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大変お待たせしました。
超久々のそらのむこう本編の新作です。
楽しんで頂ければ幸いです。










   誰だって幸せになる権利がある。
      難しいのはその享受。

   誰だって幸せになる権利がある。
      難しいのはその履行。

   私だって幸せになる権利がある。
      難しいのはその妥協。



               Frederica Bernkastel





 …………声が、…………声が聞こえる。
 ……小さな、小さな鳴き声。
 ……それは何処から聞こえるの?
 彼女は探す。何処からか、小さく聞こえるその声を……。
 耳を澄まさねば、儚く消えてしまいそうな、か細い鳴き声。
 彼女は探す。弱くとも、精一杯自らの命を主張するその声を。



 やがて、眩しい光が彼女を照らす。
 草木をかき分け進んだ先は、明るく開けた場所だった。先程の様な雑草も少なく、多くの木が並ぶ様に立っているそこは、まるで公園のようにも見える。
 そして、その先。彼女が立っているその場から、やや離れた所。そこから、先程聞こえてきた、小さな鳴き声が聞こえてきた。彼女は声の聞こえる方へそっと近づき、腰をかがめる。
 大きな木の幹の下。そこには、小さな小さな3羽の雛が声を上げ、元気に鳴いていた。彼女は上を見上げる。大きな木に無数に生える枝の数々。その中の一か所。枝と枝の間に、小さな小鳥の巣が見えた。
「…………巣から落ちたんだわ」
 彼女は辺りを見回すが、親鳥の姿はない。何処かに餌を取りに行ってるのか? それとも、もう雛を諦めてしまったのか? その姿は何処にも見られない……。
「……可哀想に」
 彼女はそっと、雛に手を差し伸べる。小さく儚いその命は、彼女の手の中で元気に動きまわり、懸命にその命を主張していた……。
「もう大丈夫……」
 今、雫の掌の中には儚くとも懸命に生き抜こうとする、3つの小さな命があった……。





 そらのむこう 第6話
「魔法の言葉」





 パラ、パラ、パラ。
 放課後の図書室に、本をめくる音がする。テスト期間中は人で溢れる図書室も、テストが終わってしまえば、実に閑散としたものだった。授業から解放された生徒たちは、部活動や買い物に出かけ、図書室にいるのは雫を含め、数える程しかいなかった。
 そんな人気のない図書室で、雫は一人、本を眺めていた。目を通しているのは、野鳥の図鑑。昨日見つけた雛たちを調べようと思い、先程から目を通している。パラパラと、図鑑を一通り目にしたが、雫はパタンと本を閉じた。
「……やっぱり載ってないわね」
 いくつかの図鑑に目を通したが、雛の姿まで詳細に載せてある本は、そう多くない。あったとしても、小鳥の姿など、どれも似たようなもので区別がつかなかった。最初は小鳥の飼い方を記した本を探してはみたが、残念ながらここにはないようだ。もっとも、あったとしても、ペットの所有など学園では許されるはずがないのだが……。
 少しでも雛たちのことを調べようと思って図書室に来たのはいいが、あまり参考にはならなかった。図鑑で調べるのを諦めた雫は席を立つ。本を棚に戻しながら、雫は小さく呟いた。
「餌はやっぱりミミズとかかしら……?」
 本を読んだ限り、鳥の餌としては主に小さな昆虫・ミミズといったところだ。鳥の餌でも売っていれば良いのだが、あいにく学園内の雑貨屋ではそんな物は売っていない。どこで餌を調達するのかが、悩みの種だった。
「……自分で捕まえるしかないか」
 図書室の扉を潜りながら、雫は小さく呟く。雑貨屋があてにできない以上、自分でどうにかするしかない。しばらく思案していた雫だったが、やがて腹を括る。
「どうにかしなくちゃね」



 数時間後、雫は昨日の森の中にいた。しかし、今日は昨日と様子が違っている。落ち着きなく辺りを見回し、周囲を気にしているようだった。周りに人がいないことを丹念に確認する。
「こんな所にいるのを見られたら、何を言われるか分かったものじゃないわ」
 やがて彼女はその場にしゃがみ込み、持っていた鞄を開いた。中から取り出したのは園芸用の小さなスコップ。わざわざ、ガーデニングが好きなシスターから借りたものだ。どうにかこれで、餌用のミミズを捕まえられないかと考えたのだ。ガーデニングの経験の無い雫も、これなら何とか扱えるだろう。もっとも借りに行った際、スコップだけでなく苗やらプランターやら、半ば無理やり渡されたのだが……。渡された園芸用品をどうするか考えなければならないが、とりあえず今は置いておこう。
「上手くいるといいけど」
 雫は手にしたスコップを地面に突き立てる。

 しばらく地面を掘り返していた雫だったが、すぐに息が切れてきた。元々土いじりなどしたことが無いうえ、細かい雑草が生えている地面は簡単には掘り返せない。しかも、荒れ地に等しいここでは、管理された畑や花壇とは違い、いくら掘ってもミミズなど出て来ない。
「何でこんなに地面が固いのよ……!」
 ぶつぶつ文句を言いながらも、雫は地面を掘り続ける。ミミズの姿などなかなか見えて来ないが、それでも根気よく掘り続ける。しばらくの間、黙々と掘り続けると、ようやく一匹姿が見えた。ところが、せっかくミミズを見つけたにも関わらず、そこから雫は動けない。フリーズしたかのように、雫はその場で止まってしまった。
「………………気持ち悪い」
 土いじりなどしたことがないのだから、当然ミミズなど触れた事がない。知識としては知っていても、実際この目で見たのは初めてだった。くねくねと体をくねらせ、土の中から這い出て来るその物体を目にした雫は、全身に悪寒が走った。今となっては、シスターから手渡された軍手を部屋に置いてきたのが悔やまれる。
 とはいえ、ここまで来て手ぶらのままでは帰れない。雫は意を決し、そのグロテスクな物体に手を伸ばす。
「~~~~~~~ッッ!!!!」
 ミミズの先端を指先で摘まみながら、地面から引っ張り出す。必死の思いでやっと一匹捕獲したが、雫は残念そうに呟いた。
「……駄目だわ。こんな大きいの、食べられるわけがない……」
 引っ張り出したミミズは、ゆうに10センチはある。小さな雛たちでは、こんな大きな獲物はとても食べられない。死ぬ思いで捕まえた獲物が駄目だと分かり、雫は肩を落とした。
 しかし、落ち込んではいられない。昨日から雛たちは、何も口にはしていない。何とか餌を捕まえないと、飢え死にしてしまう。しばらくその場で肩を落としていた雫だったが、やがて立ちあがる。
「仕方ない……。他の餌を探しましょう……」
 雛たちに餌を与える為、雫は再び歩き始めた……。



