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六軒島の花嫁 第7話完成しました。
今回は蔵臼メインとなります。
ではどうぞ。








 六軒島から遠く離れた都会の真ん中。その、とあるホテルの一室に蔵臼の姿はあった。一週間前から仕事の為、東京を訪れていた蔵臼と金蔵だったが、商談はすでに昨夜の内にまとまった。予定より早く仕事が片付いた為、最終日の今日は久しぶりに休みを取ることができたのだ。
 スイートルームのソファに体を預け、蔵臼はのんびりと新聞を読んでいた。しかし、新聞に目を向けていた蔵臼の視線が一瞬外れる。その視線の先には金蔵が部屋に置いていったスーツケースがあった。
 今朝、金蔵は朝食を済ませると早々にホテルをチェックアウトした。恐らくは、また奇妙な黒魔術に関する古書でも探しに行ったに違いない。自分の荷を蔵臼に押しつけて。
「………親父殿にも困ったものだ」
 軽く嘆息を吐きながら、蔵臼は呟く。仕事に関しての金蔵は、明らかに他者よりも抜きん出ていた。金蔵から理不尽な教育を受けながらも、その点に関しては蔵臼も金蔵を尊敬している。………しかし、プライベートに関しては父の行動が理解できなかった。
 怪しげな黒魔術の書物を後生大事に抱え、奇天烈な実験を繰り返す金蔵の行動に、蔵臼は不信感を抱いていた。何故、父がああまで魔術に傾倒するのか、蔵臼には分からなかった。西洋かぶれの父は昔からオカルト的な趣向があったのだが、ここ最近はそれにますます拍車が掛かっていた。そして、父のそういった行動を目の当たりにする度、蔵臼はあの時のことを思い出す。
 ふう、と蔵臼は疲れたように息を吐く。ぼんやりと宙を眺めていた蔵臼だったが、やがて新聞を折りたたむ。そして、ソファから立ち上がり外を眺める。日は高く、連絡船の時刻まではまだまだ時間があった。



「………………久しぶりに、会いに行くか」











六軒島の花嫁


第七話 『花嫁の果て』










 長く、緩やかな登り坂を蔵臼は歩いていた。穏やかな午後の日差しは蔵臼の横顔を照らし、その額は軽く汗ばんでいた。
 東京郊外にある片田舎。都心から電車とバスを乗り継いで小一時間の場所、長い坂を登りきった小高い丘の上にそれはあった。蔵臼は掲げられている看板に目をやる。



『南條診療所』



 ―――ここに来るのも久しぶりだな。

 蔵臼は診療所の扉の前に立つ。そして、彼が扉を開けようと手を掛けるよりも先に扉が開かれた。そこに立っていたのは、やや白髪が混じり始めた髪と口ひげを生やした初老の男だった。
「お久しぶりです、蔵臼さん! 遠路はるばるようこそ!」
「ご無沙汰しています、南條先生。突然すいません」
「いえいえ、とんでもない。いやあ、随分立派になって!!」
 そう言って南條は蔵臼の肩を力強く叩く。久しぶりに会った南條の笑顔を見て、蔵臼の顔にも笑みがこぼれた。
「本当に久しぶりですな! 4年ぶりですか?」
「はい。留学中は帰省をしませんでしたので、それぐらいになります」
「もうそんなになるんですか。『男子三日会わざれば刮目して見よ』と言いますが、4年もたてば別人ですな!!」
「いえ、まだまだ若輩者です。父には毎日怒鳴られてますよ」
「ははは、相手が金蔵さんじゃあしょうがないですな。先人曰く『若者を褒めるな』とも言いますから。さあ、こんな所で立ち話もなんですから、どうぞお入りください」
「はい、お邪魔します」
 南條に案内され、蔵臼は診療所の客室へと通された。



