえた音が、耳に付いて離れない……。……聞き間違いじゃない……。……あれは、……あの音は……。
 廊下を進むにつれて、私の疑念は確信へと変わる……。音の聞こえる先。そこは、母の部屋だった……。……けたたましい、叫び声が聞こえる。襖の一枚隔てた先からは、母の金切り声が聞こえてきた……。

「どうしてッ!? 何故あなたはいつもそうなんですかッ!! 私が今まであなたと、この家の為にどれだけ身を粉にしていたか、あなたは分かっているのですか!!」
 ……電話の相手は、やはり父のようだ……。母は、受話器の向こうの父に、その不満をぶつけている……。
「何が出張ですか!! 白々しい!! 分かっているんですよ!! あの女といつも旅行に出掛けているんでしょう!? 私と雫を放りだして、いつも遊んでばかり!! あなたは家族と、どこの馬の骨とも分からぬ女と、一体どっちが大事なのですかッ!!!」
 母の鬼気迫る態度から、それがいつもの口論とは様子が違うことが私にも分かった……。
「はっきり言ったらどうなんですか!! 家族と遊びと!! 一体どちらが大事なのか!!!」
 母は電話越しの父に向かって声を張り上げる。……私はその様子を、襖の陰から見ていることしができなかった……。
 その後も声を張り上げていた母だったが、しばらくすると急に押し黙った。そして、しばしの間、無言を貫いていた母だったが、やがてその肩が小さく震えだす……。
「…………そうですか。それがあなたの答えですか…………。……分かりました。あなたはもう自由です……。好きなように生きれば良いでしょう……。その代わり、二度と須磨寺の門は潜らないでください…………」
 ……その後、一言二言、言葉を交わした母は受話器を置く……。しばらくの間、母はその場に無言で俯いていた……。……しかし、やがて小さく嗚咽し始めると、その場に泣き崩れた……。
「………………うう、うぐぅ………、うぐぐぐ……、うあああああぁアアアアアーーーーーーー!!!!!」

「何で!!? どうして!!? 何故私ばかりがこんな目にッ!!!!! 」
 その場に泣き崩れた母は、号泣し畳を掻きむしる……。
「何だったの!? 私の今までの努力は!!! なんで私がこんな目に!!? 姉さんがいなくなってから必死で頑張った!! 勉強した!! 努力した!! 厳しい修行にも耐えた!! その為に好きな人とも別れた!! 夫の支えになった!! 子どもを育てた!! 家を護ったッ!!! ……それなのに……、どうして人並みの幸せさえ…………」
 畳の上に涙を零し、力なくうな垂れる母……。……その姿を見て、私は涙が零れた……。
「……信じてたのに……。いつか報われると信じてたのに……」
 いつかは報われると信じ、人知れず努力していた母……。その努力は……、ついに報われることはなかった…………。
「…………うぅ……、うぐ…………、ああああああぁぁアアアアアアアーーーーーー!!!!!」
 そして、再び母は号泣する……。そんな母の姿を見て、私は胸が詰まる思いだった……。母の力になりたい。やがて私は部屋に足を踏み入れる。
「……お母さん……」
 私の言葉を聞いた瞬間、母の嗚咽は止まった。
「……お、お母さん……」
 もう一度、母の笑顔が見たくて、私は声を掛ける。しばらくの間、その場に蹲っていた母だったが、やがてゆっくりと顔を上げた……。