 昨日、雛たちを見つけた広場。そこに雫の姿はあった。雛たちの巣があった木から少し離れた藪の中。そこに雫は腰掛けていた。地面に座り込んだ雫は藪の中に手を入れ、草木をかき分ける。その中に、3羽の小さな雛たちはいた。3羽は雫の作った急ごしらえの巣の中で大人しくしていた。
 地面に落ちたままでは他の動物の餌食になると思い、草木や枝を編み、見よう見まねで巣を作ったのだ。あまり良いできとはいえないが、何もないよりはマシだろう。雫は3羽の無事な姿を見て頬を緩めた。
「いい子ね。みんな大人しくしていた?」
 そう声を掛けると、雫は鞄の中から小さなタッパーを取りだした。中には小さな昆虫が入っている。ミミズは大きすぎたので、草むらや地面にいた昆虫を、片っ端から捕まえていたのだ。
 雫が虫を摘まんで差し出すと、雛たちは我先にと口を開いて餌をねだる。そんな雛たちを見て、雫は小さく笑った。
「そんなに慌てなくても、十分あるわよ」
 そして、雛たち1羽1羽に餌を与える。お腹を空かせていた雛たちは、争うように餌を食べる。雛たちが元気に餌を食べる姿を見て、苦労した甲斐があったなと雫は思う……。

 やがて、雛たちは満腹になったのか、3羽とも大人しくなった。あれほど沢山あった餌は、今はわずかしか残っていない。
「すごい食欲。また捕まえないと駄目ね」
 食欲旺盛な雛たちを前にして、雫は親鳥の苦労が少し分かった気がした。
「それじゃあ、また明日ね。良い子にしてるのよ?」
 雛たちに餌を与えた雫は、再び巣を藪の中に隠す。今日はもう遅い。早く帰らないと門限に間に合わなくなる。雫は巣を元に戻し立ち上がる。

 どうか、他の動物に見つかりませんように……。

 祈る様な想いで、雫はその場を後にした。





「……ただいま」
 何とか門限に間に合った雫は、やっとの思いで部屋に戻った。
「ただいま、みんな」
 そして、部屋の中に置いてあるぬいぐるみたちの頭を撫でていく。鞄を机の上に投げ出すと、雫は倒れるようにベッドにうつ伏せになる。
「………………疲れた」
 雛たちの世話をしている時は無我夢中で感じなかったが、こうして一人部屋にいると、疲労がどっと押し寄せてきた。本当はすぐにでも寝てしまいたいが、今日はまだやる事が残っている。疲れた体に鞭を打って雫は顔を上げた。すると、枕元に置いてあるぬいぐるみが目に入る。雫はそれに手を伸ばした。
「ただいま、リオ」
 雫が手にしたぬいぐるみ。それは、少し古ぼけたライオンのぬいぐるみだった。雫が初めて作った、思い出のぬいぐるみ。リオと言う名は雫が付けた。『LION』のぬいぐるみだから、最初の3文字を取って『リオ』。我ながら安直だなと思うが、気に入っているのだから仕方がない。
『おかえり雫、今日は大変だったね』
「そうね。でも私が頑張らないと。今は私が親なんだから」
 ベッドに仰向けになりながら、両手に抱いたぬいぐるみに話しかける。作ったぬいぐるみは皆大切にしているが、彼は特に大切にしている。今でも枕元に置き、一番傍にいるのが彼だった。幼いころから一人でいることが多かった彼女にとって、彼らは孤独を紛らわしてくれる大切な存在……。
『雛たちにはごはんあげれた?』
「ええ、ちょっと大変だったけど、ちゃんとごはんはあげたわ。でも、正直疲れたわね。餌を捕まえるのがあんなに大変だったなんて……」
『一体何をあげたの? 雑貨屋で鳥の餌は売ってないんでしょ?』
「最初はミミズを捕まえたけど、あれはダメね。大きすぎてとても食べられないわ。仕方ないから、草むらや地面にいる小さな虫を捕まえてきたわ。おかげで手が泥だらけ」
『ええ!? そんな手で僕に触っているの!?』
「大丈夫。ちゃんと洗ったわよ」
『あ~、びっくりした。気を付けてよ? 自慢の毛並みを泥で汚されるなんて、僕嫌だよ?』
「はいはい、分かってるわよ。ぬいぐるみのくせに細かいんだから」
『その言い方傷つくな~。僕らだってちゃんと生きてるんだよ? 自分で作ったんだから、もっと大切にしてよ』
「アンタがその減らず口を、もっと少なくしたらね」
『むぅ……。口が減らないのは、雫のほうだよ。でも、良かったね。雛たちにごはんをあげれて』
「ええ、思ったより元気そうで良かったわ。たくさんあった餌が、あっという間になくなるんだもの。すごい食欲」
『あははは! よっぽどお腹が空いてたんだよ。きっと雛たちも喜んでいるよ。雫は頑張り屋さんだから、きっとその頑張りは報われるよ!』
「ありがとう、リオ。そうね。頑張れば、きっと明日は良いことがあるわ」
『雫はその言葉が好きだけど、それなあに?』
「これはね、私がお母さんからもらった言葉よ。どんなにつらくて、苦しくても、頑張ればいつかきっと報われる。今日が苦しくても、頑張れば明日はきっと良いことがある。そんな、魔法の言葉」
『へ~~、そうなんだ。うん、大丈夫。きっと明日は良いことがあるよ!』
「そうね。諦めずに努力すれば、きっといつかお母さんも…………」
 しかし、そう言う雫の表情は、どこか寂しげに見えた……。やがて、彼女は再びリオを枕元に置く。そろそろ夕食の時間だ。時間に遅れたら、クラスリーダーとしての示しがつかない。雫はベッドから体を起こそうとした。しかし…………。
「……………………ん」
 疲れた体は意志に反し、動こうとはしない。頭では動かなければならないと分かっているが、体がそれを拒む……。