「飲みものはコーヒーでいいですかな?」
「ええ、おかまいなく」
 南條は淹れたてのコーヒーをカップへと注ぎ、蔵臼へ差し出す。
「いただきます」
 コーヒーの香ばしい匂いを楽しみながら、蔵臼はカップに口をつける。ほろ苦く、しかし澄みきった味が口の中いっぱいに広がった。
「おいしいです」
「ははは。蔵臼さんも、コーヒーの味が分かるようになりましたかな?」
「アメリカでは毎日のように飲んでいましたからね」
「はは。どうでしたか、4年間の海外留学は? やはり大変でしたか?」
「はい。特に最初は言葉がなかなか通じなくて。机上の勉強と実際の会話はまるで違いますね」
「そうでしょうなあ。私も最初のうちは苦労しました」
「でも、南條先生に少しでも英語を教えてもらって良かったです。それがなかったらもっと苦労してましたよ」
「そうですか。お役に立てて幸いです」
「大変なことも多かったですが、とても勉強になりました。特に海外のビジネス論を学べたことは大きかったですね」
「そうですな。敗戦から10年、条約締結から4年。これからは日本人も海外で活躍する時代が来ます。蔵臼さんの経験は必ず役に立ちます」
「そうだといいんですが。仕事はまだまだ半人前ですから」
「そうすぐには一人前にはなれませんよ。どんな仕事も覚えるには長い時間がかかりますからな」
「はい。はやく仕事を覚えるよう頑張ります」
「その意気です。本土に来られたのはお仕事の関係ですか?」
「ええ、大きな商談がありまして。一週間前から父と来ています」
「一週間も! それは大変だったでしょう? 聞けば、ご結婚されたばかりだとか。早く帰らないと。奥さんが寂しい思いをしてますよ?」
「…………はは。どうでしょうねえ? 仕事の都合で1日しかいられませんでしたから。内心どう思っているかは……」
「なら、なおさら早く帰るべきですな。お二人の時間を大切にしないと」
「そうですね。帰ってからが色々と大変ですが」
 夏妃と喧嘩したことを思い出し、蔵臼は思わず苦笑する。本当に、帰ったらどんな顔で会えばいいのやら。そうして、しばらく世間話をしていた二人だったが、やがて蔵臼は真剣な顔をして南條に尋ねた。
「………先生、母の容体はどうですか?」
 それを聞いて南條の顔も険しくなる。口に付けていたティーカップを置くと、南條はゆっくりと口を開いた。
「………変わりはありませんな」
「………そうですか」
「申し訳ありません、蔵臼さん。お力になれなくて」
「いえ、先生には良くしてもらっています」
「………長年医者をしていると、医学の無力さを感じます」
「………………」
 南條は力なく呟いた。その言葉に対し、蔵臼は何も言う事ができない。
「……今日は、金蔵さんは?」
「いつも通りです。父はここには来ません」
「………そうですか。せめて一度くらい来てもらえれば、初音さんも喜ぶでしょうに……」
 南條はため息をつく。しかし、金蔵は来なくて正解だろう。自分をあんな風にした元凶が来た所で、母は喜びはしないだろう。否、もはや彼女はまともに人を認識できる状態ではない。実の息子がお見舞いに来ても、彼女は狂ったように喚き散らすだけなのだから。

『右代宮初音』

 金蔵の妻で、蔵臼たちの母親。しかし、その姿は六軒島にはもうない。度重なる金蔵の暴言に心を壊された彼女は、今はこの南條診療所で静養していた。否、それは方便だ。静養とは名ばかり。実際は精神に変調をきたした彼女を疎ましく思った金蔵が、ここに軟禁状態で隔離しているのだ。

「今朝も少し落ち着きがありませんでしたが、今は薬が効いてようやく落ち着かれています」
「…………お世話をかけます」
 しばらくの間沈黙が続いた。二人の間に重苦しい空気が漂う。しかし、しばらくすると南條は立ち上がり蔵臼に声かけた。
「案内しましょう。こちらです」



 二人は廊下を歩いていた。会話はなく、重い空気がその場を支配していた。やがて二人の足が止まる。そう広くもない診療所の廊下の突き当たり。そこに母、初音の部屋はあった。南條はおもむろにポケットから鍵束を取り出すと、その部屋の鍵を開けた。
 扉を開け、中を覗くと部屋は隅々まで掃除され、置いてある小物は綺麗に整えられていた。しかし、よくよく見ると部屋の壁には何かを投げつけた様な跡が無数に見られた。そして窓際のベッド、そこには壮年の女性が静かに眠っていた。
「では、私はこれで。何かあったら呼んで下さい」
「はい、ありがとうございます」
 そう言い、南條は静かに部屋を出た。そして、後には蔵臼と静かに眠る母だけが残った。
「お久しぶりです、お母さん」
 蔵臼は眠っている母に呼び掛ける。しかし、当然返事は返って来ない。蔵臼は静かに椅子に腰かけた。窓からは午後の暖かな日が差し込み、心地良い風がレースのカーテンを揺らしている。こうして穏やかな顔で眠っている母の顔を見ると錯乱し、喚き散らしているいつもの姿が嘘のようだった。