「…………………………………………何見てんのよ」





 …………それは、臓腑の底から絞り出したような、怨嗟の声だった…………。
 ……一度たりとも聞いたことのない母の声に、私は凍りついた……。
「…………そんなにおかしい? 私が泣いて蹲っているのが……?」
 私を見つめるその瞳は、いつものような優しさなど微塵もなかった……。唯々、憎悪のような冷たく、黒々とした感情しか感じられない……。母のその変わりように、私は震えあがった…………。やがて母はゆっくりと立ち上がると、私の方に近づいて来る……。
「……ご、ごめんなさい……」
 何故母が私をそんな目で見るのか分からず、私はただ謝ることしかできなかった。……しかし、私に近づいた母はいきなりその手で、私の髪を掴み上げた。
「あッ……!! い、痛……、あああぁあああアアアアアアーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
 容赦なく髪を掴み上げられた私は、あまりの痛みに悲鳴を上げる。しかし、私の悲鳴を聞いても母はその手を緩める気配は一向にない。
「そんなにおかしい!? 私が旦那に捨てられたのがッ!!! アンタそこの襖の陰から、私が泣き叫ぶのをずっと聞いていたわけ!? さぞ、おかしかったでしょうね!!! 私がボロ雑巾のように捨てられるのが!! でもねえ、アンタも同じなのよ。私のようなボロ雑巾から生まれたんだもの。アンタも同じボロ雑巾よ!!! ええ、私もおかしいわ。こうやってアンタの悲鳴が聞くことができてッ!!!!!」
 そうやって母は一層、私の髪を掴み上げる。そして、私は見つめるその表情は、私が痛がっているのを心底楽しんでいるようだった……。
「痛い!! 痛い!!! ごめんなさい!! お母さんごめんなさい!!!」
「あら痛い? それはごめんなさいね。でもねえ、私が今まで受けた痛みと悲しみはこんなモンじゃないのよッ!!!!」
「い……、ぎゃ…………、あああああぁぁあああアアアアアアアッーーーーーーーー!!!!!!!!」

 やがて、母は私の髪を掴んだまま廊下へと出る。半ば私を引きずるように、母は廊下を歩いて行く。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいッ!!!」
 痛みに耐えかね、私はただ謝罪の言葉を繰り返すしかなかった……。しかし、母はそんな私の言葉など無視し歩いていく。そして、母はある部屋の前で立ち止まる。そこは私の部屋……。
 母は乱暴に襖を開けると、私の部屋に入る。そして、机の前に来ると椅子を引き、強引に私を座らせる……。私はようやく髪を掴まれる痛みから解放され、僅かに安堵する。だが、……それと同時にこれから母が何をするのか不安で堪らなかった……。やがて、母は乱暴に机の引き出しを開け、中からペンと一枚の原稿用紙を机に置いた。私はその場に置かれた文具の意味が分からず、恐る恐る母の顔を窺う。
「……こ、これは……?」
「反省文よ。アンタが愚図で無能で、どれだけ私に迷惑を掛けていたかを今から反省するのよ」
 母のその冷たい言葉が突き刺さる。しかし、言われた通りにしなければ、また髪を掴まれるかもしれない……。私は震える指でペンを握る。だが、一体何を書けば良いのだろう……? ペンを握ったまま、私は固まってしまった。そこに、母の容赦ない言葉が降ってくる……。
「ほら!! 何やってんのよ、この愚図ッ!!! さっさと書きなさい!!」
 私は震える唇で、恐る恐る母に尋ねる……。
「…………何て書けばいいの?」
 私のその問いかけに、母は心底不快そうに呟く。
「本当にアンタは愚図ね……。こう書くのよ『私は愚図で愚かで、役立たずで、いつもお母さんに迷惑を掛けているダメな娘です』こう書けばいいでしょう!!」
 ……母のその言葉に、私は涙が出そうになる……。私はそれを必死に抑え、ペンを走らせる。
「……わ、私は、ぐずでおろかで……、ぎゃっ!!」
「そんな小さな声じゃあ、聞こえないでしょうがッ!!! はっきり私に聞こえるように喋りなさい!!」
 声が小さいと母は激怒し、私の頭を机に叩きつける……。私は為す術なく、母に言われるがまま、ペンを走らせる……
「…………う、うぐ…………、私は……、ぐずで、愚かで…………」
 心無い母の言葉……。……強要された言葉を呟きながら、私は文字を書く……。鬼のような形相の母に睨まれながら、私はそれを書き続けるしかなかった……。
「………………うう、……ひっく。えぐ…………」
 大好きだった母に心無い仕打ちをされ、とうとう私は耐えきれず涙を零す……。そんな私に、母はさらに言葉の刃を向ける。
「悲しい? 苦しい? そうでしょうねえ? お母さんにこんなことされて、平気なわけがないわよねえ? …………でもねえ……、私はもっと苦しいのよッ!!! 私の努力を否定され!! 人格を否定され!! 人生を否定され!! アンタなんかの何万倍も苦しいのよッ!!!! アンタに分かる!? 私の苦しみが!!! 私にも人生があった!! やりたいことがあった!! 好きな男だっていた!! ……なのに、姉さんが男と出て行ってからの私の人生は滅茶苦茶よ……。やりたくもない後継ぎを押しつけられ、苦行のような花嫁修業をさせられ……、その為に好きな人と別れさせられた!! 挙句の果てに、お家の為にあんな男と結婚させられて、アンタみたいなのを孕ませられたッ!!! 私が欲しかったのはアンタなんかじゃない!! 私が欲しかったのは、あの人の子どもだったのに…………。何でアンタは生まれて来たのッ!!? 私はアンタなんか欲しくなかったッ!!! 私はアンタなんか望んでいないッ!!!!! 私の幸せはこんな所にありはしないッ!!!! アンタなんか、生まれて来なけりゃよかったッ!!!!!!!!!!!!」