 ……いけない、起きないと……。
 ……夕食を食べて、シャワーを浴びて、それから宿題もしてしまわないと……。
 ……ああ、委員会の仕事もあったっけ……? 
 ……何とやることが多いのだろう……。
 …………でも、片付けてしまわないと………。


 しかし、そんな雫の意志とは無関係に、疲労しきった体に猛烈な睡魔が襲って来た。徐々に、雫の目蓋は落ちていく。
 …………ああ、駄目。今寝たら…………。
 体を起こそうと、雫は頭を上げる。しかし、そこまでだった。疲れ切った彼女の体には、もはや睡魔に打ち勝つ力など残っていない……。雫の目蓋は、完全に閉じられた。
 …………やがて、彼女の意識は、深い深い眠りの中へと落ちて行った…………。





「鳥の餌ですか? 申し訳ありません。ちょっと、ウチには置いてませんね」
「…………そう……、ですか……。…………分かりました…………」
 その言葉を聞き、雫は肩を落とす。授業が終わった後、雫は街の雑貨屋に来ていた。もしかしたらあるかもしれない、という淡い期待を抱いてやって来たものの、やはり鳥の餌は置いていないようだ。元々、寮生活でペットの所有など認められていないのだから、当然と言えば当然だった。
「…………お客様は、鳥を飼われるんですか?」
「…………ええ、まあ……。雛が巣から落ちてしまって……。寮では飼えないので、今は屋外で育てています」
「まあ、それは大変ですね。そうですか……、分かりました。それでは当店の方で取り寄せさせて頂きます。必要でしたら、巣箱もご用意しますが?」
「えッ!? いいんですか?」
「はい、私で良ければ力になります。あっ、でも学園には内緒にしてもらえます? 学園指定以外の物品の搬入は固く禁じられていますので。ここだけの秘密ということで」
 そうして、店員は悪戯っぽくウィンクする。そんな彼女を見て、雫も頬を緩めた。
「はい、ありがとうございます」





「ほら、ケンカしないの。仲良く食べなさい」
 雑貨屋を出た後、雫は再び雛たちのもとを訪れていた。彼らは今日も勢いよく、餌を食べている。今日補充した餌は、早くもなくなりそうだったが、明日には鳥の餌が雑貨屋に入る予定だ。必死に餌をかき集める苦労も今日までだ。これで、時間に追われる事が少なくなると思うと、少しほっとした。
 自分から始めた事とはいえ、日々の学業に追われながら雛を育てるのは、思っていた以上に大変だった。だが、いくら大変だろうと途中で止めるわけにはいかない。今は自分がこの子たちの母親なのだ。その思いが、今の雫を支えていた。
「さあ、今日はこれぐらいね」
 雛に餌を与えると、雫は立ち上がる。もう日も暮れてきた。早く帰らないと門限に間に合わなくなる。
「また明日ね」
 雛たちに手を振り、巣を元に戻すと雫はその場を後にした。

 寮へ帰る途中、雫は腕時計をチラリと見た。もう、あまり時間がない。雛たちに餌を与えるのに、少し時間をかけすぎた。少し急ごうか? 雫は少しペースを上げようと足早になる。その時……。



「何しているんですか、こんな所で?」



「―――――!!!」
 急に声を掛けられ、雫は振り返る。そこには雫と犬猿の仲の人物、園崎詩音がいた。何故こんな所に? この道は、生徒は滅多に使わないのに……?
「さっき森の奥から出てきましたよね? あんな所で何をしていたんですか?」
 園崎は妙に親しげに話しかける。その馴れ馴れしい態度に、雫は不愉快になる。
 雫はこの女が嫌いだった。声も、態度も、言葉使いも。全てが勘に障った。
 何かと自分の邪魔をするのが気に入らなかったし、聖ルチーア学園に相応しくない振舞いも、全て気に入らなかった。だが、もっとも不愉快だったのは……。



『何って、ちょっと散歩をしていただけですよ』



 白々しい。何が散歩だ。そんな言葉で誤魔化せるとでも思ったのか?
 コイツは……、この女は……。私の部屋に無断で入ろうとしていたのだ。
 ここが学園じゃなかったら、警察に突き出しているところだ。
 人のプライバシーを侵害しようとしておきながら、この上まだ私に干渉するつもりか?



 何かと自分に干渉してくる園崎の態度が、実に不快だった。



「あなたには関係ないでしょう」
「………………………………」
 園崎の質問を雫は一蹴する。そして、そのまま見向きもせずにその場を離れた。しばらくすると、遠くから『ム・カ・ツ・ク~~~!!』と声が聞こえてきたが、そんなことは知ったことではない。あの不快な声が聞こえないよう、雫はさらに足を速めるのだった。





 チュン、チュン、チュン。

 小鳥のさえずりが耳に入り、雫はうっすらと目を開ける。カーテンの隙間から朝の木漏れ日が差し込み、少し眩しかった。
「………………朝か」
 雫は体を起こそうとするが、なんだか今朝は体が重い。連日の無理がたたったのか、意志とは裏腹に、体はついて来ない。
 しかし、起きなければ。起きて、あの子たちに朝ごはんをあげないと。雫は重たい体に鞭を打って、ベッドから這い出る。
「………………今、何時?」
 時計を確認する。その瞬間、雫は一気に目が覚めた。
「7時半ッ!? もうこんな時間なの!!?」
 ベッドから飛び起きた雫は大急ぎで着替えを済ます。かろうじて顔を洗い、髪を整えると朝食も摂らずに部屋を飛び出した。