『ベアトリーチェ!? 一体誰ですかそれは!!? 私という者がいながら、どうしてあなたはいつもいつも!!!』

 いつの頃からだろう? そうやって、居もしない父の幻影に向かって怒鳴るようになったのは。思えば母も可哀想な人だった。政略結婚の為、右代宮家に嫁がされた母には自由などなかった。ただひたすら右代宮に仕える日々。ひたすら家を守り、子育てを任され、表舞台に立つことはおろか、島の外に出ることすらほとんどなかった。
 それでも母は良く父に尽くした。自分は常に一歩身を引いて、夫を立てるのが妻の美徳とし、それを忠実に守っていた。だが、父にはそんな母の苦労を無下にするように、常に愛人の噂が付きまとっていた。

『黄金の魔女 ベアトリーチェ』

 父の愛人は、そんな風に呼ばれていた。無論証拠など何処にもない。根も葉もない噂だと、母も最初は気に掛けないようにしていた。しかし、いつまでたっても消えない父の愛人疑惑に対し、母はとうとう面と向かって父に問い質した。母の問いに対する父の答えは―――。



『お前には関係ない』



 否定も、肯定もしなかった。
 愛人がいようといまいと、父にとって母は蚊帳の外。六軒島に嫁いで以来、何よりも、誰よりも、右代宮に尽くしてきた母に対するその答えは、彼女の心を壊すには十分だった………。



「………………………」
 今は静かに眠っているが、目を覚ませばいつものように死んだような目に戻るに違いない。そして時折何かを思い出すように、父の幻影に向かって物を投げつける………。
「………お母さん、あなたの人生はなんだったのでしょうか?」
 母は応えない。そして、静かに眠る母の顔に夏妃の顔が重なった。彼女も母と同じ境遇で六軒島に来た。母は島に嫁ぎ、やがて心を壊された。では彼女は………?
 蔵臼は顔を上げる。窓ガラスには、うっすらと自分の顔が映っていた。留弗夫よりは、ずっと父に似ていると思っていたが、成人してからここ数年でますます父の面影が出てきた。これから年を重ねれば、それはさらに顕著になるだろう。そんな自分の顔に金蔵の顔が重なった。



「俺も、彼女を同じ目に合わせてしまうのか………?」



 ガラスに映った自分の顔が悲しそうに呟く。しかし答えは返って来ない………。



 どのくらいの間、そうしていたのだろう? 日が傾き始め、窓から差し込む光が淡いオレンジに変わり始めた頃、蔵臼は母に話しかけた。
「また来ます」
 そう呟くと蔵臼は立ち上がり踵を返す。ドアノブに手を掛け、扉開けた蔵臼は、最後に母の顔を見る。そこには来た時と変わらない、穏やかな顔で眠る母の寝顔があった。しばらく母の顔を見つめていた蔵臼だったが、やがて静かに部屋を出る。



 自分自身の問いに答えを見つけられないまま、蔵臼は静かにドアを閉めた。










「南條先生、お邪魔しました」
「とんでもない。私の方こそ、久しぶりに顔が見られて良かったです」
 診療所の玄関先で、二人は別れを惜しむように握手を交わした。
「本土に来られた時は、またいつでも来て下さい。初音さんも喜びます」
「はい。南條先生、母をお願いします」
「任せてください」
 南條の言葉を聞き、安心した蔵臼はその手を離す。
「では」
 そして彼はその場を後にする。診療所を離れ、やがて小さくなっていく蔵臼の背中に向け、南條は声を掛けた。
「蔵臼さん!」
 その声を聞き、彼は振り向く。
「お母さんはきっと、あなたを誇りに思っていますよ!」
 その言葉を聞き、蔵臼は嬉しそうに、そして少し恥ずかしそうに笑った。そうして、最後に南條に向かって手を振った彼は、今度こそ振り返らず診療所から去って行った。
 南條は、蔵臼の姿が見えなくなるまでその背中を見送る。やがて、彼の姿が完全に見えなくなると、南條は小さく呟いた。



「蔵臼さん、あなたのような教え子を持てたことを、私も誇りに思います」





 続く








というわけで第7話目でした。
ショウガさん、8話目をお願いします!


2010.03.04 Thu l うみねこ l コメント (1) トラックバック (0) l top

コメント

この物語大好きです!
これからも、がんばってください 
2010.08.18 Wed l ありす. URL l 編集

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