 ……それは、母のそれまでの人生の……、全ての怨嗟だった……。
 良家のお嬢様として、何一つ不自由なく過ごしてきた、若かりし頃の母……。しかし、その生活は、姉がいなくなった事により一変した……。
 本来、伯母が継ぐはずだった跡取りは、この時、伯母から母へと移った。伯母が何年も掛けて身に付けた当主としての作法。それを、成人間近だった母はわずか数年で身に付けざるを得なかった。それがどれほど苛烈なものだったか……。それは、想像に難くない。
 それでも、お家の為にと母は努力していた。跡取りとしての作法を、過酷な花嫁修業を……。結婚してからは子育てを、お家に関する様々な仕事を……。しかし、この日……、そんな母の努力は全て否定された……。この夜、母の中で何かが壊れたのだ……。





「…………うぅ、ひっく……、えぐ…………」
 母の容赦ない言葉に私は涙を流す。しかし、そんな私を見ても、母は変わらず私を罵る……。
「悲しいわよねえ? いいのよ、そうやって泣いたって……。そうやってアンタが悲しむ姿が、唯一私の苦しみを紛らわせてくれるんだから!!! アハハハハハハハハハハ!!!」
 そうして母は、狂ったように笑いだす……。
「アハハハハハハハハハハハハハ………………、…………ハ、……あ?」
 狂ったように笑っていた母の笑い声が、ピタリと止んだ…………。母は、その脇で泣きながらペンを走らせる私を見る……。
「………………う、ひっく……、あ……、明日になれば、きっと良いことが…………」
 ……それは、私が母に貰った魔法の言葉……。頑張れば、きっと明日は良いことが起きる。母に教えてもらったその言葉を信じ、私は言われた通りにペンを走らせる。でも…………。
 私が涙を滲ませながら書いた原稿を、母は無情にも握り潰す…………。
「……………………明日になれば良いことが…………? 嘘に決まってんでしょうがそんなことッ!!!!!」
 母はそう叫び、机を叩きつける。
「頑張って良いことが起きれば誰だって幸せになれるわよッ!!! 良いことなんかありはしない!!!! アンタも!!! あたしも!!! 私達はね、生まれた時からこの家に呪い殺される運命なのよ!!! この家に生まれた時から、人並みの幸せなんか、ありゃしないのよ!! 今までも、これからも、私はこの家から逃れられないのよッ!!!!!」
 鬼の形相で、母は私の顔を覗き込みながらそう叫ぶ。
「そうやって、私がもがき苦しむ姿を見て、どいつこいつも笑っているのよ!!! みんなみんな、陰から私を見て、嘲笑っているのよ!!! 死ね!! みんな死ね!!! どいつこいつも死ね!!! 死ね、死ね、死ねッ!!!!!」