「ハアッ! ハアッ!ハアッ!」
 全速力で走って来た雫は、雛たちのもとに着くと崩れるように座り込んだ。
「ハア……! ハア……! もう少し……、体力つけようかしら……?」
 茶道・華道を嗜んでいる雫だが、運動部歴のない彼女にとって、朝のランニングはキツイものがあった。息を整えながら、藪の中に手を入れた雫は、巣が無事なのを確認しほっとする。どうやら今日も雛たちは無事なようだ。
「ごめんね、遅くなって。今、ご飯をあげるから」

 今朝はバタバタしていたため、餌を捕まえる時間はまるでなかった。なので、今与えている餌は僅かに残った昨日の分だ。これだけで足りるだろうか? と思ったが、餌がなくなる頃には、雛たちは満腹そうにしていた。今朝は随分と小食だ。ひょっとしたら、私がいない間に、親鳥が餌を運んでいるかもしれない。そう考えると少しほっとした。
 どんなに愛情込めて育てても、本物の親鳥に敵うわけがない。もし親鳥がいるのなら、餌の心配はもういらないかもしれない。後は巣箱を付けてあげればいいだけだ。恐らく今日には巣箱が届いているはずだ。授業が終わったら取りに行こう。
 やがて、雛たちに餌を与え終わり、雫は腕時計を見る。
「……もうこんな時間。急がないと……」
 時刻はとうに8時を回っている。教室までは再びランニングのようだ。
「じゃあね。また来るから」
 巣を元に戻すと、雫は急いで駆けだした。





 学校への道を全力で駆け抜ける。雫は走りながら、チラリと腕時計を見る。急いではいるものの、どうやら間に合いそうにない。せめて、HRが終わる前には教室に着かないと。
「ハアッ! ハアッ!ハアッ!」
 ようやく校舎が見えてきた。正門前には生徒指導室のシスターが立っている。ルチーア学園の生徒たるもの、遅刻などあってはならない。そのため、遅刻者にはそれ相応のペナルティが課せられる。しかも、生徒の模範となるクラスリーダーが遅刻とは……。これは後で大目玉だ。
「おはようございますッ!!」
 挨拶もそこそこに、雫は正門を駆け抜ける。半ば呆れ顔のシスターの横を通り抜け、雫は教室への階段を駆け上った。やがて教室の扉が見えてきた。
 教室への廊下を駆け抜け、扉に手を掛けた雫は勢い良く扉を開く。
「おはようございますッ!! 遅刻して申し訳ありません!!」
 扉を開けながら、雫はそう叫ぶ。しかし、大声で教室に入って来た雫に対し、シスターも教室の皆も固まっていた。いつも優雅に、上品に振舞っている須磨寺さんが、息を乱しながら大声で教室に入って来た為、みんな目を丸くして驚いていた。
「………………あ」
 そんな皆の反応を見て、雫は急に恥ずかしくなる。自分でも分かるくらい、頬が紅潮するのを感じた。
「…………え~~、おはようございます、須磨寺さん…………。珍しいですね、あなたが遅れるなんて」
 シスターが少し戸惑いながら、雫に話しかけてきた。内心まだ驚いているのかもしれない。
「…………す、すいません…………」
「いえ、まだHRもこれから始まるところですから。さあ須磨寺さん、席に着いて」
「…………はい」
 そう言われ、雫はようやく席に着いた。周囲からは、くすくすと可笑しそうな笑い声が聞こえる。そんな周りの声を聞き、雫はますます恥ずかしくなった。

 ……この私が、遅刻だなんて……。

 一昨日、夕食を無断で欠席した上、遅刻とは……。クラスリーダーとしての面目は丸潰れだった。チラリと横を見ると、窓際の席から右代宮がこちらを見ていた。きょとんとして、不思議そうな顔でこっちを見ている。どうせ、心の中では私のことを笑っているに違いない。
 ふん、構うものか。笑いたければ、笑うがいい。あの子たちの世話ができるなら、恥くらい、いくらでもかいてやる。
 雫はそう考え、皆の前でかいた恥を心の内にしまい込んだ……。





 放課後、授業が終わると同時に、雫は街の雑貨屋に向かった。昨日の話では、今日には餌と巣箱が届いているはずだった。雫は期待に胸を膨らませながら、店の扉を潜る。中に入ると、昨日の店員が笑顔で迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。ご注文の品は届いてますよ」
 その言葉を聞き、雫は胸を撫で下ろした。これであの子たちに、もう少しまともな世話ができる。
「ありがとうございます」
「それでは、ご注文の品はこちらになります。他にも必要な物がありましたら、お取り寄せしますので」
 雫はとりあえず、餌だけ受け取る。巣箱を設置するには、それなりに準備がいるから、取りつけるのは明日にしよう。
 雫は代金を支払い、店を出ようとした。その時―――
「お客様」
 後ろから声を掛けられた。その声に、雫が振り返ると店員は……。
「小鳥さん、元気に育つといいですね」
 と、雫に笑いかける。そんな彼女を見て、思わず雫も笑顔になる。
「ありがとう」
 そして、受け取った餌を鞄に詰め、雫は店の扉を潜った。





 雛たちの下へ向かう雫の足取りは軽かった。待ち望んでいた品が手に入ったのもあるが、雑貨屋の店員さんに、元気を貰った気がした。
 とても親切な人だった。困っている雫に親身になり、無理な注文まで取ってもらった。それを思い出し、雫の顔は思わず綻びる。今まであまり利用したことはなかったが、今度からあの店で買い物をしよう。

『頑張れば、きっと明日は良いことがある』

 母に教えてもらった、魔法の言葉。その言葉が、雫の心に響いていた。
 母は正しかった。餌を採りに行ったり、遅刻をしたり、大変なことが多かったが、今日はこんなにも良いことがあった。頑張れば、その思いはきっと報われるのだ。
 魔法は現実になった。自分の苦労が報われたのが、嬉しかった。



 程なくして、雫は雛たちの下に辿り着いた。今日は始めから餌が手元にあるので、いつもより早く着くことができた。さあ、きっとあの子たちもお腹を空かせている。雫は藪の中に手を入れた。
「さあ、今日はたくさんご飯を持って来―――」

























 ………………………………馬鹿な。

 馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な!!! …………そんな馬鹿なッ!!!!



 ……いない。

 あの子たちがいないッ!!!

 そんな馬鹿なッ!! 今朝までは確かに此処にいたはずなのにッ!!

 いくら探しても、そこには雛たちはおろか巣さえなかった。取り乱しながら、そこらじゅう探し回ったがどこにもいない。やがて、雫の脳裏に最悪の事態が浮かぶ……。
 …………まさか、他の動物に……? そんな考えが頭に浮かび、雫は青ざめた……。しかし……。



「ッ!!?」
 人の声が聞こえ、雫は思わず身を潜めた。こんな所に一体誰が……?
 だが、聞き覚えのある声……。雫は木陰から、遠くに見えるその姿を眺めた。あれは…………。












 …………園崎、……詩音…………。










 …………その瞬間、雫の内から、真っ黒い感情が炎のように噴き出した…………。





 …………あの、…………女。




 あの女ァアアアああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッツ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!





 …………黒い、…………黒い、真っ黒なドス黒い感情が、雫の内から噴き出した…………。
 雫の内から噴出したドス黒い炎は、瞬く間に彼女の全てを燃やし尽す。……憎悪とも言えるようなその感情は、彼女の全てを焼き尽くした……。…………理性も、…………情も、…………人としての優しさも、全てが全て、燃やし尽された…………。
 …………もう、彼女の瞳には何も映らない。ただ一つ映っているのは、自分から大切ものを奪おうとする、あの女だけだった…………。





 私の部屋に無断で入るだけでは飽き足らず、私からあの子たちまで奪う気かッッ!!!!!!!!!!!!





 許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せない許せないッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!







 雫は大股で園崎に近づいていく。だが園崎は気付かない。そして、雫は園崎に手が届く距離になった瞬間、間後ろからその襟首を強引に掴み込む。



「――――――ッ?!!!!」



 園崎の襟首を掴んだ雫は、渾身の力を込めて思いっきり後ろに引っ張った。容赦などない。強引に後ろに引っ張られた園崎は、そのまま受け身もとれず背中から地面に叩きつけられた。
 ドンッ!!! という派手な音が辺りに響く。
「カハッッ!!!!!」
 その衝撃に、園崎は息が止まる。
「~~~~~~~~~ッ!!!!!!」
 痛みと衝撃に園崎は苦しそうに呻くが、そんなことは知ったことではない。そのまま園崎の上に馬乗りになると、雫はその胸倉を掴む。



「どこまで私を馬鹿にすれば気が済むのッ!!!!!!! アンタはッ!!!!!」



「何処に隠したのッ!!!? あの子たちをッ!!!!!!!!」
 大切なものを奪われた雫の怒りは尋常ではない。雫は鬼のような形相で園崎を睨みつけ、問い質す。しかし…………。
「な、何訳わかんないこと言ってんですか!? そんなの私が知るわけ……、グッ!!!」
 この期におよんでまだ白を切る園崎に対し、雫はその襟首を掴み上げるとそのまま持ち上げ、ありったけの力を込め園崎を地面に叩きつけた。
「ガッ!!!!」
「嘘おっしゃい!!! いい加減なこと言ってんじゃないわよ!!!!!」
 そう言い、今度はその髪を掴み上げる。
「痛!! 痛たた!!! 止めなさいよ!!!」
「アンタって人間は!!! 人の部屋に無断で入るだけじゃ足りないってのッ?!!!!!」
 髪を引っ張られている園崎は、何とかその手を引き剥がせないかと雫の手を掴む。しかし、渾身の力を込めて髪を掴み上げる雫の手は簡単には引き剥がせない。
「アンタみたいなのを人間のクズって言うのよッ!!!!!!!」
 雫はありったけの怒気を込めて、園崎に言い放つ。しかし、その瞬間園崎も堪忍袋の緒が切れた。
「………この、いい加減にしろォオオ!!! このクソアマァアアアアア!!!!!」
 直後、園崎はその場で大きく体を反らしブリッジをした。
「―――ッ!!?」
 次の瞬間、園崎の上に馬乗りになっていた雫は前方へ大きくバランスを崩した。何とか手を前につき、転ぶのだけは免れたがその隙を園崎は見逃さない。
「さっさとどけ、コラァアアアアアーーーーーッ!!!!!」
 園崎はそう怒鳴りつけ、雫の背中に思いっきり膝蹴りを喰らわせた。
「グッ!!!!」
 容赦なく背中を蹴られた雫は、園崎の上から転げ落ちる。二・三度地面を転がった所でようやくその体は止まった。
「痛ぅう……!」
 激痛に顔を歪める雫は地面の上で這いつくばる。なんとかその場から起き上がろうとするが背中に走る痛みの為、思うように体を動かすことができない。
「人が下手に出てりゃあ調子に乗りやがって!!!」
 雫を蹴り飛ばした園崎はすぐさま起き上がり、彼女に飛びかかった。
「このクソアマァアアッ!!!」
 すかさず雫を仰向けに転がすと、今度は園崎が馬乗りになる。自分が優位に立った園崎は、雫に向かって怒鳴りつける。
「さっきから訳の分からないことをゴチャゴチャと!!! 私が一体何を隠したっての!? ええッ!!?」
 未だに白を切る園崎は、逆上し雫に怒鳴りつける。散々好き放題された園崎は今までの鬱憤を晴らすかの如く、雫の腕をギリギリと押しつける。しかし、苦痛に顔を歪めながらも、雫の園崎に対する敵意に満ちた眼差しは些かも緩まない。
 自分個人への嫌がらせならまだしも、何の力もない雛たちを巻き込むのは我慢ならなかった。
「とぼけんじゃないわよ!!!! アンタ以外に誰がいるってのよッ!!!!!!!」
「コイツ!! まだ言うかッ!!!!」
 園崎は雫の腕をさらに地面に押しつける。圧迫され続け、その腕はうっ血し、赤黒くなる。しかし、雫は何とか逃れられないかと、渾身の力を込めて腕を押し返す。腕を外そうとする雫に、園崎は業を煮やす。
「この!! 殴られなきゃ分かんないわけ!!?」
「やれるもんなら、やってみなさいよ!!!」
 あくまで白を切る園崎に、雫も完全に頭に血が昇っていた。
 二人は敵意をむき出しにして睨みあっている。次にどちらかが動けば、そのまま手を出しかねない。互いに二人は牽制しあい、そして―――――