「あいつも死ね!! こいつも死ね!! どいつも死ね!! みんな死ね!!! お前も死ね!! 死ね!!! 死ね!!! 死ねッ!!!!!」


 呪詛のように……、死ねと呪いの言葉を繰り返す母…………。
「……お、母……、さ……」
 この時……、私は……、あの優しい母が、もう二度と帰って来ないのだと分かった…………。



「アハ! アハハハハ!! アーーーッハッハッハッハッ!!!!!」
 そして、母は天を仰ぎ狂ったように叫び出す。やがて彼女は天を仰いだまま、回り出す。……それはまるで、舞台の上で踊る、オペラの歌手のよう……。彼女は踊る、舞台の上を…………。



 狂々…………、狂々と…………。



 やがて、騒ぎを聞きつけた使用人達が部屋へとやって来る……。彼らは皆、なんとかして母をなだめようとしていた。しかし、使用人にすぎない彼らに、母をどうにかすることなどできるはずもなかった……。母は、今度は使用人に向かい罵詈雑言を吐く。その母の豹変ぶりに、皆はただ茫然と見ているしかなかった。
 やがて、そんな母の姿を見せまいと、お姉ちゃんが私の目を覆う……。お姉ちゃんも震えていた……。それが悲しかった……。……母を、奥様と慕っていたお姉ちゃんが、その姿を見て身を震わせる程心を痛めているのが悲しかった……。
 部屋には、母の狂ったような笑いが木霊する……。私はただ茫然と、その声を聞くことしかできなかった…………。



 …………ああ、お母さんが……、壊れていく…………。



 …………今日、この日……。私の幸せな世界は、終わりを告げた…………。










 夜の帳が落ち、蛍光灯が照らす室内に、カーテンがゆらゆらと揺れる……。窓から、夜の冷たい空気が流れ込んで来た。
「…………冷えてきたわね……」
 そう言い、雫はそっと窓を閉めた……。秋の冷たい空気は遮られ、室内にはほんのりとした暖かみが戻る。ここは、聖ルチーア学園の学生寮。雫の部屋だ。
 彼女は窓から外を眺める。そこには、夜の暗闇が広がっている。森に囲まれ、外界から隔絶されたこの学園では、夜の街灯りなど見えるはずもなかった。この暗闇を眺める度、自分が囚われの身だということを思い知らされる……。もう何年、此処にいるのだろうか?  今はもうあまり感じないが、それでも時折、幸せだった須磨寺の屋敷を懐かしく思う時がある…………。
「…………………………」
 しばらくの間、窓の外を眺め感傷的になっていると、雫に声を掛ける者がいた。
『…………雫、元気出して…………』
 彼女の親友、ぬいぐるみのリオが声を掛けてきた。
『小鳥達と会えなくなったのは残念だけど、あの子たちの事を思えば、あれが一番良かったんだよ。雛にはやっぱり本物の親鳥がいなくちゃ』
「…………………………」
『ほら、元気出して! 明日になればきっと良いことが―――』
「無いわ」
 リオの言葉を雫は一蹴する。彼女のその言葉に、リオは声を失う…………。
「頑張ったって、良いことなんか起こらない」
『…………どうして、そんなこと…………』
「今まで良いことなんて、一度も起こらなかった。あんな言葉、魔法でも何でもない。嘘に決まっているわ」
『…………そんなこと…………』
 リオは何とかして雫を励まそうとするが、そんなことはどうでも良かった。
 ……夢は見飽きた……。いつか、良いことがあると信じ、頑張ってきた自分。……しかし、期待はいつも裏切られた……。ほんの少し甘い夢を見させて、後に待っているのはつらい現実…………。期待などするから、つらいのだ……。だから決めた……。