「止めなさい!!!!!」










 その時、誰かの怒鳴り声が聞こえてきた。雫が声のした方を振り向くと、そこにあったのはシスターの姿。
「淑女たるものが取っ組み合いの喧嘩など!! 何を考えているんですか、あなた達は!! 恥を知りなさいッ!!!」
 取っ組み合いのケンカをしている二人に、シスターはカンカンだった。
「園崎さん! あなたはまた問題を起こすつもりですか!? これ以上騒ぐようなら、それなりの措置は取らせてもらいますよ!! 須磨寺さん、あなたもです!! クラスリーダーともあろう者が、一体何をしているんです!!?」
「先生! 先に喧嘩を売って来たのはコイツですよ!!」
「何ですって!!? アンタが悪いんでしょう!!!!」
 自分のことを棚に上げ、園崎は雫が悪いかのように言って来る。
「止めなさい!!! まずはこうなった原因を話しなさい!! いつまでそうしているんですか、あなた達は!!」
 シスターにそう言われ、雫に馬乗りになっていた園崎はようやく降りた。雫も体を起こし、不愉快そうに園崎を睨みつけるがシスターの指示に大人しく従う。
「さあ、一体何があったんです?」

 そして、二人はこの場で起きたことを洗いざらいシスターに話した。双方とも、意見や主張に食い違う部分はあったが、二人の話を聞きシスターは納得したようだった。
「なるほど、分かりました」
 そして、シスターは二人の顔を見つめる。
「二人とも、付いてきなさい」





 シスターに連れてこられた先。そこで雫は思わぬものを見た。
 木に括りつけられた小さな巣箱。そこに開けられた、丸く小さな穴。そこからは3羽の小さな雛が我先にと顔を出す。そこにすかさず、親鳥が戻って来た。口には餌をたっぷりと咥えている。
 園崎が隠したと思っていた雛たちは、シスターが安全な巣箱に移していたのだ。雛たちが元気に餌を食べる様子を、雫は少し離れた場所で眺めている。彼らが無事な姿を見て、雫は嬉しそうに笑った。
「これで分かったでしょう? あの子たちは無事ですよ」
 シスターは諭すように、雫に話しかける。
「園崎さんがあなたに意地悪をして、あの子たちを隠したなんて誤解ですよ」
「……………………」
 シスターの言葉に、雫は黙って耳を傾ける。
「私も今朝、偶然ここを通りましてね。巣から落ちたあの子たちを不憫に思い、ここに巣箱を置いたのですよ」
「……そうだったんですか。ありがとうございました」
 雫はシスターに向かい、深々と頭を下げた。そこに、園崎が不快そうに声を掛けた。
「ちょっと」
 園崎は不愉快そうに雫を睨みつける。
「何か私に言うべきことがあるんじゃないですか?」
 園崎は雫に謝罪の言葉を要求する。しかし、こんな奴に謝る気など毛頭ない。
 大体、この女は私の部屋に不法侵入までしようとしたのだ。ならばお互い様だ。
「誤解されるような真似をした、あなたが悪いんでしょう」
「はあッ!!? アンタ今何て言いましたッ!!!!」
 雫の物言いに、園崎は声を荒げる。
「もういっぺん言ってみなさいよ!!! アンタ!!!」
 だが園崎の言うことなど、雫は気にも掛けない。
「シスター、巣箱のことありがとうございました。それでは私は失礼します」
 シスターには後日、改めて礼を言おう。とにかく今は、この女の顔など見たくない。
「ちょ…………、待ちなさいよッ!!!!!」
 雫は園崎の言うことなど無視し、歩いていく。
「あの女ァアアァアアアッーーーー!!!!!!!」
 遠くで園崎の怒号が鳴り響いたが、そんなことは知ったことではなかった。






「…………38.1℃か」
 園崎と一悶着あった翌日、雫は学校を休んだ。ここ数日の疲れが出たのか、今朝から熱が続いている。とても学校に行ける状態ではない。しかたなく、雫はシスターに休むことを伝え、朝からベッドで寝込んでいた。
『大丈夫、雫? まだ頭痛い?』
 寝込んでいる雫を心配し、リオが声を掛けてきた。
「大丈夫よ。もう、あまり痛くないわ」
『頑張るのは良いことだけど、ほどほどにしないといけないよ? 体を壊したら大変だよ』
「そうね。これから無理は止めとくわ」
『雫はいつも無茶ばっかりするね。ケンカなんて、もうしちゃダメだよ?』
「………………うるさいわね。放っておいてよ」
『…………むう。相変わらず口が減らないなあ…………』
 だが、確かにここ数日は少し無理をしていた。雛たちの世話をしていたから仕方ないとはいえ、体は正直だ。ここ数日の疲れに、体が悲鳴を上げたのだろう。特に、昨日は園崎と、取っ組み合いのケンカをしたのだから尚更だ。今思うと、あれがまずかった気がする。あそこで、あの女と会わなかったら、こんなことにはならなかったかもしれない。本当に忌々しい女だ。
 イライラしたら、また頭が痛くなってきた。おまけに、昨日から風呂も入らずに寝ていたので、体中汗をかいていた。
「…………ベタベタして気持ち悪い」
 せめて、シャワーだけでも浴びようか? まだ熱はあるが、このままではゆっくり寝られない。雫はバスルーム向かおうと思い、体を起こす。その時、リオが再び声を掛けた。
『…………ねえ雫?』
 リオに声を掛けられ、雫は彼の方に目を向ける。
「何?」
 そんな雫に対し、リオは少し遠慮がちに聞いて来た。
『…………雫は、何でいつもあの人とケンカするの?』
「…………何ですって?」
 リオのその発言に、雫は眉をひそめる。
『どうして、園崎さんと仲良くできないの?』
「………………止めなさい、その話は」
 さっき終わったと思ったケンカの話を蒸し返され、雫は不愉快になる。あの女のことを思い出すと、イライラして余計に頭が痛くなった。
『…………でも』
 しかし、リオは遠慮がちではあるが、話を続けようとする。
『ケンカなんかしてないで、仲良くしたら? もっともっと仲良くして、友達をいっぱい増やしたら、きっと今よりも楽しくなるよ』
「人の部屋に無断で入ろうとするような人間と、どう仲良くしろっていうのよ?」
『それはそうだけど……。でも、もっともっと、他の人と仲良くして、友達を増やせばきっと寂しくないよ? そうすれば、雫がいつもイジメてる、あの子とだって―――』
「あの女の話は止めなさいッ!!!」
 リオが右代宮のことを口にした瞬間、雫は激昂した。
「あの女と仲良くする? 馬鹿も休み休み言いなさい!! 何で私があの女と仲良くしなきゃいけないのよ? 誰のせいで、私がこんな目に合ってると思っているのよ!? 全部あの女のせいじゃないッ!!! アイツとさえ会わなけりゃ、私は今でも家にいられた!! アイツとさえ会わなけりゃ、こんな所に閉じ込められることもなかった!! あの女と会わなけりゃ、お母さんだって、おかしくなんかならなかったわよッ!!!!」
 右代宮の話が話題に上がると、彼女はいつもこうだ。尋常ではない怒り方をする。故に、右代宮の話は雫の前では禁句だった。しかし、それでもリオは言葉を続ける。
『…………で、でも……、それはあの子のせいじゃ―――』
「うるさいッ!!!!!」
 雫はその場にあった枕を、リオに向かって投げつける。雫の投げた枕とぶつかったリオは、枕元から床に転げ落ちる……。2・3度床を弾んだリオはころころと転がり、やがて机にぶつかって止まる。流石のリオも、それ以上は何も話さなかった……。床を落ちたリオを見ながら、雫は呟く。
「…………ふん、知った風な口を聞いて」
 余計な口を聞いたリオに対し、雫の怒りはまだ収まらない。少し酷だが良い薬だ。しばらく放っておこう。雫は熱くなった頭を冷やすため、バスルームに向かった。



 小さな水滴が、頭の上からつま先まで心地よく体を流れる。2日ぶりのシャワーは、体にまとわりついた汗を洗い流し、心地よかった。少し温めに設定した水は、火照った体を適度に冷やし気持ちが良い。水と一緒に体の疲労も一緒に流れるようだった。しかし……。
「痛ぅ…………」
 背中に響く鈍い痛みに、雫は思わず顔を歪める。シャワーを止め、浴室内の鏡を手で拭き曇りをとる。そして、髪を託し上げ、鏡越しに自分の背中を見た。
 雫の雪のような白い素肌には、園崎に蹴られた跡が青黒く残っていた。
「………………あの馬鹿女」
 雫は忌々しげに、奥歯を噛み締める。昨夜は蹴られた背中が疼き、満足に眠ることもできなかった。これでまた一つ、園崎の問題行動を生徒会に申請する理由が増えた。
「…………あの女…………。今度問題行動を起こしたら、執行部直々に処分を下してやるッ……!!」
 痛々しく残った背中の跡を見ながら、雫は小さく呟いた…………。





 結局、翌日も熱が下がらず、雫は学校を2日休んだ。入学以来一度たりとも休んだことがなかった皆勤賞がこれでパアだ。だが仕方がない。今は雛たちが無事だった事を素直に喜ぼう。
 学校に出てきた雫は放課後、シスターの下へ巣箱の礼を言い、その足で真っすぐ雛の下へ向かった。あの後、熱があって動けなかったため、ここ数日は雛の下へは行っていない。巣箱を付けてもらったから大丈夫とは思うが、やはり心配だ。雫は逸る気持ちを抑えつつ、雛たちの下へ向かう。



 舗装されていない道を歩き、草木をかき分け森の中を進む。焦ってもしょうがないと思いつつ、足が速くなっていくのを雫は感じた。

 あの子たちは元気にしているのだろうか?
 親鳥から、ちゃんと餌を与えられているのだろうか?
 まさか、また巣から落ちているなんてことは…………。

 そんな考えが頭をよぎる。
 早く、あの子たちに会いたい。
 雫の足は、自然と早くなっていった。



 そんなことを考えているうちに、巣箱のすぐ近くまで雫は来ていた。
 久しぶりに、あの子たちに会える。
 そう考えると、自分で分かるほど気持ちが昂るのを感じた。
 元気にしているだろうか? そんな事を考えつつ、雫は巣箱に近づこうとした。しかし……。
 …………、誰かいる…………?
 巣箱の周りには人影が見えた。雫は木陰に身を潜め、様子を窺う。
 楽しそうに話しながら、巣箱を見守る2人の姿。それは…………。



 園崎詩音、右代宮縁寿。



「………………また、あの女? 本当に忌々しいわね…………」
 自分を差し置いて、先客がいたことに雫は眉をひそめる。彼女は遠くから、忌々しげに二人を見ている。
 園崎は木に取り付けられた巣箱を指差しながら、右代宮に話しかけている。それを聞きながら、右代宮は小さく頷く。そして、しばらくその場で待っていると、二人が待ち焦がれたものが姿を現した。
 巣箱に開けられた穴から、交互に顔を出す雛たち。その姿を見て、子どものように喜ぶ二人。二人とも、何事か話しあいながら、楽しそうに笑っている……。
 …………本当に…………、…………嬉しそうに…………、…………心の底から笑っている。
「…………………………」
 ……その光景は、雫には決して叶わぬ願い……。どれだけ求め、渇望しようと、決して手に入ることはない……。
 大勢いる、彼女の取り巻きたち。雫の望むままに動き、雫の思い通りに従う。しかし、彼女は知っている…………。あいつらが従うのは、雫が『須磨寺』だから…………。
 …………あいつらは知っているのだ。彼女の母親が、学園に莫大な補助金を出しているのを…………。
 …………あの中に、雫の友人と呼べる者は、一人もいない…………。