 ……もう、私は夢を見ない……。

 私の夢は、8年前のあの日、終わったのだ……。今となっては、儚い幻……。……本当に、夢のように消え去った……。
 あの夜、父からの電話がなければ……、あるいは、あの晩餐会に右代宮がいなければ、母はおかしくならなかったのだろうか…………? 私の人生は、もっとまともなものになっていたのだろうか……? ……今となっては、知る由はない……。
 窓から外を眺める。相変わらず、ここからは何も見えない。……所詮、此処は鳥籠の中……。私はこれからも、此処に閉じ込められ……、卒業しても、今度は家に縛られる……。
……何の意味もない一生……。



 くだらない級友。
 くだらない教師達。
 くだらない学校。

 ……くだらない、私の人生…………。



「……壊れてしまえ、こんな世界……」
 ……雫は小さく呟く……。しかし、彼女の呟きに応える者は誰もいない。
 雫は部屋を眺める。自分以外誰も使う者のいない、寂しい部屋……。見慣れた自分の部屋がひどく広く感じた……。……そんな部屋の一角。部屋の隅にある机の上。そこに、一つの写真立てが置いてある。ついこの間まで、そこには一枚の写真が飾ってあった。幼いころ、母と一緒に撮った思い出の写真……。しかし、今は何もない……。大切に飾ってあった思い出の写真は、もう影も形もない……。
 机の上には寂しそうに、何も入っていない写真立てだけが、飾ってあった…………。



































昔々。
神様が人々の前に姿を現していた頃のお話。



天より声が降ってきた。
私は世界に大地とお前を作った。
お前に私の力を分け与えるから、私の望む世界を作りなさい。

少女は天の声を聞きました。
その日から、彼女は世界を作りました。
彼女は初めに人を作りました。



天より声が降ってきた。
今度は森を作りなさい。
人々が森の恵みが受けられるよう、豊かな森を作りなさい。

少女は天の声を聞きました。
彼女は世界に森を作りました。
人々は森の恵みに感謝しました。



天より声が降ってきた。
今度は村を作りなさい。
人々が風雨を凌げるよう、立派な村を作りなさい。

少女は天の声を聞きました。
彼女は世界に村を作りました。
人々は暖かな家に感謝しました。



天より声が降ってきた。
今度は海を作りなさい。
人々が海の恵みを受けられるよう、母なる海を作りなさい。

少女は天の声を聞きました。
しかし、どうしても海が作れません。
母なる海は広大で、少女の力では作れません。
人々は大いに嘆きました。



天より声が降ってきた。
何をしている。それでもお前は私の子か。
役立たず。お前なんかもういらない。

少女は天の声を聞きました。
そして少女は泣きました。
来る日も来る日も、泣き続けました。
やがて少女の涙は池となり、河となり、やがては海になりました。
人々は大いに感謝しました。
しかし、人々がいくら探しても少女は何処にもいませんでした。





天より声が降ってきた。
それでいい。世界に神は二人もいらぬ。













うみねこのく頃に

















2010.10.11 Mon l うみねこ l コメント (1) トラックバック (0) l top

コメント

続きを一気に読みました。
霞の努力が泡となり、絶望に変わった様子に感情が高まりました。
雫の心にどれだけの傷が刻まれたかと思うと辛かったですね。フクションだと自分に言い聞かせながら読みました。辛いことが人を変えてしまう・・・人の怒りや悲しみを真に理解できたら誰かを嫌いになることはないんだろうな。狂った霞にも共感を覚えました。みんなみんな辛いことをどこかで抱えている同胞ですね。
2013.02.03 Sun l 乗組員z. URL l 編集

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