 ……やがて、雛たちを見ていた二人は、満足そうに帰って行った……。
 そんな二人を見ながら、雫は小さく呟く。
「……………………ふん」
 そして、小さくなっていく二人の姿を眺めながら、こう言った。
「………………友達なんていらないわ」
 何でもないかのように、雫は呟く。しかし、二人を眺めるその表情は、何処か寂しげに見えた…………。雫は巣箱に近づき、顔を上げる。
「人間なんて嫌い」
 そして、巣箱から顔を出している雛たちを見つめる。
「あなたたちの方が、ずっと純粋よ」
 怖い物知らずの雛たちは、興味深そうに、雫の方を見ている。そんな雛たちを見て、彼女は小さく笑う。雫はそっと、慈しむように、雛たちに手を伸ばした……。




























「痛ッ!!!!!」




















 指先に奔る鋭い痛みに、雫は悲鳴を上げた。彼女が雛たちに触れようと瞬間、巣に戻って来た親鳥たちが雫の指先に爪を立てた。
「痛ッ!!! 痛い!! お願い止めてッ!!!」
 親鳥は執拗に雫を狙う。彼女は思わず両手で頭を庇う。しかし、我が子を護ろうとする親鳥は決してその手を緩めない。頭を庇う雫の手に、なおも爪を立てる。
「―――――ッ!!!」
 堪らず雫はその場から逃げだした。あれだけ思い焦がれた雛たちが、遠く離れていく…………。…………彼女がその温もりに触れることは、もう二度とない………………。
 巣から離れると、流石に親鳥もそれ以上は追って来なかった。しかし、それでも彼らは雫を警戒し、未だに巣の周りを飛んでいる。
 我が身を省みず、子を護ろうとする親鳥たちを責められるはずもない。あの子たちは、あるべき本来の姿に戻っただけ…………。
「…………ごめんなさい。もう此処には来ないから…………」
 ……それでも、そう呟く雫の瞳には言いようのない、哀しみが見えた……。
 やがて、親鳥たちも警戒を解いたのか、二羽は巣へと戻って行った。その様子を、雫は遠くから寂しそうに眺めていた……。
 …………指先が熱い。雫は左手を見た。手を上げ、人差し指を見ると、そこからは、一筋の赤い雫が流れている。先程、親鳥に引っかかれた時に、怪我をしたのだ。熱を持ち、小さく疼く指先を見ながら、彼女は呟く……。
「……………………大丈夫。こんな傷、痛くない…………」



 ……大丈夫。…………大丈夫。
 ………………私は、まだ大丈夫………………。



 ……そうだ。今はつらくても、頑張れば明日はきっと良いことが……。
 ……頑張れば、いつかきっと報われる……。
 ……母に教えてもらった、魔法の言葉。
 ……その言葉が、今の私を支える…………。



「…………頑張れば、きっと明日は良いことが…………」







































 ……………………………嘘だ。










『何でアンタは生まれて来たのッ!!!!? 私はアンタなんか欲しくなかったッ!!!!!!!』





 …………私、本当は知っていたんだ…………。





『私はアンタなんか望んでいないッ!!!!! 私の幸せはこんな所にありはしないッ!!!!!!』





 …………ずっとずっと昔、あの時から…………。





『アンタなんか、生まれて来なけりゃよかったッ!!!!!!!!!!!!!!』









 ………………私の魔法は、とうの昔に壊れていたのだ………………。













2010.08.23 Mon l うみねこ l コメント (2) トラックバック (0) l top

コメント

No title
あぁ、もうなんか、フレデリカの詩を見るだけで涙腺がやばかったです。

実は雫については掘り下げて欲しいなぁと思っていたので、正に俺得でしたw
どんな人間でも多面性を持って生きているので、掘り下げれば必ず色々な面が顔を出しますよね。

しかし、今更ながら湖都さんは本当に書き方が上手いなぁ。。。特に、後半部分!
雫が詩音と縁寿を見かける辺りから最後までが凄く好きです。
2010.09.06 Mon l 涙目. URL l 編集
この章好きだ
そらのむこう第6話「魔法の言葉」。とてもおもしろかった。印刷したものを読んだのでゆっくり落ち着いて読むことができた。雫が救った3つの命。図書館で雛鳥の餌を調べている場面、森の中で餌を探している場面、餌をあげている場面が映画のように自分の頭のテレビに映った。
そして頑張り屋さんの雫の唯一のココロ許せる友達はぬいぐるみのリオ・・・。リオってライオンから来ているんですね。こちらも手作り。真理亞がさくたろうを可愛がっているのと同じ境遇。 二人の会話も楽しいですね。
優等生の雫がどれだけ雛を大切にしているか、体力を消耗し遅刻する様子からもよくわかりました。餌が雑貨屋に入ると知り、私も雫と一緒になって喜んでいました。
そしてあれほど可愛がっていた雛がいなくなった時の感情の変化も手に取るようにわかりました。心が魔女化する・・・というのはこういうことを言うのでしょうか。
雫の心の移り変わりに・・・可愛がっていた者をいきなり奪われた時の怒り、しかも((((真っ黒い感情が炎のように噴き出す瞬間)))))の表現に目を見張りました。
そして詩音と縁寿の仲の良さを垣間見た時の雫の悲しさ。こちらもじわりと共感できました。雫は友達がほしいんですね。血の通った交わりをしたいと心の奥底で願っている。
雫の根本にある優しさとさみしさを感じる事ができました。雫へ向けたみんなのレッテルを剥がしたいよ。湖都さんの小説を読むといろいろな登場人物が好きになります。

2013.02.03 Sun l 乗組員z. URL l 編集

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